*

ドイツワイン通信Vol.94

新着のドイツワイン

 東京でも7月末から連日30℃を超える猛暑だが、ヨーロッパでは6月下旬から7月上旬にかけて、約2週間記録的な熱波が続いたことは記憶に新しい。そして7月3週目にも、各地で再び最高気温40℃前後に達する暑さとなった。
 最初の熱波の後、モーゼルでも乾燥と高温で葉が黄色く変色したブドウの若木の負担を軽減するため、一部で房のついた枝を切り落とす作業が行われた(https://www.steffens-kess.de/cms/2019/07/06/schnipp-schnapp/)。そして二回目の熱波では、ブドウの房が日焼けしてしぼみはじめる現象が起きているという(https://www.steffens-kess.de/cms/2019/07/26/sonnenbrand/)。ブドウの葉や果粒は、自らの体温を下げるために地中から水を吸い上げて蒸散させるが、今年は2月以降雨が少なかったことが、日焼けの症状を引き起こす原因のひとつとみられる。
 二回目の熱波は7月26日に雷雨とともに一息ついたが、既にアフリカ北部では次の熱波が発生し、8月5日頃にヨーロッパを覆う可能性があるという(https://www.daswetter.com/nachrichten/vorhersage/neue-hitzewelle-im-august-wettervorhersage.html)。今後の天候の推移は神のみぞ知る。極端な天候がこれ以上続かないことを祈りたい。

 

・新着入荷のドイツワイン
 さて、7月上旬にまとまった数のドイツワインとオーストリアワインが入荷した。ワインを輸入するコンテナには20フィートと40フィートの二種類があり、前者には約7,500本、後者には約15,000本搭載出来る。今回の入荷は40フィートだから、漁業でいえば大漁旗を掲げた船が入ってきたような感じだ(個人的には)。
 5月中旬に複数の醸造所から冷蔵トラックでピックアップされたワインは、一度ドイツのマインツにあるフォワーダーの倉庫に集められ、リーファーコンテナに積み込まれた。それからハンブルクまで陸送して船積みされて、大西洋から地中海をわたり、スエズ運河を経由してインド洋を横断し、約2カ月弱の長旅の末に東京港に入港した。
 ラシーヌでは生産者の一つを選んで温度と湿度を記録する装置を送付し、ピックアップの際に梱包箱の外に貼り付けるようにしている。日本に到着したコンテナは川崎の清和海運㈱の倉庫に運ばれ、ラシーヌ社員立ち合いのもとで封印を解かれる。そこで回収された記録装置のデータはすぐにPCに取り込まれて、輸送期間中のワインの置かれた環境をチェックする。

図:今回入荷したドイツ・オーストリア便コンテナの温湿度記録計の実際のデータ。上が湿度、下が温度の記録。

  今回に限らずリーファーコンテナ内の温度は約14℃で一定していて、湿度も60%を下回ることはない。問題があるとすれば現地の生産者のセラーから、マインツにあるフォワーダーの倉庫でコンテナに積み込まれるまでの間だ。ドイツに限らず、気温の上昇する夏場の集荷はしない方針なのだが、温暖化のすすむ現在、ワインに理想的な環境での輸送と保管は難しさを増している。

 

・新入荷ワインの生産者
 今回ドイツから入荷したものの中から、以下の3生産者について紹介する。
1.A. J. アダム Weingut A. J. Adam (モーゼル)
2.ヴァイサー­=キュンストラー Weingut Weiser-Künstler(モーゼル)
3.エファ・フリッケ Weingut Eva Fricke (ラインガウ)
 いずれも現在40歳以下の若い醸造家達が、親から継いだのではなく、自分達の手で今世紀に入ってから立ち上げた醸造所だ。ある意味、ドイツワインの現在を象徴する生産者達といえる。

 

1.J. アダム

a.概要
 この3生産者の中では、アンドレス・アダムが最初に自分の醸造所を立ち上げた。2000年のことだ。とはいえゼロから始めたのではなく、一度祖父が廃業した醸造所を復興した、というのが正しい。かつてベネディクト派修道院が所有していたドーロナー・ホーフベルクの畑1haを、高校を卒業してからモーゼルの醸造所で働きながら世話して造ったワインが、まずは地元ベルンカステルのワインショップの女性オーナーの目にとまった。そして彼女が2003年にアメリカのワイン商テリー・ティーズに紹介したことが、アダムが世に出る契機となった。2006年にガイゼンハイム大学の醸造学科を卒業し、2012年からは同じ学校を出た妹のバーバラが醸造所に入った。現在5haのブドウ畑を世話している。

b.ブドウ畑
 醸造所はノイマーゲン­=ドーロンNeumagen-Dhronという、二つの村が一緒になった名前の村のドーロン地区にある。ドーロンはモーゼル川の支流の小川の名前で、フンスリュック山地からモーゼル川に向かって流れ込んでいる。その川沿いの斜度30~60%の東向き斜面に、ホーフベルクHofbergの約142haのブドウ畑が広がっている。渓谷は、高地からモーゼル川に向けて吹く風の通り道になっている。風が雨や霧の湿気を吹き飛ばしてカビなどの繁殖を抑制し、ブドウをゆっくりと成熟させるのだ。温暖化のすすむ昨今にあって、アルコール濃度が控えめで高品質なワインを造るのに、恵まれた条件になっている。土壌は風化した粘板岩で、珪岩と酸化鉄が混じっている。
 アダムはかつて、ピースポーター・ゴルトトレプヒェンPiesporter Goldtröpchenの畑で、友人の若手醸造家ユリアン・ハールトと一緒にプロジェクトワイン「Adam & Haart」を造っていた。だが、ユリアンは自分の醸造所が忙しくなったため2017年に手を引いた。現在はアダムの単独所有となっている。

c.VT2018
 2018年は8月上旬に除葉を行って糖度の上昇を抑え、9月8日にシュペートブルグンダーから収穫を始めた。リースリングは9月15日からで、収穫作業を終えたのは10月21日。6名の作業者が手作業で収穫し、一抱えほどのコンテナボックスに房を入れて醸造所に持ち込み、軽く破砕して圧搾した。
 近年は果汁に果皮を一晩漬け込む作業(マセレーション、ドイツ語でマイシェシュタンドツァイトMaischestandzeit)をやらなくなったそうだ。10年前は果皮から香味を抽出するために一晩漬け込むことが流行っていた。しかし、ここ数年は収穫時期が早まって、果梗が茶色に熟す前に収穫するので、マセレーションをすると苦味が出てしまう。今はキャノピーマネジメントで糖度の上昇を抑制しつつ生理的完熟に達することを目指していて、収穫のタイミングを見極めることが重要になっているという。温暖化の進行は栽培だけでなく、醸造にも影響を与えている。

基本情報:
 ブドウ畑所有面積:5ha
 年間生産量:25,000本
 主なブドウ畑:Dhron Hofberg, Dhron Häs’chen, Piesport Goldtröpchen
 栽培品種:リースリング主体、シュペートブルグンダー少々
 参考評価:Vinum Weinguide Deutschland 2019 ☆x3.5 (最高☆x5)

 

アンドレアス・アダムと妹のバーバラ・グデイ(旧姓アダム)

1906年のモーゼルの格付け地図。当時Hofbergは20haあまりだったが、現在は周辺の畑も含めて142haある。

 

2.ヴァイサー­=キュンストラー

a.概要
 コンスタンティン・ヴァイサーは、ドイツ南部の都市アウグスブルク出身だ。もともと銀行員になるため研修中だった。しかし、1997年のモーゼル訪問をきっかけにして醸造家を目指した。ヴァインスベルクの醸造学校を出て、2003年にモーゼルのイミッヒ・バッテリーベルク醸造所に就職。当時出会ったフランケン出身のアレクサンドラ・キュンストラーとともに2005年、醸造所を立ち上げた。

b.ブドウ畑
 スタートはトラーベン・トラーバッハ近郊の急斜面にあるブドウ畑、エンキルヒャー・エラーグルーブEnkircher Ellergrub約1.8haだった。トラクターなどの農業機械が入れない険しい場所にあり、耕地整理が行われていなかった。それが幸いして樹齢100年前後の自根のリースリングが多数残っていた。だが、農作業をすべて手作業で行わねばならず、長期賃貸契約を結んだ当初は相当に荒れていたという。2014年にEUの有機栽培認証を取得した。

c.醸造所
 2007年、19世紀半ばに建てられた醸造所を購入した。現在所有している畑面積は、4.2ha。こぢんまりとした生産規模の割には、中庭もある広い敷地の古びた館である。しかし、何よりも地下のセラーが気に入ったので、少し無理をしてでも買うことを決めたのだという。
 薄暗く湿ったセラーには、伝統的なフーダー樽とステンレスタンクが向き合ってならんでいる。圧搾はおそらく30年以上は使い込まれた、空気圧式のヴィルメスプレスで行う。一昨年秋に偶然、醸造所で畑から戻ってきた10人ほどの収穫作業者たちに出くわしたことがある。彼らはみな若く、そしてすこしばかりワイルドに見える人々だった。そのうち5人ルーマニアとポーランドからの季節労働者で、もう10年以上毎年収穫に来ているという。4人はWWOOF(国際有機農業交流機関)の研修生、ガイゼンハイム大学の学生も一人いた。建物の古びた重々しさと、その中で働く人々の若々しさがミスマッチして、ざっくばらんで明るい雰囲気を醸し出していた。このセラーにしても、ブドウ畑にしても、コンスタンティンとアレクサンドラがいなければ朽ち果てていく運命だったはずだ。

d.VT2018
 記録的な猛暑に見舞われた2018年、大半が自根の古木には影響はなかったが、それでも一部は根が枯れてしまい植え替えざるを得なかった。9月23日に収穫を開始し、3週間後に終えた。例年よりも早い時期の収穫だが、酸度を保つことを優先したそうだ。収量は約60hℓ/haで、質・量ともに満足しているという。発酵は野生酵母によりゆっくりと、しかし着実に進んだ。

基本情報:
 ブドウ畑所有面積:4,2ha
 年間生産量:18,000本
 主なブドウ畑:Enkircher Ellergrub, Enkircher Zeppwingert, Trabener Gaispfad
 栽培品種:リースリング100%
 参考評価:Vinum Weinguide Deutschland 2019 ☆x4 (最高☆x5)
 醸造所サイト:http://weiser-kuenstler.de/

 

Enkircher Ellergrubの畑。(Weingut Weiser-Künstlerのサイトより)

コンスタンティン・ヴァイサー(左)とアレクサンドラ・キュンストラー。

 

1868年のモーゼルのブドウ畑の格付け地図。青い矢印の先にEllergrubの文字が見える。

 

3.エファ・フリッケ

a.概要
 北ドイツのブレーメンの医者の家系に生まれたエファ・フリッケが、2006年に立ち上げた醸造所。最初はロルヒの0.24haという猫の額ほどのブドウ畑から始まった。やがて2016年に州営醸造所から2.5haを引き受け、2018年には往年の銘醸シュロス・エルツが所有していた畑を2ha購入。現在は13haという規模に達している。急速に成長している背景には、ガイゼンハイム大学で醸造学を学んだだけでなく、ラインガウのビジネススクールで学んだ経営学の素養も役立っているのだろう。
 2004年にガイゼンハイム大学を卒業後、ラインガウのVDP加盟醸造所の醸造責任者を務めていた。その傍らで醸造していた自分のワインをベルリンの友人に送ったところ、ホテル・アドロンの購入担当者の目にとまった。さらにワイン評論家スチュアート・ピゴットにも好意的に評価されたことが、彼女が世に出る契機となった。
 2008年にキートリッヒに築数百年になる古い建物のセラーを借りて、2011年にVDP加盟醸造所の職を辞して独立。アーチ形の天井が美しい石造りのセラーで、発酵で温まったタンクの下にヤモリが住み着いていた。2015年には手狭になったことなどから、エルトヴィレの郊外に位置する産業地区にある新しいビルに移転。古色蒼然としてロマンティックな雰囲気の以前のセラーよりも、飾り気がなく機能的な今の施設の方が気に入っているという。醸造はすべてステンレスタンクで行い、使用する培養酵母はビオに認証されたものに限り、清澄剤は用いない。栽培と同様に、なるべく自然な醸造を心掛けている。

b.VT2018
 2011年から有機栽培を実践しているが、認証を取得したのは2018年。バイオダイナミック農法を採用していて、天体の運行を参考にしながら農作業と醸造を行っているとか。2017年にヴィーガン・ササエティに登録している。2018年は乾燥ストレスがブドウの生理的完熟を遅らせたので、最高の品質を得るために収穫のタイミングを見極めることが難しかったそうだ。収穫作業は10月3週目までつづき、質も量も満足しているという。

基本情報:
 ブドウ畑所有面積:13ha
 年間生産量:約50,000本以上
 主なブドウ畑:Lorcher Krone, Lorcher Schlossberg, Lorchhäuser Selilgmacher
 栽培品種:リースリングとヴァイスブルグンダー99%、その他の品種1%(シュペートブルグンダー0.5ha)
 参考評価:Vinum Weinguide Deutschland 2019 ☆x3.5 (最高☆x5)
 醸造所サイト:https://www.evafricke.com/

エファ・フリッケ(前列中央)と醸造所のチーム(Weingut Eva Frickeのサイトより)

 

 以上、手短に紹介してみたが、彼らの他にファン・フォルクセン、リタ・ウント・ルドルフ・トロッセンなどを含むドイツ・オーストリアワインの試飲会が8月7日(水)11時から17時まで、東京・四谷のラシーヌのオフィスで開催される。酒販店・飲食店様で、もしもご都合があえばご参加いただければ幸いです。

(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。


PAGE TOP ↑