*

合田玲英のフィールド・ノートVol.73 《 2019 年 8 月販売開始ワイン 》

【ピエール・フリック】フランス/アルザス/ファッフェンハイム

 アルザスのベテランの造り手から、新キュヴェが届いた。新キュヴェといっても、表記された用語に新奇性はなく、特別変わった醸造をしているわけでもない。その年にとれたブドウのポテンシャルに合わせて、瓶詰め後もゆっくりと寝かせて出てくるキュヴェは、落ち着いた風格を備えている。フリックの場合は、区画名や品種など、必要な情報はエチケットに明記されているので、落ち着いて整理すれば、ワインの特徴はおのずと浮かび上がってくる。
*Riesling – Steinert  Grand Cru 2013:シュタイネールの畑は、ファッフェンハイム一帯でも特に斜度が高く、石灰質の小石が転がっている区画であり、味わいには垂直性と優雅な骨格がある。後味の塩味とその長さが、土壌特性をよく表している。
*Riesling – Vorbourg Grand Cru 2014:フォルブルグもピエール・フリックが有する重要な畑の一つ。アルザス地方全体でみても、日照の多い丘の一角にあり、産するワインはおおらかで力強く、時に南国系の果実の香りがする。といっても、アルザスワインにありがちな重たいニュアンスは皆無である。
*Pinot Gris Macération 2018 – sans sulfite ajouté:白品種でのマセレーションに特に力を入れているのは、2017年から本格的に醸造に加わった次男のトマだ、とはジャン・ピエールの言。だが、本人も気候変化への対応策として、可能性を感じ、興味を持っているようだ。果皮との接触がある分、醗酵はスムーズに始まり、そのままの勢いで完全発酵に向かうこともあるそうだ。また、上部開放式タンクでのマセレーションの場合、蒸発によるアルコール度数の減少も見込まれるとか。そのせいか、フリックの造るマセレーション・キュヴェは、酸化的なニュアンスのある甘みは感じるものの、味わいはドライに仕上がっている。

 

【レ・ドゥエ・テッレ】イタリア/フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア/プレポット

 ワイナリーを1984年に設立したフラヴィオ・バジリカータは、大学でブドウ栽培を学び、約20年間コッリオ地方を中心にしたフリウリ=ヴェネツィア・ジューリアで栽培・醸造コンサルタントとして活躍した。コンサルタント時代の長い経験から、卓越したコッリオ丘陵地帯のテロワールを熟知し、伝統的手法にビオディナミーとホメオパシーの知見を組みあわせた自然なワイン造りを貫く。しかし、本人は「何も特別なことはしていない。畑でも、セラーでも最小限のことをするだけだ」と、謙虚に繰り返すのみ。畑は主に南西向き、標高130~150mの泥灰土土壌。セラーは非常に小さくて簡素。一部の醸造器具だけでなく、家とセラーも手作りだという。白はフリウラーノ主体。赤は高く評価されるピノ・ネーロのほか、土着品種のスキオペッティーノ100%のワインにも注力する。50周年のヴィニタリーで当ワイナリーは、イタリア全20州から州ごとに1社だけが受賞するという栄誉に輝いた。
 2017年からは娘のコーラも、ウディネの大学の醸造学科を卒業し、ワイン造りに参加している。そのせいか、あるいは父フラヴィオの感性がますます研ぎすまされていったせいか、以前は独特の緊張感を帯びた味わいだったのが、年々おおらかさを帯びて外交的になっている。

 

【カラファータ】イタリア/トスカーナ/ルッカ

 

 2011年に、マウロ(醸造責任者)とダニエーレ(栽培責任者)によって立ち上げられたワイナリー。古くからルッカの連なる小さな丘で農家を営んできたワイナリーを、譲りうけた。その時に前オーナーは二人に、「君たちさえ良ければ、このワイナリーを、ただワインを造るだけでなく、何かより社会に貢献できるように、経営してほしい」と、伝えた。マウロとダニエーレはこの小さなワイナリーで何が出来るだろうかと考えた末、精神疾患や薬物依存、移民たちの社会参加を促す第一歩となれるよう、彼らを積極的に雇い、共に働いている。また、その活動に共感する、野菜や穀物の栽培家や養蜂家などがあつまり、全員で共同経営する協同組合の形態をとった。ブドウ栽培を行う専業労働者がイタリア全土で少なくなっている中、彼らのワイナリーの作業員はしっかりと指導がなされ、地域の他のワイナリーからも作業の手伝いを請われ、出張作業にも出かける。
 トスカーナ北部のコッリーネ・ルッケージ地域は、大規模な栽培がおこなわれてきたことが無く、昔ながらの農村のたたずまいを保っている。海からも近く、小高い丘の続く地形から、しっかりと果実の熟すのを待ったあげく、マウロの目指した、すっきりとした飲み口のワインが出来上がる。
 彼らは、当地域の生産者テヌータ・ディ・ヴァルジアーノからバイオダイナミック栽培を学び、9haある自身のブドウ畑でも同様に仕事をしている。手作業が多い仕事だが、みな朗らかな笑顔で気持ちよく就労している、とマウロは話す。
 コッリーネ・ルッケージはトスカーナでも最北の地域に属すため、控えめな果実味と繊細な酸が特徴。「揮発酸がもう少し出ても、ワインとしては面白いんだけどね。わざと揮発酸を抑えているわけではないんだ」と、マウロは話す。確かにエチケットの割には、ちょっと、生真面目なワイン造りかもしれない。

 

【ピアーナ・デイ・カステッリ】イタリア/ラツィオ/ヴェレトゥリ

 もう5年も前に一度行ったきり、再訪ができていない生産者。ローマからも近いので、イタリア入りの際や日本へ帰る直前など、訪問できるチャンスは3度もあった。けれど、1度はマッテオ(造り手)のヴァカンスのため、翌年は彼らのハネムーン旅行のため、会うことができなかった。3度目の正直で去年、訪問予約が取れたにもかかわらず、僕がその日にパスポートをなくしてしまった。その日の夜のフライトでの帰国予定だったので、泣く泣く日本へ帰ってきた。
 初回の訪問時に驚いたのは、ブドウ樹が健康で、樹勢が強いこと。5年前のことなので、こちらの知識も足りなかったと思うのだが、マッテオはブドウ栽培を始めた時から、海藻由来の成分や、ハーブを煎じたもののみで、ブドウ栽培を行っていた。この数年の気候の変化で、どのような変化がブドウ畑に起きているのだろうか。例えば去年は、ふだん乾燥している地域でも、熱帯気候かと思うような湿度の高さで、ベト病が猛威を振るった。5年前にマッテオが説明してくれたような栽培が未だに可能かどうかを、じかに畑で様子を見てみたい。
 しばしば、他の「ナチュラルワイン」生産者同様、マッテオを “half crazy guy”などと形容した記事を見かける。添加物を加えず、フィルターも調整剤も使わないというぐあいに、醸造には細心の注意を払っていると思われ、白ブドウでも短い低温のマセレーションを施し、ろ過機を通さずとも濁りはほとんどない。そのため、モダンな雰囲気を持ちながら、品種の個性と、火山性土壌由来のやわらなかタッチのテクスチャーが、しっかりと感じられる。

 

~プロフィール~


合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修 
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住

 
PAGE TOP ↑