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ファイン・ワインへの道vol.52

公開日: : 最終更新日:2021/02/01 寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

ナチュラルワインが美味しい、“科学的な”理由。

 前回に引き続き今回も初心に返り、ナチュラルワインに散乱しがちな情報を、年末らしく(?)すっきりと整理してみましょうというコーナーです。
 今回は超・直球。ナチュラルワインはなぜ美味しいのか。その”科学的な”理由について、僭越ながら整理させて頂きます。
 ちゃんと理由も、筋もあるのですよ。科学的に。明快に。
 ビオディナミでなぜワインが美味しくなるのかは全く科学的根拠も、そのとっかかりさえもないのとはとても対照的、ではありますが。

ともあれ主な要因は次の、シンプルな4つです。

要因1:”菌根菌 ”が土壌に生きているため、根が土壌のミネラルや栄養分、ひいては土壌のテロワールを、よりしっかりと吸収する。

2: 多種多様な野生酵母が発酵時に活動するため、ワインの香りと味に奥行き、多層性、多元性、そして表情の豊かさが生まれる。

3:大半の生産者は発酵段階で亜硫酸を添加しないため、多彩な酵母が活動しワインに奥行きが生まれる。

4: 化学肥料を断じて使わないため、根が地中深くまで伸びて、土の養分とミネラルをしっかり吸い上げる。

要因1:菌根菌。
 シンプルと言いつつ、いきなり冒頭にややこしいフレーズ。”菌根菌”って何ですか・・・・・? ですよね。”きんこんきん”、何だかチープなテレビ番組のタイトルみたいですが・・・・・、ものすごく重要なのです。この菌類。多くの植物の成長に。
 実はぶどうの根は、それ単体では土壌の養分やミネラルをほとんど吸収することができないのです。土の中に活動する菌根菌が、根の周りで養分やミネラルをぶどうの木に吸収する形に変えてくれて初めて根は土壌成分、ひいてはテロワールを吸収することができるのです。
 ナチュラルワインの生産者は畑に除草剤もヘヴィな化学農薬も撒きません。量産型・効率重視ワイン生産者の多くは除草剤や殺虫剤を大量に撒きます。撒くととどうなるか。化学的に生物を殺すための成分がどんどん地中にしみて、畑の中の小さな大黒柱、菌根菌を次々、惨殺してしまうわけです。
 それではぶどうの木は土壌成分の多くを吸収できません。だから、ラベルにこそグラン・クリュと書いているのに、不思議なほど安いボジョレーみたいな味がするニュイのワインができてしまったりする訳です(過収量と相まって)。
 もう有名な話ですが、1970年代末に土壌学者がブルゴーニュの土壌を調査すると、そこに活動する菌類の数は、サハラ砂漠の砂の中に暮らす 菌類以下の数だという調査結果が出たそうです(クロード・ブルギニョンの調査でしたか)。
 このことに危機感を抱いたことがルロワ、ルフレーヴらがビオロジック、ひいてはビオディナミ転換の一つのきっかけだったといいます。
 ともあれ。畑の中に、その養分とミネラルをぶどうに吸収させるための介助役となる菌類が死滅していれば・・・・・できませんね。偉大なワインは。
 火のないところで美味しいローストビーフを作ろうとしても・・・・・危険なユッケしかできないのと・・・・同じようなもの、ですかね。

菌根菌の働き。

要因2:野生酵母の多様性。
  ナチュラルワインは添加酵母を使わない。野生酵母だけで発酵させる、というのは皆さんご存知のお話。でもこの野生酵母の本当の偉大さと多様性を、ご存知でしょうか。そう。核心は多様性なのです。 
 しかも、たったひとつの発酵タンクの中にさえ 、活動する野生酵母は約40種類と言う多様性さえ見せるといいます。
 「ワインを野生酵母だけで発酵させました」と言う場合、そこで活動する酵母は、1種類だけではないのです。なんと酵母は、発酵の初期、中期、後期の段階ごとに主に活動する酵母が変わり、赤ワインの一度の発酵で40種以上の酵母が活動したという研究発表があります。 
 ピエール・オヴェルノワがジュール・ショーヴェと行なった研究です。「だから、野生酵母だけで発酵したワインには香りにも味わいにも奥行きと陰影があるのだ」と、ピエール・オヴェルノワは語っています。
 その一方で。畑にしっかりと化学農薬を 散布してのワイン作りでは、その農薬は当然、害虫よりはるかに小さな野生酵母を殺してしまいします。まさに、惨殺、ですね。
 だからぶどうをタンクに入れただけでは発酵自体が始まらない。ゆえ、培養酵母の添加が必要になる。培養酵母をもし40種類入れる生産者がいるとしたら少し話は別ですが・・・・・・しかし。一般的に、1種類2種類の 培養酵母しか使わないとしたら・・・・ 40種類の酵母が元気に活動した発酵タンクから生まれたワインと、どちらからより素晴らしいワインが生まれるでしょうか?

要因3:亜硫酸。
 もちろん、亜硫酸の味自体がすこぶる(激しく甚大に?)ワインの喉越しと舌ざわりを悪くするという事実は皆さん五感で重々ご存知、ですよね。
 加えてもう一点、亜硫酸の大きな弊害があります。それは、 発酵タンクに入れたり、収穫直後のぶどうにふりかけたりすると、その時点で貴重な多くの野生酵母を殺してしまう、ということです。またしても、惨殺ですね。 タンクの中で活動する酵母の種類が少なくなればなるほど、ワインが単調になる。上記・要因2で申し上げたとおりです。
  ゆえ「亜硫酸は悪魔の物質」なんて表現まであります。アメリカのワインライター、アリス・フェアリングさんの表現です。その気持ちは・・・・・、分からないでもありません。
 そんな今も、世界には亜硫酸を1Lあたり100mg、150mgほども添加されたワイン(多くのナチュラルワイン生産者の、3倍以上の量)が、数の上では圧倒的主流ですね・・・・・。と、亜硫酸の話で文章の後味まで悪くなってきたので・・・・、お口直しに僕の好きなフレーズを再度。
 「亜硫酸が、ワインの中のモーツァルトを暗殺した!」ピエール・オヴェルノワ。

要因4:化学肥料。
 自然の堆肥も化学肥料もどちらも地表に撒かれるものなのですが・・・・、その強力さはやはり異なります。自然堆肥が雨によってゆっくり地中に染み込んでいくのに対し、化学肥料はいきなり強力な刺激が地表に来るため、ぶどうの根は地中に向かわず、いきなり来た濃い刺激と栄養を求め地表に向かう ことさえあります。だから、ナチュラルワインの生産者は、断じて化学肥料を使わない訳です。

 ←化学肥料たっぷりの畑。根が地表を這う。根元の雑草が茶色く枯れているのは、除草剤の結果。ワイナリーを訪問して、この手の茶色く枯れた雑草を見たら「あ、除草剤ね」と思って下さい。

 添付の写真はアルザスの高名なナチュラルワイン生産者のすぐ隣の畑で見た光景です。根は地中に向かっていませんね。地表をのたうち回っている感じです。この根が地中深くの養分とミネラルを吸収していることは・・・・・どんなに楽天的な人でも期待しない方がいいでしょう。
 これでは土壌のテロワールはワインには現れませんね。 

 以上四つの要因、いかがでしたでしょうか。自然派ワインじゃないワインは、不自然ワイン、とかじゃなく農薬で畑の大切な大切な菌根菌と野生酵母を惨殺した、”惨殺ワイン”と呼びたい・・・・・ですって?? 
 そこはともかく。私のコラムにしては珍しく科学的? かつ非常に客観的ですよね。そうなんです。なんとな~く農薬を使ってないから美味しそう~、美味しいはず、というイメージだけではなく。
 ナチュラルな栽培、よび醸造によって。逞しく。力強く。生命力たっぷりの。ぶどうが生まれるのは、こんなちゃんとした理由があるからなのですね。

 もちろん、その美しい結実には慣行農法の何倍もの甚大な労力、情熱、愛情をかけた、大変な農作業と志があってのこと。
 この年末年始、素晴らしいナチュラルワインに出会ったら、つかの間、そんな生産者達の献身的な努力と尽力に、静かに畏敬と感謝を心から捧げたいと、私は思っています。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

美女と熟成ブルゴーニュを飲む時間を、
そのまま音に転化したような、メロウ・ブラジリアン。

LINIKER 「CALMO」

 まったり、ゆったり、メロウな浮遊感。澄んだ淡~い甘さがあるのに、その奥に、そこはかと妖艶な、粘膜感とサウダージがある。まるで美女と熟成極上ブルゴーニュを飲む時間を、そのまま音にしたような名曲、なのです。または、ず~っと昔にとても仲が良かった絶世の美女との、一番よかった頃の情景が、しみじみ蘇るような音とさえ・・・・・・。
 2010年代、ブラジル新世代アーティストの音楽性のさらなる豊かさは、この欄で常に取り上げてますが、この人は中でも別格に傑出した才能。作曲力、アレンジ力の素晴らしさに加えて、慈愛ある声自体の質感までが圧巻の域。まだ25歳。恐るべき才能です。
この曲と、「Bem Bom」、「Psiu」の3曲をリピートしてると・・・・・
全くお酒を飲んでないのに、頭の中が少し前1971年のミュジニーを飲んだ時の幸福感に、じわじわとなってきましたよ・・・・・・。本当に。
https://www.youtube.com/watch?v=0JiMPNBklSM

(※この女性アーティストは、DNA上では男性です。YouTubeには、かなり主張の強い映像もあります。しかしそんなことは真に素晴らしい音楽の前では、語る価値さえないことかと考えます。)

 

今月のワインの言葉:
「私のワインが香りの複雑さで有名なのは、天然酵母のお陰なのだ。
培養酵母のワインは、どれも似たような味になる。私は自然のなすがままにしている」

                           アンリ・ジャイエ

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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