ファイン・ワインへの道vol.48
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
アヒル白鳥化現象”筆頭。シルヴァネール、礼賛
白鳥になる可能性たっぷりのアヒルの子(醜いのか?)、というブドウ品種が、世界中にあると思うのです。
いよいよ盛夏。カツンと冷やしたミネラリーな白が美味しい季節。そんな今、つい手が伸びるのがシルヴァネール、ですね。はい。アルザスでさえ、三流品種扱いの品種です。なにせ2006年まで、グランクリュの畑に植わっていてさえ、グランクリュを名乗ることが許されなかったほど、不憫極まりないこの品種。2006年にやっとグランクリュ認定されたシルヴァネールの区画も、わずかゾッツェンベルグ1箇所のみ。南北170km間に、51個もグランクリュがあるのに・・・・・、ですよ。彼の地には。
アルザスで“高貴品種”とされるリースリング、ピノ・グリ、ゲヴェルツトラミネール、ミュスカよりも、格段に軽視されているシルヴァネール。
しかし。このコラムのお読みの皆様には逆に、ここまで書いてきたことが信じられない方々も多いでしょう。いかにアルザスAOC委員会が、毎年ガングランジェやシュレールのグランクリュ認定剥奪策謀(近年、益々激化中の様相)に忙しくて、シルヴァネールなんかに構う暇がないとしても、です。
華やぎと活力に充ち満ちた白い花と、緑のシトラス、金柑のアロマ。イキイキ、キラキラと弾ける酸の躍動感、高貴さと繊細さを併せ持つ果実味の舌ざわり、多面的なミネラルの深遠さが支える、美しく目覚ましく心洗われるようなアフター・テイスト・・・・・・。
アルザスのトップ生産者の、そんなシルヴァネールを一度経験すれば、ワインショップの棚で思わずリースリングよりもシルヴァネールに先に手が伸びる・・・・・というワイン・ファンさえ、最近は少なくないようです。(はい。私もです)。
そんな、まさにどこからどう見ても“美しい白鳥”になる潜在力があるシルヴァネールが、なぜ今まで格下扱いされ続けたのか。それは、この品種が多産型だったこと、さらにアルザスのAOC法が白に80hl/haもの高収穫を容認していること、の二重の不幸が重なったゆえ、です。白で80hl/ha・・・・・・、これAOCボルドー65hl/haのみならず、シュヴェルニー(ロワール)60hl/ha,フォジェール(ラングドック)45hl/haなどより、はるかに高い(=ゆるい)上限規制であります(アルザスはグランクリュさえ55hl/ha。通常のフォジェール・白よりゆるい)。
どんなブドウも、80hl/haも採れば、アロマも味わいもスカスカになりますよね・・・・・。で、長年(≒質より量の時代)シルヴァネール=格下品種とされた訳です。
ところが近年、意識の高いトップクラス生産者が、収穫量をグッと低減してシルヴァネールを造り始めるや否や、このブドウはリースリングと肩を並べ、時には凌ぐほどの品種に化けたのは、皆様ご存じの通りでしょう。シュレール、メイエ、バーンワースなどなど、トップ級生産者の収量は、この品種でも概ねわずか32~42hl/haといったところ。法定上限のほぼ半分か、それ以下な訳です。
今こそ胸を張って堂々と、シルヴァネールの偉大さを礼賛・満喫すべき時、でしょう。もちろん読者の皆さんは、何年も前からそうされてると思います。ガメラー、いやシルヴァネーラー、でしたか?
そんな“低収量”の重要性と比べると、全く微細な話ですが、あと少しシルヴァネール・トリビアも。実はこのブドウのドイツでの正式名はグリューナー・シルヴァーナー。この名称が示すように、原産地は旧オーストリア帝国(ルーマニア北西部)とされ、DNA鑑定ではトラミネールと、ハンガリーの土着品種エースターライヒッシュ・ヴァイス(オーストリアの白、という意味)の自然交配種とのこと。また、名前の由来は、ラテン語で“Silva(森)”、または“Saevum(野生)”とされ、長らく野生ブドウとの関連も仮定されていたとのこと。ちなみに、広義のその原産地と解釈されるオーストリアでは、耐寒性と耐病性の乏しさゆえ生産は極わずかで、近年の栽培面積は全土でわずか34haのみ、とのことです。
さて、次なる白鳥品種はどれ? 探して探して・・・・・・。
ともあれ。実は。二流、いや三流とさえ見なされていた多産型(高収量)品種が、志の高い生産者が低収穫栽培に挑むことより、いきなり大化けし、華麗な豹変を遂げるという現象、いわばブドウ品種の“アヒル白鳥化現象”は昨今、世界各地で起きている、ドリンカーにとって、大いに祝福すべき喜ばしい現象なのです。
アルザスでは、シルヴァネールだけでなく、同じくグランクリュを認められていないピノ・ブランも同様でしょう。他にも、フリウリのフリウラーノ、さらには、以前にもこのコラムで少しクローズアップしたシチリアのカタラットも、その大きな例に挙げられるでしょう。
カタラットに至っては、シチリアの白で最も広く栽培される品種ながら、つい最近まで、というか今でさえ現地でも最も軽視された品種の一つ。生産者も「この品種名をラベル名に書くなんて、考えられないことだった。シチリア人でさえ、カタラット=安物と考える。ものすごく多産品種で、量だけ追求すれば140hl/ha採ることもできる。でも、僕たちはこのブドウの潜在力を発見した。収量を60hl/ha前後にまで抑えると、誰もカタラットと思わないような、ゴージャスなアロマと、引き締まったミネラルを表現するんだ。この収量は、父の世代の半分以下なんだよ!! 僕たちは、その手法のパイオニアの一つだと自負しているよ!」と語ったのは、フェウド・デシーザのオーナー、マリオ・ディ・ロレンツォ。それでも、以前はブレンド品種だったカタラットを、100%でリリースした初ヴィンテージは、2016年とのことで・・・・・・、シチリアでもカタラット・ルネッサンスはまだ始まったばかりなのです。
しかし確実に。ワインの世界は動いていますよ。少しづつ。でも、大きく。激しく。
醜いアヒルの子はいつまでも醜いままだ、とワインを選ぶのか(何百年も前、世界各地にはさしてブドウ栽培もなかった時代に、他人が決めた価値観と上下観にすがるのか)。アヒルの子は実は白鳥だった! と自分で気づくのか。
白鳥ワインの幸せは、外見(ラベル)よりも実際の味でワインを判断できるワインラヴァーにのみ、訪れます。
今月のワインが美味しくなる音楽:
甘く透き通ったカリブの風鈴?
スティール・パン、涼音の幸せ。
スティール・ラブ・ワールド・ワイド『STEEL LOVE』
スティール・パンという楽器の美しすぎるスウィートな音色を、もしお聞きになったことがないのなら・・・・・・、それは美味しいシルヴァネールを一度も飲んだことがないような、勿体なさです。カリブ海南端、トリニダード・トバゴで生まれたこの楽器。ドラム缶から作るなんて絶対思えない、甘~~く透明感ある音色。世界一、涼しい音色の楽器、かもしれません。その甘さと透明感を、トリニダードの最高峰プレイヤーを集め、史上最もクリアに引き出したアルバムの一つがこれ。録音エンジニアが、この楽器に惹かれて現地に移住した日本人という点も、繊細至極な響きの秘密です。
まさに、夏の日の冷たい白ワイン(シルヴァネール)のようなその音色。下記の映像が気に入られたら是非、CD「STEEL LOVE」(ビクター)も。購入後何年も、のべ何百回も楽しめる、夏の家宝になること、請け合いです。
https://www.youtube.com/watch?v=UovBhIHb_u4
今月の、ワインの言葉:
「ワインこそは友情の代名詞であり、幸福の代名詞である」
-ジャン・ミッシェル・カーズ-
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。