ファイン・ワインへの道vol.39
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最終更新日:2019/11/21
寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
ワイン“格付け商法”の光と闇。
スペイン最プレステージワインの一つを生むプリオラートで、ブルゴーニュ的な公式格付けが完成しましたね。
格付けの上下位階は五段階。完全にピラミッド状になった、格付けです。
その中で、グランクリュに相当するグランビーニャ・クラシフィカーダに認定されたワインは唯一、レルミタのみ。
プルミエ相当のビーニャ・クラシフィカーダも4銘柄のみ。
プリオラートで、クリュに相当する区画(=パラッジェ)は全部で459もあるのに、です。
これは過激! ブルゴーニュで、グランクリュが例えばコンティ、ターシュ、クロ・ド・ランブレイだけだったら・・・・・、えらいことですよね。(コンティの値段は、今のさらに10倍、1本2,000万円ぐらいに跳ね上がる?)
しかも今回の格付けはブルゴーニュ的に、長年に渡る歴史的評価と品質、テロワールで考慮した結果、というのですが、内容を見るとどうも、ボルドー、メドック格付け(1855年完成)的、つまり、その時代のワイン値段の高低で決めた雰囲気も・・・・・、遠からずやんわりと感じます。
トップ格付けのレルミタは、1本13万円前後。(ファースト・ヴィンテージは1993年。2000年代前半のワインは、しばしばアルコール16%に達したワイン)。
プルミエ・クリュ相当のビーニャ・クラシフィカーダ、赤3銘柄と白1銘柄も、1本1万円前後とはいえ、当地屈指の高額ワインです。格付けピラミッドの第三位階、ビ・デ・パラッジェは、現在20種以上の銘柄を審査中とのこと。
そんな中、今年、縁あって上位2位階のワイン全てを含む、トップ・プリオラート・ワイン約100種類を試飲する機会をいただいたのですが・・・・・・試飲では、グランクリュ相当のワインを凌ぐとさえ(個人的には)思えるほど華麗、深遠と思えた格付け外ワインもありました。例えば、マス・ラ・モーラのビ・ダルトゥーラ、などなど。その存在は、1855年のボルドー、メドック格付けからは完全にこぼれた、シャトー・ラフルール(右岸ですが)のプリオラート版といったところでしょうか?
それにしても、1855年のメドックワイン格付け、値段が決定要因とは、なんとも朗らか、かつ牧歌的ないい案ですね。是非今、メドックだけでなく全ボルドーで、同じ基準で再格付けをしてほしいものです。すると、ペトリュスとル・パンのみが1級、ラフィット、ラトゥールあたりは全て2級に格下げ、でしょうかね。あはは。
ともあれプリオラート。格付け発効と同時に、市場と需要は盲目的・かつ自動的に上位格付けに向かうでしょう。
まるで羊飼いの笛のとおりに素直に動く、無邪気な羊なみに。そして値段格差、拡大加速。
70年代のイマイチのラフィットも高く売れたし(一級だから)、品質より量産重視なのかなぁ? と思えるネゴシアンが生産するモンラッシェも、今日も高く売れ続けてます(グラン・クリュだから。自動的に)。
そう、どんな格付けでも、作ってしまえば勝ち!
例えそれが消費者のワイン選びと産地愛を助け深めるよりは、困惑・失望させる一抹の不安を含んだ格付けでも、です。
そして賢いスペイン人たちは、プリオラートとほぼ同時期、ビエルソでも全5段階の格付けを完成しています。こちらは地域内での承認と合意を超速で終え、後はEUの最終認可待ちとのこと。
“格付け商法”は、予想以上の早さで、スペインに広がっています。
この合意のスピード感はプリオラート、ビエルソとも、比較的狭く生産者総数が少ないという地域特性も追い風でしょう。自社瓶詰め生産者数:プリオラート109社、ビエルソ75社。これは、同じく非常に狭い地域と言われるモンタルチーノ:約200社、バローロ約250社などと比較してもさらに少なく、その分、生産者間の合意がスピーディーだったと推測されます。
きっと、彼の地の上位格付けワインは、さらに高く売れるでしょう。
賢いですね。スペイン人。格付け万歳! そしてこの商法、スペイン以外の世界にも広がるかもしれませんね。
ま、それを盲信する消費者、高いワイン、高格付けワイン=いいワイン と素直に妄信して踊らされるほうが悪い、未熟ってことかもなのですけどね、もちろん。
ちなみに私の最愛ワインのほとんどは、格付けのかの字もないワインです。皆さんは、いかがですか?
追伸:
本稿データの多くは雑誌『ヴィノテーク』での取材経験を元にしています。
2019年10月号に、より詳細なプリオラート格付け、および現状のレポートがあります。是非、ご高覧いただければ有難く思います。
註釈:
スペイン語、カタルーニャ語とも、VとBは同じ発音です(ヴィ という発音は、ありません)。ゆえ本稿表記でも、Vinyaはヴィーニャではなくビーニャと表記しています。同じ原理で、CAVAをカヴァと表記するのは間違い。正しくはカバ、です。
今月の、ワインが美味しくなる音楽:
世界が再評価、絶賛。
36年前の日本産、アンビエント。
芦川聡 『Still Way』
まさに、わびさびアンビエント。はるか36年前、1982年に発表された、日本産ルーツ・アンビエントの名作の再評価と絶賛が近年、世界へ広まっています。最小限の音数のピアノと、アナログシンゼの残響が生む、このイマジナティヴな音。まるで、秋の山奥で静かに散る紅葉の葉のような、人知れぬ里でひっそり降り始めた初雪のような、静謐で叙情的な世界は、ある面でしみじみと熟成を重ねた古酒・白ワインのミネラル感の美しさを、音で現したような片鱗さえ感じさせます。
この時期、深まる秋の風情をワインと共に愛でる幸せも、きっとしみじみ、温めてくれると思います。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLuGAvXrEzoIkBl7yRVibM-SAQcy1UKqKB
今月のワインの言葉:
「身分の卑しさがそこに表れている。勝つ方に肩入れする手合いだ」
-ドン・キホーテの言葉(セルバンテス)-
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。
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