Sac a vinのひとり言 其の二十八「Vitesse」
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建部 洋平の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
世界各国津々浦々の珍味佳肴が供される現代において、飲食に関する理論や分析、ありとあらゆる書物が様々な媒体で、プロフェッショナル向け、アマチュア向けを問わずに世の中に広まっている。私もそうだが、皆様もその恩恵には預かっている筈だ。殊ソムリエの業務上では、食材や調理法の急激な多様化と多角化を見せる昨今、それらに関するコラムや議論からヒントを得るのは必要不可欠と言えよう。
ただ、一つ気になったことがある。
素材の持つ特性、組み合わせの効果、調理法のもたらす変化、風味の分析。
これらのことに関して触れているものは容易に見つけられる。特にメニューの多食材、多皿化の先鋭化が進む昨今においては、なくてはならない情報であるので、それ自体は自然な流れだと私は考える。しかし、私が常々留意している料理やワインのそれぞれの間にある、「速度のギャップ」に関して語っているものに、未だ出会ったことがないのだ。
料理とワインが持つスピード、このように記されても今ひとつピンと来ないと思われる。
だがそれは実際に存在し、マリアージュやペアリングを考える際に、決して無視できない変数となる。ここで理屈だけ話しても要領を得ないと思われるので、次項から具体的な例を持って説明していきたい。
食物の速度に関して論述する前に、皆様と認識を共有して頂きたいのが、何かを摂取するということは、大前提として唇から口蓋に送り込まれ、必要があれば歯によって切断し粉砕しすり潰されて飲み込むのに容易な状態に変化させられる。その際に水分が少ない物体であれば唾液が補填され嚥下が容易になるよう調整される(これは他の液体、要するに飲料で代価が可能)。硬い物体ほど咀嚼回数が多くなり、柔らかい物質であれば逆となる。
端的に説明すると、
《硬く水分が少ない物体》 → 咀嚼回数が増え、液体による補填が必要。(この場合の硬いという表現は繊維質と置き換えても構わない)
例) ビーフジャーキー、ごぼうチップス、せんべい、長期熟成パルミジャーノ
《柔らかく保有する水分が多い物体》 → 少ない回数の咀嚼で十分であり、水分の補填は不可欠では無い。
例) トマト、ムース、豆腐、うどん
もちろん食物には、唾液の分泌を誘発する酸味や、水分を欲するようになる塩分など、さまざまなパラメータがあるので、このように単純化をするのは若干問題があるのだが、今回のテーマの食物のスピードに関する論では意図的に除外して進めさせて貰う。生理的な欲求や反応ではなく、飽くまで食物の咀嚼のメカニズムから考えるスピードに関して論じていく為だ。
よって簡単に定義をまとめると
硬く水分が多いものは摂取に時間がかかる=スピードが遅い。
柔らかく水分が豊富なものは容易に飲み込める=スピードが早い。
となる。温度というファクターも考慮には入れるべきだが、そこまで論じ始めると煩雑になりすぎる為、今回は割愛する。
次に飲料のスピードというものに関して考えていきたい。飲料に関しては液体であり、咀嚼が必要ない為味覚や温度も考慮に入れる。
此方も単純化すると
熱いもの、渋味や甘味などの要素が強いものは嚥下に時間がかかる=スピードが遅い。
例) 抹茶、Sauternes、ナパカベ、オロロソ、お湯割り
冷たいもの、要素があまり強く無いものは飲み込みやすい=スピードが速い。
例) よく冷えたソーヴィニョン・ブラン 、ビール、麦茶、水割り
と大まかではあるが設定できる。(炭酸は速度上げるブースターとなり得る)
酸味に関しては、タイプと度合いによってブースターにもブレーキとなる為、一概には定義しづらいが、極端に少なかったり多くなければ、基本的には速度を上げるものと考えて良いと思われる。
以上に述べたことは皆様自身の経験と感覚から、なんとなくではあるが理解していただけると思う。それを踏まえた上で実際の組み合わせを検討しながら、スピードの観点での料理と飲料の組み合わせに関して論を展開していきたい。
【ケース1】 リブロースのステーキ ミディアムレア
× サンジョヴェーゼ
食物
咀嚼の容易さ:繊維質はそれほど強靭ではなく、牛の種類にもよるが、どちらかといえば容易に噛み切って飲み込むことが可能。
水分:ミディアムレアという前提から考えると、肉の厚さ次第で増減があるが、少なからず肉汁という水分を孕む。
以上から食物としてはやや早いスピードを持つと位置づけできる。
飲料 サンジョヴェーゼ
温度 :15〜17度の間程で供されることが多い。 低温度帯と考えて良い。
酸味 :醸造方法にもよるが品種特徴として酸味が高めの品州である。
渋味や甘味 :辛口の為残糖はゼロ。渋味も醸造方法次第だが中程度の渋味。
以上から、此方も飲料としてはやや早め程度のスピードとカテゴリーできる。
それを踏まえた上で、想定をリブロースからヒレ肉へと変更した場合、咀嚼がより容易となり、スピードも早まる。逆にランプ肉などにした場合はその逆となる。更にもう一つ量というパラメータを導入すると少ない量であれば、必然的に一切れ頭に掛ける時間は長くなりやすく、多くなれば短くなりやすい。これを一切れごとに落とし込んで考えると、量を増やすと料理としてのスピードが上がり、減らすとスピードが落ちる。
ワインも食物にスピードを合わせるとギャップが生じづらい。具体例をあげたほうがわかりやすいと思うので以下に記す。
例) ヒレ肉のステーキ ミディアムレア 50g×樽の効いたメルロー
ランプ肉のステーキ ミディアムレア 150g×古樽熟成のカベルネフラン
と、このように古くからある組み合わせもスピードがうまくチューニングされている。
ただ、肉料理という特性上、時間をかけての摂取が考えられるため、余りハイスピードな組み合わせは好ましくないと考えられる。
【ケース2】 フォアグラのムースを詰めたグージェール × Champagne Brut
食物
咀嚼の容易さ:オードブルであるためか、咀嚼が容易なもので構成されている。
水分は少ないが容易に砕けるシュー生地と、裏漉しされて繊維が
ほぼ残っていないムース。「一口で食べられる」ものとして良い例。
水分 :シュー生地は余り含有しないが、ムースにはクリームという形で存在。
以上から、非常に早いスピードを持つ食物であると位置付けられる。
飲料 Champagne Brut
温度 :9〜11度。所謂キリッと冷やしたもので一気に飲み込まれる。
酸味 :しっかりとした酸味と泡というブーストがかかる。
渋味や甘味 :甘味はドザージュ次第で振れ幅があるが、カテゴリー的に甘さが前に出ることはない。
以上から 此方も非常に早いスピードを持つ飲料と判断を下すことが可能である。
オードブルという特性上、気軽に手短に消費できることに重きを置かれるため、食物飲料双方が持つスピードは非常に重要である。
もし、Champagneのドザージュが強くなり、甘さが顕著になれば、フォアグラもテリーヌなどにしてスピードを下げなければならないし、フォアグラのポワレに調理法が変わる=スピードが落ちるのであれば、Champagneも熟成に樽を用いて収斂性が増したものや温度帯をあげてスピードを落とすなどの対応をしなくてはならないと考えられる。
この食物飲料に関するスピードという概念に関しては、フランス時代からぼんやりとではあるが意識したものであり、今回初めて文章という形で確りと言語化させていただいた。まだまだ詰めきれていないところも多く、綻びも見受けられる理論ではあるが、論理的にワインと料理の関係性を考察して行く際に重要なキーワードになるのではないか?とおぼろげではあるが感触を掴みつつある。
今回はここで一旦〆とさせていただくが、折を見てまた考察を深めて皆様に報告できればと考えている。
~プロフィール~
建部 洋平(たてべ ようへい)
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー