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ドイツワイン通信Vol.88

アイスヴァインの現在

 去る1月22日(火)早朝、ドイツ各地でアイスヴァインが収穫された。
 1月19日(土)に氷点下5℃まで下がった最低気温は、22日早朝には氷点下10℃前後に達した。アイスヴァインの収穫に必要な氷点下7℃以下の寒気が訪れるのを辛抱強く待っていた数少ない生産者達は、午前4時から6時ころにかけて2018年産最後のブドウを摘み取り、21世紀最高との呼び声の高いヴィンテッジの有終の美を飾った。

収穫予定の届け出

 フランスと国境を接し、アール、ミッテルライン、モーゼル、ナーエ、ラインヘッセン、ファルツ合わせて6つのワイン生産地域を含むラインラント・ファルツ州では、アイスヴァインを収穫しようとする生産者は収穫年の11月15日までに、ブドウを残している区画の面積と品種を役所に申請することが義務付けられている。昨年届け出た生産者は例年よりもはるかに多い628事業所に上り、アイスヴァイン用にブドウを残した畑の面積は532haという広さだった。

ドイツの13ワイン生産地域

 アイスヴァインの収穫予定の届け出が必要になったのは2013年からで、きっかけは2011年産のアイスヴァインだった。年を越えるまで寒気を待ち続けた生産者達は、1月16日にようやく訪れた氷点下7℃の寒気を逃すまいと急いで収穫し、念願のアイスヴァインを醸造した。だが、当日の気象データからすると多くのブドウ畑で気温が十分に下がりきっておらず、しかもブドウはかなり傷んだ状態だった。アイスヴァインの名声をゆるがしかねない由々しい事態として厳しい態度で臨んだ州政府は、公的品質検査で提出されたワインの約90%を不合格とした。審査に落とされたワインの生産者達――とりわけハーヴェストマシンを使って収穫した大規模な醸造所――は不満を露わにして裁判に訴えたケースもあったが、審査結果が覆ることはなかった。そして翌2013年からアイスヴァインの収穫を予定している生産者は、その区画と品種を届け出なければならないとし、申請のあった畑の状況を査察官が収穫まで監視するようになったのである。

アイスヴァイン・ポーカー

 出来損ないのアイスヴァインで温暖化の進行を印象付けた2012年は、皮肉なことにその年末の12月中旬に早くもブドウの凍結に必要な寒気が訪れ、優れた品質のワインが出来た。猛烈に凝縮されて濃厚な甘味と酸味が持ち味のアイスヴァインのブドウは、傷みの少ない状態でなるべく早く収穫することが望ましいのだが、自然の寒気がいつ訪れるかは運次第なので、アイスヴァイン用にブドウを残しておくことは、しばしば賭け事に例えられる。うまくいけばハーフボトル一本が40Euro(約5000円)以上で売れる高級ワインが、大抵は100~200リットルとごく少量ではあるが出来て醸造所の宣伝にもなり、家族や従業員と喜びをわかちあうことができる。しかし裏目に出ることも覚悟しなければなない。2013年はそんな年で、ナーエのごく一握りの生産者が11月28日という非常に早い時期の収穫に成功して以降、十分に気温が下がらないまま翌年の春を迎えた。2014年は12月29日にフランケンとバーデンの一部で収穫されたが、ラインラント・ファルツ州では空振りに終わった。2015年産は年をまたいだ2016年の1月18日に収穫された。2016年産は11月30日にフランケン、モーゼル、ナーエ、ファルツ、ラインヘッセン、ラインガウで局地的に氷点下9℃に達したものの、ブドウ畑の立地条件によっては氷点下7℃前後で十分な凍結が得られず、年を越した1月22日に収穫したところもあった。2017年は4月下旬の遅霜の被害による収穫量の大幅減で、アイスヴァインの収穫を申請したのは24事業所の19haにとどまり、収穫は翌2018年1月6日、つまり生まれて間もないイエス・キリストに三人の賢者が貢物をささげに訪れたことを記念する三聖王の祭日に行われた。

 こうしてみると、近年アイスヴァインの収穫は1月に入ってから行われることが多くなっていることがわかる。私がドイツにいた2000年代は12月の中旬から下旬にかけてのことが多かったし、1982年にワイン法が改正されてアイスヴァインの収穫時の果汁糖度がベーレンアウスレーゼの基準と同じと定められるまでは「シュペートレーゼ・アイスヴァイン」とか「アウスレーゼ・アイスヴァイン」というふうに、凍結した状態で収穫したことを収穫時の果汁糖度による肩書に併記していた。また、1971年に収穫時の果汁糖度が肩書の基準になる前は、収穫された日にちなんで「ニコラウスヴァイン」(聖ニコラウスの祭日、12月6日)や「ジルヴェスターヴァイン」(大晦日)と称するアイスヴァインもあったそうだ。ちなみに、ドイツで初めてアイスヴァインが収穫されたのは1830年2月11日のことだとされている。現在のラインヘッセン北西部にあるドロマースハイムで、食料も底をついた厳冬の最中に、樹上に放置していたブドウを収穫して家畜に餌にしようとしたが、試しに圧搾したら思いもよらない見事なワインが出来たのが始まりだという。

アイスヴァイン収穫の条件

 2018年産のアイスヴァインに話を戻すと、例年になく大勢の生産者がアイスヴァインの収穫予定を申請していたことは先に述べた。背景には三つの事情がある。ひとつは遅霜の被害で収穫量の少なくなった2017年の埋め合わせをするかのように、2018年はブドウが例年よりも多く房を実らせたこと。もう一つは猛暑の8月から収穫が終わる10月半ばまで安定した晴天が続いたので、カビなどの病気の発生もなくブドウのコンディションが非常に良かったこと。さらに三つ目の理由として、10月下旬から急に冷え込んだので、すでに収穫量も十分だし、ここはひとつアイスヴァインの収穫に賭けてみようかという気になった生産者が多かったことを挙げることが出来る。

 アイスヴァインが予定された畑では、垣根仕立ての場合は房のある高さを、微細な穴がたくさんあいたビニールシートで畝を両側から挟んで包み込むようにして張りわたして鳥や野生動物による食害を防ぐ。だが、シートの内側は温室効果で暖かくなりやすく湿気がこもるので、ブドウはとても傷みやすい環境にある。だから、彼らは一日でも早く寒気が訪れて収穫出来ることを願っている。

2009年12月19日早朝、ルーヴァー渓谷にて。

 

2018年の状況

 2018年の寒気はしかし、局地的にしか訪れなかった。まず11月28日に旧東独のザーレ・ウンストルートで少量のゲヴュルツトラミーナーの凍結した房が収穫された。次に12月26日の早朝にナーエの一部で氷点下8℃に達し、リースリングのアイスヴァインが収穫された。年が明けて1月9日にはスイスとの国境ボーデン湖の湖畔で凍り付いたシュペートブルグンダーが収穫されたが、いずれも例外的な事例だった。申請した628生産者の多くは1月上旬に収穫を諦め、多かれ少なかれ傷みのすすんだ房を集めてアウスレーゼやベーレンアウスレーゼなどの甘口で妥協した。そのころ天気予報は1月の平均気温はブドウが凍るには程遠い氷点下0.5℃と予測していた。だが、それから約2週間後、氷点下10℃の本格的な寒気が北極圏から南下して来たのだった。先に諦めた生産者達は複雑な心境だったことだろう。

展望

 気候変動で平均気温が上昇し、アイスヴァインの収穫が難しくなってきていることは確かだが、だからといってアイスヴァインが存亡の危機に立たされているとまでは言えない。そもそも収穫出来るかどうか、高品質な収穫が得られるかどうかは自然任せで運次第のアイスヴァインよりも、丹念に選別作業を行えば確実に成果に結びつく貴腐ワインを重視する生産者の方が、実のところ多い。だが、以前よりもハイリスクになったとはいえ、冬の厳しい寒さが造り出すあの濃厚で凝縮した味わいは、ドイツワインのスペシャリティとして欠かすことはできない。自然環境の許す限り、これからも受け継がれていくことだろう。

(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール: 
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

 
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