『ラシーヌ便り』no. 161 「シャンパーニュ:テーレ・ヴァンからの報告」
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定番エッセイ, 合田 泰子のラシーヌ便り, ライブラリー
Vinitalyに続き、Terres et Vin de Champagne に行ってきました。あらためて、シャンパーニュ地方でこの20年間におきた、有機栽培への転換という画期的なムーヴメントとその成果の素晴らしさに驚かされます。
この催しのなかで、スペインで優れたRMシャンパーニュを輸入し、シャンパーニュの啓蒙活動を行なっているアルヴァロ・モレノさんのドキュメンタリー映画『シャンパーニュの進化と革命』が上映されましたが、作り手の参加が多く、関心の高さが伺えました。映画の中でこのように解説されています。「この記録映画は、シャンパーニュ地方でシャンパーニュ酒の進化ないし革命に踏み込んだ、勇気あふれるヴィニュロン達へのオマージュです。映画の主役は、変革の運き、もしくはその舞台となったブドウ畑なのです。」
この映画は秋ごろ、YouTube で配信される予定です。ベルトラン・ゴトローはこのドキュメンタリーの中で、重要な役割を担っています。さて、先月に続いて、「ベルトラン・ゴトロー 、かく語りき」の後半部分をお届けします。
続・ベルトラン・ゴトロー 、かく語りき(長文)
Blanc d’Argile 2011 について:
「これもマロラクティックを食堂でしたのか? 」という質問に対して、「1樽だけ食堂に運んで、マロラクティックが始まったものを、他の樽に混ぜて、スターターとして使った。味わいにマロラクティックを感じないとしたら、畑が完全に西向きの畑だけのためかもしれない。収穫が一番遅い畑だから。」
ビオディナミの考え方:
植物は、宇宙と大気・地中深部の間に存在していています。また、私たちにとって大切な天体の一つは、太陽です。私たちの調子や気持ちも太陽に左右されます。植物にとって太陽は、私たちよりも大切なものなのかもしれません。植物は太陽光から糖を生成します。心臓の鼓動が弱くなるのと同様に、日照が少ないと植物の生育速度がゆったりしたものになります。人に例えるならば、五体満足でも体の活動が制限されるような状態です。
月のリズムは特に満ち潮時に影響力をもちますが、14日ごとに月は日照不足を補う役割を担うことがあります。ヴィニュロンも通常のリズムでなく、このゆっくりした成長速度に合わせて動くことが必要です。
ブドウと雌牛(との関わり)、そしてワイン、という3つのファクターを大切にしながら、ビオディナミとしてのシャンパーニュを作っています。人がワインを作るとき、ブドウの果実がワインへと変化してゆく。果実がワインへ変貌するさい、過激に一気に変化させてはいけない。少しずつ、優しく、自然な形で変貌するように助けていかないといけない。
出発点にある果実は、いわば自然の真っ只中にあるのだが、気候とダイレクトに結びついている。〈暖かさ、寒さ、雨、乾燥、陽の光、夜〉など、さまざまな気候条件に直接結びついている。もう一つの関係があって、人間も果実と同じように気候変動を感じている。
果実は最終的に人の手をかりて、ワインに変わる。様相が変わってしまう。果実と自然界の結びつき、気候だけでなく、地球・太陽など、さまざまな天体との結びつき方と、ワインになってからのコンタクトのとり方は変わるけれど、それらとの関係をラディカルに変えてはいけない。気候や周りの自然とのつながり方が変わるので、変化がなるべく優しくゆっくり進むようにこだわり続けていく。例えば、ステンレスタンクを使うと、変身の仕方がラディカルになってしまう。ブドウにとっても大きなショックになってしまう。
状態が変わっていくばあい、ならす期間が必要になってくる。この期間が発酵とélevage(エルバージュ) 。エルバージュにも、ある一定の時間が必要になる。場合によっては期間が長かったり、短かったりするが、人間の感じる時間とは、ものによって違いがあるかもしれない。
そういう変身・変化というものが、ワインになるためにどれぐらいの時間を要するかについては、個々の要素が心得ている。5日で大人になる子供はいないが、早く大人になる子供もいれば、非常に長い時間かけて大人になっていく子供もいる。それと同じようにブドウがいかに自分らしく変身をとげられるか、そのために必要なのが、このエルバージュになる。
除草剤中止について:
質問:「除草剤をやめられましたが、そのやめた年のブドウは実際どんな感じだったのでしょうか?」
ベルトラン:除草剤をやめた年は、より木の生育がダイナミックでした。そこから3年間はすごい勢いで伸びました。もともとブドウの本来の姿である、蔦の本性を取り戻して自分の腕に絡みつくくらいの成長がありました。その後は、もう少し太陽光が垂直に降りかかるように、成長をコントロールするために3年かかりました。人に例えると、まるでカロリーの高い重い食事をしたあと、胃の中を空にさせたときのような、解放感を樹から感じられました。とてもいい質問ですね。
除草剤を散布することをやめないかぎり、生命のサイクルは取り戻せません。質問からだいぶ掘り下げた答えになりますが、さまざまな生物―ミミズ、酵母、細菌や微生物、植物、キノコなど―とともに、ワイン造りをしています。そういった生き物には水が必要ですが、6時間あるいは1日~2日くらいは水なしでも生きていけます。しかし空気については、最低でも2分に1回必要なものです。水を忘れてはいけませんが、第一に必要なのは空気、大気なのです。
除草剤をやめると、土地の表面に草が生え始めます。その草が根を張りだし、根が土に入りこむと、そこに空気がしのびこみ、空間が生まれて、外気と地中の換気が可能になります。そして土は焼き菓子のようにフカフカになっていきます
先ほども話したように、さまざまな生命体や土壌などが、その場所の語り手・メッセンジャーの役をします。それでは、いったい何を伝えるのか? その場所のクリマを、直接伝えてくれると思っています。自分の住みかの風景を描いた絵とか、風景を描写した本というよりは、直接体内に取り入れられた、食物・食料の役をしたものが、より正確なメッセンジャーである、と考えてもいいのではないでしょうか。
これは、生命のバランスについての終わることのない探求なのです。しかしそれは、決して植物をたわわに実らせるとか、土を真っ黒にするとか、人工的に介入して何かを作り上げることではありません。むしろ、なるべく自然に近づける―私の場合は近くの森のような野生の環境に近づける―ということです。
フランスではテクニカルな質問内容が多く、あまりこういう立ち入った話はできないので、とても嬉しいです。
ビン詰めの時期について:
次は、「いつビン詰めするか」です。月との対話、惑星の配列との対話は、人類が何十万年もやってきたことで、おそらく人がワインを造り始めてから、星の動きをみながらしてきたはずなのです。が、近年、この50年ほど、科学的な正確さ、濾過するとか、人工酵母を使うことなどが主流になってから、自然との対話や宇宙との対話がすっかり忘れられてしまったと感じています。ふり返ってみれば、人はおのずと月や星の動きをみながらワインを造ってきたということで、スマートフォーンで月を調べながら、一番いいタイミングを見きわめています。
質問:「月齢でビン詰めするのは、液体が澱んで澄むからですか?」
ベルトラン:ワインは生きているのにたいして、けっして心があるわけでない人間のほうは、ただいろいろ考えるだけ。ビン詰め時期とは、ワインがさらに成長を再開することを意味すると思う。なので、月が一番ダイナミックな時にビン詰めをする。月が一番ダイナミックな働きをするのは、高潮の時。潮が高くなると何万トン、何十万トンという水を満ち引きさせる。月にはそれだけの力がある。その力がいちばん高まった時にビン詰めする。結果的に澱が盛り上がって、逆に濁ってしまう可能性がある。それでも私は構わない。私が造りたいのは、この泡立ちの良いシャンパーニュなので、どうやったら泡立ちが良くなるかといえば、それは月がもっとも元気な時なのです。
科学では地動説だけれど、私は自分と地球が真ん中にいて、その周りを太陽がまわっているとおもう。牛を見ていると、朝起きて牛はずっと太陽の動きを追っている。牛から見たら太陽が東から昇って西に沈む。つまり、牛と同じビジョンを持って仕事する必要がある。私にとっては地動説でなくて天動説なのです。もし私自身が太陽に住めるのなら、私自身が地球を回っている。ダイナミックで、常に発泡性の高いシャンパーニュを作る為に、私は月の動きをつぎ込もうとしています。それだけでなく、太陽の動きも大事です。ほぼ6月21日ごろ、太陽がダイナミックになる。そこに月のダイナミズムが加わった時を中心に、ビン詰めをします。
おそらく今の話から想像されるように、いつデゴルジュマンするかですが、澱をぬく時にはなるべくワインは心静かにしてもらいたいので、まさにビン詰めとは逆のタイミングです。デゴルジュマンの時期ですが、これは12月1日から2月10日ぐらいをメドにしています。この時期はどういう時かといえば、まさに冬の真っただ中で、太陽の力が最も弱い時期になります。つまり、太陽よりも月の力が相対的に非常に強くなっている時期です。月はそもそもおだやかな惑星ですから、太陽の力が沈静化されている時期にデゴルジュマンします。だいたい28日に一回ぐらいのリズムで行います。澱が静かに沈んでしまって、月の動きを見ながらします。これをはずしてしまうとやはり難しい事になり、後で色々と手を加えないと収まりがつかないような状況になる。
デゴルジュマンについても、私は人工的なことをしません。SO2を入れたり、凍らしたりせず、à la volée (手作業)でします。ビオディナミと、化学的なことは相入れない。手作業だと、手が傷だらけになります。機械を使えば、やはり機械のせいでメカニカルな味わいになってしまいます。だから人とブドウとの間にメカニックなものを入れてはならない。
2011年というヴィンテッジについて:
この年は素晴らしい一年でした。正に気候条件が、必要な時に雨が降り、必要な時に太陽が照り、問題の少ない年でした。
開いた、まさに一番花の美しく開花した状態の味わいに仕上がっていると思います。
2008年はどちらかといえば、若さを表現したワインですが、2011年は賢者が静かに熟成しながら少しずつ枯れていって、最期を迎えているような落ち着いたワインに仕上がっています。味わう前に色を見てください。真ん中にオレンジがかった色合いが見えます。非常に生命に溢れたワインで、もしかしたら、若干濁りが感じられるかもしれません。ここにもやはり、輸入してくださった方との関係が反映されていて、こうした濁りというのは欠点と受け取って、輸入しないという方もいます。それは欠点でなく、どこまでも白ワインを造りたい結果としてできたもので、それを理解していただいて、今日ここにあるのです。
収量を増やせないのもその辺の理由で、もし増やしたら今のような濁りの説明ができなくなる。合田さんのような方がいらして、少ない収量ながら、皆さんと一緒に味わうことができます
ビオディナミについて:
質問:「20年間ビオディナミをされていますが、ご自身の感想や意見はありますか?」
ベルトラン:アンセルム・セロスは今まで一度もビオディナミをしたことはない。メディアが作り上げたもので、ビオディナミをやっているものからみれば、やっていない。
ご自身の感覚で感じてほしい。農薬の使用については、アンセルムが有害性を啓蒙して、その使用が減ったのは素晴らしい。人間が宇宙の支配者であると、勘違いしないこと。収量を減らし、クオリティにこだわりながらワインを作っているのは、私には重要なのです。 収量を減らせば家族と過ごす時間も増えるし、幸せ。シャンパーニュは売れるので、量産に走る人が多い。自然は量を作ることができないし、量はバランスと相容れない。バランスをとりながら作っていかないと、いいものは作れない。
《Cuvee Sagineee de Sorbee (2011)》:
私にとってロゼは特別な思いのこもったワインで、大人たちが藁で堆肥を作っていたころ、夏の作業どきにワインを水で割って飲んでいた思い出のワイン。祖母の畑、ソルベで作ったロゼワインです。特別なテロワールで、手間がかからず、天の恵みを受けている。それだけに愛情持って作っているけれど、2016、17、18年は、ブドウの皮が薄すぎてできなかった。2011年は、早く楽むことができます。
《Cuvée extre2008》:
エクストレ2008年は生産本数1000本。このワインは、娘の為、将来に向けて作っています。我が家で唯一、シャルドネとピノ・ノワールを混ぜています。私にとっては、いつもCuvée Fidèle を最優先ですが、その年で最上のものを作りたいと思っています。
エクストレは、可能な限りヴィンテッジを反映させたいので、何か特別なものというより、平均的バランスのとれたワインを作りたいと思い、ブドウは最上のブドウではなく、また悪いものでなく、最も平均的なブドウを選びました。私のコンセプトとしては、その年をより忠実に反映したものを作りたい。2008は熟成に時間がかかる、ある意味では時間かけてワインに仕上がった。10か月エルバージュ、シュル・リーで8年熟成させて、2017年3月にデゴルジュマン。娘にVouette et Sorbée の歴史を遺す為に、200本我が家に取り置いています。
《Texture 2014》とピノ・ブランについて:
父親が植えたピノ・ブランで、南西向きの畑です。兄から栽培を引き継いで2010年からビオディナミで作っています。ピノ・ブランはマイナー品種で、皮が固く、果肉が柔らかい。びっくりするようなコントラストがきいたものができ、私はそれが好き。果皮や果肉といったまさに Textureを問う味わいなので、Texture と呼んでいます。
シャンパーニュでピノ・ブランがあまり栽培されなかった理由は、香り少なく熟さなかったからですが、温暖化で熟すようになりました。それで関心を持つようになりました。
ピノ・ブランは、香りが少ないので、香りを大事にするため、ステンレスで発酵させて3か月くらいでビン詰めする人が多い。この地域で取れるミネラル豊かなポワールの香りがします。私は他のキュヴェ同様に、樽で長くエルバージュさせ、塩味、キメリジアンを反映させたい。その為には一定期間の熟成が必要です。最初の2回は樽醸造をしましたが、香りがなくなってしまい、失敗をしました。翌年はステンレスで作りましたが、逆にタンクの中で、澱との接触が強くなってしまいました。
そこで熟成の方法、何か解決方法が必要と考えていたら、たまたまヴォドピヴェッチ(トリエステ近くの作り手) のヴィトフスカを飲みました。香りの定着しにくいヴィトフスカという品種なのに素晴らしいワインだったので、驚いて訪ねました。それで彼に倣って、ジョージアの1200リットルのクヴェブリを埋めて、150kgのブドウ(果肉と果梗) を10ヶ月マセレーションしました。澱と酸素との接触が少なく、温度一は定。高い温度で焼かれた重金属を含む粘度が、香りとデリケートな果実を守ります。
クヴェブリを使うと、ピノ・ノワールとシャルドネでは、果実が強くなりすぎ、重くてフルーツ感が強くなりすぎる。そこでピノ・ブランをクヴェブリに入れるとき、ブドウの実を少し潰します。1cmくらいの空間を通して、アルコール発酵の間、対流がおこる。しぜんに軽いものが浮いて、重い二層目のものが澱と液体を引き離す。だしてみると、澱は茶色、こうすることで澱接触による香りを失うことがなくなる。種は軽いから上に浮きあがります。アーモンドのように、種部分にタニンがあるので、種が酸素と接触して、ワインはまもられる。流行りで、クヴェブリでワインを作っているのでなく、よりよく活かすために作っている。
会を終えてーベルトランと私の感想:
試飲会場での会が終ってから、ベルトランが次のように話してくれました。「この部屋にいると、我が家のセラーや畑にいる時と同じ感覚を覚えます。きっとそれはこんなに離れた東京で、あなたたちが同じ方向性で仕事をしているからでしょうね」
来日を通して、ベルトランのワイン作りをより深く掘り下げることができました。今回、数年以上も日本で熟成させたワインを味わって、「なんとなく野暮ったい固さ」が全く消え失せた、美しい味わいに驚きました。個性的でエネルギーに満ち溢れながら、エレガントさを保っているのが、ベルトランのシャンパーニュです。しかもその味わいは進化しており、誇張抜きに言って、近年ますます研ぎ澄まされています。日本で関心の深い方々と語り合い、親しく交流して、これからも珠玉のシャンパーニュを届けてくれることを期待します。
【追記】
Vouette et Sorbée
所有している区画は6区画。
Sorbée: 0.9ha Pinot Noir →Saignée de Sorbée用
Vouette: 0.5ha Pinot Noir →Fidèle用 2016年全て引き抜きシャルドネに植え替えた
Chatel: 0.4ha Pinot Noir →Fidèle用
Fonnet: 0.7ha Pinot Noir →Fidèle用
Tirmy: 0.5ha Pinot Noir →Fidèle用
Biaune: 2ha(1.4ha Chardonnay & 0.6ha Pinot Noir) →ChardonnayはBlanc d’Argile用に、Pinot NoirはFidèleに混ぜている。
Vouetteの区画は醸造所の上の丘、霜害防止のスプリンクラーが設置されるくらい冷涼な気候の様ですが、ここ数年温暖化の影響で収穫期のアベレージが毎年12時間ずつ早くなってきています。そのため自身の納得できるブドウが穫れないらしく、全てシャルドネに植え替えた。接ぎ木して根を残す形にはできないのかと聞いたところ、6年ほど前に接ぎ木は試しているそうですが、Vouetteの区画では日照時間が足りず、接ぎきれないために枯れてしまうとの事。抜くのは本当にチャレンジだったが決断した、と言っていました。
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