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ドイツワイン通信Vol.101

ドイツワイン法改正の現状

 現在、ドイツワイン法改正の準備が進んでいる。
 周知の通り、今のドイツワイン法は1971年に施行されたものだ。収穫時の果汁糖度が基準となっているのは、その当時、10年に2、3回しかブドウが完熟しなかったためだ。だから1980年代までは、早熟で栽培条件を選ばない交配品種の需要が高く、盛んに栽培されていた。

 しかし、今では温暖化がすすみ、晩熟品種のリースリングですら、容易に完熟するようになった。ファルツなど温暖な生産地域では、9月中にリースリングの収穫が終わるなんて、私がドイツに住んでいた10年ほど前は想像もつかなかった。そして、ピノ・ノワールやシャルドネはもとより、カベルネ・ソーヴィニヨンやシラーなど、ボルドーやローヌの主要品種も、問題なく栽培できるようになった。つまり、収穫時の果汁糖度は、現在のドイツでは品質の基準として意味をなさないのである。

 そして、どうやら今年中に施行される見込みの、48年ぶりとなるドイツワイン法の抜本的な改正では、品質基準が従来の「収穫時の果汁糖度」から、「地理的呼称範囲」に変更される。ブルゴーニュでよく知られている、「生産地域名」、「生産地区名」、「村名」、「畑名」と、地理的呼称範囲が狭くなるほど、品質が高くなるというシステムが、ドイツワインに採用されるのである。ゲルマン的なワイン法から、ラテン的なワイン法への移行とも言える。

・EUの地理的表示保護制度とドイツワイン

 地理的表示保護制度は、EUでは1992年から、ハムやチーズなどの農産物全般に適用されている。ワインについては2009年に、EUに加盟しているすべてのワイン生産国で施行された。とりわけ、大量生産された廉価な輸入製品に押されて、地方で小規模に生産されている、伝統的な農産物が失われるのを防ぎ、保護し、品質にふさわしい価格での流通を支援することを、地理的表示保護制度は目的としている。

 EUの地理的表示保護制度には、保護地理的表示(独:g.g.A.、Die geschützte Ursprungsbezeichnungの略。英:PGI、仏:IGP、伊:IGP)と、より厳格な保護原産地呼称(独:g.U.、Die geschützte geografische Angabeの略、英:PDO、仏:AOP、伊:DOP)がある。上記の二つに加えて、2012年に伝統的特産物保証(独:g.t.S.、Die garantiert traditionelle Spezialitätの略、英:TSG)という呼称も制定されたが、これは農産物の産地(地理的呼称)ではなく、伝統的な製法を保護する目的で制定された。今のところワインには適用されていない。

 ドイツでは、2009年の地理的表示保護制度の導入に際し、「ラントヴァイン」が保護地理的表示(g.g.A.)、「クヴァリテーツヴァイン」と「プレディカーツヴァイン」が、保護原産地呼称(g.U.)に相当すると定めた。ただ、ドイツ国内で生産されるワインの約95%が「クヴァリテーツヴァイン」と「プレディカーツヴァイン」なので、ほぼすべてのドイツワインが「保護原産地呼称(g.U.)」に含まれる。その上、エティケットにg.g.A.もしくはg.U.を、表記するかどうかは任意であるため、消費者が目にすることはほとんどなかった。つまりこの10年間、原産地呼称制度はドイツにも導入されてはいたものの、実質的にはそれ以前と何も変わらなかった。格付けの基準も、1971年のドイツワイン法による、収穫時の果汁糖度のままで継続された。しかし今、これが変わろうとしている。

・ワイン生産者団体の改正案

 去る2月13日、ドイツのワイン生産者全体を統括する団体「ドイツワイン生産者連盟」(Deutscher Weinbauverband e.V.、略称DWV)が、連邦食料・農業省(略称BMEL、日本の農林水産省に相当)に答申した、ワイン法改正案の概要は以下の通り。

図:ドイツワイン法改正案の概念図(DDW der deutsche Weinbau, 13. Februar 2020, www.meininger.de

 

1.前提
・原産地の表示は、品質を保証するものである。
・より狭い原産地名は、より高い品質を保証するものでなければならない。
・個々の生産地域は、原産地呼称保護委員会を設置し、各々の生産地域の個性の明確化に努める。
・各地域の要望と特性を、その生産地域の個性として採用するかどうかは、原産地呼称保護委員会の判断に委ねられる。
・しかしながら、一定の品質水準と統一性を確保し、消費者にわかりやすい目安となることを保証するために、連邦議会が法律として定めた事案に関しては、それに従わねばならない。

2.地理的呼称範囲による4段階の品質基準
・ワイン法は「生産地域」(g.U.)、「集合畑/ベライヒ」、「市町村名」、「単一畑名」の4段階の品質基準を採用する。
・原産地呼称保護委員会は、4段階すべてを採用するか、あるいはベライヒと集合畑を除く3段階に限定するか、判断することが出来る。

第一段階:生産地域(g.U.)
・生産地域名ワイン(g.U.)については、従来の生産条件と変わらず、新たに課せられる規定もない。
第二段階:ベライヒ/集合畑
・ベライヒ名もしくは集合畑名を名乗る場合は、「ベライヒ」もしくは「レギオン」Regionの語を必ず表記しなければならない。例えば「レギオン・集合畑名(市町村名+畑名)」(例:Region Piesporter Michelsberg)もしくは「ベライヒ・ベライヒ名」(例:Bereich Bernkastel)というふうに。
・新しいワイン法が施行されてから3年間は、移行期間とする。
・移行期間が終了してから5年後に、この段階の廃止、あるいは集合畑名から市町村名を排除することが可能かどうか検討する(例:Region Michelsberg)。
第三段階:市町村名
・市町村名ワイン(オルツヴァインOrtswein)は、以下の規定を守らなければならない。
 - 収穫時の果汁糖度は、現在のプレディカーツヴァイン以上。
 - 発売開始は、収穫翌年の1月1日以降とする。
第四段階:単一畑名
・単一畑名(市町村名+畑名)を名乗るワイン(ラーゲンヴァインLagenwein)は、以下の規定を守らなければならない。
 - 収穫時の果汁糖度は、現在のプレディカーツヴァイン以上。
 - 発売開始は、収穫翌年の3月1日以降。
 - ブドウ品種は、生産地域につき最大12種類まで。
 - 甘口(20g/ℓ以上の残糖)は、プレディカーツヴァインの肩書を名乗る(Kabinett、Spätlese、Auslese等)。

以上の規定の他に、さらに厳しい制約を課すかどうかは、各生産地域の原産地呼称保護委員会が定めることが出来る。

・集合畑に固執する醸造協同組合

 以上がこの2月に、ワイン生産者を統括する業界団体DWVから、監督省庁であるBMELに提案されたドイツワイン法改正案の概要である。DWVには各生産地域のワイン生産者団体、醸造協同組合、大規模生産者と、VDP.ディー・プレディカーツヴァインギューター(旧ドイツ高品質ワイン醸造所連盟)が加盟している。上記の改正案は、それぞれが最大限の譲歩を行った結果、ようやくまとまったものだという。

 最大の争点は、第三段階に含まれる「集合畑」の存続可否にあった。というのも、集合畑の表記は「市町村名+畑名」であり、見た目では単一畑名と区別がつかない。集合畑は、複数の市町村にまたがる単一畑の集合体で、平均約600haの広大なエリアを包括する。さらに、集合畑名にある市町村名は、そのエリアの中の最もよく知られた市町村名(代表市町村Leitgemeinde)なので、必ずしも、表記された市町村のブドウ畑で収穫されたブドウが使われているとは限らない。こうした単一畑名と紛らわしい集合畑名が、13の生産地域に約170も存在する。

 この集合畑(グロースラーゲGroßlage)は、「呼称範囲が狭くなるほど高品質」という、新しいドイツワイン法の基本方針にそぐわない。2009年にEUの原産地呼称制度が施行される以前から、独自にグラン・クリュの格付けを行ってきたVDP加盟醸造所をはじめとする、一部のワイン生産者達は、行政に集合畑の廃止を訴えてきた。
 例えば2011年2月、モーゼルの醸造家で、イミッヒ・バッテリーベルクを経営するゲルノート・コルマンら複数の生産者が、ラインラント・ファルツ州の農業担当相に、集合畑の廃止を直訴したことがあった。面会した時の感触は良く、集合畑廃止へと向かうかに思われたが、反対勢力のロビー活動で阻止されてしまった、とゲルノート本人から聞いたことがある。

 集合畑の存続を強硬に主張しているのは、おそらく醸造協同組合である。13生産地域には169の醸造協同組合があり(2016年)、ドイツのブドウ畑面積の約30%を、醸造協同組合に加盟している、小規模な生産者達が栽培している。醸造設備を持たなかったり、本業が別にあったりする農家が多い。彼らが所有する、地域一帯に分散する多数の畑で収穫されたブドウを、まとめて醸造して、販売するのが醸造協同組合の役割である。だから、一見すると単一畑と見分けのつかない集合畑名は、醸造協同組合にとっては都合の良い呼称で、販売に欠かせないものだった。さらに、多数の組合員を抱える醸造協同組合は、州や連邦議員の票田でもあり、政治的な影響力も強く、ドイツワイン法を左右してきた。

・妥協案への反発

 今回の改正案では、集合畑名に「レギオン」(「地域」の意)の語を冠することで、単一畑との区別を明確にするとともに、8年後に見直すことが、集合畑存続の条件となった。この改正案が公になった後、フェイスブックでは批判の声が相次いだ。一昨年までラインガウのバルタザール・レスの醸造責任者で、現在は大手ワイン商社の取締役でもある有名ブロガー、ディルク・ヴュルツは「レギオン・ダイデスハイマー・ホーフシュトゥック…こんな表記を誰がわかる?しょうもない!集合畑はなくすべきだ。『レギオン』なんて前につけても、一層わかりにくくなるだけだ。出来の悪い妥協案だ」といい、ワインアドヴォケイトでドイツ語圏を担当するシュテファン・ラインハルトも「改正案が出たとき、そのままオーストリアに転送した。そうしたら『まさか本気でこれを通すつもりじゃないだろうな』と回答があった。あとは誰が(筆者補足:集合畑に対する)弔辞を述べるかだ」とコメントした(現在は消去されている)。オーストリアの誰に転送したのかはわからないが、おそらく、集合畑は存続しないと見ているようだ。

 他に、たとえ妥協案であっても、一歩前進には間違いない、というポジティヴな意見もある一方、単一畑名ワインは、生産地域につき12品種限定という縛りに対する反発も見られた。何より、地理的呼称範囲が狭まるごとに、面積当たりの収穫量を絞り込まなければ、品質を保証することはできないと思うが、はたして有効な上限値を課すことが出来るのか、どうか。これからが正念場といえる。

(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。


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