*

Sac a vinのひとり言 其の二十六「潤滑油」

公開日: : 最終更新日:2019/04/18 建部 洋平の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

 あいにく、今まで世間のみなさま方とは毛色の違う生き方をしてきたお陰様で、幸か不幸か生まれて此のかた一般的な面接に挑んだこともなければ、会社や社会の潤滑油になりたい(なります)と口にする機会には恵まれなかった。
 で、あるがワインを勉強し始めた頃に薫陶していただいた方が頻繁に「潤滑油のように〜、流し込むように〜」と口癖のようにワインと料理の組み合わせをオフィシャルではない場で私に話してくれていた。
 普段の連載ではどちらかというと一つ一つの素材や調理法と向き合い、その一皿の存在感や魅力を膨らませる形のマリアージュについて語ってきたが、今回は、飲料が食事の際に果たす役割として、最も日常的かつ常態的に果たされる役割 「潤滑油」。呼び方はなんでも良い、賞味や嚥下、消化をスムーズに行う助けとなる働きを、ワインにフォーカスして話していきたい。

 「潤滑油」としての働きを考える際に最も求められる役割。ワインだけでなく、ビールや日本酒、有りとあらゆる酒類で、皆が意識せずに利用している役割である。
 卑近な例でいうと、

 揚げ物にピルスナー、海鮮発酵食品に辛口純米酒の熱燗、キャビアにウォッカ Etc…

 などが挙げられる。
 ワインのパターンで見ると、

 炭火焼ステーキにチリのカベルネ・ソーヴィニョン、
 生牡蠣にアントル=ドゥー=メールのソーヴィニョンブラン、グージェールにシャンパーニュ

 などの非常にイメージしやすい例が幾らでも存在するし、わざわざ説明の必要ないだろう。
 これらの組み合わせの根底にある考え方が、「癖があったり、味わいが舌の上に残り続ける料理の味を飲料で洗い流し、クリアーな状態で食事を推進、続行させる」 というものである。

 ステーキの場合は、組み合わせの目的は「融解」。
 噛み締めると口の中に充満する肉汁と脂肪分を緩和し、なおかつクリアーにする必要がある。タンパク質を含む液体は、舌の上に残留しやすく主張の強い性格である。卵液を口に含んだ状態を思い浮かべてもらえれば分かりやすいだろうか?
 また、温度の低い液体(目安として10度以下)を、舌の上にタンパク質が残っている状態で流し込むと、凝固して悪い意味でより風味が増す。一言で言えば肉臭さが立ち上がるのである。
 脂肪分に関しても同様で、お温度が低くなるとその特性上凝固してしまう。加えてボリューム感というか満腹感があるので少量であればよいが、アラカルトで固まりなどの場合は、正直口の中を他のある程度強い要素で切り替えないと、正直なところ飽きてきてしまう。
 以上の点を踏まえると、ステーキを滞りなく食べるのに適したワインは、

 ある程度高い温度帯で口の中を洗浄する作用のあるもの、一言で言えば、しっかりとした飲みごたえのある赤ワイン

 と推察できる。
 潤滑油というテーマ設定から、ある程度量を食べ、そして飲むと考えると、肉汁と脂質を凝固させない高い温度帯、といっても20度以上になるとワインの酸味も緩く感じられ香りのバランスも崩れてくるので、せいぜい18度くらいが現実的に心地よく飲める温度である。タンパク質にはやや高めのアルコールで舌の上を洗い流し、脂質にはしっかりとしたタンニンで中和することで、舌の上をクリアーな状態に仕切り直せる。それを踏まえた上でワインに振り返ると、冷涼な地域のワインよりも南のワイン。豊富なタンニンを含む品種と考えると、矢張りCSやSyrahなどが分かりやすさや販売促進という意味では有力な候補となってくる。潤滑油という今回のテーマを考慮すると、少なくない量を飲む前提に立つ必要もある。
 今回は、たまたまチリのCSと設定したが、スペインならばリオハのテンプラリーニョ、イタリアならばサンジョヴェーゼなど、世界中の津々浦々で常日頃この「しっかり赤ワイン」と肉の組み合わせは選ばれており、人々を楽しませているその完成度と満足度は非常に高いと言わざるを得ない。
 私自身も先日久々にチリの樽のしっかりと効いた濃厚な赤ワインと、こんがりと焼けたステーキを組みあわせてみたが、改めてその説得力と分かりやすさに内心舌を巻いた。ありきたりで新鮮さはないがこの満足度と明快さ、完成度の高さは無視できないものである。

 生牡蠣とアントル=ドゥー=メールのソーヴィニョンブランは「断絶」。
 生牡蠣と合うワインを考える際は、やはりその独特のヨード香とクリーミーなテクスチャーに対しどのように合わせていくかが鍵となる。現在進行形で様々な提案がなされ、日々素晴らしい組み合わせが発掘されている、ある意味ではソムリエの実力のリトマス試験紙のような素材の生牡蠣。私も個人的にはよく冷やしたボジョレーと合わせるのが大好きなのだが、この場では古典的とも言える組み合わせに触れていきたい。
 定番とも言える組み合わせで、ノエルの時期にはテーブル狭しと並ぶ生牡蠣と軽快なこの白ワインは正にフランスの冬の風物詩であろう。彼らがFêtes de noël の際に食べる生牡蠣の量は尋常ではなく、細身な人でも平気で2ダース程の牡蠣をペロリと平らげてしまう(しかもそれがアペリティフにしか過ぎないのである!)。量が量なので、ワインも素晴らしい銘醸よりもガブガブと飲めて口の中を綺麗さっぱりとなるものが必要となる。大体にしてレモンをかけてから口にするので、ワインの酸味も実はそれほど必要ない。加えてフランス人はこのようなお祭りの際には所謂Flappé、キンキンに冷えたワインが大好きなのである!
 そうなると必要になるのが、

 酸味が余り強くなく、牡蠣の香りの邪魔をせず、ある程度の熟度の白ワイン

 と考えられる。
 ステンレス発酵のものが多く南西に位置することから、ある程度の熟度と強過ぎない酸味。軽い柑橘の香りもするのでレモンとの相性が良いアントル=ドゥー=メールのワインが選ばれるのは非常に理にかなっている。サンセールであると若干酸味が強すぎるきらいがある。大量生産されるものが多い為SO2も多量に添加されているが、水分の多い生牡蠣との相性で考えると染み込みづらく、ある程度味を弾いて喉まで流し込んでくれるのでそれらはむしろプラスとなってしまう。
 安酒であることがむしろプラスに働くことがあることを説明するのに非常に良い例であると私は思う。

 グージェールとシャンパーニュの組み合わせは「ブラッシング」。
 最早説明の必要がないくらい鉄板の組み合わせ。こんがりと焼けてほのかに暖かくチーズの香りのするシュー生地とナッティーで香ばしいシャンパーニュは、マリアージュの基本を学ぶ上で非常にわかりやく説明しやすい好例だと言える(シューは冷めても良い!)。
 濃厚で油分も豊富なシューの味わいを、強い洗浄作用を持つその泡と、冷涼な気候からくる主張のはっきりとした酸味で、ほぼほぼ洗い流す。ビールとフライなども同じようなロジックで分析できる(ビールの場合は酸味よりも苦味が重要であるが)。
 放っておいたらボトルが1本直ちに空になってしまう、何とも困ってしまう魅力的かつ古典的な組み合わせである。

 今回このような読者の皆様にはわかりきったようなことを改めて文章に記させていただいたのは、様々な料理が提供され世界中のあらゆる飲料が供され、無数の組み合わせが日々生み出されている。思わず目を見開くような組み合わせもあれば、首をかしげるようなものもある。 その意義やクォリティーに関してはこの場では語らない。しかし、あえて言いたいのがクラシックであること自体には価値は無い。しかしなぜ典型になったのかを改めて振り返ることは、実は新しい提案への最短の近道の一つである。 と言うことである。
 温故知新と言ってしまえばそれまでだが。
 世界中には、星の数ほど典型とも言える脈々と受け継がれてきた飲み方、食べ方があり、その鉱脈を探らずして新しい発見にたどり着けるとは私は考えない。
 先程と対になるのだが、新しいこと自体には別に価値は無いのである。新しい考えにクォリティーと説得力が伴って初めて価値が見出されると言える。今では潤滑油のように飲める〜などと言われる組み合わせも、最初は驚きと賞賛を持って迎えられたはずなのだから。そして我々の目的はマンネリと評されるくらい、皆に消費されるような組み合わせを発掘することなのだから。

 

~プロフィール~

建部 洋平(たてべ ようへい) 
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー

 


PAGE TOP ↑