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ファイン・ワインへの道vol.40

グレイト・ヴィンテッジ=外れ年危惧、の時代?

 繰り返し書くべき(と思われる)トピックスも、時にあるように思います。
それは、「当たり年は、今や外れ年(に近い)かも」という視点です。
 以前も一度、ふれたことのあるトピックスですが、つい最近、またも“当たり年観の迷宮”に混迷させられる垂直試飲があったので、お伝えしますね。
 それは、かのアンリ・ジャイエと共に働いた経験を誇るフランス人、リオネル・コズン氏が手がけるブルネッロ・ディ・モンタルチーノ、2014、2011、2009、2008、2007の試飲でした。
 たいていのヴィンテッジ・チャート上では、2007、2009がその他の年より「グレイト・ヴィンテッジ」です。
 ところが、試飲結果はヴィンテッジ・チャート評価の真逆とも思えるもの。良かった順に2008、2014、2011、2009、2007。

 アロマにも味わいにも、格調高く深遠な奥行きと多層性、酸自体に妖艶な表現力と、クラブのミラーボールみたいなキラキラ感があった(沢尻エリカさえ魅了?)2008、2014と比べ、2007、2009は15%に達する高アルコールと、焼けた、というか少し焦げかけたニュアンスさえある紫フルーツのコンフィのトーン。アタックとタンニンの押しは強いのに、ニュアンスは08、14と比べると平板、単調と言わざるをえないワインでした。
 試飲に立ち会ったクパーノの次期当主、アンドレア・ポリドーロ氏もこう断言。「2007・2009と、2008・2014は同じブルネッロというラベルでも全く異なるワイン。08、14はデリカシーを評価するイギリス、日本で売れた。07、09はパワー第一のアメリカでよく売れた」、とのこと。おいおい、そこまではっきり言っていいんかい、って感じですが。そんなところがいいですよね。イタリア人。

 そんな、まさに明暗とさえ思えた07、08を分けたものは何か?
ご想像通り。暑さ。夏の熱量、です。
熱暑で夏にパリで多くの死者が出た2003年ほどではなかったとしても、2007は「例外的」とも言える暑さの年。2009、2015、2017、2019も、大変な暑さだったそう。その結果、感じられたのは、まるで過剰な太陽が、ワインの命である味わいの綾と陰翳、奥行き、つまりは“フィネス”を、無慈悲にも踏みつぶし、塗りつぶしてしまったような印象です。果実味の活力も、枯れたとは言いませんが、疲れくたびれたような印象。沢山の種類の花が咲く美しいお花畑が、道路工事用ロードローラーで踏み固めてられたような感じ、と言うと言い過ぎでしょうか? 
 フランス人がよく言う「エスプリのないワイン」という表現の出番、かも知れません。
 クパーノは多くの生産者がブルネッロをロッソに格下げした2014年に、華麗なカテドラルのような、美しい酸と果実の彫刻のようなブルネッロを、鬼気迫る徹底した選果で生みました(スゴイです。クパーノの2014)。その情熱と仕事に、激しく畏敬し感激できただけに、余計に07、09とのギャップを感じたのです。垂直試飲は、常にとても残酷な行為です。

クパーノ当主、リオネル・コズン。
フランスから、サンジョヴェーゼのエレガンスを追い、モンタルチーノに畑を開いた。

 と、07、09ばかりを悪役にしてる訳ではなく。これは一時が万事。今までの概念、つまり「当たり年=夏が晴れ続きで暑くてブドウがガッツリ完熟した年」という考え方自体が、この温暖化一直線の現在の地球で、通用しないというか、「間違い」でさえある時代が来ているように感じられるのですが、どうでしょうか。

 僕は生産者と一緒に試飲する時、「グレイト・ヴィンテッジよりノーマル・ヴィンテッジが好きです。僕は。」と常に言うのですが、それを言うとよく生産者に「実は僕もそうなんだよ! おかしいよね、ヴィンテッジ・チャートって」と握手を求められたり、ハグされたりすることがあります。
 ともあれ、フランスから地中海を南に渡った北アフリカ、アルジェリアでもワインができますが・・・・・、アルジェリアは通常、グランヴァンの産地とは見なされていませんね。暑くて、ワインにフィネスが備わらないから。なのに、例えば「ワイン・アドヴォケイト」のヴィンテッジ・チャート、等々を見ると、どうもイタリア、フランスの気候が少しアルジェリア化した年が高評価にさえ見えるのです。

 中原中也の詩に、こんな一節があります。
「わが生は、下手な植木師らに、あまりにはやく手を入れられた悲しさよ」。
 これは、育児熟達とは言えない若い親に、不確かな躾を受けたことを悲しむ詩なのですが・・・・・・、ワインについて書く方も、売る方も、隠れ「下手な植木師」が潜んでいる気さえします。「猛暑の年=グレイト・ヴィンテッジ」じゃないですよ、アドヴォケイトさん。アルコールの高さが評価軸の基本じゃない限り。

 さあ、ブルゴーニュ2015は、どんな熟成になりますかね。つい先日、パリの某レストランの地下セラーから飲んだドメーヌ・ラルロー、2005 モレ・サン・ドニ 1級レ・リュショは、期待した華麗なアロマは全くなく、既に色調も輝きゼロで、茶色のニュアンスさえおびた、くたびれたワインに成り果てていました。私のワイン選びも「下手な植木師」でした・・・・・(2006がリストになかったんです! と、言い訳まで下手・・・)。

 さて今年。7月にパリが43℃になったニュースの記憶も生々しい中、植木師たちはどんな評価をこの年につけるのでしょう。きっと夏は連日快晴、最高の天候、グレイト・ヴィンテッジ!! なんでしょうね。万歳!

クパーノ当主・リオネルの手。畑でのハードワークを物語る。
「一人で完璧に世話ができる畑の広さは6haまでだ」との師・ジャイエの教えを堅守していると語った。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

年の瀬のウキウキ感に、ブラジル新世代の音。

CRIOLO『ESPIRIAL DE ILUSAO』

 古い音楽ばっかり出てくるコーナー、と思われてるかもですが、新世代の音も出てきます。ブラジルで、元ラッパーながらボサ・ノヴァの母であるクラシック・サンバの心をしっかり掴んだ気鋭のこの作品。明るさの中にメロウ感が同居する、美メロの数々は、まさにブラジル音楽の精髄そのもの。年の瀬のこの時期、ちょっとした小宴などを明るくいい雰囲気にしてくれると思います。

https://www.youtube.com/watch?v=JDDxo7lcckI

 

今月のワインの言葉:
「ワイン試飲は、ヴァイオリンを弾くようなもの。少し、見識も必要だ」 
-アンドレア・ポリドーロ(クパーノ)-

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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