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合田玲英のフィールド・ノートVol.72 《 2019 年 7 月販売開始ワイン 》

【アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール】フランス/ブルゴーニュ/オーゼール

 

 2017年、ブドウ栽培を引退する栽培家から、プルミエ・クリュを手に入れることができた。狙っていたわけではないけれど、たまたま幸運な話が舞い込んできてよかった、とアリスは話していた。ヴォー・ド・ヴェイとモン・ド・ミリユーは、それぞれ慣行農法がなされていた畑なので、畑の状態はアリスとオリヴィエ二人の望む状態とは言えないが、まずは初年度が問題なくワインを造れてほっとしている、とオリヴィエ。2019年2月に飲んだ印象では、ヴォー・ド・ヴェイは少し内向的な印象だったが、モン・ド・ミリユーはすでに熟成可能性を思わせる立派な骨格が備わっていた。
 エチケットには夜の畑からの様子が月とともに描かれていて、どうしてこのエチケットにしたの?と聞いたけれども、オリヴィエは顔を真っ赤にして、“なんとなくだよ”と言い、かわされてしまった。

 

【エルヴェ・ヴィルマード】フランス/ロワール/シュヴェルニー

 チュ・ブッフとワイナリーも畑も近いにもかかわらず、例年、遅霜の被害が特に出ているエルヴェの畑。どちらかというと、低い土地の平野で湿気の多いことが原因ではあるのだが、2017年の遅霜、2018年にはベト病が猛威を振るい、被害は畑によって50%~80%と聞いている。必然的に買いブドウでのキュヴェも増えている。新キュヴェである、What’s Upは白、ロゼどちらも買いブドウのワインだけれど、自社畑のブドウの“Bulle”と同じように、長くない瓶熟成とデゴルジュマンをしており、良く見知ったブドウでなくても、彼らしいワインに仕上がっている。2月の試飲会で会った時の、“しょうがないよ、手に入るものでやっていくしかないさ”と言ったエルヴェの顔が目に浮かぶ。  

 

~ドイツ・オーストリア~

 7月末に、ドイツ・オーストリア便がリリースされる。ラテン系の国々のワインと、ゲルマン系の国々のワイン、おおざっぱな分け方だけれど、たとえ同じナチュラルワインのムーブメントの中にあっても、出来上がるワインの雰囲気は大きく違い、それぞれに共通する、その国や、地域らしい統一感がある。下記の5生産者は、味わいの方向性は、ラテン系のいわゆるナチュラルワインと呼ばれるものとは、全く違うけれど、紛れもなく、ドイツの文化圏に生まれ、自然を尊重し、感性と情熱をもってワイン造りをしている。今回は時間がなかったので、北嶋裕さんがまとめた社内資料+短いコメントでご容赦ください。

【エルンスト・トリーバウマー】オーストリア/ブルゲンラント/ルスト

 トリーバウマーの赤ワインは、オーストリアだけでなく、世界的に見ても稀有な完成度だ。フランス系品種とブラウフレンキッシュをブレンドしたキュヴェ・トリデンドロンや、彼らの名を知らしめた、トップキュヴェのマリエンタール(ブラウフレンキッシュ100%)は、ぜひ一度は飲んでほしい。5月出荷開始分が好評だったこともあり、追加発注分が入ってくる。春から夏にかけて、試飲会でスタンダードのブラウフレンキッシュを何回か出しているけれども、気候が暖かくなるにつれ、味わいに艶が出てきた。

 

【リンクリン】ドイツ/バーデン/アイヒシュテッテン

 

 ブドウ畑面積7haの家族経営の醸造所。創業者のヴィルヘルム・リンクリンはバーデン地方のビオロジックの草分け的存在で、1955年、ワインだけでなく様々な農産物を造っていた複合農家だった時にビオロジックに転換し、1971年にビオロジックの農産物生産者団体ビオラントを12人の仲間達とともに創設。そして1975年にはビオロジック農産物の専門商社「リンクリン・ナトゥアコスト」社を設立。現在約250人の従業員が働いている。醸造所はヴィルヘルムの孫の一人フリードヘルムが運営し、奥さんのアンネは醸造所が経営する民宿を切り盛りしている。
 この地域ではシュペートブルグンダーとミュラー・トゥルガウ、グラウブルグンダーが主に栽培されているが、対岸のアルザスの影響を受けて1970年代頃から食事にあうワインを目指す生産者が登場したり、1980年代半ばにはドイツで最初にブルゴーニュを見習い、バリックを使ったシュペートブルグンダーが醸造されたりと、フランスワインからも学んで来た。現在もドイツを代表するブルグンダー系品種の産地のひとつである。
 フリードヘルムも、アルザスのピエール・フリックの下で研修をしていたことがあり、栽培だけではなく、醸造の面でも、亜硫酸無添加醸造に長い間挑戦してきている。バーデン地方には、フランスのヴァン・ナチュールに強く影響を受けた造り手として、エンデルレ・ウント・モルもいる。醸造品種が似通っていることも理由かもしれないが、国境が変わるとすぐに文化やワイン造りの考え方が変わってしまうのではなく、だんだんと代わっていくところが面白い。エンデルレ・ウント・モルに比べると、広く手に取りやすい価格に抑えてあるので、取引を始めて10年以上たっているが、ドイツワインという枠から脱皮し、定番ワインとして、定着している。

 

【A.J.アダム】ドイツ/モーゼル/ノイマゲン・ドーロン

  2000年に当時21歳だったアンドレアス・アダムが、祖父が一度廃業した醸造所を再開。かつてベネディクト会修道院が所有していたブドウ畑ドローナー・ホーフベルクのうち1haでワイン造りを始めた。ガイゼンハイム大学で栽培醸造を学び、モーゼル下流のヘイマン・ルーヴェンシュタイン醸造所で働きながら自分の醸造所も運営。間もなく地元ベルンカステルのワイン商の目にとまり、若手のホープとして急速に名声を高めた。現在はドーロン村とピースポート村に合計4.1haの葡萄畑を所有するが、ピースポート村の畑は親友の醸造家ユリアン・ハールトと共同で栽培・醸造しているので「アダム&ハールト」のブランド名でリリースしている。ホーフベルクの畑は、モーゼル川の支流ドーロン川の渓谷に沿って聳える急斜面で、渓谷の上流から下流へと常に風が吹いているため灰色カビが繁殖しにくく、健全に熟した葡萄を収穫しやすい。土壌は青色と灰色のデヴォン紀粘板岩に結晶片岩が混じっている。ヘクタールあたりの収穫量は55hℓ前後で、醸造にはエステートワインにはステンレスタンク、畑名入りのワインには伝統的なフーダー樽を用いて、どちらも野生酵母で発酵させる。栽培しているのは100%リースリング。
  いわゆるヴァン・ナチュールとは別の文脈の、透明感と飲み心地の良さを感じさせる。完熟したブドウの凝縮感と、酸のバランスが美しい。

 

【ファン・フォルクセン】ドイツ/モーゼル/ヴィルティンゲン

 

 18世紀のイエズス会修道院の所領を、フランス革命後にトリーアの実業家グスタフ・ファン・フォルクセンが購入し、1900年頃には世界的な名声を誇っていた醸造所。しかし20世紀末に経営破綻し、1999年末に現オーナーのローマン・ニエヴォドニツァンスキーが購入。膨大な設備投資と徹底した品質管理で、醸造所だけでなくモーゼルのリースリング全体の名声復活に大きく貢献した。購入当初13haだった葡萄畑は現在42ha。品種は96%がリースリング、4%がヴァイスブルグンダー。優れたワインを産する葡萄畑の遺伝的素質を守るために、房が小振りで粒が小さく、自然に収量が低くなる苗木を畑から選抜して植樹している。古木を重視し、辛抱強く完熟を待ち、地域で一番最後に収穫を終える。徹底した選果を行い、醸造所で粒選りして完璧を期している。収量は30~40hℓ/ha。醸造には少量の亜硫酸以外の添加物を一切用いず、ステンレスタンクとアイフェル山地に自家所有する約5000haの森から切り出した木材で造った容量120~2400ℓの木樽を使い、野生酵母で発酵させる。主力は辛口からオフドライのリースリングで、瓶詰め直後は繊細だが2~3年熟成すると見違えるほどの複雑さと奥行きが現れる。近年醸造施設を新築し、ザールのオックフェン村で、忘れられた銘醸畑4ha(オックフェナー・ガイスベルク)の再興に友人と共に取り組んでいる。

 7月6日には、新しいセラーの落成式がある。なんでも、敷き詰めた床材の色が少し違うところがあったため、総張り替えすることになったところもあるそうで、いかにも完璧主義者ローマンらしいエピソード。

 

【ヴァイザー・キュンストラー】ドイツ/モーゼル/トラーベン・トラーバッハ

 2005年に当時20代後半だったコンスタンティン・ヴァイサーが、自根で古木のリースリングの畑1.8haを賃借して設立した醸造所。フランケン地方出身でもともと銀行員になる予定だったが、ワイン好きが昂じて醸造家に転身、モーゼルで才能を開花させた。醸造所名のキュンストラーは奥さんのアレクサンドラさんの名字。19世紀にモーゼルのワインビジネスの中心地として栄えたトラーベン・トラーバッハの町の近くのエンキルヒ村とヴォルフ村に合計3.6haを所有。品種はリースリング100%で、いずれもトラクターの入れない急斜面。伝統的な棒仕立てで栽培された、樹齢約50~100年の自根の葡萄樹が多い。栽培・収穫には非常な手間がかかるが「困難なほど楽しい」とコンスタンティンは言う。2007年に1859年に落成した、廃業してから長い間放置されていた醸造所の建物を購入。広々としたセラーで、エステートワインはステンレスタンク、畑名入りのワインは伝統的な容量約1000ℓフーダー樽で醸造。野生酵母のみ使用。ヘクタールあたりの収穫量は生産年にもよるが30~40hℓと少ない。そのワインはキリリとして繊細で、葡萄畑の個性がよく表現されている。
 ヴァイザー・キュンストラーのワインのテクスチュアには独特の柔らかさがある。鉱物感も酸も強いにもかかわらず、飲んだ後の印象は、ほっとする感じがあり、これもフランスやイタリアで出会うものとはまた違った、農家のワインなのかもしれないと思わせる節がある。

 

【エヴァ・フリッケ】ドイツ/ラインガウ/エルトヴィレ

 北ドイツのブレーメン出身。両親は医師で醸造とは縁のない家庭の出身だったが、ガイゼンハイム大学で栽培醸造を収めた紛れも無い俊秀で、南アフリカ、フランス、イタリア、スペイン、オーストラリアで研修。2004年からラインガウの大手醸造所で働く傍ら、自分のワインを造るという夢を持っていた。2006年にロルヒ村の老人から0.25haのリースリングの古木が育つ急斜面の畑を貸したいとの申し出を受け、友人のセラーを借りて自分のワインを造り始めた。やがて2011年に大手醸造所の醸造責任者の職を辞して、キートリッヒ村にかつて修道院だった建物のセラーを借りて独立。2015年にエルトヴィレ村に移転し、セラーの規模を拡大して試飲所も併設した。葡萄畑もロルヒ村とキートリッヒ村に合計約10haを所有している。栽培はビオロジックで、主要品種はリースリングだがジルヴァーナー、ヴァイスブルグンダー、ピノ・ノワール(シュペートブルグンダー)も少しある。ロルヒ村の急斜面の畑の土壌は粘板岩と珪岩。醸造はステンレスタンクを使って野生酵母で発酵させるが、タンクの表面にハートのマークをチョークで描いたりして、ワインと対話しながら育てているような赴きがある。
 エヴァのワインは、なんといっても、軽やかな酸の表現だろう。直線的な酸の印象の多いドイツの辛口ワインの中でも、緩やかに曲線を描くように、繊細だ。

 

【マルベルグ】オーストリア/ヴァッハウ/シュピッツ

 オーナー醸造家のペーター・マルベルクは異色の経歴を持つ。青年時代はリトグラフ印刷技術を学んだあとビジネススクール卒業し、ウィーンの大手広告代理店で営業部長を務めていたが、その頃の交流関係でワインへの情熱に目覚めた。1991年に会社を辞めて2年間ナパヴァレーとスイスで醸造学校に通い、1993年にはヴァインフィアテルのグラーフ・ハーデック醸造所に就職しているが、その間にもナパヴァレー、トスカーナ、スイス、ドイツ、ニュージーランドと世界各地のワイナリーで研修した。やがて2008年にフリーランスの葡萄栽培・マーケティングコンサルタントとして独立してペーター・ファイダー=マルベルク醸造所を設立することになるが、それまでの14年間グラーフ・ハーデック醸造所の経営責任者として辣腕をふるい、オーストリアでは前例のないヴィオニエやシラーで見事なワインを醸造して注目を集めた。一方、ヴァッハウでは伝統にとことんこだわっている。機械の入れない急斜面の石垣に囲まれたぶどう畑に育つグリューナー・ヴェルトリーナーとリースリングの古木を、ビオディナミ農法を採り入れて栽培。ボトリティスの繁殖していない状態で完熟した房を手作業で収穫し、伝統的な大樽で野生酵母で発酵させ、テロワールの個性を最大限に引き出している。設立当時は元肉屋の地下室を改装して醸造していたが、2014年に急斜面を利用して重力で果汁を移動出来るセラーを新築。4haのぶどう畑から妥協というものを全く感じさせない高品質なワインを醸造している。
 ピーターの造る、グリューナーのマセレーションもまた秀逸で、初めて飲んだ時はブラインド試飲だったので、シラーかと思せるほどスパイシーな香りと、シルキーなタンニンを持つ、美しいワインだった。緻密で丁寧な醸造をしていることが伝わってくる。

 

~プロフィール~

合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修 
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住

 
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