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ファイン・ワインへの道vol.50

公開日: : 最終更新日:2021/02/01 寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

ワイン怪談、Vol.2。人体実験の恐怖。

 すっかり朝夕、涼しくなった季節に、時季外れな怪談(?)で申し訳ないです。しかしこの話、やはり身につまされる面が多く、お伝えできればと思います。
 それは比較的最近、カリフォルニアで行われたセミ・ブラインド・テイスティングの結果です。ワインのプロ約20名を集めての(自称、を含めたかどうかは不明)、何点かのワインのセミ・ブラインド試飲だったのですが・・・・・、まず前半「これは10ドルのワインです」と告げられて出された同じワインを、その後、何本かのワインを間に挟んだ後に再度、「次は50ドルのワインです」と告げて試飲させたところ、二回目のほうが圧倒的に評価コメントが高くなった、というのです。
 もちろん2回目、50ドルと告げられたワインの中身は、1回目と同じ10ドルのワインです。
 プロでも、ワインを味ではなく値段で判断している。
 プロでも、ワインを味だけで判断できていない。

 もちろん、この主催者が非常に智恵者で、限りなく50ドルの味に近い10ドルのワイン(あるかな??)を選んだのかもしれません。
 もしそうだとしても、それなら1回目、10ドルと告げられた時の評価の低さは正当化されません。プロなら、50ドルのワインの味に近い10ドルのワインが(もしも)出れば、激賞してあげないとね、でしょう。
 この結果は、僕にとっては十分に“怪談”でした。皆さんには、いかがですか? え、“私の周りのワイン・ラヴァーはみんなたいていそんな感じ”? と聞いて、我が身をふり返ると、さらに背筋が寒くなる気がします。
 つい最近もいました。「ブルゴーニュのグラン・クリュみたい~」とエキサイトして飲んでたワインの値段が1本9000円(上代)、と聞くと急に「なぁ~んだ、9000円のワインか」とテンションが下がった人(ウイリアム・ダウニーのピノ、ギップスランドでしたが・・・)。逆に、ワイン・バーで「ブルゴーニュ、ニュイ・サン・ジョルジュです~」と言われて出されると、未熟果の青みたっぷり、または勇み足全房発酵(=青苦。多いでしょ、最近)でも「美味しい~」とリアクションし、見事なピノ・ノワールなのにカリフォルニアやオーストラリアの無名生産者だと分かると、「ふ~ん、カリフォルニアね」と急に上から(見下げ)目線になる方々も・・・・・・、
 結局は先述の「10ドルのワインが、50ドルと言われた瞬間、有り難がる“プライス・ドリンカー”」なんじゃないでしょうか?

さて、プロの皆さん正しくフィネスを判断できてますか・・・・・・?
(写真は本文とは無関係です)

 この寓話をさらに少し拡大すると、世には「60ドルぐらいの味の価値しかないようにさえ思えるのに、600ドルで堂々と流通してるワイン」も少なくないように思えるのですが・・・・・・、どうでしょう?
 ナパでボルドーの会社がジョイントで出してるワイン等々を・・・・・・ブラインドで出すと、価格はどう推測されそうでしょうかね?
 もちろん「高価で、知名度があることが価値。ブランド・バッグと同じ」という層も、お客様としては大切(しかも、ラク)ですが。

 さらに翻って逆に。
 価格が良心的すぎるゆえに不当に“なめられてる”ワインも未だ悲しいほど多いように思います。一部の真摯なプロセッコ、オーストリアの優良グリューナー・ヴェルトリーナー、そしてドイツの優良生産者の白の数々。なんともナチュラルな造りで、亜硫酸添加も少なく、ス~~ッと心地よく身体に溶け込むような味わいが、上代2,300円前後という価格で、逆に軽視される。
 う~~ん、この味なのに、なぜ?? 2,000円のワインを、価格の倍の値打ちがある! と言い切るほど、自分に自信がない?? だとすると、やはり値段で選びますか・・・・・・?

 と、話がややこしくなったので、少し軽めの人体実験怪談・その2、です。これはやや可愛い悲しいお話しです。今回も、被験者はソムリエさんたち。とあるアカデミックな方が、数名のソムリエさんを集め、彼らのテイスティング用語に頻出するスパイス、ハーブなどの実物を、ブラインド状態で匂いを嗅がせ、何の匂いか当てさせる実験をしました。目隠しではなく、紙コップの中にセージなり、甘草なり、クローヴ、チャービルなりを入れ、アルミホイルで蓋をして針で穴を開けて嗅がせたそうです。
 すると・・・・・・。
 全てではないにしても、大外れ、または全く分からないものもあった、というのです。普段(毎日?)、「このワインは、セージの香りです!」と明るく元気に言ってるソムリエさんの当の本人が、実際セージを出されると、それが何の香りかが分からない・・・・・・。これもまた、悲しき怪談ですよね。
 しかしながら実際、菩提樹、リコリス、花梨、白檀、等々といった試飲コメントは、一般の消費者にどの程度“伝わって”るのでしょうかね・・・・・。クローヴでさえ、やや怪しい。
 そんな不確かさの上に、日々ワインの世界は立脚してるのですかね・・・・・。

 ともあれ。自分なら、20ドルのワインが100ドルですと言われた途端に急に有り難がったりしないか、“プライス・ドリンカー”、“ラベル・ドリンカー”じゃないか・・・・・・機会があれば想起してもらってもいいかもしれません。きっと今、この毒文をお読みの皆さんは、ちがうと思います。周囲の方は・・・・・・、いかがですか?
 (もちろん私自身も、20年少々前までは、全くその口、でした・・・・・・。お恥ずかしい限りです。そんな輩が人様に文を書くこともまた、怪談かもしれません・・・・。)

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

上質ペット・ナット味?
ブラジル新世代、女性ボサ・シンガーの歌声。

Mallu Magalhaes(マルー・マガリャインス)「Sambinha Bom」

 ボサ・ノヴァの浮遊感と洗練感を受け継ぎつつ、より肩の力の抜けた、リラックス感ある音を紡ぐ次世代ブラジリアン・アーティストの“ほっこり感”が最近、本当にいい感じになってます。
 その筆頭が、このマルー・マガリャインス。まだ28歳。でも、ナラ・レオンら、先輩ボサ・ノヴァ女性シンガーの美点は受け継ぎつつさらにゆるく、パーソナルな音。ひとり言、みたいな歌声と、シンプルな音数、そして秋のブラジルのほっこり温かな日射しみたいな美しいメロディーと声(かわいいめ)は、まさに傑出した才能。
 この曲ともう一つの代表曲「Vai e Vem」は、まさに耳で味わうロワールの亜硫酸無添加ペット・ナットみたいな・・・・・やさしさ、美しさです。

 

今月の言葉:
「値段を知っていても、価値を理解したことにはならない」
                     カール・ゴッチ(プロレスラー)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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