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ドイツワイン通信Vol.97

昨今のドイツワイン

 この原稿を書いている10月27日、モーゼルでも今年の収穫はほぼ終えたようだ。生産者団体の発表では6月、7月の猛暑と渇水で、収穫量は平年に対して8%の減少だという。「それでも9月下旬の雨のお陰で、収穫量は予想していたよりも若干多くなった」と、ザールのファン・フォルクセンのオーナー、ニエヴォド・ニツァンスキーはコメントしている。それは、ローマンらしいポジティヴなものの言いようかもしれない。収穫を目前にして雨が降ると、ブドウは水を吸って膨らみ果皮が避ける。その後天候は快復して気温が上昇したので、貴腐菌をはじめとする菌類が急速に蔓延するリスクが高まった。多くの生産者達は、10月初旬を予定していた収穫開始を数日前倒しして、健全に熟した房を出来る限り急いでとりこまねばならなかったという。ファン・フォルクセンでも今年は例年以上に入念な選果を行ったことだろう。アイスヴァインを造るために、樹上に房を残して氷点下7℃の寒気が訪れるのを待つ生産者は、今年はほとんどいないそうだ。今はただ、貴腐菌がついて茶色く萎びかけたブドウが、すっかり弱弱しくなった晩秋の日差しを浴びて、静かに収穫を待っている。

・ドイツワインケナー雑感
 先日、とあるワインスクールで、ドイツワインケナー試験対策講座の講師をさせていただいた。ドイツワインケナーのケナーとは、ドイツ語で「通」を意味する。だから、「あなたはドイツワイン通です」と、試験を主催する一般社団法人日本ドイツワイン協会連合会(以下連合会)にお墨付きをもらうのが、ドイツワインケナー試験である。日本ドイツワイン協会連合会はドイツワイン愛好家の集まりで、プロもアマチュアも関係ない。ワインの前では誰もが平等なのだ。
 ちなみに、東京ドイツワイン協会という団体もあり、日本各地に支部を持つ連合会には加盟せず、独自路線を歩んでいる。こちらは資格試験など一切やらずに、定期的にセミナーやワイン会を主催している。毎年5月に日独文化会館ホールで開催するドイツワインフェストが、東京ドイツワインワイン協会の主催するイベントのハイライトである。
 一方、連合会は定期的に開催しているセミナーに加えて、昨年からブラインドテイスティングコンテストを主催し、近い将来にはドイツワイン講師の認定制度も始めると聞く。ここまで来ると公的機関、例えばDWIドイツワインインスティトゥートや、その日本支部であるワインズ・オブ・ジャーマニー日本(以下WOGJ)の関連団体のような印象を受けるが、そうではない。ただ、ケナー試験の成績優秀者に与えられるドイツワイン産地ツアーへの招待では、DWIやWOGJの協力を得ている。
 ケナーあるいは上級ケナーの呼称資格認定試験を受ける意味はどこにあるのだろうか。まずドイツワインを学ぶモティヴェーションになることは間違いない。試験に受かったら、達成感とともにドイツワインで祝杯を挙げるといい。しかしそれはゴールではない。ケナーはドイツワインの深みへとむかう入り口であり、上級ケナーは日頃の実践の成果を試す場だと思う。
 もっとも、私は3年前から連合会の活動とは距離を置いている。ケナー試験の作成にも今はかかわっていない。先日のセミナーでも対策講座とは銘打ってあったものの、実際に伝えようとしたのはドイツワインの一般的な知識で、特に試験を意識した内容ではなかった。そもそも、わずか120分でドイツワインのすべてを説明するのは無理だ。ただ、曇った窓ガラスを軽くふいて、その向こうにあるドイツワインの世界を、ある程度見通せるようにしただけだ。私見では呼称資格を持っていようといまいと、大した問題ではない。試験をきっかけにドイツワインに興味を持ってもらえれば、それで良いと思う。

・昨今のドイツワイン事情
 10月末に東京ドイツワイン協会のセミナーで、昨今のドイツワイン事情について話すことになった。2017年3月にもほぼ同じテーマ(「ドイツワインの現在」)で話しているので、今回はそのブラッシュアップとなる。セミナーの準備も兼ねて、お話ししようと考えていることを、この場を借りてまとめてみようと思う。

(1)温暖化以前
 昨今の、あるいは現在のドイツワインを語る上で避けて通れないのは、周知の通り温暖化である。1980年代までは10年に2回完熟すれば良い方だった。だからこそ、1971年に施行され、現在までその効力を保っているドイツワイン法では、収穫時の果汁糖度が品質の基準だったのだ。
 完熟した収穫を得るには忍耐を要し、収穫を失うリスクを背負わなければならなかった。熟しきらなかった果汁の酸度は高く、酸度とバランスするだけの糖度が必要だった。だから甘口が多かったのだ。ワインを消費するスタイルも、食事に合わせることの多い現在とは異なり、もっぱら親しい人たちと談笑する際に、会話の潤滑油として飲まれていた。私がドイツに住んでいたころ、大学の近くに住んでいた年配のご夫婦に、お茶に呼ばれることがたまにあった。奥さんがバーデン南部の出身だったので、お茶やケーキと一緒に出てくるのは、いつもベライヒ・マルクグレーフラーラントのグートエーデルだった。口当たりのよい甘味のあるワインは、アルコール濃度が低く酔い心地も穏やかで、飲み進むほどに幸せな気持ちにしてくれたものだ。

(2)1990年代の変化
 だが、甘口は1985年の不凍液混入事件以来信用を失ってしまった。生産者達は辛口に活路を見出そうとしたが、方向性が定まらなかった。バーデンやアールの野心的な赤ワインの生産者達は、ブルゴーニュの見様見真似でバリック樽を導入した。だが、その試みが成果を現すまでには温暖化の進行と、10年以上の試行錯誤を要した。

 1990年代という時期は、現在の状況につながる三つの主要な変化があった。
 ひとつは世界中でポリフェノールの健康効果が注目されて、赤ワインがブームとなったこと。多くの甘口用の早熟量産系交配品種が引き抜かれ、赤ワイン用品種に植え替えられた。
 第二に、食事と共にワインを飲む習慣が若い世代を中心に広まっていったこと。好んで飲まれたのはイタリアやフランスからの輸入ワインだったが、そうしたニーズに応えるため、ヴァイスブルグンダー(ピノ・ブラン)やグラウブルグンダー(ピノ・グリ)といった、辛口用品種の栽培面積が増えていった。
 第三に、19世紀にはすでにドイツでブドウ畑が格付けされていたことが、当時モーゼルに住んでいた英国人ワインジャーナリスト、スチュアート・ピゴットにより広く知られるようになったこと。これが、残糖分ではあまり差の出ない辛口ワインを、何によって差別化し商品価値を高めるのかという、不凍液混入事件以来の懸案事項に決着をつけた。ブルゴーニュで行われているようなブドウ畑の格付けはドイツでも可能なだけでなく、既に100年前に行われていたのである。ラインガウブドウ生産者連盟とVDP.ドイツ高品質ワイン生産者連盟は、互いに先を争うようにして新たな格付け制度を導入した。格付け畑のワインは当初辛口しかなかったのは、こうした事情が背景にあったからだ。

(3)テロワールの表現と伝統回帰
 格付けされたブドウ畑の辛口ワインが登場してから間もなく注目を集めたのは、1900年頃のワインリストだった。そこではボルドーの、例えばシャトー・マルゴーと、ザールのシャルツホーフベルガーが同価格で掲載されていた(参照:ドイツワイン通信Vol. 14, http://racines.co.jp/library/kitajima/14.html)。安物甘口ワインの生産国とみなされていたドイツは、100年前はボルドーの一流シャトーと同様の高い評価を得ていたのだ。この事実を認識した現代の生産者達は、自分達も同じことが出来るはずだと確信した。それはまた、とりわけ量産された廉価なワインの産地というイメージの根強かった、ラインヘッセンやファルツの若手醸造家達を奮い立たせた。彼らは仲間たちと団体を結成し、品質の向上へと邁進して産地を変えていった。

 同時に、ドイツワインの黄金時代と言うべき1900年頃、どのようにワインが造られていたのか、ということにも関心が集まった。当時は伝統的な木樽で野生酵母により発酵し、温度調整は行わなかった。翌年春になるとアルコール発酵が再開し、続いて乳酸発酵が起こるのが普通だった。樽熟成は数年間におよぶこともあった(参照:ドイツワイン通信Vol.20, http://racines.co.jp/library/kitajima/20.html)。
 この伝統的な醸造は、現代の生産者達に反省を促した。ステンレスタンクで培養酵母を投入して低温発酵した、フレッシュ&フルーティなスタイルが1990年代にはもてはやされていた。そして、クリスマス商戦に間に合わせて新しいヴィンテッジが出回り始め、せっかちな消費者に促されるようにして、収穫翌年の3月には本格的な販売が始まるという、せわしないワイン造りから方向転換するきっかけにもなった。
 さらに重要なのは、栽培・醸造において人為的な介入が過ぎると、ワインは画一的になるという認識が広まったことだった。折しも逆浸透膜法による果汁の濃縮技術や、分子レヴェルでワインを分解して再構築し、市場のニーズにあわせた香味のワインを醸造する技術が、近い将来普及するかもしれないという危機感があった。そうした行き過ぎた醸造技術に対する抵抗感と反省が、生産者達を伝統的な醸造へと向かわせたのである。

(4) 温暖化の進行と有機栽培の普及
 2000年代にはいると一層温暖化が進行した。それを決定的に印象付けたのは、2003年の猛暑だった。乗用車のエアコンが必需品となり、長距離列車の空調がオーバーヒートして多数の乗客が病院へ搬送され、熱中症が高齢者の命を奪った。ワイン造りではブドウの果肉の状態や種の色で成熟を判断する、生理的完熟という概念が登場して、果汁糖度だけでは収穫の判断基準にはならないとされた。そしてシャルドネ、ソーヴィニョン・ブラン、カベルネ・ソーヴィニョン、メルロといったフランス系品種が静かに増えていった。

 バイオダイナミック農法を、VDPに加盟している一部の生産者達が、試験的に採用しはじめたのも2003年頃からだ。辛口ワインでテロワールをより明瞭に表現するための手段として、彼らはブルゴーニュに範を求めた。
 もともとドイツは環境への関心が高く、1970年代後半から有機栽培を行う生産者は一部にいたものの、大抵は変わり者扱いされていた。農薬や化学合成肥料を使わない有機栽培は、経済効率優先で環境破壊に加担する生産活動に対する反抗精神の表れとみなされていた。畑をとりまく生態系を育むことで作物の生命力を高め、ブドウ畑で働く人々と家族の健康を守り、安全な食物を収穫することが有機農法のコンセプトである。とりわけブドウ栽培では、地中の微生物の多様性がテロワールの表現を明確にして、高品質で個性的なワイン造りに貢献することが知られるようになると、有機栽培は品質を高めるための手段として関心を持たれるようになった。EUでも2012年にビオワイン醸造規約が制定されて認証制度が始まった。現在はドイツのブドウ畑の約8%前後が有機認証を受けているが、毎年検査機関の調査を受けることを嫌い、認証を受けずに有機栽培を行っている生産者も少なからずいる。

(5) 多様化するドイツワイン
 現在ドイツのブドウ畑の33.5%で赤ワイン用品種が栽培され、辛口と中辛口の生産が69.3%を占めている(2018年産、DWI Statistik 2019/2020)。甘口白ワインが主力の生産国ではもはやない。
 2010年頃からは、白ワインを赤ワインのように果皮・果肉とともに醸造したオレンジワインや、亜硫酸の添加を極力抑えたナチュラルワインも登場。これまでになかった、新しく実験的な醸造のワインも次第に増えつつある。

 今年、1971年に施行されたドイツワイン法の抜本的な改正が議論されている。果汁糖度を基準にした格付けから、地理的呼称範囲に基づいた、フランスやイタリアと同じシステムの格付けへと、年内にも移行する予定だと、今年5月に連邦食料農業省は発表している(https://www.bmel.de/DE/Landwirtschaft/Pflanzenbau/Weinbau/_Texte/WeingesetzReform.html)。2009年に施行されたEUワイン市場改革に伴う地理的呼称制度は、ドイツではこれまで多かれ少なかれ形骸化されていた。しかし今度の改正で「呼称範囲がせばまるほど、高品質になる」という基本方針が導入されることで、50年近く続いた果汁糖度を基本にした現行の制度から、温暖化の進行した現代の状況にふさわしいワイン法になるだろう。

 温暖化の進行する現在、より冷涼な立地条件のブドウ畑の評価が高まり、新しい栽培条件に適した品種が模索されている(参照:ドイツワイン通信Vol. 90, http://racines.co.jp/?p=11130)。ワイン造りをとりまく環境は、この20年で大きくかわり、今も変化している。ドイツワインは伝統を大切にしつつ、今後ますます個性的に、多様になっていくことだろう。

(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

 
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