*

ドイツワイン通信Vol.96

静かに広まる新しいドイツワイン

 今年、ドイツでは9月17日ころから収穫作業が本格化した。バーデンとラインヘッセンではシュペートブルグンダー、モーゼルではミュラー・トゥルガウが、おおむね良好な状態で収穫されたという。量は例年よりも少ない。原因は6月末と7月下旬の熱波で、日陰で最高気温40℃に達し、直射日光のあたった房の一部は文字通り干からびてしまった。モーゼルの生産者によると、約25%の房に症状が現れたという。(https://www.steffens-kess.de/cms/2019/09/22/weinernte-2019-ein-rueckblick-und-ein-kleines-prognoeschen/
 7月下旬の熱波は大雨とともに終わりを告げた。8月のラインラント・プファルツ州の平均気温は19.1℃としのぎやすかった。雨は平年より若干少ないものの十分な量が降り、ブドウ樹や畑の緑はみるみるうちに息を吹き返した。9月に入ると昼夜の寒暖差が広がって、ブドウのアロマの蓄積には理想的な天候が続いている。
 モーゼルのリースリングの収穫開始は10月4日頃の見込みだそうだ。タイミングからすると、2017年とほぼ同じ時期である。あの年は4月の遅霜で収量が絞り込まれた。そして今年は熱波が襲った。量は少ないものの凝縮された果汁から、優れたワインが出来ることを期待したい。

 

・新しいドイツワインのインポーター
 先日またひとつ、新たなドイツワイン専門のインポーターが活動を始めた。まだ20代の若者S氏が起業した会社だ。またひとつ、というのは2014年にドイツワイン好きが昂じて一人で「ヴァインベルク」を立ち上げた宮城純氏や、ドイツのガイゼンハイムで醸造学を学び、2016年から「ディ・エアーデ」を営む高瀬亮氏がいるからだ。

 S氏はワイン業界に身を置く中で、日本ではドイツワインの見方が偏っていることが、とても気になっていたそうだ。例えば、リースリングはペトロール香が特徴なので苦手だ、という人がいたり、残糖があるので料理にあわせにくい、と思い込んでいる人がいたり。「ドイツはブルゴーニュにならぶ、偉大なワインが出来るポテンシャルのある産地。偏ったドイツワインのイメージを、自分が輸入するワインで変えていきたい」と語る。

 

・インポーターの志
 2011年にドイツから帰国してから、日本のドイツワインの様相は少しずつ変化している。上記の3人のように、ドイツワインを専門にした新しいインポーターが設立したり、従来はフランスやイタリアを中心に扱っていた会社が、新たにドイツワインに取り組み始めたりした例がいくつもある。
 例えば、2012年にラシーヌがドイツワインの輸入販売を始めた際の私のブログを読み返してみよう。
 「従来、フランス・イタリアの小規模生産者のスペシャリストとしてやってきたので、去年の夏までドイツワインを扱うことになるとは思っていなかった」と、代表取締役の合田さんは言う。「日本のドイツワインのイメージは20年前で止まってしまっている。本当はドイツでは生産者の世代交代が進むなど大きく様変わりをしているし、産地が様変わりしているのに、それを誰も日本に伝えないのはおかしい。インポーターとして、今のドイツから選りすぐってワインをお届けするのが私達の仕事ではないかと思った」と、新たにドイツワインを始める抱負を語った。(モーゼルだより2012年5月9日「日本のドイツワインに新たな兆し」https://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/diary/201205080000/
 ラシーヌはあれからドイツ・オーストリアに留まらず、ギリシャ、ジョージア、トルコ、チリ、北米の生産者も紹介してきた。その姿勢は一貫している。

 2014年に起業した「ヴァインベルク」の宮城純氏は、この5年間で着実に成長している。初めてドイツで会った当時の、伏し目がちな青年の姿はもはやない。大勢の人々を前にしても胸を張ってドイツワインを熱く語り、既に二人の取り扱い生産者が来日イベントを成功させている。(ヴァインベルク社のサイト:http://weinbergwine.com/

 もう一人、ディ・エアーデの高瀬亮氏は昨年のRiesling & Co.に出展していた。ドイツで醸造学を学んだ高瀬氏は、紆余曲折を経て3年前の2016年にドイツワイン専門の輸入商社を立ち上げた。ちなみに社名はドイツ語の「大地」Die Erdeにちなんでいる(ドイツワインショップ ディ・エアーデのサイトよりhttps://muskelwein1130.net/?mode=f2)。アイテムのほとんどは、高瀬氏が昔働いていたワイナリーやワイン学校の友達ものだという。私としては、世間の評価や知名度に左右されない姿勢に共感する。例えばバーデンのスヴェン・ニーガーや、ラインヘッセンのザンクト・アントニー、ハイル・ツー・ヘルンスハイムなど、新しい境地を目指す志の高い生産者達だ。今年は神戸に直営ワインバーを開店したという。

 また、秋田の鈴木金七商店が運営する「ワインパラディース」は、2014年からドイツワインの自社輸入を始めた。もし売れなかったら、自分がローテーションを組んで毎日飲んでもいい、と思ったワインを、毎年現地に赴いて探している。有機栽培農法の生産者を中心にした品ぞろえはとても魅力的だ。(ショップのサイト:http://www.weinparadies.jp/
 ネットショップの「京橋ワイン」(https://www.kbwine.com/)も、2011年頃からドイツ専門のバイヤーを置いている。毎年買い付けに現地を訪れ、有機農法の生産者を重視しつつ1000円台後半のアイテムを多数取り揃えている。家飲み用ドイツワインを選ぶのに重宝する。

 

・静かに変わりつつある日本のドイツワイン
 今年2月に東京・世田谷区の経堂に開店したドイツワインショップ兼ワインバー「カシエル」(https://cassiel.jp/)は、日本のドイツワインの現在を示している。
 店長の森彩さんは6年間フランクフルトの日系百貨店で勤務した後、2014年に帰国した。そしてドイツワインを飲もうと探した時、輸入されているのは甘口ばかりで、辛口白が主流のドイツの実情とかけなれていることにショックを受けたという。そしてただ販売するだけでなく、ドイツワインは食事と合うことを伝えるために、ワインと食事を提供するワインバーを併設する店を開いた。
 取り扱うワインはウォークインセラーで温度管理されている。グラスワインは10種類以上で、50ml、100ml、150mlから選べる。複数のインポーターのドイツワインを取り揃えていて、辛口白はもちろん、多様な品種の辛口赤や、ドイツではまだ少数派のナチュラルワインまでバラエティに富んでいる。

 日本のドイツワインもなかなかどうして、捨てたものではない。今、ドイツで旬のワインが志のあるインポーターの手で選び抜かれて、こうして消費者に伝わっている。カシエルのワインリストを眺めていると、希望の光が見える気がした。

 カシエルの他にもドイツワインが充実したワインバーはいくつかある。首都圏のみで恐縮だが、横浜・関内のアム・ライン(http://yokohama-now.jp/home/?p=15168)と赤坂のドイツワインバーゆううん(http://www.yu-un.com/bar.html)、は太鼓判付きでお勧めだ。
 アム・ライン店長の我妻薫さんは、元JASとJALのCA。休暇で訪れたドイツのワイン村に魅せられてワイン業界に進み、アム・ラインを2016年にオープンした。常時10種類以上のグラスワインを提供し、店長手作りのドイツ料理でもてなしてくれる。我妻さんが修行した新宿西口のワインバー・リースリング(http://www.winebarriesling.com/)も、ドイツワイン好きの間では定評がある
 赤坂のゆううんはドイツワインのインポーター、シュピーレン・ヴォルケが運営している。「日常の生活に溶け込むように、肩ひじ張らずに好きな音楽を楽しみながら気軽に飲む」愉しみ方をモットーにするドイツワインを提供。グラスワインはもちろん10種類以上、ボトルワインのリストも充実している。店長の友岡良介さんとの会話も心和ませてくれる。心行くまでワインを楽しんでもらおうという心遣いから、おまかせコース5品を3800円と料理も手軽な値段に設定しているのもうれしい。

 

 日本のドイツワインは、少しずつ変わりつつある。長年の実績と信頼を持つインポーターに加えて、新しいインポーターが増えるごとに、彼らが選りすぐった知られざるドイツワインが紹介され、生産者達の志が語られ、それに心を動かされる人々が増えていく。この、ひとつひとつの小さな流れが、やがて大きなうねりとなっていくことを願ってやまない。

(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。


PAGE TOP ↑