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Sac a vinのひとり言 其の三十六「無題」

 ソムリエという仕事は第3次産業、即ちサービス業である。サービス業とは、無形の商材を提供する業務で有り、大きく分けると、医療や美容業又は運送業のように顧客や第3者からも観測することのできる変化をもたらす「結果」のサービスを提供する成果提供型のサービス業と、飲食や娯楽などの他者からは判断できないが、サービスの過程によって被提供者の内面に変化をもたらす過程提供型のサービス業の2タイプの業態が存在する。顧客満足度を考える際には前者は結果が見える化されているため、

 「提供された結果÷(ペイしたコスト×時間や立地などのコスト+接遇)」

 というざっくりした方程式で大まかに炙り出すことは可能である。(例えば美容室なら髪型に満足したとしても異様に時間がかかって対応が悪かったら不満を抱くし、出来上がりが微妙でも値段が激安であったなら妥協してリピートすることは十二分に有り得る)
 しかし、ソムリエが属する後者は顧客が得られる満足度の値が変数で有り、正確に算出する事が不可能(本人にとっても!)である。ざっと数式にすると、

 「(提供された過程×感情や体調などの本人のコンディション±α)÷(ペイしたコスト×時間や立地などのコスト+接遇)」

 となり、変数の部分の振れ幅が不確定すぎて正確に観測し把握することなどほぼ不可能である(被提供者本人も把握していない)。
 大多数のお客様に好評の商品が、特定のお客様には不評だったり、全然売れないのだが一部に熱狂的なファンが居るためメニューから外すことのできない商品があったり、普段通りに接客したら何故かクレームに発展してしまったなどは飲食店では日常的に見られる光景であると思われる。
 サービス業では日常的に「お客様に喜んでもらおう!顧客満足度を上げてリピートしてもらおう!」いった会話がミーティングや会議で飛び交っている。これは価格帯の高低を問わずに見受けられる。これが例えばマクドナルドや吉野家など提供される過程(この場合消化されるハンバーガーや牛丼など)が完全にマニュアル化されていてなおかつコスト面と接遇も一本化されている=変化しない ので、顧客が満足しなかった場合は、オペレーションのミス=過程や接遇の部分になんらかの変化が起きてしまった場合は店舗都合の改善が出来る。
 オペレーションに問題が無く顧客都合の不満か単なるクレームならば、顧客都合で改善すべきか否かはケースバイケースでの判断となる。このようにパッケージングが完成しているマクロな業態の場合は組織の練度やコストの見直しなどで顧客満足度を上げることが可能で有り、満足度を測る場合も大多数が満足する傾向や方法を採択すれば良いのでオペレーションやマニュアルの構築は行いやすい。
 しかし、私や皆様が従事するのはレストランやワインバー、割烹などのミクロ業態の場合、計算に使う変数が異様に多く、また価格も一般的な収入層から鑑みるに、ある程度の高価格帯に属すると言わなければならない。普段から飲み代に10,000円や食事代に30,000円を使って下さるお客様と日常的に接しているため感覚が麻痺しているが、一般の感覚で言えば飲み代で5,000円というのは高額であるし食事でも10,000円を超える食事に行くのは日常の光景では無いのである。その為我々が考える「10,000円に対して提供すべきサービス」と顧客が考える「10,000円で提供されるべきサービス」の間には大きな隔たりが生じることがありうると言うことは重々に承知すべきである。
 また、もう一つのコスト「時間や立地などのコスト」、こちらが顧客に大きな負担となるケースの場合も考慮しなければならない。先述したある程度の高価格帯に対して問題なく楽しんでいただけるお客様でも、いやむしろそのようなお客様こそ、そういった金銭では無いコストに対して非常にシビアである。というよりも基本的にその層のお客様は多忙を極め肉体的にも精神的にもリソースが限られている方が多い為、払う額面よりも「早く終わらせて次に行きたい」「頭使いすぎて疲れているから移動がめんどくさい」といったバリューの方を優先される傾向にある。またこの類のコストは実は低価格帯でも非常に重要視される。忘年会や歓迎会ならアクセスの悪いリーズナブルで美味しいお店よりも、そこそこのコスパで会社から近いお店が選択されるものであるし、デートや接待に使う場合は、次の予定が入っている為提供に長時間かかるお店は敬遠されてしまう。ただこの辺りは逆の側面の見方も可能で有り、例えば時間がかかってしまうお店も、ある顧客にとっては「ゆっくり話せて値段もお手頃なお店」となり、アクセスが良くないお店も「知り合いに会わずに済んで静かなお店」となり得る。この辺りはどちらが良いという話でもなく、自身の店舗の性格と顧客層を把握して適格に提供した方が良いという話である。
 接遇に関していうと正直な話お店の格(価格帯や立地に依存)に見合った接遇をすれば良く、実を言うとここはオペレーションのミスなどで大きなマイナスになる事があっても、意外に大きなプラスにはなりにくい。と言うよりも、気働きは見える化がし辛い=金銭換算が困難な為リソースが割きづらく、また顧客もいわゆる「良い接遇」を受けると次回以降の来店もそれが基準となってしまい、同じ基準でも±0、ほかの顧客と同じ接遇となってしまうと大きなマイナス、不満を抱く結果となってしまう。この辺りがプラスになりづらい理由である。
 個人店であれば、ある意味現場の裁量でどうにかなる部分ではあるが、ある程度の規模となるとその裁量が認められ辛くなる理由であり、オペレーショナルにならざるを得ない理由でもある。そうしないとAという店舗では〇〇なサービスをしてくれたのに、ここではしてくれない!というクレームに発展しかねない。(まあそこを上手くかわすのもサービスマンの腕なのだが・・・)
 ここまでのことをざっくりまとめると
 ・顧客によってサービスの提供の享受にかかるコストに対する価値観が違う。
 ・店舗の性格によってやるべきことも違うしやって良い範囲も違う。
 という極々当たり前のことを述べているだけであり、皆様も何を今更、と思われるかもしれないが、スタッフミーティングで「この前いった店で△△というサービスをしていた!うちにも取り入れるべき!」などと発言したり、顧客が「ほかの店では□□をしてくれたのになあー」などと言ってくる事があるが、もしそれが店舗の性格に合わないのであればキッパリと拒否しなければならない。性格に合わない事を取り入れてしまうとそこから歪みが生じ、他のサービスにまで影響を及ぼしかねない。何店舗かある業態で個人の最良で割引や過剰なサービスをしてしまえば、同一顧客が系列の店舗で同様のサービスの要求をすることは容易に想像が可能であるし、街場の繁盛している中華食堂でグランメゾンのようにエレガントなサービスをしよう!などというのは、時間の無い昼時のサラリーマンの迷惑になるので絶対にやるべきでは無い。
 ヨソはヨソ、ウチはウチ なのである。

 今回、何故ワインに関係ないことを延々と書き記したかというと、上記のように顧客満足度というのは複雑怪奇で把握しづらく、変化し続ける「適切」なサービスを提供しなければならない。しからばワインに目を移した時に顧客にとって「適切」なワインとはなんだろう?
 グランメゾンならば最低限5大シャトーやブルゴーニュグランクリュ、プレスティージュシャンパーニュなどは置いておかなければならないが、Saint Nicolas De BourgeuilとChinonを果たして両方おくべきか否か?
 ビストロであるならば、シャンパーニュは3種類くらいで良く、むしろカベルネフランやガメイなどの品揃えを充実させるべきではないか?
 ワインバーであるならば、カベルネフランを置くとしても何故そのカベルネフランなのか?世界各国のカベルネフランを揃えるべきなのではないか?
 などという店舗に見合った価格帯のワインを揃えると同時に、どのような性格と意味を持ったワインを揃えるべきかという点を考慮しなければならないと考える。
 思い入れがある、ほかでは手に入らない、生産者の思いを伝えたいetc  色々な理由でワインがセレクトされているのだが、それ以上に「この店舗に必要なワインとは?」という観点からのチョイスというのが行われているのか? と言うことに若干の疑問を抱いたので、今回のコラムを書かせていただいた。
 我々が何故働くのか? もちろんビジネスだからであるが、顧客に満足して欲しいからお客様のペイするコスト以上のサービスを提供しようと企業努力や個人努力を行なっているのである。ただ満足していただくためには余程の天才でも無い限りある程度ロジカルに働きかけなければならないと考える。そして、ワインは膨大にして把握困難な「変数」であるというのは、今まで私がコラムで述べてきたことでもある。
 「好きだから、美味しいから」 それだけではお客様には満足して頂けない。ソムリエとして常に意識しなければならないことだと私は考える。

 

~プロフィール~

建部 洋平(たてべ ようへい) 
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー


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