ファイン・ワインへの道vol.35
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寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
偉大な白ワイン大国としてのイタリア(南伊編)
まさに。醜いアヒルの子は実は白鳥だった@シチリア白ブドウ品種版、だったように思います。かつてはイタリア人にも“ビアンコ・カルタ(=白い紙)”、つまり香りも味もない、とさえ無情にも揶揄されたシチリアの白ワイン。その中でも最大の栽培面積を持つ品種、かつ価格帯も最も廉価な品種の一つといえば、カタラットです。今も、州都パレルモの大型ワインショップに行っても
「う~ん、ラベルにちゃんとカタラットって書いてるワイン、20種類もないんじゃないかなぁ。だって、シチリア人もカタラット≒安物ワインって思ってるし」とは、シチリアのワイン生産者から実際に聞いた声です。
やはり、醜いアヒルの子。しかし。しかし。最大で1日300種類以上(!)のシチリアワインをテイスティングできる現地の巨大イヴェント、“シチリア・アン・プリムール”に2017、2018の2年間参戦し、さすがに300種類は飲めないものの、その半数近くは試飲した中で、とても強く実感できたのが「カタラットを真面目に造ると、十分ファイン・ワインになりうる。しかもデイリー価格を保ったままで」という思いでした。
この品種特有の、青リンゴと硬めのメロンの内果皮、柑橘、ハーブ、わずかにソフトなスパイスが入るアロマと、イキイキと活力ある果実味、余韻に伸びるほどよくクリスピーな酸は、この季節、シーフード・サラダから豚、地鶏などホワイト・ミートのアウトドア・バーベキューなどにまで、幅広くたまらない相性。しかし、そんなファイン・ワインの片鱗をもれ現すカタラットが生まれ始めたのは、「この10年以内、いや5年以内かな。カタラットで量でなく品質にフォーカスするという考え方自体が、シチリアでさえアヴァンギャルドな考えだったんだよ」とも、生産者たちは語りました。
なにせ、カタラットは房がデカい。クローンによってはラグビーボールに近いぐらいの房が、1本の樹に10房以上も簡単に実ったりする多産性も特徴ゆえ、普通に栽培すると「1ヘクタールあたり18トンは簡単にとれる。でも、そこを徹底した剪定とグリーンハーヴェストで半分以下。9トンにまで抑制することが何よりも大切。すると、今、貴方が感じてくれてるような、味わいの奥行きと、豊かな表現力がワインに現れてくるんだ」とのコメントは、フェウド・デシーザほか、卓越したカタラットを造る生産者たちに共通していました。
シチリア、アン・プリムールのサンプルワイン。これも極々一部。
と、ここまで書いて早速、「おいおい、シチリア白の五大・重要品種と言えば、まずグリッロ、カッリカンテ、ジビッボ、インツォリア、そしてカタラットだろう」というお声、聞こえてきました。
確かにリッチでパワフルなタイプを中心としたグリッロの栽培面積は、近年破竹の勢いで伸びています。
そして、エトナ白のスター品種であり、時にレモンジュースを直飲みするような強烈で攻撃的な酸を発揮するカッリカンテも、その酸はこの時期、暑さで弱った身体のリフレッシュ、および賦活効果も絶大ですが・・・・・・。
他のエトナ・ワインと同様、生産者の力量(志?)差が激しく大きいのに、価格が総じて高止まりなのが、この品種の難しさ。イタリア人ジャーナリストの中には、「エトナ・ワインの大半はバブル価格」と、毒を吐く(なんともイタリア人らしい)人も、少なからずおりました。一部、共感できます(例外も多いです)。
しかし正しく生産者を選べば(非常に少数ながら)、エトナのカッリカンテは、まさに美しい酸の彫刻のような多面性と奥行き、深いアフターの中に、澄んで清らかな精神性さえ感じさせるグラン・ヴァンとなる潜在力があることは・・・・・、既に皆様ご存じ、ですよね。
と、南イタリアの白、というお題でシチリアの話ばかりになってるのですが、やはり、カンパーニアに一つ。この品種をスキップすることは不敬罪にあたるとさえ思えるのが、フィアーノ(フィアーノ・ディ・アッヴェリーノ)。まるで高山の清流の白い石をサクサクとかじるような、凜々しいミネラル感とクリスピーな酸、それをほどよく裏支えする引き締まった果実味のバランスの妙は、まさにカンパーニア、白のプリンセスの趣き。このブドウも、1940年代まで絶滅寸前の品種で、かのマストロベラルディーノが、畑に混植されていた中から丹念にこのブドウを選抜し、単一品種としてのリリースにこぎ着けたという歴史を持っています。
このフィアーノも、輝かしく美しい酸とミネラルに反して概ね手頃(すぎる)価格帯ゆえ、逆に軽視されてる点も、なんとなくカタラットと似ている気がします。そんな時こそ、「現在の世界で、ワインの品質と価格の間には、すでに何の相関関係もない」と言い切った慧眼、マット・クレイマーの箴言を思い出し、噛みしめたいところです。つまり、「安いワインが高いワインよりも常に劣ってる、とはけして限らない」わけです。今。この世の中では。(読者の皆様には“釈迦に説法”で、すみません)。
しかし。そのマット・クレイマーをもってしても名著『イタリアワインがわかる』(原本2006年、邦訳2009年刊行)のシチリア章内では、“探し求めるべきシチリアの土着品種”列挙10種の中に、カッリカンテが入ってないのですよ(カタラットは入ってます)。
2006年前後の時点では、語るべきカッリカンテは少なかったのでしょう。
さらに遡れば20年前には「この国は、上質白ワインの宝庫ではない」とヒュー・ジョンソンさえバッサリ。今、このフレーズを聞くと皆さん「え? 反対ですよね。イタリアこそが、上質白ワインの宝庫でしょ」と思われるはず。
つまりは、それだけのスピードで、世界は変わっていってるってことです。
もう、追いかけるのが大変?? いえ、だからこそ、ファイン・ワイン探しは、楽しい、やめられないと、思いませんか?
(本稿の多くのコメントは『ヴィノテーク』誌の取材時に得たものです。より詳細なシチリアの白ワインについての記事は、2019年1月号、および同・2月号をぜひご覧ください。)
今月の、ワインが美味しくなる音楽:
熱帯・都会の“キザ男のやせ我慢”的メロウさと洗練感。
V.A.『クール・クール・フィーリン2』
この季節のために掲載を出し惜しみしていた、とっておきの夏・夜・ワイン向けCDです。キューバにもボサ・ノヴァに通じる、メロウ&クワイエットな音楽ジャンルがある(キューバ音楽はアッパーなダンスミュージックばかりじゃない)、って話は度々このコーナーでしましたが、その真打ち的コンピレーションの第二弾。「フィーリン」というキューバのメロウ・ミュージック・ジャンルを、タイトルにしています。
このジャンル、熱帯の音なのにどうにも都会的洗練感と、レイドバック・トーン、そしてまさに妖艶で奥の奥に官能的なトーン、そして時に“キザ男のやせ我慢”的ニュアンス(=かわいさ?)さえあるのが、たまらないジャンルです。
官能的という意味では・・・・・、最上のブルゴーニュ、ピノ・ノワールにさえ通じると思うのですが・・・・・さすがに、この季節グラン・クリュ・ピノには暑すぎますね。ゆえ、夜更けにカツンと冷やした自然派のシルヴァネールやピノ・ブランをテラスで、なんてシーンにハマると思います。
もちろん収録は、アイデー・ミラネースほか。若手、キューバ次世代の最高峰が集結。歌手としての資質の別格度も、さすが絶品音楽大国、キューバです。ほとんどの女性ヴォーカリストが、そもそも声自体がもう反則でしょ、と思うぐらいシルキーでスイート。キューバでは、生まれついて声質のいい人しか歌手になれないの? と思うぐらいの艶と天性感です。
と、メロウ音楽だってのに興奮しすぎ(?)で、えらく長くなりましたが・・・・・・。
皆さん、ぜひよい夏を。
http://elsurrecords.com/2018/12/23/cool-cool-filin-cool-cool-filin-2/
今月のワインの言葉:
「上質なシャンパーニュをフルートグラスで飲むのは、耳栓をしてコンサートに行くようなものだ。」
-マギー・エンリケス(クリュッグ社長)-
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。
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