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Sac a vinのひとり言 其の四十九「三つのC 」

公開日: : 最終更新日:2021/03/01 建部 洋平の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

 結論から先に述べることとする。

 情報が一部にだけ共有されて一般には流布せず、判断する情報がないので、実際に現地に訪れることが知識を有する‘’特権階級‘’にのみ許されていたある種の夢物語であったひと昔前とは違い、誰でも彼でもわずかな労力で最新の情報をほぼノーコストで入手することが叶い、現地との直接コンタクトが一般消費者にとっても容易になった。

 このことが何を意味するのか? 認めてはいたが敢えて言葉にする必要性をあまり感じなかったので敢えて口にはしなかったが、様々なものが変わってしまった現在の状況で、自身の考えや心情を後生大事に抱え込んで、世間の目という不確定要素を気にして矜持や思想の刃を隠していることに無意味さとつまらなさを感じ、今回この主張を書き記そうと思い至った。

 それは、もはや一般とプロフェッショナル、双方の所有する(ことのできる)知識に大きな差は無く、時間や金銭などのコストを勘定に入れなくともよい、‘’好き勝手できる‘’一部のマニアにおいては寧ろ、彼らのほうが上のレベルにある、という事実である。

 2000年代初頭くらいまでは、‘’好き勝手する‘’には経済的、コネクション的ハードルが非常に高く設定されており、一部の好事家のみがプロフェッショナルを容易く凌駕する知識と経験を兼ね備えて居た。プロフェッショナルが本当の意味で畏れるタイプのお客様なので、ある意味では飲食店に不定期に訪れる試験のようなものであった。
 私自身はタイミング的にその終わりかけの頃から飲食の門をくぐったので、先輩方やお客様からの伝聞で教わった部分が大半であるのと、ブルゴーニュやパリという「顧客のほうが知識も経験も多いのが通常」という特殊な地域にいた経験があるので、理解することは容易であった。(お陰様でいろいろ勉強させてもらいました)

 日本においても、和食や茶道の世界では顧客のレベルの方が上にあることは取り立てて驚くほどのことでもないので、店側も客側もその道の方々は慣れたものである。
 ただ、所謂「舶来品」を取り扱う文化で出会ったワインなどの嗜好品の世界においては、一部の人間以外には情報を得る手段が限られ、またその正確性や鮮度を判断する基準を持つほど成熟していなかったので、完全に発信側、ソムリエや販売員が情報的優位に立ったうえで、商売が成り立っていた。

 発信者が‘’好き勝手できた‘’時代、ともある意味では言えた(好き勝手やってた人は、大体残っていないが)。しかし先ほど述べたように、情報の受発信のあらゆるコストが簡略化もしくは無償化された現在、情報入手のコストが下がった分、得られるものは玉石混合ではあるが、ソムリエや酒販店が絶対的優位にいるという前提は崩れ去った、と言わざるを得ない。

 というよりも、一般人がWSETなどの様々な資格を取得している現在において、拘束時間が長く一部の人間を除いて第2、第3言語を習得していない人間が多い飲食の人間は、情報取得という側面ではむしろ後れを取っている、と認識しなくてはならないのではないかという、厳しい現実に直面する。

 ワインに限らず、知識という武器を振りかざして顧客に対してのアヴァンテージを取るという行為が、プロフェッショナルにとって行使できなくなった現在、我々に求められているものは何か? 何が出来るのだろうか? 私は3つの‘’C‘’を挙げたい。

1つ、環境に合ったものを選択する‘’Choix’’
 いわゆる銘醸地域のワインしか手に入らなかった過去と異なり、ありとあらゆる地方が選択肢として立ち上がってくる現在において、自身が勤務する環境にふさわしい価格、数量、情報を取捨選択しなければならない。例えばピノ・ワールが必要だとした場合、場の席数30程で平均1.5回転、客単価5,000円程の地方料理のブラッスリーならば、ボトルでの提供価格3,900円から5,500円までのワインが最低12本、時期によっては24本から36本は、オンリストするには必要になってくる。

 その為、価格は見合っていても年間3本しか購入できないものはオンリストし辛いし、ブルゴーニュの村名などは価格の時点で予算を大きく超えてしまう。コストパフォーマンス的には、ニュージーランドやドイツなどがイニシアチブを握ることになるが、フランスの地方料理の店舗であることを考慮に入れると、それらのみで構成することは顧客の満足度を考えると避けなければならない。現実的な対応として、AC Bourgogne やSancerreなどをベーシックラインとして設定して、1種程他国のピノ・ノワールも混ぜ込むのがベターだろう。

 席数15程度、客単価25,000円以上(税サービス除く)の高級店舗の場合は、また性格が異なってくる。この場合、食事の単価が10,000~15,000円程度と考えられるので、ボトルでの価格は最低9,500円くらいからのスタートとなり、それ以降は経営体力にもよるが、基本青天井である。先ほどと同じくピノ・ワールを例にとって考えると、このような店舗において必要とされるピノ・ノワールにおいて求められるコストパフォーマンスは、若干意味合いが異なる。

 相対的にみて他よりも安ければ、例え50,000円だろうが100,000だろうが、コストパフォーマンスが優れているのである。またワインリストも種類の豊富さが求められるため、例え年間1本しか手に入らないものでも、リストに記載する上では全く問題はない。寧ろ情報のデコレーションという意味においては、積極的に乗せるべきである。
 逆に、入手が容易でマーケット的な意味でコストパフォーマンスに優れたアイテムは、避けるべきだろう。
 ワイン自身のバリューに優れたものであれば、基本的にどのようなものを選択しても許されると考えて良いだろう。価格としては、12,000円くらいからスタートで、最低でも村名クラス、コアゾーンは25,000円から40,000円。2-3本程度は100,000円を超えるワインがあると、顧客のニーズに柔軟に対応しやすいと想定できる。 

1つ、顧客のニーズを読み取ったおすすめ‘’Conseil’’
 料理のジャンルごとの使われる素材や調理法の境目が無くなり、ワインも同様に移行しつつある現在、クラシックな組み合わせを好むお客様もまだまだ大多数ではあるが、既存の組み合わせではカバーしきれない状況が散見されている。
 更に今までワインを必要としていなかった和食や中華の卓上においてもワインが進出している今、一つ一つ対応して商材を仕入れてベストな組み合わせを提案できれば良いが、そんなことをしていたらお金と土地がいくつあっても足りないし、管理が異様に煩雑になってしまう。現実的に対処すると、手元にあるワインでベターな提案をして顧客に満足してもらうという方向になるだろう。

 例えば、オマールエビにアロマティックなCondrieuという、鉄板の組み合わせが存在する。高額帯のフレンチレストランならば、難なく在庫から提供してニーズにこたえることが可能だろう。しかし、例えば酒販店に来店されたお客様に、「ロブスターに合わせる白ワインが欲しい。予算5,000円以内で」などと要望を頂いた場合、Condrieuを進めることは価格的に不可能である。その際に次善の策として、同じ品種で違う生産地のカリフォルニアのViognierを勧めてみたり、同じくアロマティック系のピノ・グリージョ、価格的に可能なフリウリのものを提案するのも悪くない。
 牛肉に重いワインが欲しいと言われて、カリフォルニアのナパが無かったらRiojaの銘醸を進めてみてもいいし、フランス南西地方のカベルネ主体のワインを勧めるのも、筋道だった提案だと言える。

 勿論、オリジナリティ溢れる新しい組み合わせも、大いに提案するべきだ。常連のお客様を相手にするとき、毎回同じ傾向のおすすめをするわけにもいかず、適度に新しい刺激を与えていかなければならないが、「新しい≠クォリティに優れる」ではないということは、常に留意すべきだろう。
 顧客をつぶさに観察して、そのあたりのさじ加減をしながら「お勧め」をして顧客の満足度を高めていくのが、プロフェッショナルの仕事の一つだろう

1つ、在庫、顧客との関係、情報の操作 ‘’Contrôle’’
 商売というものは、利益を上げなければならない。従業員が楽しく働けて、顧客の満足度が高く、評判が素晴らしくても、利益が上がらなければ存続することができない。稼がないと、おまんまの食い上げなのである。様々な種類のワインを選択して、ありとあらゆる顧客のニーズに応えるおすすめが出来るのは理想ではあるが、一般的には不可能である。現実にそういったお店も存在するが、Labo的な立ち位置や宣伝広告の側面、ブランディングの一環なので あくまで「単体のビジネスモデル」としては成り立っていないので、ここでは取り上げない。

 ビジネスには予算というものが存在するので、予算をオーバーする在庫量は当然看過されず、可能な範囲でのやりくりが求められる。仕入れたら確実に顧客の満足度が上がる!といった商品でも、数字を達成できないならば、それを抜きにした戦略と管理が求められる。でなければ、その商売の中の別の部門にしわ寄せがいく形となり、結果として顧客の総合的な満足度が下がることが想定される。

 具体的な例でいうと、ワインの購入金額が想定額を上回ったため、食材の原価率を下げざるを得ず、結果としてトータルのクォリティが下がってしまう ということもあり得るのだ。また、いくら人気商品だと言っても、販売ペースを考えずに売ってしまうのは避けなければならない。
 1カ月に1度来店され、必ず同じワインを注文されるお客様がいたとして、次回来店が2週間後。対象のアイテムが3カ月後まで入荷されず、現時点での在庫数は5本。お店の会計上ルールでは、3本以上の在庫があるものはリストに載せることになっているが、この際リストから外すか否か? という際の判断である。

 どういった決定になるかは、顧客との関係性や店の在庫状況、代替提案できるアイテムがあるか否か? など様々な要因によるが、リストから外すという操作も、十分に尊重されるものである。
 また対外的に発信する情報の操作も肝要である。例えば年間で3本しか入荷しないワインがあったとして、顧客の中で飲みたいと要望を出されるお客様が6-8人くらい想定される場合に、どのような打ち出し方をするかは悩ましいものである。予約制の店舗の場合は狙い撃ちで案内を送り、予約が被らない形にしたうえで顧客に対して情報の発信の制限をすればよいので、そこまで難しくはない(皆様にはお知らせしていないので、などと一言添えれば情報の制御と顧客の満足度向上の二つの効果が見込める)が、来客数が見込めず、また誰が来るかが予測できない店舗の場合は、中々に難しい。
 顧客サイドからの発信は制御可能だろうが、偶々案内の対象のお客様と、そうでないお客様が同時に来店された場合は、中々に難しい状況である。下手を打てば、常連のお客様を失うことに成り兼ねない。酒販店などの場合も、一般顧客と特別顧客で案内が違ったりするのは当然のことであるし、結果として満足度が上がっているので、決して差別や不公平などではないのである。
 ということで、Choix、Conseil、Contrôleという我々プロフェッショナルが意識しなければならず、また有している武器について、記させて頂いた。簡単に言えば、よいものを選んでよいおススメをして気働きをしなさい、ということである。
 我々は別になにも特別ではない。ただお客様が過ごす時間や空間が特別なものになるように、お手伝いをさせて頂いているに過ぎないのである。そしてそれは我々にしかできない‘’はず‘’なのである。

 

~プロフィール~

建部 洋平(たてべ ようへい)
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー

 
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