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ドイツワイン通信Vol.100

ドイツワインに復活の兆し

 2019年はドイツワインの輸入が大幅に増えた年だった。「ドイツワインは、日本に輸入されるワイン全体の中での割合はとても小さいが、2019年のリースリング、シュペートブルグンダーなどの輸入量は、ほぼ5割増しだった!」と、DWIドイツワインインスティトゥートのマーケティング部長、シュテッフェン・シンドラー氏は書いている(Facebook, 6. January 2020)。日EU経済連携協定(EPA)により、EU諸国からの輸入量は軒並み増えているが、ドイツワインほどではない。なぜ、ドイツだけがここまで大きな伸びを示しているのだろうか。

2019年のドイツワイン輸入量
 2019年1月から11月までのワイン輸入量の上位11カ国を、以下の表①にまとめてみた。

表①:ワイン輸入量(容量2ℓ以下の容器入りのスティルワイン)
2019年1月~11月累計(12月は2020年1月26日時点で未公開)

典拠:財務省貿易統計2020年1月26日(https://www.customs.go.jp/toukei/search/futsu1.htm

 

 2015年以来チリの後塵を拝していたフランスワインが、再びトップに返り咲いたほか、イタリア、スペインも15%前後増えている。2019年2月に発効したEPA協定により、それまで1ℓあたり125円か、インヴォイスに記載されている価格の15%のどちらか安い方(つまり一本あたり94円以下)が課税されていた関税が撤廃された。これを契機にサントリー、アサヒ、キリン(メルシャン)、サッポロといったワイン輸入商社大手だけでなく、スマイル、国分、稲葉、モトックス、日酒販、エノテカ、三国ワイン、明治屋など大半の輸入商社が、ヨーロッパ産ワインの値下げを公表(下げ幅は各社異なるが1~20%の範囲内)して、ワイン市場の多様化と活性化に繋げようとした(酒販ニュース2019年2月1日)。
 輸入商社の念頭にあったのは、2007年9月に日本とチリの間で経済連携協定が発効し、関税が段階的に撤廃されてからの、チリワインの輸入量の大幅な増加だろう。とはいえ、関税の撤廃のみに輸入量増加の原因を求めるのは単純すぎる。チリワインの主力が1000円以下の低価格帯の量産ワインにあり、関税撤廃の恩恵が出やすかったことがひとつ。そして、手ごろな価格でも比較的高品質であり、安心して購入できる。それが、消費者に広く知られるようになり、輸入量増加につながった。
 一方で、中~高価格帯が多いヨーロッパ産ワインでは、関税の撤廃で94円ほど仕入れ原価が下がっても、その恩恵は相対的に感じにくい。関税撤廃よりもむしろ、対ユーロの円高による恩恵の方が大きい。2018年は1ユーロ128円から135円台だったのが、2019年は118円台から125円台を推移した。近年の気候変動で遅霜や雹、病気や害虫による生産量減少で、輸出価格は若干値上がりしていることが多い。だが幸い、レートの恩恵と輸入商社の経営努力でおおむね吸収されて、直接的な値上げにはつながっていない。こうした厳しい環境の中で、EU産ワインの輸入関税撤廃は、輸入する立場にとっては恩恵といえる。

 ただドイツだけは、昨年50%近い輸入量増加を達成した。とはいえ、輸入ワインにおけるドイツワインのシェアは現在もわずか1.9%で、一昨年の量の少なさを物語っている。しかしなぜ、ドイツワインの輸入が昨年になって急増したのだろうか。

 

ドイツワイン輸入量の推移/年別・月別
 2012年以降の日本向け輸出量を振り返ってみると、2019年は約50%の増加とはいえ、2011~2013年の水準まで戻したにすぎないことがわかる(表②)。さらに2018年の豊作が、2019年の日本向け輸出量増加を後押ししたものと思われる。2013年以降日本向け輸出量は減少を続け、2018年は2013年以降最低となった。その背景には、2017年4月下旬の遅霜による生産量の減少があり、やむを得ない側面もあった。

表②:ドイツワイン日本向け輸入量と生産量2010~2019年

出典:財務省貿易統計及びDWI Deutscher Wein Statistik(2019年輸入量は1~11月累計、生産量はOIV 2019.10.31速報推定値)

 

表③:2019年月別ドイツワイン輸入量・金額

典拠:財務省貿易統計(https://www.customs.go.jp/toukei/search/futsu1.htm

 次に2019年の月別輸入量を見ると、特に9月の前年比3.15倍の増加が目を引く。これはおそらく、2017年産の遅霜の影響で、2018年9月の輸入量が123,381ℓと極端に少なかったことによる。2月以降に輸入量が増えているのは、EUとのEPA協定発効の他に、2018年の品不足を挽回する動きがあった可能性がある。5月に輸入量が増えているのは、3月までに現地で一通り出そろった、2018年産の新酒が入ってきたのだろう。7~9月にかけて増えているのは、この期間だけCIF単価が400円台に下がっているところを見ると、おそらく量販店向けの商品が大量に運ばれてきたものと思われる。当時の為替レートが円高だったことも、円換算されているCIF単価の減少に影響しているはずだ(7月121.4円、8月118.2円、9月118.2円)。輸入量の47%の増加に対して、輸入金額の増加が13%にとどまっていることからも、低価格な商品の割合が増えていることがうかがえる。

 次に2018年の輸入状況を表④に示す。2019年と比較すると、特に6月以降は、8月を除けば軒並み前年比で減少している一方、CIF単価は567~787円と高い。これには以下の状況が背景にあったものと思われる。
 ・為替レートが1ユーロあたり128~135円と円安だった。
 ・2017年産の収穫量減少に伴う、量販店向け低価格帯ワインの輸入量減少。
 ・中価格帯以上のワインの輸入割合が相対的に増えた。これは、輸入量全体の減少にもかかわらず、輸入金額合計が3%増えていることにも表れている。

 

表④:2018年月別ドイツワイン輸入量・金額

 

グラフ①:ドイツワイン月別輸入量比較2017, 2018, 2019年(単位:ℓ)

表④・グラフ①の典拠:財務省貿易統計(https://www.customs.go.jp/toukei/search/futsu1.htm

 

2019年の輸入量増加の理由
 では、2019年になぜドイツワインの輸入量が急増したのか。主に二つの理由が考えられる。
 1.EPA協定発効に伴い、輸入商社がヨーロッパ産ワインへ注力するようになった。
  - フランス・イタリア・スペイン以外の、伝統的生産国としてのドイツの再発見。
  - 大手輸入商社による、量販店向けドイツワインの輸入再開(推定)。
 2.新たにドイツワインを扱い始めたり、起業したりした中小の輸入商社の増加。

 逆説的ではあるけれど、ドイツワインの輸入量が減った2014年頃から、ドイツワインを専門に扱う輸入販売会社の起業や、フランス・イタリアを主に扱う輸入商社が、新たにドイツワインを扱い始めるケースが増えてきた。それまでは、長年にわたってドイツワインを扱い、地道に市場を育ててきた古参の輸入商社が、日本のドイツワインの命脈を保ってきた。しかし、彼らの扱う商材は、名前(銘醸、伝統)にこだわる傾向が強く、長年の顧客が好む甘口が中心だった。だから、日本国内のドイツワインのイメージも、昔のまま変わらなかった。
 だが、新しくドイツワインを扱い始めた輸入販売業者たちは、新しいドイツワインのトレンドを伝えようとした。辛口からファインヘルプの、伝統や古いしがらみにとらわれずに醸造される高品質なワインに注目し、輸入することを始めた。2012年からドイツワインを扱い始めた㈱ラシーヌは、その先駆者と言える。
 近年新しくドイツワインを扱いはじめた中小の輸入販売業者の仕事は、全体の輸入量には反映されにくい。しかし、高品質な辛口系ドイツワインの選択枝が、近年増えてきたことは間違いない。それに伴い、名前ではなく味わいでワインを楽しむ業界人や愛好家たちは、土壌の個性が反映された辛口系リースリングや、温暖化で高品質になったシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)を、きちんと評価するようになった。同時に、そうしたワインを扱う感度の高いワインショップや、ドイツワインに特化したワインバーもいくつかある(ドイツワイン通信Vol. 96参照)。

 

今後の展開
 現状ではまだ、甘口が中心のように見受けられる大手輸入商社のドイツワインだが、ようやく変化の兆しが見えてきた。例えば、1990年代に「マドンナ」で一世を風靡し、日本におけるドイツワインの黄金時代に貢献したサントリーが、この2月から「ロバート ヴァイル ジュニア」シリーズとして、食事によくあう辛口タイプの「ヴァイスブルグンダー」、「グラウブルグンダー」、「シュペートブルグンダー」の3種類を発売する。
 ラインガウの著名な醸造所ロバート・ヴァイルが、ドイツのスーパーマーケット大手EDEKAのプライヴェートブランドとして、ドイツ国内では2017年秋に販売を開始したシリーズである。ロバート・ヴァイルのオーナー、ヴィルヘルム・ヴァイル監修のもと、ラインヘッセンの契約農家のブドウを使い、量産可能な醸造設備を備えたラインヘッセンの生産者に委託醸造している。
 ドイツでは著名な生産者が、流通大手とコラボレーションする例がいくつかある。その先駆けは、2008年に業界最大手のディスカウンターALDIが、バーデンのVDP加盟醸造所フリッツ・ケラーに委託した「エディション・フリッツ・ケラー」シリーズだ。小売価格約6ユーロ(約720円)で、ALDIの売れ筋価格よりも2倍ほど高めではあったが、十分それに見合うだけの品質の高さが評判となった。
 今回の「ロバート ヴァイル ジュニア」シリーズは、EDEKAのオンラインショップで7.99ユーロ(約960円)。大手の輸入商社から紹介される、高品質な辛口ドイツワインが、日本市場にいまだに根強い「ドイツは甘口」(今年1月18日の朝日新聞に掲載されたコラムのタイトル)という先入観を、覆してくれることを期待したい。

(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

 
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