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合田玲英のフィールド・ノートVol.84 《 シャンパーニュ:リザーヴ・ワインとドザージュ 》

 今年も恒例のシャンパーニュ試飲会を、9月に東京と大阪で催すことが出来ました。
 ラシーヌは主催者として出来るかぎり新型コロナの感染防止に気を配り、人数や時間を制限しながらの運営となりました。来場いただいた、酒販店と業務店のみなさま、本当にありがとうございました。

 出展ワイナリーは、《シャンパーニュ・マルゲ》《ラエルト・フレール》《シャンパーニュ・フルーリー》《パスカル・マゼ》《ジョゼ・ミシェル》《リシャール・シュルラン》の6生産者でしたが、今回の試飲会の最中、ぼくは昨年亡くなったジョゼ・ミシェルさんの言葉を、頭の中で繰り返していました。

  

  

 

『セロスのようなシャンパーニュは、もちろん素晴らしい。けれども、私たちのシャンパーニュのような、樽熟成と瓶熟成とに時間をかけつつも価格を抑え、多くの人の手に届くシャンパーニュも必要だ』

 既に何度か、エッセイの中で紹介したかとも思いますが、ジョゼさん亡き後、ワイナリーの経営とワイン造りを引き継いだ孫のアントナンが、祖父の言葉としておしえてくれました。
 今回の試飲会のシャンパーニュを一通り飲んでみて、二様のシャンパーニュがあることに気づきました。土壌の個性、自然の静けさや厳しさを直接に伝えようとしているシャンパーニュ―例えば《マルゲ》—と、安心感があり、その場を明るくさせる華やかさを備えたシャンパーニュです。それぞれ、異なったバランス感覚と審美眼をもつ人が造った、美しいスタイルのシャンパーニュです。
 《ジョゼ・ミシェル》や《シュルラン》のシャンパーニュは、完全に後者のタイプのシャンパーニュです。リザーヴ・ワイン比率の高いシャンパーニュは総じて、飲むとリラックスしてしまうような安心感があり、しつこい甘さを感じさせないドザージュは、味わいの印象をほんのりと明るくしてくれます。

【リザーヴ・ワイン】
 シャンパーニュ地方では古来、気候が今よりも寒く、しばしば十分な成熟に果実が達することが出来なかったため、(上出来な年から別に取りおいた)リザーヴ・ワインを用意して味わいを整える手法が出来上がりました。収穫年のVTよりも1年以上長く熟成されたリザーヴ・ワインは、シャンパーニュに果実味の複雑さと酸の落ち着きを与えます。ブレンド比率は10%~40%の間が多いようですが、例えば《マルゲ》のキュヴェ・シャーマンは20%ほどにとどめているので、VTの特徴がより鮮明に出ています。

 ちなみにシャーマンは、表のエチケットに、VTの末尾二桁が書いてあるので、ヴィンテッジ・シャンパーニュだと勘違いされがちなのですが、20%リザーヴ・ワインをブレンドされた、NVシャンパーニュです。造り手のブノワ・マルゲは、例えNVであっても瓶内のワインの大部分を占める、ベースとなるワインの収穫年がパッと見てわかるようにしたかったそうです。ブノワはおととし日本に来た際、プライベートで訪れたレストランで、シャーマン2014という表記を見つけ、NVシャンパーニュであることを正しく伝えてねと、注意を受けました。

 《ラエルト》《ジョゼ・ミシェル》《シュルラン》のNVシャンパーニュのリザーヴ・ワイン比率は40%と高く、瓶詰め前の熟成期間の長いワインの比率が上がるので、味わいもよりほぐれています。
 近年は、日照時間が長く、水不足の方が問題視されることが多く、味わいの質だけでなく、収穫量においても、難しい年どの生産地においても続いています。また、比較的低価格のワインでも、質の高い造りのワインがあり、一方でそのようなワインが、ポテンシャルを発揮する前、収穫年の翌年に飲まれてしまうこともしばしば。その中で、リザーヴ・ワインという考えは、何もシャンパーニュ地方のスパークリングワインに限った考えでなくても良いのかもしれません。

【ドザージュ】
 シャンパーニュでは、年々気温が上がるにつれて果実が今までにない熟度に達することが多くなった結果、ドザージュの必要がないほど果実味と甘みが強くなってきたと話す生産者も増えています。《マルゲ》や《ヴエット・エ・ソルベ》は、ドザージュを絶対にしないと決めている造り手です。両生産者とも、時に、岩肌をフリークライミングするような緊張感のある、余計な味わいを削いでいくスタイルです。
 が他方、ドザージュが与えるのは、単純な甘みや熟成時のコクだけではありません。例えば《ブノワ・ライエ》は、ドザージュはシャンパーニュに何を与えるかという質問に、「喜び、さ」“C’est le plaisir.” と答えています。抽象的な答えのなかに、ワインの造り手は(自分のこだわりを入れつつ)飲み手に喜んでほしいのだという気持ちが表れています。このやり取りも、よく思い出す、好きなやり取りです。リザーヴ・ワインを多く使い、適度なドザージュをする《ジョゼ・ミシェル》や《シュルラン》には、みなで集まって火を囲むような、リラックスした雰囲気があります。

 それぞれの造り方に美しい形があるのだな、と改めて再認識させられた試飲会でした。

 

~プロフィール~


合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修 
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住

 
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