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『ラシーヌ便り』no. 160 「ベルトラン・ゴトロー夫妻の来日」

 この3月、なぜか立て続けに、【ヴェット・エ・ソルベ】のベルトラン・ゴトローさん夫妻と、アルザスからブルーノ・シュレールが来日いたしました。どちらも長いおつきあいですが、ともに初めての来日とあって、東京と大阪でワインを味わいながら、交流会をいたしました。 
 二人の会にお出ししたワインは、かねてからこの日のあることを予期して、売らずに大切に取りおいてきたものです。十分に熟成させ、本来の状態で味わっていただけるように保管しておいた、私たちの宝物です。おかげさまで参加いただいた方々だけでなく、ご本人たちも大変驚かれ喜んでいただくことができた会となりました。
 今月は、ベルトラン・ゴトローさんについてお話したいと思います。

ベルトラン・ゴトロー夫妻の来日

 ブノワ・マルゲ、ブノワ・フルーリー、ブノワ・ライエ、ティエリー・ラエルト……いずれも昨年、一昨年と続いて来日された造り手の方々です。シャンパーニュの新しい波を担っている彼らの言葉には、真率さと重みが感じとれました。ベルトランもまた、珠玉のシャンパーニュ生産者の一人であることは間違いありません。個性的でエネルギーに満ち溢れながら、エレガントさを保っているのが、ベルトランのシャンパーニュです。 しかもその味わいは進化しており、誇張抜きに言って、近年ますます研ぎ澄まされています。

 そんな彼の言葉と真摯に向き合えるようなひと時を分かち合いたいと思い、いわゆる試飲会やメーカーズ・ディナーとは一味違った、いわば《精神の交流会》を開きました。

 当日は、ラシーヌの倉庫で長く熟成された5種類のシャンパーニュを味わいました。一つ一つのキュヴェを味わいながら、参加いただいた方々からは感嘆の言葉が漏れ聞こえました。ベルトランの考えの一端に触れ、仕事ぶりの詳細を聞くにつれて、その純粋な人柄に撃たれ、感激した一時でした。

 振り返れば、【ヴェット・エ・ソルベ】と取引を始めるきっかけは、【アリス・エ・オリヴィエ・ドゥ・ムール】のオリヴィエの次のような言葉です。

 「ベルトランのシャンパーニュを味わったら、ほとんど他のシャンパーニュはもう飲めない。」

 そう言いつつオリヴィエは、合田にベルトランへ会うことを勧めてくれたのでした。

 寸描 : Champagne Vouette et Sorbée ヴェット・エ・ソルベ

 ベルトラン・ゴトローは、シャンパーニュ地方最南端に位置するオーブ県のビュシエール・シュル・アルス村の農家に生まれた。代々農業とブドウ栽培を家業とする家系で、兄が農業を継ぎ、ブドウ畑はベルトランが受け継いだが、父の代まで化学肥料を用い、ブドウ果を協同組合に販売。
 1992年にベルトランが畑を継いですぐさま有機栽培に転換し、’93年から除草剤の散布を中止。しかし、長年にわたる化学肥料の後遺症で、樹勢が強くて収量を抑えられず、高品質なブドウを得るまで時間がかかった。
 ようやく2001年ヴィンテージを、初リリースすることができた。その間、土壌分析の世界的権威クロード・ブルギニョンに栽培のアドヴァイスを乞い、‘98年からはビオディナミを実践、’99年からアンセルム・セロスのもとで学んだ。  
 ベルトランはその優れた感性をもって「生命が宿り、人に喜びを与えることのできるシャンパーニュ」造りに真摯に取り組む。2009年の収穫から熟成用に王冠からコルクに転じる。大規模なセラー改修を終えて環境条件が整った。

交流会:2019年3月12日ラシーヌオフィスに於いて

テイスティング用ワインリスト:
 Cuvee Fidele – Non Dose (2008)
 Blanc d’Argille (2008)
 Cuvee Sagineee de Sorbee (2011)
 Brut Nature – Cuvee Extrait 2008
 Brut Natures -Textures (2014)  

 

ベルトラン・ゴトロー、かく語りき

 「私にとってラシーヌは、とても大事なパートナーで、ワインと人との間を結ぶ生命の必要性を感じてくださって、感謝しています。今日は、生きたワインを楽しんで、感じてください。
 私は、シャンパーニュ地方の南端、ブルゴーニュ地方の境界線にある、人口130人の小さな村に住んでいます。この村ではブドウ栽培が盛んで消費のためのワインがたくさん作られており、我が家でも穀物、家畜、ハチミツも作っており、非常に多様性豊かな農業を行っています。
 1930年頃、祖父は大きな農家を営み、40人ほどの人が働いていました。水道水の質がよくなかったので、当時はワインを水代わりに飲んでおり、それようにアルコール度数の低いワインを作っていました。5日間で1樽飲んでいました。19世紀後半から20世紀になるとトラクターが登場し、機械化が進み、人は町へ働きに行くようになりました。それで、余ったブドウは協同組合に売るようになっていきました。
 ワインを作って消費する時代から、ブドウを売る大きな時代の変革の時、1986年に私は家に戻ってきて、ブドウを栽培するようになりました。1994年に化学物質を使わないことに決め、1998年にビオディナミの認証をとり、シャンパーニュ・フルーリーと並んで、ビオディナミのパイオニアと呼ばれました。
 シャンパーニュという呼び名は、地理的名称に由来するので、私にとっては「シャンパーニュ」より「ワイン」という呼び名のほうが近く感じられます。
 農家はどこでもそうですが、祖父から父が畑を継ぐとき、父の兄にあたる叔父が、より優れた畑を相続し、父は残りの畑を継ぎました。同様に、私が継ぐときも、兄がより良い畑を継いだのです。私が継いだ畑は、日当たりが悪く、実がなかなか熟さず、湿気が多く、ベト病になりやすい畑でした。しかし、病める子を大切に育てるように、ビオディナミを施し、栽培してきました。

 私には5haの畑があり、ピノ・ノワールが中心です。シャルドネは一区画だけで、ブラン・ダルジルを作っています。おそらく私は、シャンパーニュ地方で、唯一すべてのキュヴェを全くドザージュをしない造り手です。シャンパーニュの蔵には、どこにも必ずリキュールの樽がありますが、我が家にはありません。変わり者で、ちょっとおかしな造り方をしていると、思われているでしょう。
 ブドウの質がすべてであり、化粧も人工的な加味をするものもないブドウ造りをしています。太陽の恵み、月の巡り、星座の位置を考慮し、ビオディナミの調合剤を使うことによって、おいしいワインができるのであって、畑での仕事が終わったら何も加えるものはないのです。60本分のシャンパーニュを造るのに、61本を使い、1本分をデゴルジュマン時に足すのです。もしかしたら、ここにラボがあり、エノロジストがいれば、畑の仕事が減るかもしれないですが、そんなことはしたくない。畑で作業を精一杯して、ブドウ栽培をすることを一番大切にしたい。このような理由で、ブランド名には私の名前はつかないのです。あくまでもブドウが生まれる畑がワインを造っているので、VouetteとSorbee の畑名がワイナリー名なのです。

《Champagne Cuvee Fidele 2008》

 最初のワイン、Champagne Cuvee Fidele 2008 ですが、私はこのワインに「Fidelle 忠実な」と形容しています。何かを自分が創造するのでなく、ブドウそのものがもっている土地の香りや力強さをシャンパーニュとして反映しているにすぎない―そういう意味で、私はもともと持っているものをうまく育てあげるだけなので、「忠実なワイン」と名付けました。色を見てください、深みのある色調です。ピノ・ノワールの色、果皮からでてくる色合い、そこからイメージされる香り、味はどうでしょうか? 2008年はまさに歴史的に記憶に残る年です。6月・7月・8月は天候が不順で、曇って陽が照らない、陽をほしいというブドウの気持ちが、ブドウに反映されているように思います。日光がたりないので、より陽の光をどのようにブドウの中によびさませばよいか、苦労をした年でした。結果としてこのように素晴らしいできて、できれば私の命が終わるまで飲み続けたいぐらい大好きなワインに仕上がりました。

(質問)「陽の光が反映されるように苦労したとは、具体的にどのような工夫をされたのでしょうか?」

 いろんなことを学んだ結果、私がたどりついたことは、自然に反することはしないということ。音楽家に生まれついた子供を、スポーツマンにしようとしても難しいでしょう? ブドウのもっている力強さを、どのようにワインにうつすか、どのようにすれば反映できるか、ということを考えました。近代技術を使って、欠けている陽の光をつくりだすなんていうことでなく、どうやってブドウのもっているクオリティを全面的に押し出せるか、心をくだきました。人工的なことをするのではなく、かといって、引き出すということは、何もしないことでない。そもそもの持っているものを前に移しだせるか、を考えました。発酵には、アルコール発酵とマロラクティック発酵がありますが、太陽の光が少ない年は、マロラクティック発酵がうまく進みません。(2009年の)収穫時にはまだマロラクティックが終わっておらず、外的力で発酵を加速させたくないので、収穫時に大勢が食事をする広い部屋に樽を移動させました。一定の時間がたって、人の熱気、気配が働いて、マロラクティックが進みました。このできごとがあって、ワインは生きていると確信しました。

《Blanc d’Argile 2008》

 粘土質の畑で、まさにこの質の高い土壌故に、ワインの名前としてつけました。シャブリから60㎞しか離れていなくて、地質もシャブリと同じキメリジアン土壌。地質学者で微生物学者のクロード・ブルギニョンに相談しながら助言を受けて、シャブリのシャルドネを植えました。ゴールドで、緑がかって、青りんごの色、フレッシュで、爽快な味わいですが、10年熟成を経ています。シャルドネは、ピノ・ノワールと異なって、酸素とのコミュニケーションがうまくないので、600リットルの5年~8年の古樽で醸造しています。ピノ・ノワールは225リットルの6年~10年の古樽を使っています。ブラン・ダルジルは、西向きの畑で、収穫が一番遅く、酸がフィデルより0.3度高い。エルヴァージュは10か月、樽でシュール・リーで熟成します。“lie”の語源は“lien”で、関係・きずなを意味します。子供を母親から早く引き離すのはよくないと考えています。

 

次号に続く


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