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『ラシーヌ便り』no. 180 「コロナ禍のシャンパーニュ」

公開日: : 最終更新日:2020/12/01 定番エッセイ, 合田 泰子のラシーヌ便り, ライブラリー


 「どうぞお元気で、どうぞご無事で」という言葉が世界中で飛び交った年でした。
 いよいよ12月。ラシーヌのオリジナルカレンダー2021用の原画を、ミシェル・トルメーさんに制作していただきました。今年のテーマは、「夢:レストランに行きたいなー」です。それに応えてミシェルは、ヴィニュロンがワインを持ってレストランにやってくる、明るい雰囲気の、レストランの賑わいを描いてくれました。コロナ感染症の鎮静化を祈りますとともに、このカレンダーが、皆さまのレストラン、お店をこの一年明るく灯してくれれば、と願っています。

【コロナ禍のシャンパーニュ】
 コロナ禍により世界規模で販売が減少し、ワイン産地が大きな打撃を受けています。とりわけシャンパーニュ地方は1929年の大恐慌を超える経済危機に見舞われています。世界中で各種のパーティや祝宴が姿を消し、シャンパーニュのマーケットが縮小しました。
 もちろん、世界中で強くファンの心をとらえるユニークで生産量の少ない高品質なワインはコロナ禍とは無縁ですが、広大なマーケットがなくなった今、行先のなくなった1億本ものシャンパーニュが生産地にあふれています。2020年の収穫について、シャンパーニュ委員会(CIVC)は、収量の上限を100hl/haから80hl/haに抑えるように指示を徹底し、栽培によって収量調整をするか、廃棄または、消毒用アルコールに転換されました。

ピュピトルの上でビン内二次発酵中のLes Empreintes今もコルク栓と太い針金で打栓されています。

 コロナ禍が収束するまで、シャンパーニュのマーケットはどうなるでしょうか? 世界的にワインの家庭消費は伸びているとはいえ、低価格帯シャンパーニュは家庭用消費マーケットを大きく見込むことはできないのでしょうか? 値崩れがおこって、数か月後DSにシャンパーニュが安価で溢れたりしたら、その連鎖で他のスパークリングワインの行き場がなくなるおそれがあります。伝えられる1億本もの在庫を、EUが補助金をだして、廃棄処理にするのでしょうか。すでに、日本市場でも飲食店への低価格帯シャンパーニュとスパークリングワインの納入価格は9月あたりから下がっているようです。日本のインポーターも、企業経営の観点から短期処理に走らず、この数年の予想とじっくりした対策が求められています。

 

Champagne losing its fizz as global pandemic clobbers sales
NBCNews 2020年7月31日 より要約

 「世界的パンデミックによって販売が壊滅され、泡立ちを失いゆくシャンパーニュ」

  ヴランケン=ポメリー社のフランソワ・ヴランケンは、次のように述べています。

  ワクチンが作られない限り、シャンパーニュの行先はない。お祭り騒ぎが減り、集団でのお祝い行事も姿を消すという静まりが常態化した現在、シャンパーニュのマーケティングの核心は、これまで〈パーティや結婚式で賑やかに飲まれるもの〉に代わって、コロナ時代の〈ニュー・ノーマル〉に即したポジショニングに変える必要がある、とヴランケンは語った。 

 ヴランケンや、他のシャンパーニュメーカーがとるべき新たなブランド戦略は、〈フランスの歴史的なワイン産地で、ナチュラルもしくは、しばしば有機栽培という方法で造られた、高品質なドリンク)という、ワインの立ち位置にスポットライトを当てたコンセプトを、模索すべきであろう。

 数年間バーやクラブが閉鎖されたなら、市場を失ってしまう。私たちは大きな転換期にある。 

 【コロナ時代の適応策】
 パンデミック中に手指消毒剤用のアルコール需要が急増したため、アルザスなど他のワイン生産地域では余ったワインからアルコールが生産されました。ジャック・セロスのアンセルム・セロスは、シャンパーニュ地方の高品質なブドウがアルコール生産に転用される運命にあることを「自然への侮辱」と呼んでいます。 
 「私たちは(ブドウを)破壊し、破壊するためにお金を払う。それは大惨事というより他ない。」 
 セロスはまた次のように述べています
 「パンデミックが、将来のシャンパーニュのマーケティングと数十億ドル規模の産業がどのように再構築されるかを考えるきっかけになるかもしれない。19世紀にはデザートワインであったが、近代には『ブリュット』と呼ばれるドライな味わいに進化してきたように、シャンパーニュは時代の変化に対して適合性がある。少数派の見解だが、シャンパーニュ産業は発泡性から離れて、かつて作られていたように、赤ワイン、白ワインといったスティルワインを作るという選択さえも考えるときかもしれない。」 

 

 この記事を読んで、エルヴェ・ジェスタンの言葉を思い出しました。2009年11月26日、まさに11年前の今日、私はラシーヌ便りで次のようなエルヴェ・ジェスタン語録を紹介しています。

 

「ラシーヌ便りNo.51 エルヴェ・ジェスタンに学ぶ」より(http://racines.co.jp/library/goda/51.html

 世界には、フランスよりブドウ栽培に適した気候に恵まれたところがいくつもある。とすれば、シャンパーニュの生き残る道は、最上のクオリティを造りだす以外にない。なのに、メゾンはラベルやパッケージにばかりお金をかける。実際シャンパーニュは、生産工程そのものに大変コストがかかることを、もっと市場が理解してほしい。‘‘コストにふさわしいビンの中身‘‘を作らなければいけない。そのために、私の魂がここにあるシャンパーニュの地で、勇気ある造り手たちと情熱を共有しながら、仕事をしたいと思っているのです」と、エルヴェ。 
 だからこそ、単なるお金儲けのためにコンサルティングを引き受けることはなく、意欲的な造り手との共感に支えられながら、いよいよ大胆なプロジェクトを構想して進めていくのです。その彼が、地質分析の第一人者で、これまた独創的なクロード・ブルギニョンに敬意を払うのは、あまりにも当然のことです。いまや国際的にワイン造りを指導し、提言を続けるエルヴェの生き方に、大げさにいえば、シャンパーニュだけでなく、ワインの未来が大きくかかっている、と実感しました。 
 エルヴェとの情熱的な会話をつうじて、そのような予感と未来への確信を、私はひしと感じとることができたのです。このようにエルヴェと話し合うなかで私の心の中に生まれた、感情の共有と生き方への共感をかみしめることから、今回の旅を始めることができるのは、なんという幸せでしょうか。ラシーヌもまた、エルヴェに学びながら、皆さまと共に少しずつ前進を重ねていきたいと願っています。」 

 コロナ禍は、まさに私たちに既成の考え方を転換する必要と互いの生き方への共感の大切さを教えてくれました。そのことを忘れずに、小さな組織ですがあたたかな灯となれるように工夫を重ねて行きたいと思います。

 
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