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ファイン・ワインへの道vol.31

アルザス・リースリングの妖しい謎。

 「高貴ブドウ品種の中の、偉大なる負け組」と、ジャンシス・ロビンソンがどうにも自虐的に述べるブドウ品種といえば・・・・・・リースリング、ですね。そのリースリングが、負け組から脱出する大きなエンジンになっている(もしくは、なるはず)と思える、アルザス産リースリングについて、先日目を通していた文献に、かなりインパクトある説を発見したので、お知らせします。
 それはなんと、
 「アルザス地方のリースリングは、オルレアン地域原産で、ドイツの相当品種とは異なっており、現在世界に出現している無数のリースリング種とは関係がない」。というもの。真偽はさておき、びっくり、ですよね。出典は、シャルル・ポムロール監修、フランス地質学・鉱山学研究所編集『フランスのワインと生産地ガイド』(古今書院)、です。
 このオルレアン地域とは・・・・・、ロワール河中流、ロワレ県の県庁所在地、オルレアン周辺のこと。しかし、なぜ、ロワールがリースリング、およびその近親種の原産に・・・・・??? という疑問は大いに噴出するわけですが、同時に少しだけ思い当たる節も、なくもない気がしました。それはドイツ、特にモーゼル、ザールなどのリースリングと、アルザスのリースリングの、そうとうに大きなニュアンス差です。
 もちろん、気候も土壌も違うのだから、ワインの味わいが違って当然、なのですが。それにしても。モーゼル/ザールのリースリングが“鋼鉄のような切れ上がりと短剣のような酸の味わい”と礼賛・崇拝されるのに対して、アルザスのリースリングは比較的カドがまるく、酸はソフトな口当たり、かついい意味で素朴かつ穏やか、というかドイツのリースリングほどの厳格さがなく、タッチが明るくフレンドリーに思えることが多いのですが・・・・・・どうでしょう?
 もちろん、アルザス、特にコルマール周辺は、モーゼルより温暖。7月の平均気温はコルマール19.1℃に対し、ルーヴァーのカーゼル観測所では同17.5℃。しかしこれは当然平地の気温で、伝統的に日照の良い南向き斜面が選ばれる(とされる)ブドウ畑の実際は、また観測所とは異なります。土壌もモーゼルは粘板岩(スレート)中心で、アルザスは先月の稿で記したように、石灰、頁岩、粘土、砂岩などなどがモザイク状に入り乱れるカオス土壌です。
 また、クローンの数となると、ドイツで確認されている数が60以上なのに対し、フランスでは49、とのこと。

 

アルザス、ジェラール・シュレールの熟成室。
リースリングが眠る。

 そしてさらに。ややこしいのは、ドイツに「オルレアン」という稀少品種があること。独特のスパイシーさと力強さを持つとされるこの品種、シャルルマーニュ大帝(在位768~814年)がフランスからラインガウにもたらした品種とされ、19世紀まではドイツで非常に広範囲に栽培されていたそう。しかし19世紀後半以降、リースリングの急拡大により、絶滅寸前まで衰退したという。この品種、現在ではあのゲオルグ・ブロイヤーなどが復古に尽力し、ブロイヤーはオルレアン100%のワインもリリースしています(価格は1本1万円を越えますが……)。
 このあたりに、ロワール・オルレアン市とドイツ・モーゼル周辺の歴史的結びつきがにじみ、その過程で品種がいろいろと交錯したのかもしれない・・・・・・というのは邪推にすぎますかね??

 ともあれ、リースリングの話ゆえ、念のためグッと初歩的なお話も添えておきます。まず基本中の基本はイタリア北部、オルトレポ・パヴェーゼやアルト・アディジェ、フリウリなどで栽培されるリースリング・イタリコは、本家ドイツのリースリングとは何の関係もない、ヴェルシュ・リースリングという別の品種ということ。ヴェルシュ・リースリングは、その非常に高い生産性から、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニアなどでも盛んに栽培されています。しかし、この品種には、例えばワインに華麗なアロマを生む重要要素、モノテルペン(単環炭化水素)がリースリングの、わずか1/10~1/50しか含有されていません。
 もちろんイタリアでもヴェルシュ・リースリング(リースリング・イタリコ)と、リースリングは区別されており、本家のリースリングはリースリング・レナーノと呼ばれます。ちなみに、リースリング・レナーノは最近ピエモンテ、バローロ・エリアでも面白い結果を出しており、特にGDヴァイラ、ジェルマノ・エットーレなどが、キラキラとした酸とミネラルの輝きがまばゆい、興味深いリースリングを生み出しています(自然派ではありませんが)。
 さらにトリッキーな名称は、リースリング・シュルヴァナーなる呼称。これは、スイスとニュージーランドで用いられる呼称なんですが・・・・・・、単にミュラートルガウのこと。で、当然リースリングは、片側の親の役しか果たしてません。
 トリッキーといえば、最近、カリフォルニアのリースリングも、極一部の生産者のものは見逃せず、特にサンタ・バーバラ周辺でビオディナミを行う若き自然派生産者、タトマーのリースリングは、最近、特に感動した偉大な“波動”あるワインでした。
 それにしても。アルザス・リースリングの大胆な起源説については、今のところ、考察を深める資料に乏しすぎます。
 ゆえ、今回の結びは、下記「今月のワインの言葉」をもって、かえさせていただければと思います。
(弱気な記者、との謗り、ごもっともです・・・)。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:
Fats Waller『The Jitterbug Waltz』

空気がゆるみ始める春に、
“脱力系”ジャズの浮遊感。

 あと3週間ちょっとで桜が咲き始めるかなぁ~、という時期。桜のつぼみよりも一足早く、音でゆるみたい、なんて時にはこの曲かもです。1930年代のスター・ジャズ・オルガン奏者の代表曲ですね。ほのぼのした浮遊感、というか、聞いた人を思考停止させるようなおどけたオルガン・フレーズはある面、脱力系音楽の至宝のよう。花見で飲む、美味しい自然派ロゼ・ワインみたいな肩の力の抜け方が、なんとも微笑ましいのです。「のんびりしたメロディーは、子供時代に起こったなにかの記憶を呼び起こす。(中略)なにか羊水的に通底する」と、文豪・村上春樹も、この曲に讃辞を送っています。意外にも(筆者にとっても)、この連載で初めてお薦めするジャズにふさわしいかどうか、お確かめいただくには、今の季節かと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=EcmshqUW6Ww

 

今月の、ワインの言葉:
「ワインを飲む楽しみの半分は、ワインについて語ることである」モーリス・ヒーリー(アイルランドの作家)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。

 
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