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ファイン・ワインへの道vol.47

公開日: : 最終更新日:2020/07/01 寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

美しいワインの造り手は、言葉も美しい。

 心洗われるような、純真自然派ワインの素晴らしさと、商看板ありきのC級自然派ワインの差異を、貴方は親しい友人や知人に、満足ゆくリアリティをもって、伝えられますか?
 私は・・・・・・試めど試めど、本質が遠のく気さえする焦燥の日々が、続くばかりです。
 そんな中、少し前のこのコラムでふれた、自然派ワイン生産者のドキュメンタリー映画『ビオディベルシテ 自然派ワインがいっぱい』は、まさに生産者の息と汗と血が、ダイレクトに言葉に変換されたような、珠玉の名言の宝庫でした。お伝えしない訳にはいきません。
 例えば。

 

 「父から畑を継いだ直後、極わずかな期間、化学肥料と除草剤を使った。でもすぐに気付いた。
 父のワインに比べて、僕のワインは“貧しい味”になっていたんだ」

-トマ・ジュリアン/ラ・フェルム・サンマルタン(ローヌ)-

 

「作り手は、気高く美しいワインの庭に入りたいと思う。化学物質を加えると、そこには入れない。本当の悦びは得られないんだ」
「ワインは人を映す鏡。化学薬品は、鏡にベールをかけるようなもの。仮面をつけた状態。だましてる、とも言える」

ジル・アゾーニ/ル・レザン・エ・ランジュ(アルデッシュ)-

 

 有名な詩人の言葉ではなく・・・・・・、いかにも田舎の農家のおっちゃん的な風情の人々の口から、こんな言葉が出るのです。ちなみに、トマ・ジュリアンと似たことを、かのピエール・オヴェルノワも語っていました。亜硫酸ゼロで醸造を始めた理由が「醸造学校で習ったとおりに亜硫酸を入れて造ったワインが、父のワインと比べて明らかに不味かった。父は、亜硫酸を使っていなかった」と語っています。

ジル・アゾーニ。アルデッシュ自然派の先駆であり、近年では大御所の一人としての風格に。

 さらにこの映画、生産者の実直な言葉により、現代ワイン産業のネガティヴ面も次々と、時には数値と共にあぶり出します。

 

「僕は収穫量は、ヘクタールあたり28~40hlで大満足だ。でもAOC法は105hlまで容認。他の生産者は、それでも足りず140hlまでの認可を申請してるよ」

-アンドレア・カレク/アンドレア・カレク(アルデッシュ)-

 

「赤はヘクタールあたり25hlしかとれなくて、みなに笑われたけど、60hlとって加糖したまずいワインなんていらんわい」

クロード・クルトワ/レ・カイユ・デュ・パラディ(ロワール)-

 

「畑で化学物質を使うと、酵母も殺し、人工酵母が必要になる。ガメイに酵母71B、とかね。71Bは有名な酵母で、バナナの味になる。ソービニヨンに71Bを使うと、バナナ味のソービニヨンができたよ!」

-ディディエ・バルイエ/クロ・ロッシュ・ブランシュ(ロワール)-

 

「除草剤後に生き残る植物は15種。使ってない僕の畑は180種類。一度だけ化学肥料を試した。何が起きたか分からないほど、大変なことになった。葉っぱばかり増えて実は少なくなり、いつも腐ってた。その上、実の質ときたら、話にもならんまずさだった。(で、やめると)あの若造の代になって、草ぼうぼうで、10年も経たずに倒産だ、と言われた」

-ギ・ボサール/ドメーヌ・ド・レキュ(ロワール)-

 

 さらにはこんな、ずっしりくる重い言葉も、リアリティと共に語られます。思い当たる節は、ありませんか?

 

「消費者は、簡単に“質の悪いモノ”に慣れる」

-マルク・バルザン/ミートピア (スイス、ヴァリス)-

 

「同じワインで、SO2ありとなしを10人に聞くと、ありのほうがいいって人なんて一人もいない。明らかだ」

マルク・アンジェリ/ラ・フェルム・ド・サンソニエール(ロワール)-

 

 ちなみに先日、私が講師を務めるワイン学校で、亜硫酸添加ゼロのワインを4本準備し、3本に意図的に各50mg/L、100mg/L、150mg/L私が亜硫酸添加し、ゼロのものと共に生徒さんに試飲していただいたのですが・・・・・・。結果はしっかり、マルク・アンジェリの説の正しさを立証することができました。当然すぎる? それにしてもこの真理が広まる速度が未だやや遅いように感じるのは・・・・・・「質の悪いモノに慣れてしまった消費者(ソムリエも?)が多すぎる」からなのでしょうかね?

   ともあれ、ここに引用した名言は、この映画に渦巻く至言の極一部。続きは是非、本編をと思います。写真で見ると、がっしりした体躯でボウボウの髭と長髪。いかにもコワオモテで、ゴッツい感じのクロード・クルトワが、話すときは、か細いほどの小さく繊細な声で、まるで小さな精霊と会話してるかのような語りっぷりを見せるなど。意外な発見も、お楽しみに。

 そして最後にもう一つだけ。印象に残ったこの言葉を。

「ワインを語るには、土は粘土質とか石灰質とか、細かいテクニックとかは言わないで欲しい。僕の周りの人は、どう作った? などなど 作り手について聞く。そういう言葉がいい。ワインが僕らしいかを見て欲しい」

-ジル・アゾーニ/ル・レザン・エ・ランジュ(アルデッシュ)-

 

 傑出して純真なワインは、液体そのものだけでなく、その造り手の言葉も。我々への啓示であり啓蒙となるものなのですね。

 

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽。

聴く除湿器。
アフリカで最も美しい音色の弦楽器、コラの音で涼む。

トゥマニ・ジャバテ 『THE MANDE VARIAIONS』

 その音色はほとんど、音階が出る風鈴、です。弦楽器でも。
 フランスの旧植民地、西アフリカ、セネガル、マリなどの伝統楽器、コラ。ギターやハープのルーツと言われ、またアフリカで最も美しい音色を持つとも言われるこの楽器。サハラ砂漠の湿度ゼロの風でゆれるオアシスの水面のような、優美の極みのような音は、まさに日本の夏にも救いの神のような存在。ほとんどのアルバムが、ゆったりとメロウ&スロウなピッチなのも、さらにチルアウト効果大。パリの地下鉄の通路などでも、よく西アフリカ系移民の人が、奏でてますね。
 プレイするだけでエアコン代節約効果も、納涼効果もあるコラのCD。高温多湿な日本の夏には、音になった涼風、そのものです。

http://elsurrecords.com/2013/08/18/toumani-diabate-the-mande-variations/

 

今月のワインの言葉:

「ワインこそは、神々が我々人類を愛してくださっている証拠である」
    -ベンジャミン・フランクリン-

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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