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ドイツワイン通信Vol.108

温暖化とコロナの影響

 今年も収穫の季節がやってきた。
 モーゼル上流で、ルクセンブルクとの国境近くにあるリンケ醸造所Weingut Rinkeでは、9月7日にフリューブリュグンダー(ピノ・ノワールの突然変異で、2週間あまり早く[= フリューFrüh]熟すことから、この名がある。果皮が薄く、しなやかな酒質の赤ワインになる)から収穫を始めた。11日にはシャルドネ、ピノ・ブラン、ピノ・グリ、ムスカテラーを一度に収穫。これはゲミシュター・ザッツ(混醸)となる。16日にはロゼにするシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)、25日にはベーシックなキュヴェにするリースリングの収穫に入ったそうだ。ちなみに、リンケはイミッヒ・バッテリーベルクの醸造経営責任者ゲルノート・コルマンが、2005年に立ち上げたプロジェクトで、今は彼の手をはなれてリンケ夫妻が運営している。

・2020年の収穫状況

 ザールのファン・フォルクセンでは9月21日から、ヴァイスブルグンダーの収穫を始めている。今年の9月は理想的な好天に恵まれ、ドイツ各地で絵にかいたように美しいブドウが収穫された。
 今年の天候の推移を振り返ると、4月は大雨が続いたスペインや南仏とは対照的に、ドイツでは暖かく乾燥した日が続いた。5月上旬にフランケンと旧東ドイツの産地で遅霜の被害があり、収穫の約30%減が見込まれている。6月は冷涼で雨がちで、上旬から始まった開花は長引き約3週間続いた。花振るいは少なかったが、房や、房の部分によっても成熟度にバラつきがある状態だという。さらに7月から8月中旬まで、35℃を超える猛暑と干ばつで、昨年ほどではないが、房の直射日光にあたる部分が太陽に炙られて、焦げて干からびたようになる日焼けの被害が出ている。だから収穫時の房の状態の見極めと選別が、例年に増して重要となる見込みだ。幸い8月下旬から若干涼しくなって雨が降り、生産者達は胸をなでおろした。

・収穫作業と感染対策

 ただ、今年は新型コロナの感染対策で、収穫作業を例年通り行うわけにはいかない。春先に心配された、国外からの季節労働者の入国禁止で人手不足に陥るという事態は、入国前のPCR検査と、入国後の14日間の隔離をはじめとする、行政機関による具体的な指針に従うことで回避された。ラインガウでは、主にルーマニアやポーランドからやって来た、約1000人の収穫作業者たちのために、臨時のPCR検査場を3カ所に設置し、一人75Euro(約9,300円)で受診できるようにした。また、作業者はできるだけ5人、最大10人までのグループに分け、異なるグループ同士が接触しないようにする。宿泊施設も大部屋ではなく、少人数で泊まれる部屋を用意し、日用品や食品の買い出しは醸造所の人が代行する。宿泊施設と畑の移動では、車は定員の半分まで乗せて空席をつくり、密を防ぐ。収穫作業中も、作業者同士の距離は2m、マスクを着用しても1.5m空けること、といった対策をとっているそうだ。万が一感染者が出た場合は、収穫作業をそのまま続けることは出来なくなる。保健所への申告や濃厚接触者の検査などで、貴重な時間と人手をとられることは、なんとしても避けねばならない。

 収穫作業は、朝から日が暮れるまでの長時間にわたる重労働である。とはいえ例年ならば、仲間同士で雑談に花をさかせながら長閑に行われることが多い。しかし今年は無言で、孤独に、地道に働き続けざるを得ないだろう。私がモーゼルに住んでいた頃、ブドウ畑の斜面で収穫している人々を見かけると、近づいていって写真を撮ったり、話を聞いたりしたものだが、今年は「近寄るな」と追い返されることになりそうだ。考えただけで切なくなる。

・2020年の味わい予想

 さて、今年のモーゼルのリースリングは、どのようなワインになるのだろうか。それはもちろん、リースリングの収穫が山場を迎える10月を過ぎてみないとわからないが、現時点では、2019年産よりも酸が若干緩めに仕上がる可能性がある。

(出典:DLR Mosel, Kellerwirtschaftlicher Informations-Service (KIS) Mosel 2020, Nr. 8, 23.09.2020)

 上の表はラインラント・ファルツ州の農業サービスセンター・モーゼル支部(DLR Mosel)が、ほぼ毎週で出しているブドウの分析値と栽培・醸造の注意点に関するレポートに掲載された、9月21日の測定結果だ。リースリングは地域をテラッセンモーゼル(モーゼル下流)、ミッテルモーゼル(中流)、トリーア(=ベライヒ・ルーヴァー)、ザールに分けて、さらにそれぞれカテゴリー I(最上の畑)、II(並の畑)、III(立地条件に恵まれない畑)に分けて測定している。分析項目は左列から果汁糖度(°Oe)、総酸度(S g/L)、pHで、今週(“aktuelle Woche“、9月21日)、先週(“Vorwoche“、 9月14日)、昨年(“Vorjahr“、2019年9月23日)と並んでいる。

 現在のリースリングの果汁糖度は、昨年とほぼ同じ状況だが、テラッセンモーゼル(下流、ライン川との合流地点に近いほう)とミッテルモーゼル(中流)の最上の畑では、既に90°エクスレ(潜在アルコール濃度12.4%)に達している。温暖なテラッセンモーゼルの総酸度は9.9g/L。圧搾や清澄過程で2g/L前後は自然に減酸されるそうなので、そろそろ収穫しても良い頃か。実際、近年はグラン・クリュから収穫を始めることもよくあると聞く。
 一方ザールでは、最上の畑の果汁糖度は昨年を明らかに上回り(78°Oe→86°Oe)、総酸度は昨年より低い(11.0g/L→9.5g/L)。他の地域でも、果汁糖度は昨年を若干上回り、総酸度はわずかに低く、pH値も若干高い傾向がみられる。だから農業サービスセンターは、今年は果汁糖度よりも総酸度とpH値に気を付けるよう注意を促している。周知の通り、pH値が高いと悪さをする微生物が繁殖しやすくなるので、なるべく気温の低い午前中に収穫して速やかに圧搾するか、収穫したブドウや果汁を冷却するか、場合によっては亜硫酸塩を使用して、微生物の活動を抑制するようにアドヴァイスしている。また、補酸を行うこともpH値を下げるので、醸造上のリスクを下げるのに有効だという。

 そういえば、ファルツのハンメル醸造所Weingut Hammel & Cie.では、9月中旬の収穫作業は、夜中の午前3時ころに始めて、遅くとも午前10時には終えるそうだ。昼の暑さを避け、夜から朝の涼しい時に収穫したほうが、新鮮な果汁のアロマが良く保たれるという。十分に気温が下がれば、一日中収穫するそうだ。なるべく低温を利用した収穫は、醸造上のリスクを避ける意味もあるのだろう。農業サービスセンターの助言とともに、今後は早朝の収穫が各地で普及するのかもしれない。

・1980年代の酸度

 補酸にしても1990年頃までは、ドイツワインでそれが必要になるなど想像も出来なかったことだ。よく知られているように、1980年代までドイツワインは甘口が主力だったが、それは、ワインを料理ではなく、会話とともに飲むという消費スタイルが一般的だったことと、甘味でバランスをとらねばならないほどに酸度が高かったことが、主な理由だ。ブドウは毎年完熟するとは限らず、周知の通り晩熟なリースリングは、10年に2回か3回完熟する程度だった。
 たとえば、気候温暖化以前の最後の年と言える1987年の、モーゼル産リースリングの収穫時の果汁糖度は、53~65°エクスレ止まりだったという。1980年代で最も冷涼だった1984年に至っては、10月24日の収穫で果汁糖度が53°エクスレ、総酸度17.4g/L、pH値は2.8。11月14日の収穫は58°エクスレ、総酸度13.6g/L、pH値2.9であった(参照:Otmar Löhnertz, Weinbau und Klimawandel, Hochschultag JLU Gießen 2018)。
 11月半ばまで辛抱強く熟すのを待っても、潜在アルコール濃度7.5%前後までにしかならなかったわけだが、そういう年のワインは、逆に記憶に残るものかもしれない。20年以上前に、1984年産のザールのヴィルティンガー・ヘレのクヴァリテーツヴァインを飲んだことがある。あれは甘口だったと思うが、それでもなお存在を主張する強烈な酸味は、今なお忘れられない。

・温暖化と栽培環境の変化

 その当時に比べると、現在は早くも9月下旬に、立地条件に恵まれていない畑のリースリングでさえ70°エクスレは超えているのだから、隔世の感がある。21世紀に入って最初の猛暑の年だった2003年でも、リースリングの収穫開始は10月7日頃だった。それが2018年には9月末、2019年はそれより数日遅れ、2020年には9月25日に既に始まっている。収穫開始時期だけ見ても、1980年代に比べると、ほとんど別の産地と言っても良いほどに、栽培環境が異なってきている。

1955年から2018年までの、エルトヴィレ(ラインガウ)におけるリースリングの収穫開始時期を比較したグラフ。10月10日より遅いとグラフが上に伸び、早いと下に伸びる。1990年頃から、明らかに早まっていて、近年はその傾向が強まっているのがわかる。(参照:Otmar Löhnertz, Weinbau und Klimawandel [既出])

 周知の通り、ブドウの生育には、4月から10月にかけての平均気温が重要だ。ガイゼンハイム大学の学長で、温暖化によるブドウ栽培への影響を研究するライナー・シュルツ教授によれば、かつては15~15.5℃だった成長期の平均気温は、2018年には18℃に達しており、これはオーストラリアのアデレード・ヒルズと同等だという。アデレード・ヒルズは標高300m以上に位置する、オーストラリアでも冷涼な産地だが、北緯50°付近に分布するドイツの産地は、南緯35°のアデレード・ヒルズより高緯度なので、夏の日照時間が1日あたり2時間前後長く、ブドウの成熟に寄与しているそうだ。(参照:Lutz Reidt, Merlot und Chardonnay vom Rhein. Weinbau und Klimawandel, Deutschlandfunk Kultur 08.09.2020)

・栽培条件の遷移と品種の変化

 ドイツはもはや伝統的生産国の中でもっとも北に位置する、冷涼な産地とは言い切れないところまで来ているように思われる。むしろカリフォルニアやオーストラリア、あるいはトレンティーノ・アルト・アディジェなど、北国という枠にとらわれずに、類似した栽培条件の産地を世界各地に探して比較していったほうが、現在のドイツワインの個性を理解するのには良いかもしれない。

 栽培条件の変化は必然的に、品種やワインのスタイルにも影響を及ぼす。DWIドイツワインインスティトゥートの統計では、1995年に約20%だった赤ワイン用品種の栽培面積は、2019年は33%と、その割合を増やしている。半面、ドイツのブドウ畑の22%を占めていたミュラー・トゥルガウは、11,753ha減らして11%減少しているが、それは1990年代の赤ワインブームの影響や、リースリング、フランス系品種のワインほどには高くは売れないという事情とともに、気温が低くても成熟し、多量の収穫をもたらすことが出来るという、ミュラー・トゥルガウの持つ特性に対する需要が減少していることも反映している。この点では、赤ワイン用品種の中で最も栽培面積が減っている、ポルトギーザーでも同じことが言える(1995年から1,770ha減少)。
 冒頭で触れたリンケ醸造所で、ゲルノート・コルマンがシャルドネ、ピノ・ブラン、ピノ・グリ、ムスカテラーの他に、ピノ・ノワールとヴィオニエを植樹したのは、記録的な猛暑の2003年から2年後の2005年だった(参考:https://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/diary/201407160000/)。また2007年、ルーヴァーのフォン・シューベルト醸造所が、所有するグラン・クリュ、アプツベルクの畑の中央部1haで、リースリングの古木を引き抜いて、ピノ・ノワールに植え替えている(参考:https://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/diary/200705310000/)。現在、モーゼルの赤ワイン用品種の栽培比率は9%にすぎず、リースリングが62.2%を占めるが、栽培条件が温暖化する中で、今後は品種構成や植樹の際に考慮される立地条件に、変化を余儀なくされていく可能性が高い。

・スタイルの変化と100年前のリースリング

 ワインのスタイルに関して、収穫時の果汁糖度の上昇にともなうアルコール濃度の上昇は、モーゼルの典型的なスタイルとされる、ほっそりとして繊細なスタイルのワインの醸造を難しくしている。一方で、辛口系のワインにおいては一般に、酸の角がとれて華やかで、総じて親しみやすくわかりやすい方向へ向かっているように思われる。
 ただ、酸の代謝に関しては、成熟期の昼夜の寒暖差が重要なので、温暖化とひとまとめにして片付けることは出来ないのは、除酸の必要に迫られることの多かった、2010年産のリースリングが最も端的に表現している。また、剪定を工夫して発芽時期を1、2週間遅らせたり、葉を取り除いて光合成を抑制したりすることで、成熟を遅らせるという工夫が、近年取り組まれるようになっている。

 それでは温暖化が始まるずっと前の、ドイツワインが世界各地でボルドーやブルゴーニュと並び賞賛されていたという、1900年頃のリースリングは、どのような味わいだったのだろうか。ラインガウのシュロス・ヨハニスベルクの記録によれば、当時の収穫はおおむね10月中旬以降に始まることが多く、11月初旬のことも度々あった。つまり、現在とは栽培条件は異なり、収穫時の果汁糖度も低いことが多く、酸度も相応に高かったはずだ。当時は冬の寒さが厳しかったので、年の瀬が近づくと発酵は自然に止まり、翌年春になると再び始まった。そうして木樽の中で2、3年過ごしたあとで、瓶詰されたものだったという。

 1904年に出版されたワイン本の中に、当時のモーゼルワインの味わいについて述べた一節がある。
 「優良なモーゼルワインはその軽やかな酸味が爽快で、涼やかで、元気づけてくれる。さらにそれは力強く、同時に大きな酒躯を備え、他に真似することのできない、風味豊かな、優美な、そしてまろやかな香りがある。アルコール濃度はあまり高くないが、それでもこのワインはスピリットを備え、高貴である。第一級のものはしかしながらビン熟を経て初めて、世界に類を見ない、非常に芳しい香りを花開かせる。(中略) ザールのワインはとりわけ優美で、強い芳香、非常な口当たりのよさと控えめな酒躯で、モーゼルのワインといささか異なるが、ザールのワインとして知られているのは地元だけで、遠く離れた都市のワイン商では、ほとんどもっぱらモーゼル産として売られている。」(中略)「健康に関してはまた、ほろ酔いはしても正気を失うことがなく、二日酔いもほとんど残らないという点も、モーゼルワインの美点として賞賛するに値する。それはまた胆石や腎臓結石に効くことで有名だ。ほどほどに楽しめば食欲を増進させる。ただひとつ、モーゼルワインには修正の出来ない恐ろしい欠点がある。つまり『誘い込む』ところがあり、それ故に満ち足りて渇きがおさまるまでにはかなりの量を飲まねばならないのだ。世界中のワインを見回しても他にない、なんという悪質な欠点であろうか!」(参照:F. W. Koch / Heinrich Stephanus (Hrsg.), Die Weine im Gebiete der Mosel und Saar, 2. Aufl., Trier 1904、拙訳:ドイツワイン通信Vol. 14)

 こうした味わいのリースリングが今造れるとすれば、標高の高い位置にある畑や、北向きの斜面といった、ブドウの熟しにくい、従来ならば恵まれない立地条件にある畑の収穫で、醸造できる可能性はある。例えばファルツで、通常のブドウ畑が海抜120mに広がっているのに対して、海抜350mの高地にあるオーディンスタール。あるいはファン・フォルクセンが2015年から取り組んでいる、忘れられた銘醸畑オックフェナー・ガイスベルクが想起される(参考:http://racines.co.jp/?p=6034)。
 しかしながら現在、100年前の醸造を意識してワイン造りを行っている、熱心な生産者達が取り組んでいるのは、懐古趣味で100年前のリースリングの味わいを蘇らせようとしているのではない。1990年代までは積極的に採用された、工業的に製造された醸造補助物質の利用や、科学技術による醸造への人為的な介入への反省が、彼らの醸造姿勢の根本にある。100年前と同様にブドウ果汁と野生酵母だけで、少量の亜硫酸塩以外は何も添加せず、伝統的な樽で必要なだけ時間をかけて醸造したワインは、あくまでも現代の栽培条件が反映されたリースリングであることを、改めて認識するべきかもしれない。

 温暖化による旱魃や大雨、遅霜や雹といった、極端な天候の増加のほかに、大気中の二酸化炭素濃度の増加というファクターも、ブドウ栽培に影響を与えずにはおかない。さらに今年は新型コロナによる、従業員への感染症対策のほかに、販売状況にも相当な影響が出ているはずだ。2018年という平年を約20%上回った豊作のあとで、2019年産の販売がスタートした2020年春から、ロックダウンや営業時間の制限で、売上や輸出量は相当減少しているものと思われる。幸い2019年産の評判は良く、2020年の収穫量は前年同様に平年並みと見込まれている。品質については10月の天候次第だが、10月上旬は雨勝ちで冷涼になるようだ。生産者の事業環境は厳しさを増しているが、その先にある希望を忘れないようにしたい。

 

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
(株)ラシーヌ輸入部勤務。1998年渡独、2005年からヴィノテーク誌に寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)や個人サイト「German wine lover」(https://mosel2002.wixsite.com/german-wine-lover)などで、ドイツワイン事情を伝えてきた。2010年トリーア大学中世史学科で論文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得し、2011年帰国。2018年8月より現職。


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