ドイツワイン通信Vol.91
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北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー
「今飲むべきドイツワイン」雑感
4月半ば、ワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィス(以下WOGJ)の選んだ「今飲むべきドイツワイン」が、東京ビックサイトで開催された業界見本市「ワイン&グルメ」(主催:ケルンメッセ(株))で発表された。2016年から始まったこのセレクションは、辛口からオフドライを条件にインポーターから公募して集まったドイツワインの中からWOGJが試飲して約20本を選び、「進化を続けるドイツワインの品質やモダンなスタイル、そして世界市場での競争力の高さをより包括的に」(WOGJプレスリリース「『“今飲むべき”ドイツワイン2018』発表」4/17/2018より)アピールするものだった。
昨年2018年は約130品目のエントリーの中から20本が選ばれ、WOGJが出展する試飲展示会やセミナーで紹介されていた。そこには多かれ少なかれ、高品質な辛口が生産の主流となっているドイツワインの現状と、それを日本に紹介しようとする志のあるインポーター各社の熱意を垣間見ることが出来た(参照:https://www.winesofgermany.jp/contents/2018/wine_election_2018_Japan_JP/)。
しかし今年の「今飲むべきドイツワイン」には異変が起きていた。
「ワイン&グルメ」のドイツパヴィリオンの一角に並んだ15本の半数以上がオフドライか甘口の白で、赤ワインは一本しか含まれていなかった。口当たりが良くフルーティで飲みやすい味わいのものが多く、まるでWOGJが2016年に活動を再開する以前の、輸出向け量産ワインが復権したようなラインナップを目の当たりにして、私は少なからず驚き、失望せざるを得なかった。
とりわけ赤ワインが一本しか選ばれていないのには違和感を覚えた。折しも会場で、この見本市を機に来日したドイツワイン女王、カロリン・クレックナーさんが行ったセミナーのタイトルは「Germany in Red」。現在ドイツで生産されるワインの33.8%が赤ワインであることと、その品質の高さをアピールしていたのは皮肉だった。
消費者向けプロモーションに注力するWOGJ
言うまでもなく、この異変はWOGJの戦略による。これまでの販促PRは主にプロを対象に行ってきたが、「2019年は消費者向けのPRを強化し、よりドイツワインの露出を増やしていく」ために選考方法を変更し、サクラアワード受賞ワインから「今飲むべきドイツワイン」を選出することにした、と昨年11月26日付の募集通知にある。
今年で6回目を迎えるサクラアワードの審査員は周知の通り全員女性で、日本女性の味覚で、女性ならではの視点でワインを選び、日本のワイン消費量を現在の一人あたり約3ℓから5ℓに増やすことを目標に掲げている(www.sakuraaward.com/jp/)。今年1月下旬に開催された審査には延べ560名のワイン業界に携わる女性が参加して4,326アイテムをブラインドテイスティングし、2,006アイテムに賞を与えた。その中のわずか30アイテムがドイツワインで、WOGJはそこからさらに20アイテムを選んだわけだ。
ちなみに、今年の「今飲むべきドイツワイン」のエントリー条件は「ドイツのブドウから造られたスティルワイン、スパークリングワイン」で、味わいのタイプや価格などはサクラアワードの規定に従うとされ、辛口からファインヘルブという昨年までの規定は撤廃されている。
「サクラアワード受賞ワインの中から『今飲むべきドイツワイン』を選抜することで、試飲審査の労力とコストは大幅に削減出来た」と、WOGJの運営責任者のひとりで今年2月にSOPEXA Japon代表に就任したブリュノ・ロイックさんは言う。ただ赤ワインが一本しか受賞しなかったのは想定外で、それは、ドイツ産赤ワインをエントリーしたインポーターがほとんどいなかったからだそうだ。
ワインコンクールの問題点
今回の「今飲むべきドイツワイン」で問題なのは、その選考方法である。それが原因でこれまで毎年協力してきたインポーターの大半がエントリーを見合わせたことで、上述の異変が生じたとしか思えない。出品審査料は1アイテムにつき20,000円と決して安くはないが、WOGJではその半額を負担するという支援策を打ち出していた。また、WOGJから募集要項がインポーターに最初に通知されたのは、サクラアワードのエントリー締め切り(11月30日)のわずか4日前だったことも応募が低調だった一因かもしれない。しかし、何より問題なのは、すくなくともインポーターからみれば、サクラアワード受賞を審査の前提とする、という選考方法であろう。また、生産量が少なくても高品質なワインを選りすぐって日本市場に紹介しているインポーターにとって、サクラアワードに限らず、大量のアイテムを試飲して点数をつけるコンクールに、受賞するかどうかもわからないのにあえて審査料を支払ってまで応募することに意義は見いだせないことが多いようだ。
来年もサクラアワードを審査の前提条件とするかどうかはわからないが、仮に続けるとしても、やはりWOGJが直接審査する従来の窓口を復活させた方が良いと思う。
量産ワイン市場の向上
もっとも、これまで注力してきた業界向けPRに加えて、消費者向けのプロモーション活動にWOGJが新たに取り組むのは良いことだし、このコラムでも何度か指摘している(Vol. 74, 78)。スーパーマーケットや百貨店、酒販店に幅広い販路を持つ、規模の大きなインポーターが取り扱う生産量の多いドイツワインの品質とイメージの向上は、ドイツワインの日本市場でのシェア拡大に良い影響を与えるだろう。サクラアワードの審査を経て、品質については一定のお墨付きを得た受賞ワインを「今飲むべきドイツワイン」としてアピールすることは、その意味で間違ってはいない。
一方でこれまで業界向けにアピールしてきた、「高品質な辛口の生産国であり、若い生産者達が活躍するダイナミックなワイン生産国」というドイツのイメージの浸透を地道に続けていくべきことは明らかだ。予算は限られているかもしれないけれども、ブログやSNSで発信される情報の質の向上など、低予算でも出来ることはあるのではないだろうか。
渋谷の路上に出現する三日限りのドイツワインバー
肝心の消費者―普段はワインをあまり飲まない普通の人々-が「今飲むべきドイツワイン」を試飲できるイベントが、5月31日(金)~6月2日(日)まで渋谷モディ店頭のイベントスペースで開催されるという。旧丸井シティ渋谷の表通りに面した大勢の人々が行き交う場所で、ドイツ観光局とコラボレーションしてベルリンのワインバーをイメージした会場になるらしい。また、5月下旬にはドイツからジェネレーション・リースリングに加盟している若手醸造家が、なんと13人も一挙に来日するプロ向けイベントも企画されているそうだ。「もともと6~8人くらいを考えていたのだけれど、募集したら13人も来たいと言うんだ」とロイックさん。詳細はWOGJのサイト(www.winesofgermany.jp)で近日中に公開される予定。ドイツワインにとって実りある一年になることを、ひとりのドイツワインファンとして願っている。
(以上)
北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。