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合田玲英のフィールド・ノートVol.82 《 エステザルグ協同組合醸造長:ドゥニ・ドゥシャン 》

 「 フランス最小の協同組合」「ジャン・フランソワ・ニック(現フラール・ルージュ)が醸造長を務めた」などの修飾語で語られることが多い【エステザルグ協同組合】。
 全くの日常的な価格にもかかわらず目覚ましく純度の高い味わいは、1980年代と90年代のヴァン・ナチュールの黎明期に多くの人の心をつかみ、現在でもパリやフランス全土で広く親しまれています。
 現在の醸造長、ドゥニ・ドゥシャンは2000年代に、エステザルグ協同組合の醸造長となり、以来、総栽培面積550ha以上、平均年産160万本という量を、毎年安定して生産していて、畏敬を集めています。それどころか、気候が変動により毎年のように降雨量や猛暑日の記録が塗り替えられていく中、毎年のように、目覚ましく純度の高い味わいのワインを造り出しています。

 先日もBIBからチョボチョボと小さなグラスに注がれたキュヴェ・デ・ガレの2019年を飲んで、品種と複数区画産ワイン特有の包容力も相まって、こんなに美味しくてよいものかと、つくづく思ってしまいました。 “コスパいい” なんて言葉はふさわしくない。各国のナチュラルワインのインポーターが、輸入しているにもかかわらず、情報交換や世間話の場で、エステザルグの名前が挙がることはないし、SNS上でも、各国のインポーターの生産者紹介以外の記事は見つからないけれど。

 フランス最小の協同組合といえども、醸造長のドゥニはワイン造り全体の手配を含めたマネージメントに多忙で、多量の事務仕事を抱えながらのワイン造りで、年間1万数千本の生産量のヴィニュロンのワイン造りとは、出来ることと出来ないことはきっと違うのでしょう。
 以前はブドウの栽培農家によって、リュット・レゾネとビオロジック認証を取っている生産者がいましたが、2019年には組合でも最後の栽培農家がビオロジック栽培へと転換し、2021年VTからすべての栽培農家がビオ認証を取得します。そのため、複数の農家から供されたブドウをもとにしたブレンドワイン、〈キュヴェ・デ・ガレ〉や〈プレン・シュッド〉も100%ビオロジック栽培のブドウとなる予定です。
 今年の冬に挨拶に行った際も、「いいニュースだ!」と、真っ先にそのことをドゥニは教えてくれました。3年ほど前に訪ねた時には、「長年変わってこなかったからねえ。すべての栽培農家のビオロジック栽培への転換は難しいかなあ」と言っていたと記憶していますが、農家の方でも世代交代などの変化があったのかもしれません。

 

 COVID-19により、フランス国内でもワインの消費量が大幅に減り、蒸留してアルコールにしてでも、タンクを空けないと、2020年VTの醸造が出来ない状況であることが、web上でも報じられています。エステザルグでは、そのような状況には追い込まれず、販売の多くが小売りであったことも幸いして、外食に行けない顧客が継続的に彼らのワインを求めてくれているそうです。
 電話口では “幸運にも” という言い方をしていましたが、エントリーレベルの白ワインである〈プレン・シュッド〉でも樽熟成をするなど、徹底した品質追及の成果でもあるのだと思います。

 ワイン生産地として無名な国や地方でも、スター選手のような突出した小規模生産者の登場で、一気にその地域や品種に注目があつまり、ワインも大いに消費されてしまいます。一方、いつも欠かさず在庫していて、いつも間違いなく美味しいワイン(過度に安定求めるとそれはそれで、個人的には残念)は、実力があるだけに損な役割です。特別に注目されることもなく、確実に目利きたちの間で費消されていってしまいがちですが、こんな時だからこそ、日ごろ口にするワインの長所を拾い上げて楽しんでいきたいです。

古い写真ですが、小石(ガレ:Galet)の多く転がる、一帯の典型的な畑の様子。

巨大なタンク。ボトル何本分だろうか。実際は、中は 3 層に分かれていて、それぞれの層のワインを循環させることで温度管理をしたりもできるらしい。

 

~プロフィール~


合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修 
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住

 
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