Sac a vinのひとり言 其の三十七「場と用途、国と性格、あなたとわたし」
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建部 洋平の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
先日、とあるフランス人生産者を囲むディナーでのディスカッションで、参加者の一人が「日本ではカベルネ・フランを用いたワインの、マーケット全体におけるシェアは決して大きなものではない」と発言したところ、その生産者は驚きながら「フランス、特にパリではカベルネ・フランを用いたワインは最も売れるワインの一つなので、とても不思議です」と発言していた。そこからレストランの話やモードに関しての議論に発展していき、そこでその話題は終わってしまった。サーヴィスをしていたので議論に参加するわけにもいかなかったので、帰り際に生産者にこっそりと近づき私なりの推論を述べたところ得心されたようで、すっきりとした顔をして帰っていった(と私は思っている)。
その推論はこれから述べていくが、ワインの売れる背景には市場のトレンドなどももちろん大きく絡んでくるが、ワイン自身の持つ特性から来るその用途というものも正確に把握しなければならないと考えられる。
今回は例を挙げながら解説していきたい。
1.カベルネ・フラン
この品種について語る前にものすごく大雑把にフランスと日本におけるカベルネ・フランに対する顧客側のニーズとイメージを述べてみる。異論、反論が大いにあるであろう意見だとは思うが、考察を進めるためにご容赦頂きたい。(※以下カベルネ・フランをCFと表記する)
フランス:CFは肉を食べるために必要なワインであり、とりあえず選ぶ「日常的」なもの。
必然的に量を消費する事となる。
日本:ナチュラルワインのCFから入った人間が多いため、ワイン単体で楽しむもの。
肉の消費量も欧米にくらべ少なく、消費法も違う為必然性が余りない。
データとして 2009年度における日本とフランス両国の食肉の消費量を記すと、
牛肉、豚肉、鶏肉合計値 一人頭の年間消費量 | |
フランス | 87.8kg |
日本 | 28.4kg |
と消費量にかなりの開きがあり、必然的に食事のスタイルも異なり、提供される飲料の性格も違ったものとなる。因みにもう一つの食肉大国であるアメリカ、殊にニューヨークのワインシーンでは、CFの売り上げは絶好調であることを付け加えておく。
簡単に纏めると、
肉食が盛んな国: 常態的に用いられるある意味での「日常必需品」。一回の食事における食肉の量も単純に多く(300g−400g位は当たり前である)、咀嚼を助けるワインが必要となる。その為提供する側が顧客に対して勧めずとも勝手に売れてしまう性格の商品。定番の需要に対して供給が追いかけるスタイル。肉食文化が盛んであってもCFの消費量が少ない地域はサンジョヴェーゼやテンプラリーニョなどの地域に根ざした「日常必需品」が存在する為CFが伸び悩む結果となる。
肉食が盛んでは無い地域(上記の地域と比較して):食肉を消費するのが日常では無い、加えて提供される肉の量も巨大なことは稀で、必要とされるのは消化を助けるタイプのワインでは無く、寧ろ少ない摂取量に対してワインの摂取量も必然的に減るので「一口での満足感」に対してニーズが集中しやすくなる。端的に言って“強い“ワインが求められる(新樽の利いたワイン色味共に濃厚なもの)
翻ってCFに視線を戻すと、軽やかな渋みと角度の整った酸味と控え目な果実味で口の中を掃除する役目に優れるCFは、「一口の満足感」の様なニーズに対してはすこぶる相性が悪いと言わざるを得ない。
2. 中国におけるカベルネ・ソーヴィニョンの躍進とシャンパーニュの伸び悩み
(※以下カベルネ・ソーヴィニョンはCS、シャンパーニュはCMPと略す。)
これは私自身がフランスで就労していた折に、中国系のお客様とのお話の中からデータと意見を収集して自分なりに消化した推論である為、エヴィデンスは示せないが余り実情と大きくズレたものでは無いであろうと自負して記させて頂く。
(1)酒の持つ意味
中華系のお客様に一度でもサーヴをされたことのある方なら理解して頂けると思うが、彼らは「乾杯(カンペー)!」という一種のセレモニー、いや儀式を非常に重要視かつ愛している。読んで字の如く、杯を乾いた常態=空にしなければならず、ワインにおける味わい方の基礎とも言える「口の中で味わう」というステップが省かれる事となる。
その結果彼らがワインに対して求めるものは、飲む前の香り、飲み干した時の喉越し、飲み終えてから感じる後味の3点が非常に重要視される結果となった。加えて隆盛の国においての常であるが、より有名でより高価であり格式があるものほど珍重される様になる。一部のワイン地域では古くからの顧客との関係から新規の顧客に対して難しい態度を取る生産者も少なくない。また中国は巨大な人口を抱える為、需要を賄うにはある程度のスケールが必要十分条件となる。上記を纏めて分析すると、有名で高価であり、歴史があり、ビジネスとしての交渉が困難では無く、巨大な需要に対しても対応可能な地域であり、産出されるワインの性格は香り豊かで酒質が強く喉越しの滑らかなものが求められる。
結果ボルドーのワインを我先にと求める様な状況と相成った訳だと推察する。
(2)飲み物の性格
パリで働いていた折に知り合いのギャルソンから、「中国系の予約で埋まってしまい、しかも全員お湯しか飲まなくて商売上がったりだ…」と愚痴を溢されたことがある。
特にご年配のお客様に多いのだが冷たいものを飲むと体に良くないと言ってアルコールや清涼飲料を嫌がり、また中華のお店の様に食用茶を特に用意していない、結果お湯をオーダーせざるを得ないと言った状況に中華系のお客様はなってしまうことがよく見受けられる。また国民性として炭酸系の飲料が余り好まれない傾向にある為ビールの売れ行きも人口に対して考えると余り芳しいとは言えない。
冷たいもの避けて発泡性の飲料を好まない。マーケットとしてシャンパーニュとは非常に相性が悪いと言わざるを得ず、香港などの一部の地域を除いてはボルドーの様な成功を収めているとは言えない状態にある。人口自体が多く、また元々未開拓のマーケットであるから右肩上がりではあるが、普及という側面で考えると楽観視できるほどこの国民性の壁は決して低いものではないと考えられる。
と、この様に国民性や生活様式などを分析すると、例えばボジョレーヌーヴォーが何故あの様に熱狂的に普及したのかは、
1.日本人の初物、1番乗り好き
2.喉越しの良いドリンカビリティーの高い飲料に対するニーズとのマッチ
3.11月というイベントのない時期というタイミングの良さ
4.貿易摩擦の解消を目的とした農業製品への円の消費の必要性
などが相まって隆盛を誇ったのではないかと考察が可能である。
ワインの単体のパフォーマンスやクオリティはもちろん重要ではあるが、ターゲットの分析をコストパフォーマンスや流行以外に様々な角度から分析することは、インポーターだけでは無く、現場に立つ人間も今後必要となる思考方式であると私は言いたい。
判断する材料は多いに越したことはない。そして自身も販売するときに自身のテリトリーのバイアスがかかった判断をしていると認識するべきである。そこからさらに年齢、性別、好み、教育などなどの補正がかかっていき、結果として多様性が生まれてくるものではないだろうか。新しさでは無く、
自身というフィルターの重要性の認識こそ今後の我々の課題であり使命なのではないだろうか。
~プロフィール~
建部 洋平(たてべ ようへい)
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー