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ファイン・ワインへの道vol.34

歴史を彩った世界のセレブ、ゆかりのワインたち。

 予想外に先月、“ココ・シャネルゆかりのワイン”等々の話にご好評いただき・・・・、単純にも図に乗って、続編を少し。相変わらず箇条書き風の無礼、ご容赦ください。(今月も、ワインのセールス・トークになりそうなストーリーが、いくつかはあります。)

●マルグリット・ド・ブルゴーニュ/ルイ10世の王妃
→ブルゴーニュ・コート・デュ・クショワ

 メルキュレの西、約15kmほどのクーシュ村周辺6村に、2001年に認定された、比較的新しいAOC。ジュラ紀の石灰土壌から、なかなかに骨のあるピノ・ノワールを生む地域です。
 エリアの中心、クーシュ村には中世の城塞が残っているのですが・・・・・・、この城塞は13世紀のフランス国王、ルイ10世の王妃マルグリット・ド・ブルゴーニュが不貞の罪で夫の怒りを買った後、身を隠していたと言い伝えられる城。つまり平たく言うと“不倫がばれて、王様を怒らせた王妃が隠れていた城”とされる場所、なのです。
 この城塞、シャトー・ド・クーシュという正式名があるにもかかわらず、地元の人はみな、マルグリット・ド・ブルゴーニュ城と呼ぶそう。このあたりの洒落た感じがいいですよね、フランスの人々。
 ちなみにナポレオンの棺があることで有名な、パリの巨大な廃兵院“アンヴァリッド(Invalides)”も、直訳すると無効な、とか無価値な、とも読める訳で・・・・・。こっちも、ある意味で洒落が利いてるとも(直訳ベースでは)とれますね。
 しかし、しかし。ルイ王朝時代といえば、王は公然と何人も愛人を囲っていたのに、王妃はバレると田舎に隠遁、だったんですね・・・・・。不憫です。マルグリットさん。男女平等の歴史は、フランスでも浅いようです。
 ともあれ、不倫愛好家へのプレゼントとして(軽~い警告に)、なかなか気の利いてるプレゼントかも知れません。コート・デュ・クショワのピノ・ノワール。
 え、先日うちの家に送られて来た、ですって?? 

マルグリット・ド・ブルゴーニュ王妃。 そんなにアヴァンギャルドな人には見えませんが・・・・・・(パッと見た感じは)。

 

●リーヴァイ・ストラウス/リーヴァイス・ジーンズ創業者
→コスティエール・ド・ニーム

 最初にお断りしますと、ジーンズの考案者であり、1800年代中後期にアメリカ西海岸で成功したドイツ移民リーヴァイ・ストラウスが、フランス・ワインを飲んだかどうかは不明(ビールしか飲んでなかった可能性もあり)。なのになぜ、ローヌ南部のこのワイン? それは、このAOCの中心、ニームこそ“デニム”の語源であり、またデニム生地自体もルーツはアメリカではなくフランス、だから、です。
 このニームの街は、特に18世紀に繊維産業で栄え、繊維で富を得た実業家たちが葡萄栽培に投資し、ワイン生産が発展したという歴史も持っています。シャネルが、儲かったからシャトー・カノンを買った・・・・・・200年近くも前のことですね。歴史は繰り返す。
 ちなみにこのリーヴァイ・ストラウス、偉大な構造主義人類学者のクロード・レヴィ=ストロースと綴りがほぼ同じで、遠縁の親戚なんて説もあるのですが、レヴィ=ストロースはこれ全体がファミリーネームで、クロードがファーストネーム。全然違う名前です。
 もちろんどちらのレヴィも、現代人の“解放”に大きく貢献したことは共通していますが。

 

●ワーグナー
→サン・ペレ(北ローヌ)

 北ローヌでは珍しい、瓶内二次発酵スパークリング・ワイン、および白ワインのAOCです。実はこの村のスパークリング・ワインの歴史は古く、シャンパーニュから技師を招き1829年には瓶内発酵のヴァン・ムスーが完成。19世紀にはロシア皇帝や、英ヴィクトリア女王の食卓も飾った記録があるそう。
 特に作曲家ワーグナーは、代表曲の一つ「パルジファル」の作曲中にサン・ペレのヴァン・ムスーを100本も注文したそう。ちなみにワーグナーは、この曲に込めた高い宗教性から拍手を禁止し、現在でもウイーンなどでは公演時、第一幕以降は拍手を行わない珍しい慣習があるそうですが・・・・・・、現在のサン・ペレ・スパークリングには筆者はいつも全力喝采を送っています。
 特に自然派のトップ生産者のものは、本当に、平均的品質のシャンパーニュの半分の価格で、それよりはるかに美しく深い表現力に感動できるので。

 

●マリウス・ジャコブ(怪盗ルパンのモデル)
→ルイィ(ロワール)

 ルパンⅢ世、じゃなく、その祖父(?)、怪盗紳士アルセーヌ・ルパンのモデルの一人とされる無政府主義者が、このマリウス・ジャコブです。彼がその晩年(20世紀半ば)を過ごす地として選んだのが、ロワール河・上流地区の小さな飛び地、ルイィ(Reuilly)。ソーヴィニョン・ブランで厚みある白、軽やかなピノ・ノワールなどが生まれます。今はかなりマイナーなこのエリア、しかし7世紀にはフランク王国・国王によって、周囲の葡萄園がパリのサン・ドニ修道院に寄進されたという歴史も誇っています。
 ともあれ。ルイィのワイン、飲むとアルセーヌ・ルパンなみの敏捷、機敏、機知、機転を身につけられるのか。各自、ご自身の身体で実験していただく価値がある気がしますが・・・・・、いかがでしょうか?

ルパンⅢ世のお爺ちゃん(?)、アルセーヌ・ルパンのモデルとされる、マリウス・ジャコブ。晩年は、ロワールに住みました。

 

●レオナルド・ダ・ヴィンチ
→トゥーレーヌ・アンボワーズ

 トスカーナ、ダ・ヴィンチ村生まれ。生粋のイタリア人であるダ・ヴィンチが、なぜロワールに関係、と思いますか? 実はダ・ヴィンチが、その最晩年を過ごしたのがロワール、アンボワーズ城に隣接するクロ・リュセ城館だったのです。芸術を庇護する名君として知られたフランス王アンリⅠ世の招きによるものでした。
 トスカーナ・ワインを「太陽そのものを閉じ込めた味」と礼賛したダ・ヴィンチにとっては、トゥーレーヌ・ワインは、やや太陽不足だったのでは? と心配になりますが、ともあれ。この時、王の招きに応じ、ダ・ヴィンチがフランスに3枚だけ持参した絵の一枚が「モナ・リザ」。それが後生、ルーヴルへと伝わったのです。
 そんな訳で、「ダ・ヴィンチが、自分が描いたモナ・リザを見ながら飲んでた(はず)のワインなんですよ~」というフレーズ(セールス・トーク?)は、次回飲むトゥーレーヌ・アンボワーズ・ワインを、さらに美味しく、少しミステリアスに、してくれそうじゃないですか?

 

(参考文献:『フランスAOCワイン事典』三省堂)

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

ブラジル音楽全史上・5位は低すぎる?

カルトーラ 『Disfarca E Chora(1974)』

 ブラジル音楽(ボサノヴァなど)の、全史上ベスト100を選ぶという野心的企画が、『ミュージック・マガジン』5月号で敢行されました。私もその選考員をさせていただいた中で、個人的1位に挙げたアルバムが、全体の5位となり・・・・・、(順位が低すぎる、と思いつつも)このコーナーでも熱烈推薦します。この偉人、カルトーラ。人類史上に屹立する偉大な作曲家という点で、ブラジルの域を軽く超え、モーツアルトに次ぐとさえ思える巨人です。心を甘く溶かす、温かな慈愛と憐憫に満ち、かつ凜と高雅なメロディーは、永遠の全人類の至宝でしょう。この人が残した全4枚のアルバムに、外れ曲は一曲もありません。是非、アルバムで聞いてみてください。
 合わせるワインはこの季節、同じく神聖な響きあるクリスティアン・チダや、ヴィニャイ・ダ・ドゥリネ(フリウリ)の白ワインだと・・・・・・、まさに、何処かの神様と直接話した気さえ、いたします。

https://www.youtube.com/watch?v=xdKUs0mimJI&list=PLs5BNPweANC7F0TaEOWvKBHyKKnGX9965

 

今月のワインの言葉:
「ワインに亜硫酸を入れない理由? 簡単さ。自分が飲むためにワインを造ってるからさ」 -セバスチャン・モラン(ドメーヌ・モラン/ボジョレ)-

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。

 
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