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エッセイ:Vol.141 サンジョヴェーゼ礼讃

はじめに―問われる書き手の責務
 毎月お届けしている「ラシーヌ便り」は、諸筆者や識者によるオリジナルな記事と情報が詰まっている、と編集に携わる者の一人として、ひそかに自負している。書き手の選択と毎号の記事内容は―読者よ、笑うなかれ!―志としてはワインの専門誌並みを目指しているつもりである。

 ちなみに、洋の東西を問わず昨今の出版界はすっかり様変わりしていて、ワインの世界でも事情は変わらない。ワインライターは質量ともに不足しており、出版不況のあおりで独自取材費は出し惜しみされるうえ、質さえ問わなければ無料のインターネット情報が洪水のようにあふれている。という状況ゆえに、体裁を変えただけの似たような出版物、資格・権威ビジネスに寄生する参考書や教科書もどきが、ワイン界に百鬼夜行している。

 だから、長期の独自取材(フィールドワーク)にもとづく、高質でオリジナルな情報が見当たりにくい、と嘆くワイン情報ハンターは、世界中に少なからずいるだろう。その点、いまや長老格となったジャンシス・ロビンスンは、(同業MW職のふるまい方にはとやかく言わず)いささかくたびれ加減ながらも現役のジャーナリスト意識だけは衰えない。その逆に、売酒売文の利害が透いて見えるPR記事がこの国で横行しているのは、まことに見苦しい。

 ワインライターが、頭にこびりついた固定観念を再三繰り返したり、外国発の二次情報をしたり顔で繰りだすことは許されない(から、当の筆者も自戒しなければならない)。世界に飛び交うワイン情報など、インターネットを通じれば居ながらにして手に入るご時世だから、人知れず引用したつもりでも、すぐにお里が知れてしまう。クワバラ、クワバラ!

 まして、仲良しである特定個人を常に持ち上げるなど、忖度まみれの「お友達記事」がワイン界にすらあるとしたら、笑止千万。(書き手よりも)賢明な読者をバカにすれば、(書き手自身が)バカにされるという、ブレヒト的な「ブーメラン効果」の返り討ちに合うこと必定と、思い知るべし。

 ワインライターもまた、ジャーナリストの端くれだとしたら、事実だけをふまえた正確な情報を提供し、できれば卓見を披歴すべきこと、いうまでもない。それどころか、事実に反するフェイクニュースが有料で情報提供されるとすれば、冗談ではすまされない。…と書けば、ピンとくる方はおられるはず。しょせん「ノブレス・オブリージュ」の精神など、誰にでも求めるほうが無理というものだろうが、およそ書き手には責任が伴うと自覚すべきだろう。ライターがジャーナリストを自負するとすれば、せめてものことにヒモ付きでない記事、ゴマスリでない事実情報を提供する義務があるのではないかと、あえて読者諸氏諸嬢にファクトチェックを呼びかける次第である。

 たとえば、この国でヴァン・ナチュレールにいち早く注目し、妥協せずに追及する労を執り、利害や利権に惑わされず誠実に普及に努め、海外の生産者と国内の消費者をつないだ媒介者は、だれだろうか。それぞれの持ち分で活躍した―あるいは、している―複数の候補者の名前が上がるだろうが、絶対にそこに含まれない人もいることに、思い当たらなくもない。

 そこで、われらの勝山晋作さんのことになる。ワイン界における故人の友人知人や関係者が、勝山さんを懐かしみ、称えるのは無理もない。が、この国に寄寓するジャーナリストたるもの、単に称賛するだけでなく、その実像に迫り、その偉大な功績と、にもかかわらずし残したことを、あえて事実に即して問うのが、責務ではなかろうか。世界に先駆けて成熟されたとされる日本のヴァン・ナチュレール市場に、特有の歪みや変形、未成熟や過熟があるとすればなぜか、という「問題意識」(最近、奇妙な意味で用いられている言葉)を、同憂の士とともに共有したいものです。

 

本論:イタリアの赤ワインとサンジョヴェーゼの意味合いについて

 本ラシーヌ便りに収録されている建部洋平さんの記事は、いつもながらとはいえ、普段にもましてなかなか刺激的で興味深い内容です。そこで編集者の特権を利用して、発行前に建部さんにおおむね次のような感想をのべました。

 「今回頂戴した原稿の出発点には、大賛成です。流し込むための潤滑油のようなワインという位置づけ、という提言は我が意を得たり、といってもいいでしょう。

 そこで、あるいは、ならば、一言。ステーキと合うのは、どのようなワインでしょうか?

 私はいつもサンジョヴェーゼ、それももちろん、トスカーナを選びます。何故か? 酸味ゆえであって、タンニン欲しさではありません。
 脂肪とタンパク質の組み合わせから生じるインパクトを、すっきりさせるのと同時に対比効果でもって複雑さを醸し出すためには、イタリアワイン、それもトスカーナ産のサンジヴェーゼが上品さをもたらす点で、最適だとかねがね思っています。

 フランス産と対比して、イタリア産赤ワインの特徴は、ご存知のようにタンニンではなくて酸がゆたかなこと。ゆえに、脂っこくてうまみ豊かな肉質に対して、(複雑なうまさを醸成する)対比効果と(しつこさの)消去効果の二極作用が同時に働くことが必要なのです。その点では、しょせん如何なるカベルネ・ソーヴィニョンでも適うわけがありません。

 あえていえば、本稿で貴兄はワインの酸味を軽視しておられるような気がしてなりません。とすれば、それはイタリア産赤ワインの相対的な軽視に結びつくものではないでしょうか。総じて、フランス産よりもイタリア産の赤ワインのほうが料理に合うとすれば、それは酸のなせる偉大な業ではないでしょうか。」

 これに対する建部さんのご返事は、いただいた本論にもまして面白く、卓見に満ちていましたが、本人の了解を得ずしてここに引用するわけにはまいりません。が、結論から言えば、建部さん(というより、仲間内では洋平さん)は、わたしと同意見、というより同士のような見方をしていることが判明しました。なんと常日頃から洋平さんは、サンジョヴェーゼは肉泥棒であり、魔性あるいはエスプリの部分で、肉とサンジョヴェーゼは結ばれている、と感じ考えているとのことです。思わず引用してしまいましたが、まさしく名言ではありませんか。
 この至言に撃たれ、おもわず唸り、感銘を受けたあげく、これからステーキを300グラム(以上)焼いてもらい、サンジョヴェーゼ、できたらイル・マッキオーネのレゼルヴをデカンターに移して味わいたいと、ヨダレまみれに考えたことを、賢明なる読者にご報告する次第です。できたら、洋平さんとともに、至極のサンジョヴェーゼを飲みながら、ともに語り合い、一夜を語り明したいと思っていることも、あわせてお伝えします。

 
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