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ドイツワイン通信Vol.99

公開日: : 最終更新日:2020/01/01 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

ドイツワインのメディアとトレンド

 今月から『Dancyu』のオンラインサイトで「ドイツワインの轍。」と題した連載が始まった(https://dancyu.jp/series/germanwine/index.html
)。全9回で、12月24日までに第4回が公開されている。今年8月の取材で見聞したことを、毎回明確なテーマをもって、とても魅力的な筆致で描いている。
 フランス在住経験があり、伝統料理とワインの著書も出版されている鳥海美奈子さんとは、以前、『ヴィノテーク』誌に掲載されたペット・ナットの記事(2018年7月号)が彼女の目に留まったのが縁で知り合った。今年4月に出た『メトロミニッツ』誌のスパークリングワイン特集の取材の際に、声をかけていただいた。その後、鳥海さんがドイツワインの取材に行くことになり、微力ながら私の経験をお伝えした。今回それを役立てて頂けたことを、私はとても喜んでいる。
 鳥海さんの記事では、ラインヘッセンの現在を通してドイツワインの過去を回顧し、高品質な辛口が台頭し、有機栽培が広がりつつある状況を紹介している。そして『Dancyu』だけでなく、『サライ』にも同じ取材に基づく記事を掲載している(https://serai.jp/gourmet/383975)。彼女の記事を通じて、より広い読者にドイツワインの現状が伝わることを願ってやまない。

・ドイツワインガイドの現在

 先日、『ヴィヌム』Vinumのドイツワインガイド2020年版がようやく届いた。
 毎年11月上旬に刊行される、ドイツワインの現状を垣間見せてくれる本で、ジョエル・ペインが編集主幹を務めている。1994年版からスタートして、今年で27年目だ。先日、ペイン氏が四谷にあるラシーヌのオフィスに立ち寄った際、一巻出版するごとに1kgは痩せるから、かれこれ27kg以上痩せたよ、と笑っていた。継続は力なり、という。2017年版まで『ゴー・エ・ミヨ』Gault & Millauのガイドブックシリーズの一つとして出版されていたが、版権の移行に伴って、現在の出版社に移行した。看板は変わっても、肝心の中身の質は維持されている。いや、古巣を追われた悔しさと、ライヴァルの登場で、一段と充実した内容になっているような印象さえ受けた。(関連記事:ドイツワイン通信Vol. 75)

・ドイツワインガイドの栄枯盛衰

 一方、2018年版から『ゴー・エ・ミヨ』のガイドブックシリーズの版権を獲得したSZ社は、去る11月末に出版の打ち切りを発表した。デジタルメディアによる国際展開を目指していたが、期待していた出資を得られなかったためだという。今のところ、『ゴー・エ・ミヨ』の2021年版がどうなるのかはわからない。2017年にスタートした、老舗の看板をかかげた事実上の新しいドイツワインガイドは、わずか3年で姿を消すことになるのかもしれない。

 ドイツでは『ヴィヌム』、『ゴー・エ・ミヨ』のほかにも、『アイヒェルマン』Eichelmann、『ファルスタッフ』Falstaffと、それぞれに充実した内容のドイツワインガイドが毎年更新・出版されている。しかし、市場規模は小さい。一冊35Euro(約4,500円)前後もする、ドイツ語で書かれたドイツの醸造所の最新情報に強い関心を持ち、なおかつ購入する顧客が、ごく限られていることは明らかだ。確かに情報過多のきらいはあった。しかし、それぞれの評価を比較したり、情報を補完したりすることが出来るので、毎年複数のガイドブックを購入する顧客も、少なくなかったものと思われる。

 とはいえ、新しい『ゴー・エ・ミヨ』のドイツワインガイドは、ジョエル・ペイン達が築いてきた手法と生産地域別の構成、100点満点のワイン評価、ブドウの房の数による醸造所評価)を踏襲せざるを得なかった。知名度の高いソムリエや、業界の重鎮を執筆陣に迎え、キンドル版も他のガイドブックに先駆けてリリースしたとはいえ、十分な差別化が出来なかった。一方、『ヴィヌム』のドイツワインガイドは、27年間に渡って築き上げてきた定評があった。似たようなガイドブックを選ぶとしたら、よほどの質の低下がない限り、昔から読み続けてきた方を選ぶのが人情かもしれない。

 ちなみに、『アイヒェルマン』は醸造所から掲載手数料を徴収していることを、ジョエル・ペインは評価の公平性を損なうと批判していた。いくつかの有名な醸造所が『アイヒェルマン』に掲載されていないのは、サンプルボトルを提供した上に、手数料を払ってまで掲載してもらう必要はない、と生産者が判断したことによる。一方で、他のガイドブックに掲載されていない、無名の生産者が高い評価を得ていることもある。生産地域、品種、格付け、味筋で分類したサンプルを、素性を隠した状態で試飲し評価するからだ。そういう意味では、他では得られない情報と視点を提供していて、生き残りに必要な差別化に成功している。

 こうしたドイツワインの最新情報が、毎年更新されながらもドイツ語でしか刊行されていないのは、残念なことだ。ジョエル氏にその点を指摘すると、ドイツワインガイドの市場はドイツ以外ではごく狭く、仮に国際版を実現するとしたらオンラインメディアになるだろう、とのことだった。いつの日か近い将来、実現してほしいものだ。

・ナチュラルワイン市場の成熟

 私見では、ドイツワインガイドでは生産者のランキングや、ワインの得点だけを見るのはもったいない。巻頭にあるドイツワインのトレンドに関する記事も、その年の業界の関心事や価値観を反映していて興味深く、見逃すことは出来ない。

 例えば、今年はナチュラルワインが、『ヴィヌム』のドイツワインガイドでテーマの一つとなっている。曰く、「今やペット・ナット、オレンジワインとナチュラルワインは、刺激的なテーマを探している、一部の事情通のマニアのための、物珍しい存在ではなくなった。以前は違和感がぬぐえなかった実験的なワインの多くは、現在では本当においしく、中には素晴らしいものもある。生産者も消費者も、等しく学んだのだ」と。そして「(ナチュラルワインの)多くが公的審査に通らなかったのは、まったくもって当然だった。なぜなら、出来損ないというほかなかったからだ。揮発酸、酸化、過剰なタンニンなど、まるでワインのありとあらゆる欠陥の見本市のような塩梅だった」(中略)「だが、その時代は終わった。今ではドイツのどの産地でも、本当にワクワクするような、ときには感動的なほどにすばらしい、いずれにしても楽しんで飲むことが出来る『オレンジ』、『ペット・ナット』、あるいは『ナチュラルワイン』に出会えるようになった」と指摘している(Vinum Weinguide Deutschland 2020, pp. 30, 31参照)。

 わずか一年前、2019年版の同じガイドブックで「オレンジワインの類は生産量がごくわずかであり、仮に興味を持つ専門家がいたとしても、主要なテーマにはなりえない」と、ごくそっけなく書かかれていた。この豹変ぶりには驚かざるを得ないが、業界のトレンドが、それだけ急激な勢いで変化しているということなのだろう。
 記事の最後に、『ヴィヌム』のドイツワインガイド編集部の選んだ、お勧めのオレンジワインとナチュラルワインが10本選出されていて、エンデルレ・ウント・モルの2018シュペートブルグンダー・ロゼが4位にランクインしている(2020年2月入荷予定)。1位はラインガウの伝統的生産者シュロス・ラインハルツハウゼンのオレンジワインで、ドイツ国内の小売価格がなんと一本104Euro。5種類の白ブドウを、果梗と一緒にマセレーション発酵して木樽で熟成し、亜硫酸無添加で瓶詰したそうだ。時代は変わったのだ。

・トレンドの背景

 ドイツのナチュラルワインの浸透に影響を与えてきた背景として、2015年からベルリンでも開催されている、イザベラ・レジュロン主催のRAW The Artisan Wine Fairを挙げることが出来る。2015年11月に第一回が開催された時は、ネガティヴな意見が大勢を占めていた(ドイツワイン通信Vol. 51参照)。一方、今年12月に開催されたこの試飲会の印象を、ワインと旅をテーマにしたブロガーのChez Matzeは、成熟した試飲会だった、と好意的に評価している(https://chezmatze.de/2019/12/05/raw-und-saw-naturwein-messen-in-berlin/#more-14494)。「赤い顔をした酔っ払いや、80%をクズワインが占めるなんて状況は、正直なところ過去の遺物だ」と述べ、150あまりの試飲ワインの中で、欠陥臭があったのは5つだけだったと指摘。その理由を以下のように分析している。

 1.品質規約があること。つまり、少なくとも有機栽培で栽培したブドウを使い、手作業で収穫し、野生酵母で発酵したワインであることが必須で、滅菌フィルター、逆浸透膜法、培養酵母の添加などは禁止。軽くフィルターをかけることと、70mg/ℓまで亜硫酸を添加することは認められているが、すべてデータシートに記載して提出することが義務付けられている。

 2.マスター・オブ・ワインのイザベラ・レジュロンが出展者を選んで招聘している。

 3.出展者の半数は完全無添加、半数が亜硫酸微量添加だった。品質を無視して完全無添加に固執する狂信者はいない。かつてその代表的存在だったシチリアの生産者も、微量の亜硫酸を添加するようになった。

 4.高品質なワインの生産者に、ナチュラルな栽培醸造を心掛ける人々が増えている一方で、ナチュラルワインの生産者の中にも、高品質なワインを目指す人が増えている。つまり、ガイゼンハイムやモンペリエで、教科書通りの安全な醸造を習った人が、フィルターをかけなかったり、亜硫酸の添加をしない醸造をしたりしても、いまや何の不思議もない。

 ナチュラルワインと高品質なワインの醸造が、近づきつつあるという指摘は興味深い。
 ドイツのナチュラルワインの生産者は、ドイツ国内だけでなくフランスなど各地のナチュラルワインのイベントに出展して、ビジネス・パートナーと出会うケースが少なくないようだ。そうした生産者は限られているが、ナチュラルワインに力を入れている日本のインポーターが、すでに扱っている場合が時々ある(例えばBianka & Daniel Schmitt, 2Naturkinder, Wörner (Marte), Brand Bros。Stefan Vetterも近々輸入されるらしい)。
 ナチュラルという枠組みが、生産国という枠組みを超えて、ドイツワインを扱うモティベーションとなっているのかもしれない。それは、ドイツワインが日本に普及するための、一つの可能性でもあるように思われる。

(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

 
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