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ファイン・ワインへの道vol.46

公開日: : 最終更新日:2020/06/01 寺下 光彦の連載コラム, 定番エッセイ, 新・連載エッセイ

INAOが太鼓判。ナチュラル・ワインの公的認証、始動。

 

ヴァン・メトード・ナチュール(自然方式ワイン)の認証ロゴ。
左:亜硫酸添加30mg/L以下、右:無添加の二種がある。

 待望の歴史的快挙か。または、さらなるカオスへの拍車か。
 ついにINAO(フランス原産地名呼称委員会)が、ナチュラル・ワインの公式な定義を認可したとのビッグ・ニュースが飛び込んで来ました。
 この規定に準じれば、例えばナチュラル・ワイン・フェアとして有名なロウ・ワイン・フェアに出る相当数のワインはナチュラル・ワインとは言えず、またジェラール・シュレールのワインなども、ナチュラル・ワインとして売ることが問題になる(?)可能性さえはらんだ、なかなかに重大な認証であります。

 しかし、EU自体は今も「ナチュラル・ワイン」というラベル表記を認可しない(それを許すと他のワインが自動的に、不自然ワインと見なされる可能性に配慮し?)ため、今回フランスで認定されたその呼称は、“自然方式ワイン(ヴァン・メトード・ナチュール)”との呼称です。
 ミュスカデの生産者ラ・パオネリのジャック・カロジェと、サン・ニコラ・ド・ブルグイユのセバスチャン・ダヴィッドが率いるグループ、「ヴァン・ナチュール防衛協会」の長年の政府機関への陳情が結実したこの規定、主な条項は下記の通り。

 ※亜硫酸総添加量、赤白とも30mg/L以下。発酵前、発酵中の添加不可。
 ※オーガニック栽培認証ブドウのみ使用可。
 ※収穫は全て手摘み
 ※野生酵母のみの醸造
 ※濾過、補糖、補酸、補タンニン、逆浸透膜、スピニング・コーンほか醸造段階でのほとんどの人的介入の禁止(ex:低温浸漬などは可)

などです。
 認証マークは上記2種。間違い探しではなく・・・・・・、亜硫酸無添加(右)と、添加30mg/L以下(左)の2種が準備された周到ぶりです。「防衛協会」の気合いを感じますね。

 ともあれ。問題を複雑にしそうなのは亜硫酸の添加量、およびオーガニック認証必須、の条項です。
 亜硫酸については、赤は先行した私的認証機関AVN(ナチュラルワイン協会/フランス)と同等ながら、白はそれよりさらに10mg/L低く、かなり厳しい条件ではあります。例えば、冒頭に述べたロウ・ワイン・フェアでは、赤白とも70mg/Lが総添加亜硫酸の上限。ゆえ、今回の基準ではロウ・ワイン出展の一定の割合のワインは自然方式ワインではない、ということになります。(元々、ロウ・ワインの亜硫酸基準はゆるすぎる、との見解/私も含め、はここではひとまず不問としますね)。

 さらにややこしいのは、オーガニック認証必須、という項目。ご存じのとおり、ジェラール・シュレール、フィリップ・ジャンボン、カトリーヌ・リスなどなど。非常に多くのトップ中のトップ・ナチュラル・ワイン生産者は、オーガニック認証を完無視しています。
 「マークの有無より、味が好きか嫌いかで判断してもらえればそれでよい」という見地ゆえ、です(その裏には、今までゆるすぎて商業主義的に大いにのびのびと利用されたオーガニック認証マークへの反骨心もあるようです)。
 ともあれ長年、多方面から待望されたナチュラル・ワインの認証がやっとできたのに、シュレールもジャンボンもその認証をとらない(とれない)となれば・・・・・・、
 なんだか「プロ野球・歴史的名選手図鑑」をやっと作って、そこに長嶋も王も江夏も入らないような虚無感がありますが・・・・・、どうでしょう?

ドイツ、ケルンでの自然派ワイン試飲会、『WEIN SALON NATUREL』。第5回目となる2019年の様子。独、仏、墺などから計40生産者が集合。人口100万人ほどの街でも、イベントはスタート直後から超満員の熱気。

 すぐさま、いや~結局は今まで通り認証など無視して、実際の生産者の仕事で選べばよいじゃあないかアッハッハ、とうのは最も予想される結論方向です。
 しかし。
 例えば日本の一般雑誌や新聞に、有機野菜レストランと書く場合必ずJAS有機認証野菜の使用という確証が必須になります。JAS認証を取得せず、「実際は有機栽培なので」というだけで、有機野菜料理を謳うレストランを、その主張通りに「有機野菜レストラン」と書けば即、校閲部(記事の事実関係を確認する部署。しかるべき出版社、新聞社には必ずある)から、「認証取ってるの?」と確認が飛んできます(私も駆け出しフードライター時代、よくこの問題で校閲さんに叱られました)。
 そして農水省も、JAS認証のない農産物をもって有機を謳うことに監視の目を光らせています。
 もちろん、日本の農水省はフランス・ワインの自然、不自然なんぞにはお構いなしでしょう。しかしやはり。その見地を視野にいれると、今回の認証が制定されて以降は今まで同様に大手を振って「認証はないけどヴァン・ナチュールです」と言うには、やや気が退けるのも健全な社会感覚だと思います。 
 だからと言って、今回認定された「自然方式ワイン(ヴァン・メトード・ナチュール)」と「自然派ワイン(ヴァン・ナチュール)」は違うんです、なんて逆ギレ的主張は、幼稚で大人げない、でしょう。
 こうなったらもう、思い切って有機認証を取らない実質的ナチュラル・ワインに、新たな呼称でも考えますか。プリミティヴ(原始)ワイン、いやいっそ、ピュア・ワイン(純粋ワイン)などなど・・・・・。

 等々、例によってナチュラル・ワインを語る際のお決まり的袋小路に一直線ではあります。
 しかし、少なくとも筆者には、今回の認証は一定の意義があると思えます。
 それは、少なくともワイン初級者・中級者が、エセ・ナチュラル・ワインとナチュラル・ワインを店頭で区別しやすくなる、ということです。
 残念ながら今日でも、然るべき有名デパートのワイン売り場のソムリエさんでさえ、単にEUオーガニック認証や、AB(フランス有機認証)がついてるだけのワインを、公然と「ナチュラル・ワインですゥ~」と客に奨めるケースが少なくありません。売る方も、単なるオーガニック・ワインやビオ・ワインと、ナチュラル・ワインの区別がついてないケースが少なくない訳です。
 ソムリエ試験では、補酸と補タンニンで土地の味をねじ曲げにねじ曲げた(ゆえ、テロワールを語っても無意味とさえ思える)カリフォルニア・ワインの細かな原産呼称地域を覚えないといけないのに(ご苦労様)、ビオ・ワインとナチュラル・ワインの区分は出ませんしね。

 そんな中、今回の認証マークは消費者からすると非常~~に数少ない、「ある程度信用できるマーク」じゃないでしょうか? 
 少なくとも「ナチュラル・ワインですよ~」と奨められて買った、EUオーガニックの緑旗マークのワイン家で飲むと、亜硫酸の味しかしなかった(赤で100mg/Lまで容認!)という惨劇は、未然に認証マークで防ぐことができます。このことは、結構大きくないですか?
 今回の認証にフランスの公的機関としてINAOだけでなく、“フランス不正行為防止総局(内部に欺瞞行為処罰局を含む)”まで動いているのも、「えせナチュラル・ワインを、ナチュラル・ワインと称して売ってはいけない」との国家的矜持の表れとも推測できますね。「世に氾濫する、えせナチュラル・ワインの数と量は、いよいよフランス政府の目にも余る。けしからん! もう許せん!」という訳、でしょう。(その状況は、日本でも同じですね)。
 そうだとすれば、フランスはナチュラル・ワイン認証において、世界を大きく一歩リードしたことにも・・・・・・なります。

 ともあれ他に、同程度の信用に足る認証マークは、非常に目にすることが少ないAVNと、それよりさらに少ないSAINS、ぐらいじゃないですか?
 また先ほど、マークは初級者・中級者に役立つと書いたのは、その先、つまり「シュレールは認証マークがないけど、ナチュラル・ワインの最高峰」と、個別生産者毎に判断できるのは、やはりある程度のワイン選びの経験が必要と思えるからです。

 現在、既に約50の生産者が、この“ナチュラル方式ワイン”認証を申請中とのこと。2019年ヴィンテージがリリースされるころには、少なくとも100アイテム以上のフランス・ワインに認証マークが使用される見込みとのことです。
 もちろん、手摘み収穫や、野生酵母のみの発酵など、実際の確認と検証が困難な条項もあり、早速そこをあげつらうような記事も散見します。
 それでもやはり。完全ではないとしても大きく、歴史的な一歩前進とはいえませんかね? 今回の新・認証。
 不完全すぎる? 確かにそうです。そもそも完全なものって、世の中のどこにありますか?
 ゆるすぎる基準(容易に商用至上便乗可)よりも、ましじゃないですか? 
 はるかに。

ケルンの試飲会では、生産者の亜硫酸使用量を三種の色で区別。緑が完全無添加、オレンジが一部のワインが無添 加、黄色が赤 20mg/L、白 30mg/L 以下。

 

各生産者テーブルの試飲プレートが、この写真のようにマークの色で分類される。さすがドイツ人! 名案! システマティックです。
主催はケルン、ナチュラルワイン・ショップの先駆『LA VINCAILLERIE』

 

追伸(蛇足):
 今回の認証に対する多くの記事は、なかなかに書き手の見識を現し、別の角度からも興味深いです。
「亜硫酸30mg/L以下に制限すれば、臭くて不味いワインが増える!」と、今さら主張する人(シュレール、メイエ、チダのワインなんぞ見たこともないんでしょう)。
 「大手商業主義ワイナリーが、マーケティングとPRのために利用する危険が大きい!!」と必死で警鐘を鳴らすニューヨーク・タイムズ(今回の条件下での“大量の”ワイン造りの困難さが全く分かってない、にわかワイン記者)。
 「世界の上質なワインは現在30mg/Lよりわずかに多くの亜硫酸を使っている」と書く英国M.W.(ほとんど倍以上の量が使われてるかと思うが、それでも“わずかに”とは、おめでたい。今、通常ワインの亜硫酸添加が30mg/Lより“わずかに”多い、なんて耳にすることは自然派ワイン・ラヴァーにとっては「コカコーラとマクドナルドはとても健康にいい!」って主張と同類とさえ、思えませんか?) などなど。
 こんな見識で書けるのならば、ワインライターになるのは意外に簡単、なのでしょうかね?

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽。

「苦難の先に美が生まれる」と歌うボサノヴァを、今こそ。

Vinicius de Moraes 『Samba da Benção』

 祝・自粛解除。家でもビストロでも居酒屋でも。盃をいつもより少し多めに開けることが内需拡大につながりますね。でも、急にパッと騒ぐ気にもなれない・・・・・って雰囲気の時には、このボサノヴァの名曲をしみじみ。「苦難を耐えた先に、美が生まれる」、「祝福を!」と歌います。
 曲は、あの「イパネマの娘」を作詞した巨匠ヴィニシウス・ジ・モライス。パリ赴任歴もあるブラジルのエリート外交官で、8回離婚し9回結婚、ボサノヴァを生んだ人の一人。今挙げた3つの経歴の後ろから順に、そのキャリアは知られています。ともあれ、しっとりしみじみした曲調の向こうに、明るい光が見えるようなこの曲は、まさに今の気分。歌詞で繰り返される“Saravah!”は、祝福を! という意味のポルトガル語です。

https://www.youtube.com/watch?v=5X2QSlcK5jM

 

今月のワインの言葉:
「ある政治の不完全なことを非難することはやさしい。人間のすることはすべて不完全に満ちているからだ」
     ミシェル・ド・モンテーニュ 『エセー』より

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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