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ファイン・ワインへの道vol.51

公開日: : 最終更新日:2021/02/01 寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

ナチュールじゃないナチュールを平気で売る店

 お陰様で、この連載も50回の節目を越え、今回は一度、初心に返って、いわゆるビオ・ワインとナチュラル・ワイン(=ヴァン・ナチュール)の違いは何なのか? について、再確認、再整理させていただければと思います。

 皆さんはご友人やお客様にもちろん整然と、ご説明されてますよね。ビオ・ワインとナチュラル・ワインのちがい。そう確信します。ところが最近、取材などで「ヴァン・ナチュールのバーです。レストランです」というお店に撮影に行き、ビオ・ワインとヴァン・ナチュールの違いは何ですか? と念のために店主さんに確認すると・・・・・・、あまりにもあやふや、時には全く勘違いな答えが返ってくるばかり・・・・・という経験も、この稿のきっかけになってます。
 それまで元気に「うちはナチュールなんです。ワインはナチュールしか置いてません。ナチュール、ナチュール!」と元気に連呼されてた店主さんが、上の質問をした途端、急に歯切れが悪くなり・・・・・・答えも全く的外れ、なんて経験がつい最近も多々ありました。

 とはいえ、まず言葉が多すぎるのがややこしいですよね。
ヴァン・ナチュール、自然派ワイン、ナチュラル・ワイン、ビオ・ワイン、オーガニック・ワイン、有機ワイン、ビオディナミ・ワイン、生命力動農法・・・・・・。既に、頭が混乱気味ですか? ところが簡単。

1)ヴァン・ナチュール=自然派ワイン=ナチュラル・ワイン
2)ビオ・ワイン=オーガニック・ワイン=有機ワイン
3)ビオディナミ・ワイン=バイオダイナミック・ワイン=生命力動農法

 です。どのカテゴリーも、同じ事を英語、フランス語、日本語で言い換えただけ、です。ちょっと拍子抜けしました?
 しかし肝心なのはビオ・ワインと、ヴァン・ナチュールの違い、です。
 最も手短に言うと、ワインの醸造工程、セラー内での添加物および醸造操作に関して、ヴァン・ナチュールは、ビオ・ワインより格段にシビアである、ということです。
 その最も端的な例の一部が亜硫酸(酸化防止剤)の添加量、そして添加酵母およびワインの味付けと矯正(タンニン強化、酸の強化など)の可否です。
 下記の表でお分かりのとおり、亜硫酸ではビオ・ワインは、ヴァン・ナチュールの3倍以上!! の亜硫酸添加が容認されています。
 ビオではない、普通のワインの認可上限は、きっちり5倍! ですね。

 ここで一言、お断りしておきたいのは、以前メディアでもよく見た、「ビオ・ワインとビオディナミ・ワインには、醸造段階での規制はない。ビオ云々は、畑だけのこと」という虚言妄言です。この文言、多いんですよ、あちこちで。ご覧の通り、ビオ・ワインにもビオディナミ・ワインにも、ちゃんと規制はあります。瓶の上に書かれてる認可添加物および醸造介入法も、一般ワイン→ビオ・ワイン→ヴァン・ナチュールとなるにつれて減ってますね。規制があるからです。

 しかし、日本ではメディアや専門書籍でさえ「ビオ・ワインは醸造段階での規制がない。ビオ云々は畑の時点だけのこと」と書いてますよね。そう。混乱してるのは、冒頭に申した、ナチュール・バーのスタッフさんだけでなく、メディアも書籍も、混乱してるのです。だから、悪いのはお店のスタッフさんじゃない、訳ですね。

 また、よく聞く(読む)「ヴァン・ナチュールは、酸化防止剤、添加物が“最小限”なんです!」って言い方も、何の答えにも解決にもなってません。最小限・・・・・。思い切りケミカルで、EU法の上限いっぱいまで酸化防止剤をどっさり入れてる工業的生産者でも、みなインタビューすれば「うちは酸化防止剤は最小限ですよッ!」って、胸を張って堂々と答えてくれます。それが、ワインの世界というものです。
 ゆえ、最小限って何mg/L??? という具体性がないと、全く答えにならない訳です。

 そしてもう一つ、ややこしいのは、ヴァン・ナチュールだけど、ビオディナミじゃないワイン。ビオディナミだけどヴァン・ナチュールではないワイン、が存在することです。
 そのへんを(つい編集者の手癖が出て?)、私流に図にしたのが下の図です。

 黄色の三角(ヴァン・ナチュール)と、緑の三角(ビオディナミ・ワイン)が重なってる部分が、ビオディナミでありかつヴァン・ナチュールであるワインです。

 ただ、この表には一つ欠点があります。それは三角形の形により、亜硫酸添加ゼロが自動的に10mg/L添加のワインより上、との誤解を与えることです。実際には、不安定な無添加ワインの生産者よりも、10~15mg/Lほど添加しているけども目覚ましいワインを造る生産者は非常に多いわけで・・・・・・、この図の上部は三角形ではなくゆるやかな曲線による台形に近いものにすべきですが・・・・・、私のパソコン力ではこれが精一杯だったことをご勘弁ください。

 ちなみに一番目の表で、ボトルの上に激しく列記されている、認可添加物リストも、念のため翻訳しておきますね。

★通常のワインに認可されている添加物と醸造操作:
クエン酸/L(+)酒石酸/L-アスコルビン酸/L-リンゴ酸D. Lリンゴ酸/乳酸/メタ酒石酸/電気膜処理による酸性化※/卵アルブミン/卵黄アルブミン/蒸発による自動濃縮※/逆浸透による自動濃縮※/細菌 乳酸/ベントナイト/重炭酸カリウム/重亜硫酸カリウム/重亜硫酸アンモニウム/炭酸カルシウム/カルボキシメチルセルロース(CMC)/セルロースガム(CMC)/カゼイン酸カリウム/カゼイン/鉱石/キチン グルカン/キトサン/クエン酸銅/魚用のり/塩酸チアミン/二酸化ケイ素(シリカゲル)/酵母殻/電気透析※/β酵素 グルカナーゼ/フラッシュ殺菌/ゼラチン/アラビアガム/リン酸水素ジ アンモニウム(リン酸ジアンモニウム)/酒石酸水素カリウム(酒石クリーム)/活性乾燥酵母(AST)/リゾチーム/酵母マンノプロテイン/小麦またはエンドウ豆由来の植物性タンパク質/メタビスルファイトカリウム/タンジェンシャルマイクロフィルトレーション(※)/ オーク材チップ/濃縮マスト精製濃縮マスト/ポリビニルポリピロリドン(PVPP)/酵素製剤(ペクチナーゼ)/陽イオン交換樹脂※/スクロース(砂糖)/硫酸銅/硫酸アンモニウム/香味タンニン/中性酒石酸カリウム/二酸化硫黄(SO2)

★EU有機ワイン(2012年から施行) 認可の添加物と醸造操作:
クエン酸/L(+)酒石酸/L-酸 アスコルビン酸/乳酸/メタ酒石酸/卵アルブミン(オーバルブミン)/蒸発による自動濃縮※/逆浸透による自動濃縮※/乳酸菌/ベントナイト/重亜硫酸カリウム/メタ重亜硫酸カリウム/炭酸水素カリウム/炭酸塩 カルシウムの/カゼイン酸カリウム/カゼイン/オエノングループ炭/クエン酸銅/魚糊/チアミン塩酸塩/二酸化ケイ素(シリカゲル)/酵母殻/自然アルコール発酵※/ゼラチン/アラビアガム/ジ-アンモニウム(リン酸ジアンモニウム)/酒石酸水素カリウム(酒石のクリーム)/活性ドライイースト(ADS)/小麦またはエンドウ豆由来の植物性タンパク質/タンジェンシャル精密ろ過*/オークチップ/濃縮マスト精製濃縮マスト/酵素製剤(ペクチナーゼ)/スクロース(砂糖)/硫酸銅/醸造用タンニン/中性酒石酸カリウム/二酸化硫黄(SO2)

★デメテルワイン(ビオディナミ)認可、添加物と操作:
卵アルブミン(オーバルブミン)/ベントナイト/醸造用炭/タンジェンシャル精密ろ過/スクロース(砂糖)/二酸化硫黄(SO2)

 赤字部分が、最も直接的に、もちろんテロワールとも土壌等々とも一切無関係にワインに味付け(味変?)できる素材です。酸を足したり、渋みとボディを足したり、という味付けと操作ですね。

 ともあれ。先日、うちの妹がポツリひと言。「最近、雑誌とかネット見てると、明らかに単なるビオ・ワインを、ヴァン・ナチュール!! って言って売ってる店、ほんとに多いよね~~。私がお客なら、ヴァン・ナチュールです~って言いつつ、結構な量の亜硫酸が入った単なるビオ・ワインが出てきたら、腹が立つけどなぁ~」と。
 そうです。USビーフやオージービーフを松阪牛ですと言って売ってはいけませんよね(多分)。ワインも同じです。
 もちろん、このコラムをお読みの方には無縁のお話しです。でも、あなたの街の、ワイン・バーを何軒かまわられると・・・、どうでしょう、現状は?

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

アルト・アディジェの秋霞みたいな・・・・・
ブラジル新世代シンガーの淡・ドゥミセック声。

TIM BERNARDES(チン・ベルナルデス) 「RECOMECAR」

 まるでジェラール・シュレールに啓発された次世代が続々アルザスに、ピエール・オヴェルノワに触発された若手が次々ジュラに。現れてるような勢いさえ呈する最近のブラジル新世代アーティストの活況。先月に続き今月も、傑出した才能です。アコースティック楽器を中心に、極々少ない(俳句的?)音数でゆったりとメローに、音の隙間と残響を聞かせるこのアーティスト。その響きは、まるで晩秋のアルト・アディジェの山地で見る夕霞のような、澄んで映像的な雰囲気。(ジャケットよりさらに線が細そうなトーン、かも)。ちょっとカエターノ・ヴェローゾ似の声の甘さも(ベタ甘、じゃなくドゥミセック、ぐらいで)印象的です。
で、プレイするだけでグッと高まりますよ。秋の夕暮れ~夜長のヴァン・ナチュールのしみじみ、幸せ感が。

https://diskunion.net/latin/ct/detail/1007489218

 

今月のワインの名言:
「アンリ・ジャイエは最後の最後まで、現代技術の誘惑、つまり技術偏重の葡萄栽培や、ワインを単なる商品に堕落させる醸造学に抵抗した」
        ジャッキー・リゴー(「アンリ・ジャイエのワイン造り」著者)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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