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『ラシーヌ便り』no. 175 「ラシーヌの宝もの_フラヴィオ・バジリカータ/ Le Due Terre」

公開日: : 最終更新日:2020/07/01 定番エッセイ, 合田 泰子のラシーヌ便り, ライブラリー

 コロナ禍のなかでワインを想う
 コロナウィルス対策の移動自粛が、ようやく全面解除になりました。飲食店も通常営業時間での再開が始まり、次第にワインの出荷も戻り始めました。しかしながら、これまでとはまったく異質な生活意識と行動を迫られたことと、勤務形態の変化―都会のオフィスに出勤する人が以前より少なく、在宅での仕事が定着しつつあることにより、生活者のマインドとマーケットはともに変わらざるをえなくなるでしょう。

 人間が互いに空間的な距離を置き、移動と接触が制約され、コミュニケーションそのものがますます電子機器を媒介にするなど、すべてが間接的になるように感じられます。思いがけずに様変わりしてしまった味気ない生活の中で、ワインの役割をいま一度考える毎日です。

 味わいの世界を多次元に広げてくれ、毎日を豊かにしてくれるワイン。造り手の息遣いが肌で感じとれるような、まさに人生の友と言うべきワインこそ、今わたしたちにとって必要なのではないでしょうか。人間的な存在感、生気とユーモアがあふれ、ダイレクトに語りかけてくるワイン。そのようなワインを探し、お届け続けたいと思います。

* ラシーヌの宝もの―フラヴィオ・バジリカータ/ Le Due Terre レ・ドゥエ・テッレ

 松永聡さん(西麻布?のワインバー【Impricito】インプリチトのオーナー)が、YouTubeでインポーターとの対談形式をとりながら、造り手にフォーカスした対談を配信されています。すでに7本アップされていて、8本目にお声が掛かりました。レ・ドゥエ・テッレをテーマにお話しさせていただきました。

 インプリチトは、レ・ドゥエ・テッレのフラヴィオ・バジリカータが以前作っていたピコリット種の白ワインの名前です。ピコリットは普通甘口に作られるのですが、フラヴィオは、ドライな味わいに作っていました。借りていたピコリットの畑を持ち主に返さないといけなくなり、残念ながら今は作られていません。

 1995年にイタリアワインの輸入を始めた私たちは、フレッド・プロトキンのエッセイ“Venice in Winter” を雑誌“Gourmet”で読んで、一躍ヴェネツィアに通いはじめ、本格的にイタリアワインに出会いました。私たちがレ・ドゥエ・テッレとの取引を始めたのは、1999年。同じくプロトキン著の「Terra Fortunata:フリウリの食とワイン文化」に登場する、レ・ドゥエ・テッレの記述とインプリチトというワインに惹かれて、訪問できないか手紙を書きました。「ヴィニタリーには出展していないけれど、用があって行くから、会場で会おう」と言っていただき、その場でインプリチトをプレゼントに頂戴しました。以来その素晴らしいワインはもちろんのこと、フラヴィオの飄々とした不思議な魅力のとりこになって、訪問を重ねるようになりました。

 松永さんとは2003年春、ヴィニタリー直後のフリウリ訪問の際に、レ・ドゥエ・テッレで初めてお目にかかりました。インプリチトのオープン直前で、すでに何度かレ・ドゥエ・テッレを訪問していた松永さんは、フラヴィオから「聡、店の名前をまだ決めていないなら、インプリチトにしないか。もうこのワインを造れなくなったので、君にあげよう」とプレゼントされたそうです。

 この度の撮影の場面では、Sacrisassi Bianco 2015, Sacrisassi Rosso 2014, Pinot Nero 2014, Merlot2005を味わいました。松永さんとお話ししながら、レ・ドゥエ・テッレのおいしさをあらためて堪能しました。「なんで、こんなにおいしいんただろうね」と思わず、顔を見合わせました。2014年は過去30年で最も困難なヴィンテッジでした。特に8月は非常に雨が多く、最適なブドウの熟成が困難になりました。30%収穫減となりましたが、フラヴィオの経験豊かな対処のおかげで、健康な収穫となりました。9月と10月は、暖かく晴れた日が続き、ヴィンテッジの気候傾向を考慮することで、特に晩秋にスキオッペッティーノとレフォスコで理想的な熟成に到達できました。決して容易なヴィンテッジではありませんでしたが、結果は大きな励みとなりました。困難な作柄でも思慮深く、純粋に走り続けるフラヴィオのワインはますます輝きに満ちています。2020年の今、熟成を経てエレガントでビロードのような味わいです。ビアンコは日本に到着後、すぐに売り切れとなりました。ラシーヌは現在、理想的なビン内熟成期間を経て、美しさとバランスが絶妙で、高い品質を保つ2015年を販売しています。

 初めてフラヴィオのワインに出会った頃と比べると、ワインは真面目さや堅苦しさを脱しておおらかな気配を漂わせ、独自の境地を開いています。2008年以来、どんどん味わいが研ぎすまされ、近年は高いレベルでのキャラクターの差が楽しみです。
 お嬢さんのコーラが、学校を卒業して4年前から醸造をしています。が、なにごとによらず表に出たがらないフラヴィオは、「コーラが醸造して、僕は手伝うだけさ。もともと樽に入れたら澱引もしないで、ほったらかしだから、誰が作ったっておんなじだけだよ」と、笑っています。 
 けれども、謙遜を言葉どおりに受け止めないこと。畑で葡萄樹の仕立て方を見てもわかるように、じつは大変な努力家で几帳面な性質なのですが、近年は神経質な面がぐんと抑えられ、自然への畏敬の念に裏打ちされた抜群のバランス感覚と、一種の軽快なリズム感が、畑のみならず、そのワインからも感じとれるように思います。ちなみにフラヴィオは、ジャズと読書とコーヒーが大好き。フラヴィオ宅ではいつも、食材のレベルの高さにうたれながら、シンプルで滋味にとんだお料理とワインをご馳走になるのが、私たちの毎年の楽しみなのですが、余計なものが姿をひそめる端麗なたたずまいの室内には、美的センスがあふれています。

 ワインはといえば、野生的な香味を全面に出しながら、重層的な旨みを感じさせ、じんわりとした温かさを感じます。これほどの温もり、エネルギー、均整、複雑さが全てバランスよく整ったナチュラル・ワインは、イタリアはおろか世界でも希有な存在だと思います。

飲み頃を迎えた各キュヴェをご案内中です。是非ご賞味ください。

妻のシルヴィアと娘のコーラ。レ・ドゥエ・テッレではフラヴィオのワインだけでなく、彼女達の家庭料理も絶品なのだ。

 

セラーに掛けられた、Elegance is Blackと書かれたカード。「フリウリでは、Blackはレフォスコとスキオッペッティーノのこと(家族の溺愛する犬の名前でもある)。赤ワインはエレガントでなければいけないのさ」 それにしても2015と2016でフラヴィオは新たなステージに立った。親しみやすさとフィネスを兼ねた、本当にステキなワイン。

 
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