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ドイツワイン通信Vol.109

2020年の収穫状況とドイツワイン法改正の現状

 次第に秋が深まりつつある。ついこの間まで町のあちこちから香って来たキンモクセイの花は、いつの間にか姿を消して、気が付けば今年も残すところ、あと二か月ばかりとなった。時の過ぎることの、なんと早いことか。

2020年のモーゼルの収穫状況

 モーゼルでは10月第三週に大半の醸造所が、8月末から9月初旬から始まり、2カ月あまりも続いた収穫を無事に終えたようだ。コロナ禍で東欧からの作業者が減り、9月末から天候が崩れやすくなっても、最終的には大きなダメージとはならなかった。「良年から非常に良い年:モーゼルの生産者は収穫に満足」と、モーゼルワイン広報部は10月22日付の記事で総括している(参照:https://www.weinland-mosel.de/de/aktuelles/show/gut-bis-sehr-gut-moselwinzer-zufrieden-mit-der-traubenlese/)。

ワイン生産地域モーゼルの位置(図:ドイツ観光局www.germany.travel)

 1881年から続く観測史上始まって以来という、雪が降らず乾燥した冬の後、2月には十分な降雨があったものの、4月・5月と雨が降らなかった。5月中旬にフランケン、ザクセン、ザーレ・ウンストルートに被害を与え、平年に比べて5~38%の収穫減をもたらした遅霜は、モーゼルには問題を起こさなかった。
 開花期に入った6月上旬から天候が崩れ、気温が下がり、6月末には場所によっては大雨が降った。7月は極度に乾燥し、8月上旬は最高気温35℃を超えて、ブドウの房に日焼けを起こしただけでなく、森の木々の葉までも枯れはじめた。8月中旬にモーゼル中流のトラーベン・トラーバッハ周辺で大雨が降り、局地的に雹と土壌流出があったが、一方で9月までまったく雨の降らなかった地域もあった。
 9月に入るとブドウは急速に成熟し、乾燥にともなう水分の蒸発もあって果汁糖度は急上昇し、酸度が下がり、早くも9月中旬からリースリングの収穫を始めるところもあった。だが、成熟度合は地区によって非常にばらつきが大きく、収穫状況は生産者によって異なり、作業は成熟を見極め、選りすぐりながら行う必要があった。
 9月最終週から気温が下がり、雨がちとなったが、ブドウの房の健康状態は良好に保たれた。渇水に苦しんでいた若木は生気を取り戻し、収穫量も目に見えて増えた。果汁糖度の上昇するテンポは遅くなったものの、9月中旬にはリースリングで80°Oe(エクスレ、ドイツの果汁糖度の測定単位。1°Oe=4.25Brix)、ブルグンダー系品種では90°エクスレに達した。10月10日から天候は持ち直したが、気温は低く、果汁糖度の上昇は抑制された。それまで収穫を待った生産者達は、高品質なリースリングを収穫することが出来たという。

 2020年は2019年ほどの優良年ではないにしても、全体としては、質・量ともに納得できる結果となった。完熟して貴腐香の混じるアウスレーゼよりも、スッキリとして軽めのカビネットが、今年のワインの傾向となるらしい。
 「我々は収穫を終え、満足している」と、モーゼル中流の生産者ルドルフ・トロッセンは、10月21日付のメールに書いている。「夏の干ばつから予想していたよりも、収穫量は多かった。例年通り、貴重なブドウをすべて手作業で注意深く収穫した。収穫にあたったのはよく気が付き、楽しみながら働く老若男女の友人たちで、彼らの精神がブドウにも浸透している。すばらしく完熟して、金色に輝くブドウからできた新しいワインは、素晴らしい匂いがする」という。その仕上がりに期待したい。

ドイツワイン法改正の現状

 さて、今年3月のこのコラムで、ドイツワイン法改正の現状を取り上げた(ドイツワイン通信Vol. 101)。その後6月に連邦食料農業省(略称BMEL)が、改正ドイツワイン法の原案(第10回ドイツワイン法改正案Zehntes Gesetz zur Änderung des Weingesetzes)と、ドイツワイン法を施行するにあたっての具体的な規則を定めたワイン条例案(第24回ワイン条例改正法案Vierundzwanzigste Verordnung zur Änderung der Weinverordnung)を公開すると、BMELから意見を求められた複数の業界団体が、7月に意見書を寄せた(参照:https://www.bmel.de/SharedDocs/Gesetzestexte/DE/10-gesetz-aenderung-weingesetz.html)。その後、ドイツワイン法改正案は8月19日に、おおむねBMELの原案通りに連邦内閣で決定。現在は、年内の施行を目指して連邦議会に諮られている。

ドイツワイン法の新しい格付け基準

 今回のドイツワイン法改正では、周知の通り、格付けの基準が従来の「収穫時の果汁糖度」から「地理的呼称範囲」へ変更される。これは、既に2009年のEUワイン市場改革に伴って導入された、「地理的表示保護ワイン」(略称g.g.A.)=「ラントヴァインLandwein」と、「原産地呼称保護ワイン」(略称g.U.)=「クヴァリテーツヴァインQualitätswein以上」という枠組みをベースにして、「呼称範囲が狭まるほど、品質(格付け)が上がる」というシステムを導入することを意味する。これについては、BMELが公開した、ワイン法改正後の地理的呼称を基準とした格付けピラミッドの図がわかりやすい。

 左の大きい三角の一番下から「保護原産地呼称なし(例:Deutscher Wein)」、「地理的表示保護呼称(例:Landwein der Mosel)」「原産地呼称保護(例:Mosel)」。「原産地呼称保護」を拡大した右の三角は、下から「生産地域(例:Mosel)」「レギオン(例:Michelsberg)」「市町村(例:Trittenheim)」「ブドウ畑(例:Trittenheimer Apotheke)」となっている。

 基本的には、ブドウ畑名を表記するワインを頂点としたヒエラルキーだが、以下の点が現行のドイツワイン法からの主な変更点だ:
1.「原産地呼称保護ワイン」(g.U.)の表記があれば、「クヴァリテーツヴァイン」の表記は不要。(改正ワイン法§1a (1))
2. ラベルに表記された市町村で収穫されたブドウを用いなければならない。(ワイン法§23 Absatz 1,VO (EU)2019/33 Artikel 55の改正案、参照:ワイン条例改正補足説明10ページ、https://www.bmel.de/SharedDocs/Gesetzestexte/DE/24-verordnung-aenderung-weinverordnung.html
3. 該当する格付けよりも狭い範囲の地理的呼称を、ラベルに記載してはならない。(同上)
4. 「単一畑」のワインについて、
(a) 従来は市町村名もしくはその一部区域(オルツタイル)を前置していたが、改正後はラベルのどこかに記載されていれば良いものとする。
(b) 収穫時の果汁糖度は、カビネットの肩書条件の基準を超えていること。
(c) 販売は収穫翌年の3月以降とする。
(d) 原産地呼称保護ワインの特徴を明確にするため、使用品種は12種類を上限とする。
(e)「単一畑」のワインで、ハルプトロッケン以上の残糖度を有するワインは、プレディカーツヴァインの肩書(Kabinett, Spätlese, Auslese 等)を表記しなければならない。
(参照:ワイン条例改正案Artikel 1, 4及び上述のワイン条例改正補足説明10ページ参照)

 とりわけ2.と3.は、「地理的呼称範囲が狭まるほどに、格付けが上がる」という原則からすれば当然の規定だが、従来の「集合畑」Großlage(グロースラーゲ)が、これに抵触する。「集合畑」は複数の市町村にまたがる広大なブドウ畑なので、もっとも名の通った市町村名を「代表市町村」Leitgemeinde(ライトゲマインデ)として採用し、「代表市町村名」+「集合畑名」(例:ピースポーター・ミヒェルスベルク)と表記しているが、これが出来なくなる。しかし集合畑名だけを表記すると、単一畑名と見分けがつかなくなるので、「レギオン」Regionの語を前置し、集合畑名の75%以上の大きさで表記することとしている(例:レギオン・ミヒェルスベルク)。これには、トリーア商工会議所IHK Trier、ラインラント・ファルツ消費者センターVerbraucherzentrale Rheinland Pfalzが、消費者の誤解を防ぐことにつながるとして賛同している。

集合畑の問題

 一方でこれに強く抗議しているのは、ドイツ各地の醸造協同組合が加盟する、ドイツ・ライッファイゼン連盟(略称DRV)である。ドイツ全体のブドウ畑の約3分の1は、醸造協同組合にブドウを納める小規模な農家によって耕作されている。複数の村の農家から納入されたブドウを醸造・販売する醸造協同組合にとって、現行の集合畑名の存続は死活問題とみなされているが、これはむしろ、1971年のワイン法で制定された集合畑という呼称自体が、醸造協同組合の製品の、販売支援策であったとみるべきだろう。

 「例えば『ピースポーター・ミヒェルスベルク』(モーゼル)(中略)など、伝統的な名称をつけた集合畑は、トレードマークに類似した性格を持っており、消費者に安心感と選択の手がかりを与え、知名度が高く、市場に幅広く浸透している。(改行)だからこそ、ドイツのワイン生産者と醸造協同組合は、現在確立されている多くの販売促進手法、例えば畑名を利用した手法に関して、今回の改正で重大な損失を被るのではないかと深刻に憂慮している」「この法改正は、代表市町村名を名乗るワインのブドウの85%以上が、その市町村名以外のブドウ畑から収穫されている場合、既に市場に浸透している多くの名称(訳注:集合畑名)の変更を余儀なくされる恐れがある」とDRVは意見書で指摘。集合畑名の前に「レギオン」の語を置くという条項にも再考を促し、「集合畑か単一畑を知りたい消費者には、アルコール濃度などの必須記載項目と同様に、バックラベルを見ればわかるようにすれば良い」と提案し、代表市町村名を記載不可とする現法案には、断じて同意できないとしている。

(参照:https://www.bmel.de/SharedDocs/Downloads/DE/Glaeserne-Gesetze/Stellungnahmen/weing-weinvo-vdw.pdf?__blob=publicationFile&v=2

 DRVと歩調を合わせているのは、全国のワインの生産者の公式団体である「ドイツワイン生産者連盟」Deutscher Weinbauverband(略称DWV)と、輸出業者からなる「ドイツワイン輸出連盟」Verband Deutscher Weinexporteure(略称VDW)である。両連盟は代表市町村の表記を不可とすることは、現在の流通経路を消滅させ、市場シェアのさらなる損失を招く恐れがあると指摘。そのため、以下の移行期間を設けることを提案している:
・2020年産から2025年産まで、集合畑、ベライヒ、単一畑のラベル表記に関する規則は、現状のままとする。しかしながら、ベライヒ/レギオンの表記は、施行後すみやかに用いてもよい。
・レギオンとベライヒは同義語として扱う。2026年産からはレギオンのみ使用可能とする。
・2026年産から、現在検討されているワイン条例の改正案にある、地理的呼称に関する規則に移行する。
・2026年産から、集合畑名に市町村名を使えなくする。
(参照:DWVの意見書はhttps://landjugend-rln.de/wp-content/uploads/2020/07/DWV_Stellungnahme-Reform-Weingesetz.pdf、VDWの意見書はhttps://www.bmel.de/SharedDocs/Downloads/DE/Glaeserne-Gesetze/Stellungnahmen/weing-weinvo-vdw.pdf?__blob=publicationFile&v=2

 5年間の移行期間の間に、現在の集合畑に代わる商品名を開発・浸透させようという妥協案だ。これに対して、2001年から「グーツヴァイン(エステートワイン)」「オルツヴァイン(市町村名ワイン)」「ラーゲンワイン(畑名ワイン)」という、地理的呼称範囲に基づく格付けを行ってきた、ドイツのトップクラスの200あまりの生産者が加盟する、VDP.ドイツ高品質ワイン醸造所連盟VDP. Die Prädikatsweingüterのシュテッフェン・クリストマン会長は、「5年間の移行期間は許容範囲」と、ワイン専門誌ファルスタッフのインタビューで述べている。(参照:https://www.falstaff.de/nd/vdp-praesident-christmann-lassen-wir-uns-nicht-einschuechtern/
 VDPにとって集合畑の廃止は長年の悲願であり、1994年のドイツワイン法改正の際には、今回のような妥協案が受け入れられる余地が全くなかった結果、DWVから脱退・決別する道を選んだいきさつがある。今年の2月にDWVがBMELにワイン法改正案を答申した際に公開されたVDPの意見書でも、「ドイツワイン法改正の成功は、ひとえに集合畑が、地域に類似した広域を対象にするものであると、はっきりと表示できるかどうかにかかっている」と強く述べている。20年以上に渡って主張し、今回ようやく実現の見込みが出てきた集合畑制度の廃止だけに、5年間の移行期間はやむを得ないとするのは理解できる。
(参照:https://www.meininger.de/sites/default/files/2020_vdp.stellungnahme_zur_neufassung_des_weingesetzes.pdf

 一方で1999年にブドウ畑の格付け制度を導入したラインガウのワイン生産者団体は、グラン・クリュを意味する「グローセス・ゲヴェクス」と、プルミエ・クリュを意味する「エアステス・ゲヴェクス」を、今回の法改正を機に全国に展開してはどうかと提案している。「グローセス・ゲヴェクス」は50hℓ/ha、「エアステス・ゲヴェクス」は60hℓ/haという収量制限を設けて、従来のシュペートレーゼ・トロッケンを「エアステス・ゲヴェクス」と称するようにする。同時に、グーツヴァイン、カビネット、シュペートレーゼ、アウスレーゼを記載するかどうかは、生産者の判断に任せてはどうかという。(参照:Frankfurter Allgemeine Zeitung, „Spitzenweine unter neuem Namen, 14.10.2020

 上記のようなラベル表記に関する問題の他にも、原産地呼称保護ワイン(g.U.)の対象を12品種に絞り込むことは、気候温暖化にともなう栽培品種の変化への対応と、カビ菌耐性品種(Piwi)の普及を妨げるものだという反対意見が上がっている。
 改正ワイン法の基本的な枠組みである、「地理的呼称範囲が狭まるほど、品質(格付け)が上がる」という制度については、どの団体・生産地域からも反対意見は見受けられないので、次のワイン法改正で、格付けの基準が果汁糖度から地理的呼称範囲へと移行することは、間違いのないところだ。ただ、その細部についてはまだ見えない部分が多い。仮にドイツワイン法が連邦議会を通過し、予定通り2020年12月に施行されても、その具体的な実行規則であるワイン条例が固まるまで、さらに時間を要することになるかもしれない。

 

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
(株)ラシーヌ輸入部勤務。1998年渡独、2005年からヴィノテーク誌に寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)や個人サイト「German wine lover」(https://mosel2002.wixsite.com/german-wine-lover)などで、ドイツワイン事情を伝えてきた。2010年トリーア大学中世史学科で論文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得し、2011年帰国。2018年8月より現職。

 
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