ファイン・ワインへの道vol.38
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
ロマネ・コンティは、なぜ嫌われるのか?
「値段・無関係で、貴方が自分の喜びのために飲む赤ワイン、トップ3は何ですか? 世界中の産地の中から」
この質問、僕が世界各地で“この人、ワインのこと分かってるなぁ”というプロフェッショナルに出会った際、よくする質問です。このフレーズに、必ず続けるのが、
ちょっといたずらっぽく笑いつつ、
「あ、値段関係なしだからね。答えは、ロマネ・コンティ、ペトリュス、スクリーミング・イーグルでもいいよ!」という補足です。
すると必ず。
時には、極わずかに怒ったような表情になって。
返ってくる最初の答えの第一声は、たいてい(必ず)同じなのです。
それは、
「ノー! ノー! ノー! そんなんじゃないから。他にもっといいワイン、あるから!」、という答え。往々にして、コンティ? ペトリュス? バカにするんじゃない。俺を。という表情つきです。
つい先日、スペイン取材で幸運にも2日間ずっと、同じ小さなセダン車に乗って取材同行させていただいた、エル・ブリの元シェフ・ソムリエ、アグスティ・ペリスさんにこの質問をしたときも、やはり答えは同じ。
「ノー、ノー!」でした。温和なスペイン人らしく(?)怒ってる感じはなく、ラテン的な笑顔で、でもやっぱり、根っからのワイン好きって表情で、続いて教えてくれたエル・ブリ、元シェフ・ソムリエのパーソナル・トップ赤ワインはこの3本、でした。
◎シャプティエ/エルミタージュ・レルミット
◎ドメーヌ・ルロワ グラン・クリュなら何でも
◎エイブリュー・マドローナ・ランチ
とのこと。
ちなみにこのペリス氏、エル・ブリ勤務時代はDRC本社セラーを15回訪問し、全キュヴェをテイスティングしたり、生前のアンリ・ジャイエを訪問し、本人と共にセラーで主要ジャイエ・ワイン一式を試飲したこともあるというお忙しい方ですが・・・・・・、でも個人的ベスト3にはDRCもジャイエも入らない、という訳です。
また、1本6万円のシャプティエのレルミットは、1本200万円のロマネ・コンティよりも、この名ソムリエに「大きく深い喜び」をもたらすワイン、ということです。33倍の価格差をはね返して。
ともあれ、その他、最近印象的だった、この質問への答えをもう少し、挙げてみますね。
★ダヴィッド・リジュエさん/ラ・トゥール・ダルジャン(パリ) 前シェフ・ソムリエ(2019年春、セミ・リタイア)
◎プス・ドール/ヴォルネイ・クロ・ド・ラ・プス・ドール
◎ジャン・グロ/ヴォーヌ・ロマネ・クロ・ド・レア(先代、ジャンの時代のもの。)
◎セラファン/シャルム・シャンベルタン
★アンデルス・レバンダーさん/スウェーデン「ディン・ヴィン・ガイド」誌・発行人
◎ジャコモ・コンテルノ/モンフォルティーノ(90年代中期以前のもの)
◎20年ほど熟成したトレヴァロンの赤
◎ドメーヌ・ルロワ/クロ・ド・ラ・ロッシュ
などなど。聞けども聞けども、ロマネ・コンティもペトリュスも。トップ3どころか、トップ10に入って来たこともないのです。
過去、一度も。
それにしても、情けないですね。ロマネ・コンティ。1本200万円もするのに、その10分の1、時には100分の1、の価格のワインよりも「愛されてない」なんて。
と、ここで少し、1本200万円という価格についても考えてみましょう。僕たちがちょくちょくこのワインを飲んでいたころ(30年近く前ですが)、このワインの正規輸入元(大阪発祥の偉大な酒販会社、サントリーさんです)小売り価格は16万円でした。
今、その価格の約12倍です。
では、昔と比べて、ロマネ・コンティは12倍、美味しくなったんでしょうか?? (笑)。
と、バカみたいなことを書くのはどうも、「10万円のワインは1万円のワインの10倍美味しい。そうに決まってる。いや絶対そうだぁ~」、と頑なに信じて疑わないワインラヴァーが、今も結構多いように感じるからです。
ロマネ・コンティの値段が昔の12倍になったのは、美味しさが12倍になったからじゃなく、「買いたい!」という人の絶対数、つまり需要が増えたからです。中・露・ブラジルなどの新興国だけでなく、ワインを株券・債券などと同様視して扱うウォール街、などなどの需要です。味は・・・・・、昔とそう変わってない(はず)。でも、ここで中・露を恨んではいけません。
1980年代末以降、日本がこのへんのファイン・ワインを買い始めた時も、「日本人のせいでワインが高くなった!」と、イギリス、アメリカなどからよく非難されたと聞きました。
と、長々と回りくどいことを書くのは、何もコンティに恨みがある訳ではありません。それよりも、例えばジェラール・シュレール、クリスティアン・チダ、最近のカミーユ・ジルーのグラン・クリュなどなど。当世・世界最高峰の一角に迫る、時には占める素晴らしいワインを幸運にも飲んでいながら、
「いや~、僕まだペトリュスもコンティも飲んだことないんですよ・・・・・」と無用に卑屈になるワインラヴァーが、どうにも多いように感じられるゆえ、なのです。
いわば未体験グランヴァン亡霊の陰鬱トラウマに、不幸にも憑依されてしまったワインラヴァーの方々・・・・・・。
そのグランヴァンは、実際にそれを飲んだ人には、そう愛されてないにもかかわらず、です。
胸張ってもらっていいですよ。
別にペトリュス、飲んだことなくても、十分。貴方が知るトップ・ワインとペトリュス、コンティなどとの美味しさの差は、少なくとも数十万円、時には100万円以上も出費しないと埋まらない差ではけしてないはずです(需要の差については、知りません)。
だけでなく、もしかすると「ペトリュスが世界一のワインだ~!」っていつまでも叫んでる人よりも、貴方のほうが、日々いいワインを飲まれてるんじゃないかと思いますよ。おそらく。きっとね。
今月の、ワインが美味しくなる音楽:
ボサノヴァの法皇と使徒の、幻セッション。
ジョアン・ジルベルト&カエターノ・ヴェローゾ
『Ao Vivo em Buenos Aires 1999』
今年7月に崩御され、世界を悲しませたボサノヴァの法皇ジョアン・ジルベルト。ボサノヴァの生みの親として、その名声は晩年も高まり続けた中、知られざるライヴ音源発見。なんと、ジョアンを神と仰ぐ、現代ブラジル音楽の巨匠、カエターノ・ヴェローゾと二人きりのセッションです。楽器はジョアンのギターのみ。ヴォーカルを二人で交互にとっての仲むつまじいライヴです。
カエターノの艶っぽい声と、ジョアンの瞑想を誘うようなギターのペアリングは、まさに秋の夜の、美しいメディテーション導入剤。
CDはどうも海賊版しか出てないようで・・・・・、視聴はYouTubeで。シングル単位のライヴ映像では法皇の前で、借りてきた猫みたいにシャイなカエターノの姿もカワイイ。なんたってジョアンのボサノヴァは「無限の空間で反響し続ける音」(元妻・ミウシャ談)、ですしね。
https://www.youtube.com/watch?v=kKlfnRmiXhA
今月のワインの言葉:
「総じて値段がつくものは、価値のないものである。私はあなた方を新しい貴族に任じよう。
はした金で買える貴族の位などではない」
-フリードリヒ・ニーチェ-
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。
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