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ファイン・ワインへの道vol.49

公開日: : 最終更新日:2020/09/01 寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

怪談。テロワールは、粉の形。

 まだまだ暑い時期に、暑苦しい話で申し訳ないです。でも実際は、肝が冷える話・・・・・、ほとんど怪談かと、少なくとも私個人は感じます。
 皆様、この“商品”、何かご存じでしょうか? BM45、ICV-D254、QA23、RHONE2323、UCD522、BP725、MAXITHIOL……。
 それぞれの働きは、BM45→ジャム、スパイス、土っぽさ、パワフルな飲み応えと濃い色素。ICV-D254→ナッツ香とスムースなタンニン。QA23→柑橘とパッションフルーツの香り。RHONE2323→カシスフレーヴァーを強調。UCD522→複雑なフレーヴァー。BP725色素抽出とスパイシー・アクセント。MAXITHIOL→グレープフルーツ、カシス、シダなどの芳香性チオールを強化……。
 はい。お気づきのとおり。添加用・売れっ子培養酵母の、極々一部です。この酵母を添加すれば、ワインがこんな味になりますよぉ~~、ってことですね。ニュージーランドの偉大なテロワールが、ソーヴィニヨン・ブランの鮮烈なグレープフルーツ香を生んだのか、いやいやそれは単に添加酵母MAXTHIOLの力で、この酵母を使えば似たワインはどこでもできるのか・・・・・・。酵母メーカーのカタログには「こんな気候と土壌が向いています」とは全く書かれてないところを見ると、どこでもこの酵母を使うとグレープフルーツ香が出るのかもです。

 他にも、こんな商品もあります。アイシングラス(魚の浮き袋のゼラチン)、オヴォピュア(卵白粉末)は、共に清澄剤だけでなくタンニンを弱めることも可。炭酸カリウム、および炭酸カルシウム(除酸剤)。アラビアガム(口当たりを重くする効果もあり。ポスターカラーや水彩絵の具にも使われる)。そしてメガ・パープル(ワインに濃度、厚み、タンニンを加える)。
 これだけ並ぶと、猛暑で酸が落ちた際に補酸剤として大活躍するスター、酒石酸さえ影が薄くなってきますね・・・・・・。「最近、世界中のソムリエや消費者は、酸が高いワインが好きみたい。じゃ、今年はちょっと発酵タンクに酒石酸多めに入れておくか。業者に、ちゃんと注文しといてね、酒石酸」、てな使われ方も少なくないようですね。酒石酸。昔、ヴァニラ香(樽香)付けに大活躍したオークチップに替わる人気、でしょうか。

 と、ワインの味を(テロワールとは何の関係もなく)修正、調整、および味付けできるテクノロジーの一端について、極軽くご紹介した訳ですが・・・・・・。しかし。そんな技術の数々は“いい面もある”のです。「今日、ワイン価格の頂点と底辺は人類史上かつてないほど開いている。そして同時に。ワイン品質の頂点と底辺は、かつてないほど縮まっている」とジャンシス・ロビンソンM.W.。そう、上記のような香味補正剤のお陰で、昔はもっとひどかった最・廉価帯ワインの味が、格段に良くなっている訳です(スーパーの、800円ぐらいのワイン等々も含め)。ワインがより多くの人々に広まるきっかけとしては、そのことは前向きに捉えてもいいかもしれませんね。

カリフォルニアで毎年開催されるワイン関連産業の巨大見本市、「Unified Wine&Grape Symposium」の様子。樽や発酵タンク会社などの中に、「流行の味を作り出す」酵母メーカーも多数出展。約14,000人のワイナリー関係者と栽培家が訪れる。

 しかしそれにしても。酸(ミネラルと混同されがち)は補酸で強調可、スパイス香はBM45酵母の添加で現出可等々の背景を知っているのか知らないのか、もしくは生産者の香味調整剤の使用、不使用を推測する気さえないのか。少なからずのソムリエ諸氏やジャーナリストも、ワインを試飲した瞬間、「テロワール・ワインだぁ~。この産地ならではのテロワールだぁ~」って、頭ごなしに妄信、そして絶叫気味に喧伝されてるように感じることが少なくない気が、最近するのですが・・・・・・、どうでしょう?  「花崗岩土壌ならではの強靱な酸とミネラル」は、たっぷりの補酸の成果では? 「泥灰土壌ゆえの多層的なスパイス香」は、よくできた添加酵母のお陰かも? と、時には立ち止まって考えてみることも、必要じゃないかと感じるのです。貴方が思うテロワールは、土や気候ではなく人間が合成した“粉”が生んだものかも知れないのですから。

 なにせ先述のような添加剤とその組み合わせを研究推進する人々は、例えばアメリカの場合、元々はファストフード会社でフレンチフライからチキンナゲットまでの揚げ物すべてを最高の味にするためのトランス脂肪酸フリー食用油の開発で成果を挙げ、「ワイン関連での仕事はファストフードの開発と“ほとんど同じこと”と言う」(※1)人々まで含まれた大企業なのですから・・・・・・手強いです。

 そんな人々が作り出す罠には、世界ソムリエ大会の決勝に残るようなトップ中のトップ・ソムリエさえ、足をすくわれている訳です。彼らが大会で、アブルッツォのモンテプルチアーノをアルゼンチンのマルベックと間違えても、ソムリエを責めてはいけない。なぜならそのワインは、どちらも売れ筋の添加酵母と多種多様な香味調整剤で改造された、“同じようなワイン”だったかも知れない、のですから。
 少なくとも、冒頭に述べた酵母会社のカタログを見る限り、その製品はフランスらしさ、イタリアらしさ、南アフリカらしさ、オーストラリアらしさ等々は、全く追求も訴求もされてないように思えます。むしろ逆。地球のどこでも、同じような(そこそこ楽しめる)ワインを造る手助けを目指してる感があります。
 だからでしょうか? 自然派ワインを置かないバーやレストランで、いろんな国のワインがズラッとグラスワイン・リストに並んでるのに、どの国のワインも似たような味・・・・・って経験を、よくするのは。
 遠く遠く離れた国々のワインが、不思議なぐらい同じような味。でも売る方(時々、書く方も)は“テロワール! ”を連呼絶叫する。それはやはり、僕にとっては“怪談”です。皆様は、どうですか?
 あ、何だかいかにも、だから自然派ワイン、ヴァン・ナチュールは貴重なんですね、って結論になりかけてる感じがありますが・・・・・。
 そもそも、普段から自然派ワイン中心に日々を美しく過ごされている方々には、今回の話は何の関係もない話でした。
 残暑の時期に無駄話を大変、失礼いたしました。え、怪談で少しだけ涼しくなれた、ですって??
 参考文献(※1)『熱狂のソムリエを追え!』ビアンカ・ボスカー(光文社)

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

メロウ&スロー。
キューバ新世代、女性ヴォーカルの美声で涼む。

Haydée Milanés feat. Pablo Milanés 「Amor」

 まだまだ暑さが残る時期、涼をとるならキューバのメロウ音楽ですね。このコーナーで(しつこく?)申し上げているのですが、キューバ音楽はアッパー・ダンス音楽ばかりじゃございません。しっとり、メロウ&スローな音でも、キューバは良音・宝音の金鉱です。
 その新世代の中でも屈指の美声、アイデー・ミラネスの最新作がこちら。この人ならではの透明感と艶のある歌声は、まるでやや冷ためのプールサールかピノ・ドニス、およびそれで造ったロゼの趣きさえあります。CDは二枚組で、スローから軽快なミッド・テンポまで。さらに幅広くキューバ的リラックス感を味わえます。

https://www.youtube.com/watch?v=ZBtdEbwL6PQ

 

今月のワインの言葉:

『わたしたちは今、レモネードが人工の香料で作られ、家具の洗剤が本物のレモンで作られている時代に生きている』
               -アルフレッド・E・ニューマン-

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。


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