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ドイツワイン通信Vol.102

モーゼルにおけるナチュラルワインの台頭

 世界最大のワイン業界見本市、「プロヴァイン」の中止が決まった2月末から、約3週間しか経っていない。そして、ドイツの状況は当時だれもが思っていた以上に、深刻な局面を迎えている。3月17日にEU域外との人の往来が禁止された。大半の連邦州で、食料品店やドラッグストアなど、日常生活に必要最低限の商品を売る店舗以外、当面の間、閉店することが定められた。そして21日(土)午前0時からは、不要不急の外出を控えることになった。「第二次世界大戦以来、私たちの国にとって、連帯の精神をもって行動することが、これほど重要な試練はありませんでした」と、テレビを通じてメルケル首相が、全国民に状況の重大さを訴える事態となっている。

 ワイン業界への影響は深刻だ。ワイン・ショップは、開店を許されている地域もあるが、自粛して門を閉ざし、ネットショップや電話での注文を受け付けていることを、SNSなどでアピールしている。ワイン生産者達も、消費者からの注文を普段よりも積極的に受け付け、醸造所での訪問試飲が出来ないかわりに、試飲セットを通販して、オンラインでディスカッションしようと呼びかけているところもある。

 ドイツの代表的醸造所が加盟する生産者団体VDP. Die Prädikatsweingüterは3月20日、現在の状況について声明を発表した。

「親愛なるドイツワインの友人のみなさん

 今は本当に困難な時です。ドイツ国内は言うまでもなく、ヨーロッパや世界中の友人たちと共に、一致団結して立ち向かわなければならない時でもあります。

 私たちの誰もが、トンネルの向こうの光が見えるという、良い知らせを心待ちにしています。私たちの思いは、現在最も深刻な影響を受けているホテル・レストラン業界だけでなく、販売に携わる人々と共にあります。彼らに救いの手が差し伸べられ、私たちと共にこの危機を乗り越えることを願っています。私たちは、出来る限りの支援を惜しみません。

 生産者にとっても、今は厳しい時期です。販売にどれだけの損害が生じるか、まったく見通すことが出来ません。きっと、軽微なものではすまないでしょう。販売上の問題の他にも、普段通りにやらなければならないことがたくさんあります。賃金を支払い、ボトルとコルクを購入し、ブドウ畑の世話や、その他のやらなければならないことを、こなさなければなりません。それだけはありません。ポーランドやルーマニアから毎年働きに来る労働者たちが、これから始まるブドウ畑の農作業に間に合うのかどうか、まったくわからないのです。課題が山積しています。

 私たちはみな、負担を感じています。それはとりわけ、この先どうなるかわからないという不安です。しかし春が訪れるように、いつかは間違いなく過去のものとなって、美味しい料理やワインを楽しむ日がきっとまた来るでしょう。そう信じています。何世紀も続く醸造所はその歴史の中で、今よりもはるかに困難な時代を乗り越えて来たはずです。それぞれの世代が、それぞれに与えられた試練を乗り越えて成長してきたのです。私たちは今、私たちの試練に向き合っているのです。

(中略)

 私たちは皆、危機を乗り越える適切な手段を見出すことが出来ると確信しています。
 どうぞ皆さまと、皆さまのご家族が健やかでありますように。
敬意をこめて。

親愛なる
ステッフェン・クリストマン
VDP.代表」

 ヨーロッパだけでなく、世界中でこの状況が一日も早く終息を迎えることを、切に願うよりほかはない。

モーゼルにおけるナチュラルワイン生産者の増加

 話題を変えよう。近年、モーゼルでもナチュラルワインに取り組む生産者が、急速に増えているそうだ。このエッセイで何度か紹介している、モーゼルワイン愛好家二人組が発行する、無料ニュースレターMosel Fine Wines(以下MFW、サイトはこちら)の2020年1月号(No. 49)によれば、その数は現在約30軒を超えているという。
 ドイツのワイン業界で、ナチュラルワインが市民権を得つつあることは、最新2020年版の『ヴィヌム』ドイツワインガイドのトレンド記事でも、取り上げられていた(「ドイツワイン通信」Vol. 99参照)。個人的な印象では、ナチュラルワインの生産者数は、ドイツ全体でも両手の指で数えることが出来る程度で、フランケンとラインヘッセン、ファルツに主に分布しているという認識だった。しかし、それもどうやら改めなければならないようだ。

・ナチュラルワインとは何を指すのか

 まず、ここで問われなければならないのは、何をもって「ナチュラルワイン」と称するのか、その認識と定義だ。MFWでは以下の3つの規定を、例として挙げている。
・補糖(シャプタリゼーション)していないこと(1970年までのドイツワイン法の規定でいうところのNaturweinナトゥアヴァイン)。
・亜硫酸塩とベントナイトを除く、添加物を一切用いずに生産したオーガニックワイン(2019年のオーストリアワイン法による規定で、ラベルに「ナチュラルワイン」と記載する場合、オーガニック認証をうけた生産者のブドウを使い、総亜硫酸量は70mg/ℓを超えないことを条件としている)。
・添加物を一切用いずに生産したオーガニックワインで、「何も添加せず、何も除去せず」醸造したもの(モーゼルのルドルフ・トロッセンをはじめとする、ナチュラルワイン生産の先駆者達の見解)。

 このように、ナチュラルワインの定義は一定していない。MFWが生産者達を取材した感触では、「ナチュラルワイン」として認める条件の大枠は、「人為的介入を最小限にとどめ、できる限り自然と協調したワイン造り」であるという。だが、「ナチュラルワインは仕事に対する取り組み方の問題で、自分をとりまく環境と共生する姿勢が問われる。誰かが規定した条件を、満たすだけでは不十分」だと、トロッセンは記事の中で指摘している。1978年からバイオダイナミック農法に取り組むトロッセンは、オーガニック認証をうけていることは当然として、亜硫酸塩の添加も、清澄剤のベントナイトも、瓶詰前にフィルターをかけることも、「ナチュラルワイン」生産にはふさわしくない、と言い、人為的介入や亜硫酸塩の添加量の抑制だけを判断基準とするのは片手落ちだ、と批判している。
 一方で、トロッセンの意見を厳しすぎるという人もいる。例えば亜硫酸塩は本来自然の産物で、何世紀にもわたって醸造に使用されてきた。その使用を必要最小限(10~30mg/ℓ)に抑えて使うことは、ナチュラルワインの趣旨に背かない、という見解である。実際、19世紀に出版された醸造書によれば、醸造前に亜硫酸塩10gを樽の中で燃やすことで、3~18mg/ℓをワインの中に溶け込ませることが推奨されている。MFWがナチュラルワインの生産者と認めた者の中には、有機栽培や環境に対する意識よりも、まずは19世紀のワイン造りの再現を目的として、ナチュラルワインの醸造に取り組む醸造所もある。

 もう一つの論点は、生産するワインの一部をナチュラルワインとして醸造するのか、それともすべてのワインをナチュラルワインとして醸造するのか、という点だ。これはオーガニックワインの認証を取得している生産者は、醸造所全体が審査対象であり、一部のワインだけをオーガニックワインとして醸造するのではない点と通じる。だが現状では、一部のワインだけをナチュラルワインとして生産するケースが多い。

 三つ目の論点は、オーガニックの認証を取得しているか否かである。モーゼルでは基本的に有機栽培を行っていても、あえて認証を取得しないか、取得できない生産者もいる。取得できない、というのは、所有する区画が急斜面にあり、その斜面全体にヘリコプターで農薬散布を行っている場合だ。また、農薬を使う必要に迫られた場合に備えて、あえて認証を取得しないという生産者も多い。また、有機栽培では殺菌剤としてボルドー液(硫酸銅溶液)の使用が許されているが、重金属である銅は土壌に残留する。それよりも、環境に影響の少ない合成農薬を使ったほうが、自然に優しいと考える生産者もいる。

ナチュラルの生産者一覧

このように、ナチュラルワインの定義は意見が分かれる。MFWでは、モーゼルのナチュラルワインの現状を概観する手がかりとして、人為的介入を最小限にとどめ、総亜硫酸値で50mg/ℓ以下のワインを生産している35の醸造所を紹介している。その際、亜硫酸塩無添加派と少量添加派、オーガニック認証未取得と認証済に分けている。

醸造 \ 栽培

オーガニック認証未取得

オーガニック認証済

亜硫酸塩無添加派

Katla (Brauneberg)

Pandamonium (Kröv)

Shadowfolk (Poltersdorf)

Stein (Bullay)

Wwe Dr. H. Thanisch=Müller-Burggraf (Bernkastel)

Dr. Wagner (Saarburg)

Arns und Sohn (Reil)

Markus Busch (Pünderlich)

Dr. Frey (Kanzem)

Jan Matthias Klein (Kröv)

Goswin Kranz (Brauneberg)

Kuntz (Lieser)

Melsheimer (Reil)

Jakob Tennstedt (Traben-Trabch)

Trös-Heimes (Reil)

Rita & Rudolf Trossen (KIinheim)

Zur Römerkelter (Maring-Noviand)

亜硫酸塩少量添加派

Jan-Philipp Bleeke (Piesport)

Blesius (Braach)

Falkenstein (Konz)

Fio (Piesport)

Gebrüder Knebel (Winningen)

Philip Lardot (Bullay)

Dr. Loosen (Bernkastel)

Madame Flöck (Winningen)

Materne & Schmitt (Winningen)

Matthias Meierer (Kesten)

Julian Renard (Winningen)

Günther Steinmetz (Brauneberg)

Tiny Winery (Piesport)

Stefan Vetter (Gambach/ Franken)

Clemens Busch (Pünderich)

Jonas Dostert (Nittel)

Richard Scheid (Zell-Merl)

参照:Mosel Fine Wines 2020 January, No. 49, page 28.

 興味深いのは、オーガニック認証済の生産者の大半が亜硫酸塩無添加派であるのに対して、オーガニック認証未取得の生産者は、亜硫酸塩を少量添加する傾向がある点だ。また、モーゼル下流のヴィニンゲン村に、ナチュラルワインの生産者が集中している。近年醸造所を継いだり、地域の外からやって来て新たに設立したりした若手醸造家達で、情報交換を盛んに行っているようだ。

・モーゼルのナチュラルワイン醸造の経緯

 モーゼルで最初にナチュラルワインの醸造を始めたのは、【ルドルフ・トロッセン】である。2000年代半ばに、オーガニックかバイオダイナミック農法のドイツワインを探していた、デンマークのインポーターと取引が始まった。するとやがて、スカンジナヴィアのソムリエ達との交流が始まり、彼らがトロッセンにナチュラルワインを紹介。同時に、ベルギーの顧客がナチュラルワインを持ってきては、トロッセンに勧めるようになった。上述のデンマークのインポーターから、造ってくれたら買い取る、と申し出があったので、2010年に試験醸造をはじめ、2011年に数百本をリリース。種類と生産量を増やしつつ現在に至る。

 クレメンス・ブッシュもトロッセンと並ぶ、モーゼルの有機栽培の先駆者のひとりだ。2010年に人為的介入を最小限に抑え、亜硫酸塩添加量を抑えた「LS」(low sulfer)の醸造を始めた。トーステン・メルスハイマーは、醸造所を継いですぐに有機栽培に転換、1995年に認証を得た。やがて2010年にグラヴナーのワインに感銘を受け、2011年産で最初に亜硫酸無添加で醸造。2014年にトロッセンと同じデンマークのインポーターと取引が始まり、近年品ぞろえを増やしている。ウリ・シュタインは有機栽培認証を取得していないが、有機栽培を実践している。1970年代にジュラのピエール・オヴェルノワを訪問してワインに感動し、亜硫酸塩の添加量を減らすようになった。2000年代に亜硫酸無添加の赤ワインを最初に醸造し、2011年からリースリングでも亜硫酸無添加醸造を始めた。

 ジャン=マティアス・クライン(Weingut Staffelter-Hof)は、2010年代半ばに有機栽培認証を取得。友人のメルスハイマーの勧めでリースリングの亜硫酸無添加醸造を始め、2014年産から販売を開始した。ティモ・ディーンハールト(Weingut Zur Römerkelter)は、父が1970年代に有機栽培に転換したブドウ畑を継いだ。ナチュラルワインの醸造は、やはり2014年頃に始めている。 

・新たな生産者達の登場

 こうした、モーゼルで数世代に渡ってワイン造りを行ってきた生産者の他に、近年、モーゼルで醸造所を興し、ナチュラルワインを造り始めた者もいる。オーストラリアの醸造家マーティン・クーパーは、2014年から繭型のセラミックタンクを使ってリースリングをマセレーション発酵し、亜硫酸塩無添加で醸造している。2018年までモーゼル下流コッヘムのクロスター・エバーナッハの醸造責任者だったが、オーストリア・ブルゲンラントのエスターハージーに転職。同時に、モーゼルで購入・栽培していたブドウ畑の収穫を、上記のジャン=マティアス・クラインのセラーで醸造。フィンランドのリースリング愛好家と一緒に、Shadowfolkの名前でリリースしている。

 Fioはポルトガルのドウロ出身の有名生産者、ニーポートの後継者ダニエル・ニーポートが、モーゼルの醸造家フィリップ・ケッテンとコラボレーションして醸造する生産者。リースリングを大樽でマセレーション発酵して長期熟成を行い、微量の亜硫酸塩を添加したナチュラルワインを造る。2011年から醸造しているが、2016年に正式にプロジェクトをスタートした。Tiny Wineryは、レストランで働いていたスヴェン・ツェルヴァスが2019年にはじめた醸造所。北ドイツ出身で、スカンジナヴィアのレストランにナチュラルワインを販売するワイン商で働いていたジャスミン・スワンも、同じ年にKatlaを設立した。2020年に初リリースを予定している。

・有名生産者の取り組み

 モーゼルの有名生産者Dr. ローゼンは、19世紀のワイン造りの復興を目的として、人為的介入を最小限にして、亜硫酸添加量を微量に抑えたワインを試験的に醸造している。Wwe. Dr. H.ターニッシュ=エルベン・ミュラー・ブルググラーフは、若手醸造家マキシミリアン・フェーガーが2015年産からリースリングのオレンジワインを試験的に醸造。トラーベン・トラーバッハのマーティン・ミュレンは2016年産から、ザールのDr.ワーグナー醸造所のクリスティアーネ・ワーグナーは、2019年から亜硫酸無添加醸造を試みている。また、同じくザールのウェーバー家(Hofgut Falkenstein)は、伝統的醸造を昔から行っていて、ナチュラルワインを醸造しているつもりはないが、総亜硫酸量は50mg/ℓ以下のことが多いという。

・総括

 このように、ナチュラルワインの生産者は増加している。それでも、今のところはモーゼル全体からすると、生産量の1%に達するかどうかというごく僅かにすぎない。しかし、関心を持つ生産者は増えている。イミッヒ・バッテリーベルクのゲルノート・コルマンによれば、「20年ほど前は、早めに清澄して早めに亜硫酸塩を添加することが良いとされていた。しかし近年は、澱の上での長期熟成がボディと存在感を向上させることが知られるようになって、亜硫酸も醸造の最終段階でのみ添加するようになり、その量は全体的に明らかに減少している」という。

 そしてまた、温暖化の影響もある。周知の通り、亜硫酸塩の添加を微量もしくはゼロにするには、発酵を完全に済ませなければ、瓶詰後に再発酵するリスクがある。温暖化以前は果汁の酸度が高く、辛口にすると酸味が目立ちすぎたが、現在は完熟したブドウから、アルコール濃度も適度に高く、酸度も低めのワインが造りやすくなっている。それが、魅力的なナチュラルワインの生産を促している。

 もう一つの要素は、世界的なナチュラルワインの人気である。ドイツワイン最大の輸出相手国であるアメリカでは、とくに好奇心旺盛なソムリエ達のナチュラルワインに対する需要が高く、インポーターも彼らの関心に合わせた商品を探すようになった。また、1980年代から北米のドイツワインのトレンドセッターだったインポーター、テリー・ティーズやルーディ・ヴィーストが引退し、ワインのセレクトが若い世代にバトンタッチされた。そうした次世代のインポーターたちが、小規模な生産者のナチュラルワインを、積極的に扱うようになっている。それが、モーゼルの生産者達の意識にあるのかもしれない。(参照:Valerie Kathawala, Disrupting German Wine, in: medium.com

 モーゼルは長らく、ドイツの13生産地域の中でも保守的とされてきた。だが、気候変動と市場のニーズ、生産者の意識の変化を通じて、変化しつつあることは間違いないようだ。

(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

 
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