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ドイツワイン通信Vol.92

2018年産の個性と背景

 5月下旬というのにここ数日、最高気温が30℃を超える真夏日が続いている。今を去ること数十年前、私が小学生だったころの夏休みの暑さの記憶が肌感覚を通じて蘇り、真夏日という言葉のふさわしさに感心している。いずれにしても気候の温暖化が進んでいることに間違いはなさそうだ。

◆ 4月のドイツの試飲会

 4月下旬から一週間ほど、およそ1年ぶりにドイツに行ってきた。今回の主な目的は毎年4月最後の日曜と月曜に開かれるVDP.Weinbörse(ヴァインベアゼ)とラシーヌが紹介するいくつかの生産者を訪問することだった。WeinbörseのBörse(ベアゼ)とは株式市場を意味するドイツ語だ。多数の生産者が出展する試飲会のことをWeinmarkt(ヴァインマルクト)と呼ぶことがある。マルクトは農産物を売り買いする町の市場にちなんでいるが、ベアゼはそれよりも専門性が高いイメージを狙ったVDPの発案による名称で、各生産地域を代表する著名生産者が200軒あまり加盟する団体の自負がにじむ。いずれにしても、3月のProWeinの時は樽もしくはタンクサンプルだった新酒も、この時期には瓶詰されているものが多く、前評判の高かった2018年産の仕上がりを確かめたり、各生産地域全体の傾向を確かめたりする絶好の機会である。

 一つ補足しておくと、VDPの試飲会の前日にラインヘッセンの若手生産者達が集まる新酒試飲会が、同じくマインツで開催される。Maxime Herkunft Rheinhessen(マキシメ・ヘアクンフト・ラインヘッセン)と称する2017年に結成された団体の主催で、2000年代に一世を風靡し現在は活動を休止している若手醸造家団体Message in a bottle(メッセージ・イン・ア・ボトル、以下MIB)の後継団体にあたる(近年出版されたワイン本の中には、MIBを最近の動向として紹介しているものもあるので要注意)。VDP.Weinbörseに行くなら、前日に開催されるこの試飲会にも参加するのがおすすめだ。VDP加盟醸造所がエスタブリッシュメントとするなら、マキシメ・ヘアクンフトは上を目指して奮闘する生産者達であり、産地のポテンシャルを感じさせてくれる。

◆ 2018年はどのようなヴィンテッジだったのか

 さて、2018年はどのようなヴィンテッジであったのか。このコラムでは既にお伝えしているが(Vol. 84, 85)、簡単に振り返ってみよう。端的に言えば、暑く乾燥して長い夏の年だった。「春と秋がなかった。冬の後いきなり夏になって、夏は収穫が終わる11月まで続いた」と、ある生産者は振り返っている。幸い1月に降った多量の雨が地下水となって、夏の乾燥の間もブドウ樹に水分を供給した。3~5月、そして9月前半も時々雨が降ってブドウ畑を潤したが、その他はずっと晴天が続いた。ファン・フォルクセンでは根が縦方向に延びる台木を採用し、毎年1000m3の腐植質(Humus)を撒いて地中の微生物環境を整えて土壌を改良し保水性を高めていることもあり、乾燥の影響は少なかったそうだ。
 4月中旬にブドウ樹が芽吹いてからしばらくして、やがて房となる蕾が例年よりもずっと多くついていることに生産者達は気づいた(https://www.steffens-kess.de/cms/2018/05/10/infloreszenz/)。その原因ははっきりしないが、前年4月20日頃の遅霜で収穫量が例年よりも約25%少なかったことと関係していそうだ。開花は5月下旬から6月上旬と例年よりも早く速やかに進行したが、すでに始まっていた猛暑の影響で花震いが起きた。花震いは普通寒かったり雨が降ったりしたときに起きるものだが、昨年は勢いよく成長する枝葉と果実の間で養分の取り合いが起きて一部の果粒が自然に間引かれた結果、風通しの良い、カビや病気のつきにくい房になった(https://www.steffens-kess.de/cms/2018/06/16/verrieseln/)。
 ラインガウでは8月中旬にゼクト(スパークリングワイン)用のブドウの収穫が、モーゼルでは9月8日頃からブルグンダー系、18日頃からリースリングの本収穫が始まった。「モーゼルの生産者にとって、昔は9月といえばヴァカンスの時期だった」と、A. J.アダム醸造所のアンドレアス・アダムは振り返る。「収穫は10月以降だったから、9月はブドウが熟すのを待つばかりで何もすることがなかった。しかし近年の9月は収穫時期だ。じゃあ8月にヴァカンスをとればいいじゃないかって? とんでもない。ブドウの成長が続いていて、病害虫の防除や枝の先端の切り落とし等することが沢山ある。休む暇がなくなってしまった」と嘆いていた。
 バーデンでも8月中旬からシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)の収穫が始まった。エンデルレ・ウント・モル醸造所では8月23日から収穫作業を開始したが、連日30℃前後の暑さで大量のミネラルウォーターが欠かせなかったという。9月3日を過ぎたあたりから果汁糖度の上昇が加速して、毎日約1~2°エクスレ上がっていくのに作業が追い付かず、20日過ぎに収穫した区画では120°エクスレ(=24.69°Brix)に達して潜在アルコール濃度が16%を超えた。区画ごとに合成樹脂のコンテナで野生酵母でマセレーション発酵後、中古のバリック樽に詰めて熟成し、リリース前にアッサンブラージュしてアルコール濃度13.5%前後に収める予定だそうだ。

 どの産地でも収穫が終わるまで好天が続き、質・量ともに満足していると生産者達は口をそろえる。栽培条件と天候の推移は理想的だったようだが、ワインの仕上がりはどうだろうか。温暖化はどのような影響を与えているだろうか。

◆ 温暖化とワイン造りの現状

 1971年に施行された現行のドイツワイン法が肩書の基準を果汁糖度に置いているように、かつては果汁糖度の上昇は喜ぶべきことだった。だが近年は逆にどうやって果汁糖度を抑えてアルコール濃度をほどほどに仕立てるかが、生産者達の関心事となっている。
 アンドレアス・アダムは言う。「1990年代末から2000年代はじめは果汁糖度が高い生産年が続いて、たとえばアウスレーゼの基準を超えた95°エクスレの果汁でシュペートレーゼやカビネットがしばしばつくられていた。最初は生産者も顧客も喜んでいた。圧搾前にマセレーションして果皮や果肉からアロマを抽出し、熟成期間にバトナージュしてボディをつけたアルコール濃度14~14.5%のワインがもてはやされた。だがそれは2000年代半ばまでで、今はそういう時期は過ぎた」と。
 近年はカビネットならカビネットらしい軽さとフレッシュ感が求められている。生理的完熟、つまりブドウの種が茶色に色づいて香味も十分に蓄積された状態で収穫すると、それは自然にシュペートレーゼのスタイルになってしまう。だからカビネットを造る場合は、あえて生理的完熟の一歩手前で収穫するのだそうだ。そして2000年代半ばまで行っていたような、圧搾前のマセレーションは行わなくなっている。収穫時期が早まって9月になったが、果梗がまだ熟していないことが多いので、マセレーションすると青臭い苦味が出てしまうからだという。
 実際、アダムの2018年産甘口リースリングは、カビネットはカビネットらしい軽さと繊細さを備え、シュペートレーゼは桃やアプリコットなどを思わせる香味があり、アウスレーゼは上品な果実味の中にマンゴーやパッションフルーツなどが薫る魅惑的なワインで、それぞれの肩書の典型とされるスタイルを明瞭に表現していた。かつて多くの生産者が醸造して注目されたような、肩書にそぐわない濃厚でインパクトのあるワインはすたれつつあるように思われた。

◆ いかにしてアルコール濃度を抑制するか

 そして2018年産の個性を左右したのは除葉、つまり葉を取り除く作業だった。除葉には一般に二つの目的がある。一つは房のまわりの風通しを良くして湿気がたまるのを防ぎ、成熟して柔らかくなった果皮にカビが繁殖するのを防ぐこと。二つ目は葉で行われる光合成を抑制して果汁糖度の上昇を抑え、ゆっくりと成熟させることだ。だが、葉を取り除きすぎるとブドウがいつまでたっても完熟しないので、一本一本のブドウ樹のバランスを見極めることが大切だ。
 アンドレアス・アダムは8月上旬に日陰に入る側の葉だけを取り除いて、陽が当たる側の葉はブドウに影をつくるために残しておいた。その結果アルコール濃度は最大12.5%で、ベーシックな辛口は早めの収穫と相まってフレッシュ感のある味わいに仕上がっている。
 一方ザールのファン・フォルクセン醸造所では除葉を行わなかった。「除葉を始めて間もなく非常に暑くなり、このまま続けるとブドウが日焼けするので作業を中止した。我々が賢明だったのではない。運が良かっただけだ」とオーナーのローマン・ニエヴォドニツァンスキーは言う。ブドウ果粒が過度に直射日光にさらされると果皮が厚くなり、果汁に苦味やペトロール香が出やすくなる(本コラムVol.7参照)。実際2018年はドイツ各地で年間日照時間が2000時間を上回る、太陽に恵まれすぎたとも言える年だった(ドイツの2018年の気象条件については以下参照:https://www.dwd.de/DE/presse/pressemitteilungen/DE/2018/20181228_deutschlandwetter_jahr2018.pdf?__blob=publicationFile&v=3)。
 ファン・フォルクセンでは除葉を行わずに生理的完熟を待ってから収穫したが、それでもアルコール濃度が12.5%を超えたワインはなかった。収穫時の果汁糖度は85~90°エクスレ前後、酸度は8g/ℓ台で例年と変わりない。いつも通り生理的完熟に達してから約100人の作業者で2カ月半をかけて徹底的な選果を手作業で行いながら収穫し、圧搾も最大1.5barの低圧で行った。畑名入りのワインはまだリリースされていなかったが、ミドルレンジまでの仕上がりは2017年産に勝るとも劣らなかった。「リースリングは口に含むと、試飲でもつい飲み込んでしまうくらいの軽さとおいしさがなければ。飲んでいて眠くなるような高アルコール濃度のリースリングはいらない」とオーナーのローマン・ニエヴォドニツァンスキー。逆にグラン・クリュの収穫を使って醸造したワインでも、ローマンの意にそぐわないものは樽単位で売却したそうだ。

 VDP.Weinbörse全体ではアルコール濃度が若干高めで華やかなものが多かった気がする。モーゼルではそれが例年よりもワインを魅力的に、親しみやすく感じさせていたが、ラインガウでは生産者にもよるが、傾向として酸味のやわらかさがやや目立つように思われた。フランケンでは辛口であってもグリセリンの甘みが目立つジルヴァーナーに驚き、ファルツではフレッシュ感はあってもタンニンが少し苦く感じたものも、ごくまれにあった。

◆ まとめ

 2018年産は近年にない大豊作で、2017年の約750万hℓから1070万hℓに達した。多くの生産者は醸造用の樽やタンクが不足して、新品・中古におかまいなく購入したり、普段はアッサンブラージュ用に使っているタンクまで使ったりして急場をしのいだ。収穫量がワイン法で規定されている上限の120hℓ/haを超えるため、せっかく実ったブドウを収穫できずにやむなく放置した生産者もある。ファルツの著名醸造所の中には造りすぎたワインを樽ごと売ったり、例年よりも多い収穫でオレンジワインやナチュラルワイン、ペット・ナットや新しいブレンドなど、好奇心の赴くままに新しいワインを試しに造ってみたりする生産者もいた。
 成熟期間から収穫が終わるまで好天に恵まれて、軽く繊細なカビネットから濃厚なトロッケンベーレンアウスレーゼまで満遍なく醸造された。アルコール濃度が例年よりも若干高めで華やかだったり、酸味がゆるく感じたりすることの他に、収穫量が多かったためエキストラクト分(ワインに含まれるミネラルや微量元素)が少なめで、酸味、苦み、アルコール濃度が若干目立ちやすい傾向がある。さらに2年続きの不作のあとの豊作でコルク用のボトルの供給不足という事態が、一部の生産者のワインの瓶詰を遅らせている。
 2018年は遅霜も雹もなく、そういう意味では非常にまれなくらいに天候に恵まれた、生産者にとっては幸運な生産年だった。同時に温暖化の影響が一層明瞭になったことが印象付けられた年であったように思われる。

(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

 
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