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ファイン・ワインへの道vol.55

40年熟成。絢爛、キアンティのサスペンス、in 京都。

 誰も信じない話であり、熱心に話せば話すほどオオカミ少年よばわりされるワイン話・・・・。それが40~50年熟成のトップ生産者キアンティ・クラッシコの豪勢至極な熟成力、です。
 ちょうど一年前、1966年キアンティ・クラッシコ(モンタリアーリ)の、まるで口の中に孔雀が羽を広げたような悩殺的華麗さについて書かせていただきましたが・・・・・・、 まるでブルゴーニュのトップ・ワインに迫るほどの、まさに巨大なミステリーであり、サスペンスとさえ思えたその驚愕を皆様に追体験していただける場所が身近にどうにも少なく、あまりに絵空事(無責任?)とも思える後ろめたさを抱いていました。

 そんな中やっと。 日本でも約40年前後熟成のキアンティ・クラシコのコレクションを十分に持つリストランテを発見。喜び勇んでお知らせ致します。
 その店は京都にオーセンティック・リストランテの歴史を開いた偉大な開祖『リストランテ・タントタント』です。前身の『ペントラ』から含めてその歴史は46年目。中京区、堺町三条上ルに堂々と佇む端正な風格ある京町家一軒をクラシカルに改装したフロアの奥。現れるワインセラーは、歴史ある重厚な土蔵、 丸一棟を利用。1階、2階の2フロアに30~40年、一部は50年以上も熟成したイタリア・ワインが静かな眠りについています。

 キアンティ・クラッシコは主にバディア・ア・コルティブオーノの1980年前後のものが多数。50年熟成のものは1960年代のバローロなども少数、眠っています。うち何本かを光にかざして色調を確認しましたが、十分な輝きで中身の健全さが伝わりました。これらのオールド・ヴィンテッジ、特にキアンティ・クラッシコはかなりの本数があるもののワイン・リストには書かれていません。ゆえ、オーナーの河上優喜子さんに申し出て、土蔵の中に直接入って選ぶシステムも、なかなかに楽しいものであります。  

土蔵セラーは、フロアの一番突き当たりに。
隣にワインショップも併設し、90年代のワインは購入も可。

 ともあれ再度、「キアンティ・クラッシコが40年も熟成向上するわけがないだろう!!」とお怒りの皆様へ 。サンジョヴェーゼの名誉回復に一矢報いそうな事実関係を二つほど、補足させていただきます。 

事実、その1:
 あの「ル・ペルゴーレ・トルテ」も「ペルカルロ」も「チェパレッロ」も。現代の基準ではキアンティ・クラッシコ、であります。スーパー・タスカンのトップ3(個人比ですが)とさえ思える、この三つのグラン・ヴァンですが、すべて今の基準ではキアンティ・クラッシコですね。ただ、これらのワインのリリースが始まった時代、1970年代末から80年代には サンジョヴェーゼ100%のワインは法律上キャンティ・クラッシコを名乗れなかった。白ブドウのブレンドが義務づけられていたからですね。それゆえキアンティ・クラッシコ地区の畑からサンジョヴェーゼ100%でワインをリリースしたいという生産者のワインはその呼称を捨て、スーパー・タスカンとなったわけです。1996年にサンジョヴェーゼ100%のワインが認可された後も、これらのワインは「何を今更!」とラベルにキャンティの名は頑と表示しません。しかし、上記3種のワインは畑も製法も、今は正真正銘キアンティ・クラッシコなのであります。
 そんな中、ワインラヴァーの皆さんで、ペルゴーレ・トルテもペルカルロ も30年も熟成しないと思われる方、いらっしゃいますか? いませんよね(そう推測します)。7万ヘクタールもあるキアンティ・クラシコ・エリアで上記三つの畑だけが30年以上熟成するサンジョヴェーゼを生む力がある畑なのだ、と思われる方も・・・・・いらっしゃらないでしょ、と述べても楽観的すぎることはないかと思います(そう推測します)。

事実、その2:
 50年間は向上を続け100年間その偉大さを楽しめるとされるブルネッロ・ディ・モンタルチーノ生産地区の境界とキアンティ・クラッシコの境界は、わずか25 km 少々、つまりシャトー・ラトゥールとシャトー・オー・ブリオンの距離よりも近いほどなのです。 それでも、モンタルチーノのサンジョヴェーゼ だけが50年の熟成に耐え、キアンティ・クラッシコは20年も持たないと断じるのは 、こちらは逆に楽天的(粗雑)すぎる判断、とさえ言えないでしょうか? 
 さらに加えて、私がフィレンツェで古いキアンティを買い求める酒屋の店主はこうも述べています。「長年かけ、熟成させたブルネッロとキアンティを無数に飲み比べてきたが、どうやら色々な品種をブレンドしたキアンティの方が、より華やかに熟成するようだ。まあ言っても誰も信じないかもしれないけれど」と。いえ・・・・・、そのご意見、少なくとも私は信じます。

 もちろんキアンティ・クラッシコ側にも非はあります。それは、戦後大いに重宝された量産型クローン、R-10に地域をあげてなびいてしまった過去です。このクローン、病害に強く房が大きく、とにかく大量生産に向いていたとことから、特に1960年代に盛んに植え替えられたクローンです。 その跋扈により一時は「トスカーナの土着品種は最高品質のワインづくりには不十分」との声さえイタリアで定説になりつつあったと言います 。もちろん例えば、カステッリーナ・イン・キアンティの名門ビッビアーノの畑には、すでに1970年代にジュリオ・ガンベッリ(ソルデーラのコンサルタント)がモンタルチーノからクローン BBS-11を持ち込んだ記録があり、志ある生産者は R-10の貧弱さを認識し、サンジョヴェーゼの高品質クローンへの転換を進めていました。 ちなみにBBS-11とは(ブルネッロ・ビオンディ・サンティ・11の略、であります)。
 そしてもちろん。昔も今も。質より量を重視する生産者があふれている(とさえ感じられる)トスカーナで、高名な生産者さえある日突如“名声は末代まで安泰”と錯覚したかのように輝きを失い始めることまであるトスカーナで。“品質ありきの生産者を見つける困難”という大きな壁もまた、不変でありますが・・・・・・。

 そんな逆境の中、あえてもう一点、キャンティクラシコの名誉回復に一矢報いるとすれば・・・・。キアンティと非キアンティの境界線を定めた法律は、今を遡ること300年以上前、 1716年にまで遡るという歴史です。トスカーナ大公コジモ3世(もちろんメディチ家のお方)が定めたこの境界線、すなわち優良生産区域とそうでない区域をきっちりと線を引いて区分するという思想は、後のDOC制度、さらには AOC 制度の原型になったとも考えられています。ご存知の通り AOC 制度のスタートは1935年、ボルドーの格付けも1855年。それに先駆けることさらに100年以上昔にキアンティ区域は、他とは異なる優良産地とされ、それを区分するための境界線が引かれたのです。
 ともあれやはり。百聞は一飲にしかず。
 トップ生産者のキアンティ・クラシコは、40年の熟成で絢爛豪華になる、との言説はオオカミ少年のたわ言なのかどうか。サンジョヴェーゼの巨大なミステリーを、京都にお越し際、一度お試し頂く価値はあるかと思います。 

『リストランテ・タントタント』 
●京都市中京区堺町通姉小路下ル TEL 075-212-1051

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

 メロウ・スウィート、ヴァン・ナチュール声な、
 ブラジル新世代・女性ヴォーカル。 

 Ana Gabriela 『Mais De Nós 

 まるで、しみじみ熟成したボジョレのヴァン・ナチュールの心地いいのど越しみたいな、朴訥と優しい歌声、なのです。ブラジル新世代アーティスト達の、年ごとに増す輝きとその層の厚さについては、この欄で度々取り上げていますが、この女性ヴォーカリストの才能と天性の“なごみ声”は近年でも傑出した域。
 2019年デビューで、日本では全くCDも何も出てないため、SpotifyかYouTubeで聞くしかないんですが・・・・・、ほのぼのと甘く、まあるく、メロウな声と曲調は、まさに「もうちょっとで桜が咲き始めるかなぁ」と花を心待ちにする時期の、少しだけ温まり始めた空気を、そのまま音にしたよう。プレイするだけで、花だけじゃなくワインまで。少し開く気がしました。
https://www.youtube.com/watch?v=UyKs_yvSITk

今月の言葉:
  『美は、余分なものの浄化である』  -ミケランジェロ-

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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