ファイン・ワインへの道vol.45
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
晴耕雨読の時節、ロレンツォ・コリーノの警鐘などを。
ロレンツォ・コリーノ、あのバルベーラ・ダスティの巨星カーゼ・コリーニの栽培醸造家にして、著書90冊(共著含む)を誇る、栽培醸造学の教授であります。
今、この時期こそ晴耕雨読。自宅で学びと勉強に勤しむ方々に、今回は1冊の書物と1本の映画について、ご紹介できればと思います。
まずは本。待望の日本語訳がキンドルから出た、ロレンツォ・コリーノ教授が自ら、長年の思想の集大成と語る『ワインの本質』です。土壌の中の生命と、醸造段階での非介入、ブドウ畑の保護の重要性などが、入念に述べられます。しかしそれは・・・・・・、ある面、ナチュラル・ワイン・ファンには予想の範囲、かもしれません。
私にとって、興味深かったのは特にこの3つの指摘でした。
まず一つ目、「化学肥料、除草剤、および過度な剪定の繰り返しで、葡萄樹の木部や循環器系の病気が増加し、樹齢25年程度で樹が疲れ、30年ほどの寿命となっている。本来少なくとも100年以上は生きられるのが葡萄樹なのに。この変化は過去20年から30年の間に起こったことだ」という部分。除草剤だけでなく、過度な剪定も・・・・・、良くないのですね。ブドウの樹に。それにしても、樹齢30年で寿命とは・・・・・・。
ご存じのとおり、樹齢こそワインの品質決定要因の最重要要項の一つ。例えば、【ロアーニャ】は、同じバルバレスコのクリュ内でも、樹齢25年以下のブドウはバルバレスコではなくランゲ・ネッビオーロとしてリリースすることが社是。樹齢25年以上になって初めてバルバレスコなり、バローロなりを名乗ることを許す訳ですね。さらにロアーニャの場合、古木(ヴェッキエ・ヴィーティー。フランスで言うところのヴィエイユ・ヴィーニュ)がラベル表示されるのは樹齢50年以上になってから、という気概です。
エトナ・ワインの卓越性も、容易に見つかる樹齢80~100年の古木の豊富さが、その素晴らしさの礎と言われます。ボルドーでさえも、樹齢の若い区画の樹は、セカンド、またはサード・ワインにまわすものです。
そんな中、やっとこれから質のいいブドウがとれるという時期、つまり樹齢25年過ぎで、樹が植え替えられる・・・・・。まず思い浮かんだのは、平均的シャンパーニュですね・・・・・。ブドウの樹に実る房の数が減り始める25年ほどで植え替えが普通、というのは度々聞く話です。それをもって「だから大半のシャンパーニュは不味いのだ」と言い切るナチュラル・ワイン・ファンもいるようですね。
ともあれ、除草剤と化学肥料などにより、ブドウが本来最もバランス良く優れた実をつける時期には、既に樹が寿命となっている、という話は、ますます未来のワイン選びにとって、ビオロジック栽培がいかに大切かを物語るものとは言えないでしょうか。
そしてもう一点。よりショッキングだったのが「地球大気の二酸化炭素濃度上昇により、野菜や穀物の栄養価が明白に減少している」という報告です。2014年“ネイチャー”誌掲載のハーバード大、サミュエル・マイヤーズ教授の報告ほか、世界で進められているこの実験と研究を総合すると、現在の二酸化炭素濃度(約410ppm)と、2050年に想定される濃度(約540ppm)で、小麦、米、エンドウ豆、大豆などの栽培結果を比較したところ、蛋白質が10%、鉄分8%、亜鉛5%、ビタミンB1とB2が17%(!)、ビタミンB5が13%、葉酸30%(各概算値。作物により変動)もの減少が見られたというのです。
濃くなった二酸化炭素で光合成が早まり、炭水化物のみが大量に造られ、その他の栄養素生成が後回しにされると原因が推測されているようです。
いや、2050年なんてずっと先じゃん、と思いますか?
しかし既に。
地球の二酸化炭素濃度は、1800年代中期までの280ppmから大きく増加。1985年に345ppm,2000年に370ppmを突破。つまり、今既に、20~30年前と比べても、十分二酸化炭素濃度は激しく上昇してる訳です(だから気候危機、気候崩壊が進んでる訳で)。ともあれ現在、CO2濃度と農作物栄養価減少の研究は、穀物中心で、ブドウに関する報告は見つかりませんでした。しかし、かのデリケートな作物であるブドウが、その影響を受けないと確信できる楽天的な方々は、地球にどれほどおられるでしょう?
コリーノ博士は、温暖化で「農作物それ自体がジャンクフード化している」と言います。
ともあれ、まず我々にできることは、最大のCO2排出国でありつつ、削減国際協力・完全無視に居直る悪魔の国、アメリカ製品の不買、ですかね。手始めに私はマイクロ・ソフト社製品を使わず、キング・ソフトを使っています。意外に使えますよ。キング・ソフト。買い物はアマゾンやめて楽天、ですかね・・・・・。
さらに最後に1点。「ヨーロッパでは、葡萄畑が農地に占める割合はわずか3.2%、350万ヘクタール足らずだが、殺菌剤の全使用量の65%までもが、葡萄畑で使用され、危険性の高いものも含まれる」との記述。そして「添加物のお陰でできているような、いわゆる“欠点のないワイン”は健康に対する“攻撃”でさえあることも知っておいてほしい」、との記述です。
私の体も、昔はそうとう激しく“攻撃”を受け続けた記憶がありますが・・・・・15年ほど前から【ジェラール・シュレール】などにワイン選びの中心を移したお陰で、ぐっとヴィティス・ヴィニフェラのヴィティスたる由縁を、飲む毎に実感できるようになりました。このヴィティスというラテン語、日本人なら誰でも知ってるカタカナ語の語源なのですが・・・・・・、何の語源かご存じですか?
それはヴィタミン。つまり“活力”、“生きるエネルギー”な訳です、本来のワインは。
皆さんも実感されてると思います。真に偉大なナチュラル・ワインを飲んだ翌日、なんだか特別なエネルギー感が、体にもたらされているような感覚を。
そんなワインこそ、今、この時期にこそ選びたいワインですね。
と・・・・・・コリーノ教授の話が長くなりすぎて、映画の話に至らず・・・・・。この『ビオディベルシテ 自然派ワインがいっぱい』という映画に関してはまた機会をあらためて。
【クロード・クルトワ】、【ジル・アゾーニ】、【マルク・アンジェリ】、ギ・ボサールなど、ナチュラル・ワインの偉大な闘志であり聖人たちが次々に登場。その肉声を丹念に拾ったこのドキュメンタリー映画。まさに名言、箴言の巨大な宝庫なのですが・・・・・・、一つだけお伝えするなら、この言葉でしょうか。
「僕の仲間のヴィニュロンは、体に悪いモノを飲まさず、土を汚さない人たちだ。年間1haあたり300km歩く人たちだ。その結果、最高の品質のものができる」。-クロード・クルトワ-
1haあたり300km歩いてブドウに尽くす日々。だから、彼らのワインには、あれほどまでの特別な啓示、波動、そして輝きに、満ちているのですね。
今月の、ワインが美味しくなる音楽。
ジョージアからの“祈り”の歌声。
ENSEMBLE MARANI
『POLYPHONIES DE GEORGIE』
今この時期、祈りと救済を願う音楽と言えば・・・・・・、その王道、バッハのカンタータは既にこのコーナーで2度、ご紹介ずみ。ゆえ、今回はジョージアより。ジョージアのポリフォニー(多声音楽)はワインと並ぶほど、とも言われるこの国の偉大な文化遺産。バッハなどと比べると、洗練度よりもプリミティヴな力強さを感じるところが、この時節、さらに胸に響きます。グループ名は、アンサンブル・マラニ。マラニ=ワイン醸造場所、との名も、喜びと啓示を生み出す場所として、素晴らしいように思えませんか。
https://www.youtube.com/watch?v=-wTT1wYAvVs
今月の言葉:
「喜びとは、勝利それ自体にではなく、途中の戦い、努力、苦闘の中にある」
-ガンジー-
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。