ファイン・ワインへの道vol.43
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最終更新日:2020/04/01
寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
世界一? 中国ワイン産地、おもしろ見聞譚。
とっくにナパAVAの栽培面積を、小さな一つの省でさえ追い抜き、グリグリ激しくワイン栽培拡張中の中国。ラフィットの中国版もリリースされましたね。先日、縁あって“中国のナパ”とも呼ばれる、寧夏回教自治区のワイナリーを数軒、まわる機会があり、かの地の、いろんな面でのサプライズを、軽めにお伝えしますね。 いや~ほんと、ワイン選び、ワインの飲み方は、国それぞれです。
北京からまだ西に、飛行機で3時間近く。内モンゴル自治区に接し、ゴビ砂漠の東端にも近い、この寧夏回教自治区。近年突如、1,000ha(バルバレスコ全体より大きい)、時には2,000ha(モンタルチーノの全栽培面積とほぼ同じ)なんてワイナリーさえ雨後の竹の子のように誕生している地域です。すでに規模ではナパAVAの栽培面積18,400haに対し、40,000ha以上の畑で約200のワイナリーが稼働し、とっくにナパを抜き去っています。
年間降水量は、たった200mm。しかもその多くは冬の雪というこの地域、少し前までは、米どころか農作物らしい農作物は全く実らない、中国で最も貧しい地域の一つだったそう。その、有り余る乾いた大平原に、大規模に黄河からの灌漑路を整え、灌漑無制限でワイン栽培が始まれば・・・、量産は簡単、だったよう。
そんなワイナリーを訪れて、ほぼ全てで共通していたのが、まさに圧倒的なカベルネ・ソーヴィニヨンの栽培比率と、ブドウの樹なのかサトウキビの若木なのか迷うほどの樹齢の低さ、でした。カベルネ・ソーヴィニヨン率は、ほとんどが少なくとも75%以上。90%近いと答えたワイナリーもありました。すると残りは白品種? と思うのが健全でしょうが、次に来るのがたいていマルスラン。がっちりしたタンニンと野性的な酸が特徴の黒ブドウです。 「とにかくこの品種は、収穫量が多く病気に強い。効率的なブドウなのだ!」と、北京大学のワイン醸造の権威が、この品種を大いに栽培推奨している、とのことでした。
それにしても、40,000haの75%がカベルネとは・・・・・・、セミヨンもメルローも栽培するボルドーなんか目じゃないぐらい、世界一カベルネ比率の高いワイン産地かも、ですよ。寧夏自治区。ちなみに寧夏の中国読みは“ニンシャー”です。
それゆえ、なのかは謎ですが、今回盛大におもてなしいただいた豪華ディナーや、豪華ランチでは、いかにも中国的な円卓に上るのが、がっちり濃密なカベルネのみ、とのケースがほとんどでした。円卓には、完璧に蒸し上げられた堂々たる川鱒や、大型の平目、海老の蒸し物、帆立貝、などなど白ワインの独断場とも思える料理もたっぷり出るのですが、ひたすら赤、また赤。カベルネ、またカベルネ。 しかも、どの食事でも、完璧に蒸された大型魚は、羊の丸焼き、豚の角煮などなど、濃厚な肉料理の“後に”出てきます。羊の丸焼きのず~~っと“後に”、繊細な白身、平目の広東風蒸し物です。それは「料理人は、先にできた料理から出すから。蒸し魚は時間がかかるから後なのよ」と上海からのジャーナリストは、事もなげに教えてくれました。断っておくと、そんな食事は全て、まるでカーザ・ブルータスなどの建築/デザイン誌にも大きくクローズアップされそうな、アマン・リゾート・ホテルをさらに巨大にしたような、ハイパー・モダン・ゴージャス・ワイナリー内での、ゴージャス・ダイニングでのことでした。
それにしても、なぜ白ワインがないのか? あの都市伝説、つまり「中国人は冷たいものは身体に悪いと信じるゆえ、白ワイン、シャンパーニュはほとんど口にしない」との話は、まさか実話?? と思い、出合う人々、特に若者に聞いてまわると・・・・・、「白、飲みますよ」と答えたのはワイン・インポーターなど業界関係者のみ。一般の人々は、「白ワイン? 冷たいから全く飲まない」というコメントが、実際に多く聞けたことに驚きました。それゆえか、帰りに上海で話したテタンジェのアジア地区・輸出マネージャー、ニコラ・デリオン氏によると、アジア地区内での輸出比率は1位の日本が20%以上なのに対し、未だ中国は1%以下。ボルドーについては、中国は既に世界一の輸入国になっていることからは、対照的すぎるマイナー感ですね。シャンパーニュ。
ともあれ、もう一点、赤ワインで悶々とさせられた点が1つ。それは今回、デキャンター・アワードなどを誇るワイナリーでさえ、最高樹齢20年ほど。その他の新興ワイナリーは、平均樹齢5年、6年、みたいな若木が中心のワインが大半。ところがそんな若木のワイでさえ、バリックの新樽熟成・・・・・・なのです。
お気づきですよね。バリックは両派の剣。
適切な樹齢のしっかりしたブドウには向きますが、若木の弱いブドウには・・・・・・果実味をくたびれさせるだけ。“ワイン造りを知らないなぁ”と思います?? でも、コンサルタントがミッシェル・ロランだったりするのですよ。ロランさん、「最近、世界で脱バリックが進んでる?? 俺にまかせろ。いい売り先を見つけてやるから。ワッハッハ」、てなもんですかね?? どっかの映画で見たシーンみたい? ともあれ、この推測が邪推であることを祈ります。心から。
と、またも後味の悪い話になりそうな中で・・・・・、光明を一点。それはたった一社だけ大感激できた中国産ヴァン・ナチュールを発見できたこと。上海で、オーストラリアのヤウマなどを輸入する若者、イアン・ダイが寧夏で造り始めた「小圃醸造 カベルネ・ソーヴィニヨン」。 契約農家に通常の倍以上のブドウ代を払って、無農薬・低収穫・亜硫酸無添加で造るこのワイン、黒鉛、ドライカシス、ミネラルが七色の万華鏡のようにふくらみ広がりつつ、太く余韻に伸びる味わいは堂々、世界クラスの銘品でした。やればできるぜ、寧夏、なのです。 ともあれ、ファーウェイの携帯電話が、あっという間に日本の全ての携帯メーカーを追い越したようなことが・・・・・・、この小圃醸造のワインと、日本ワインの間に起こらないことを・・・・・祈念したくさえ、なりました。本当に。
註:本稿は雑誌「ヴィノテーク」の取材時の見聞です。より詳しい中国ワイン・レポートは、2020年2月号に掲載されています。是非その“本編”をご覧いただけると幸甚です。
今月のワインが美味しくなる音楽:
空気もつぼみもゆるむ季節を音にしたような、 和製・メロウ・ボッサの隠れ名作。
Chie 「Sabia」
近づく春で、温かくなってきて・・・・・、花も、空気もほのぼのとゆるんでくる・・・・・そんな季節のそこはかとない甘美さを、そのまま音にしたようなメロウ・ボサノヴァです。ヴォーカルは日本人女性(Chie Umezawa名義作もあり)。でも現代ブラジルの巨匠セルソ・フォンセカのプロデュースで、少ない音の隙間に、リアルなブラジル感(サウダージ)が見事に浮かびます。ヴォーカルの、ふわりと柔らかく透明感ある声質も、まるでロワールの亜硫酸無添加シュナン・ブランのようなしみじみ感。ミルトン・ナシメントなど、カヴァー曲選びのセンスも卓越しています。 10年ほど前からずっと愛聴してたCDですが、今、調べると新譜は廃盤で中古盤の一部が大変な価格に・・・・・。手頃な中古盤が残ってるうちに、入手されると、きっとお得かと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=WEli0PTm8lo
今月のワインの言葉: 『酒は詩を釣る針』 -中国の諺-
寺下光彦 ワイン/フード・ジャーナリスト 「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。