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ファイン・ワインへの道vol.30

下克上産地(?) アルザスが偉大な理由。 -あります、ウミユリ/魚卵状石灰岩-

 「自然派ワインが好きになると、個人的にはもう、ボルドーよりアルザスのほうがはるかに重要で、好きな産地になっちゃいました」。そんな声を、年ごとによく聞くようになりました。皆さんの周りでも、そうじゃないですか?
 まさに、ワイン産地重要度、およびプレステージ(威信)の下克上、進行中なわけです。実際、私もフランスの「私的ワイン産地番付け」を公表するなら、横綱:アルザス、ブルゴーニュ。大関:シャンパーニュ。ボルドーは、小結ぐらいでしょうか? さらにここに、コスパ、つまり出費に対する満足度を加味すると、ブルゴーニュは近年、横綱から大関に格下げの危機も点滅中です。
 ともあれ、そんなアルザス。「いまだにその価値が過小評価されている、ワイン界の宝庫」(J・ロビンソン)という思いは皆さん舌と体で確信していても、そのバックグラウンド面から偉大さを裏付ける記述が今ひとつ乏しく、不憫さが重なってる気がします。
 で、今回は少々アルザスの、いわゆるテロワールの面白さについて、微力ながら記していきます。

 まずは気温と雨量について。イメージ的には、北の方→寒そう→雨が多そう→軽めのワイン、という感じですよね。ところが。
 アルザスのすぐ西にそびえるヴォージュ山脈(最高峰1424m)が、このイメージのほとんどを覆すのです。
 この山脈が偏西風を遮ることで、山の東側に連なるワイン産地の年間降水量はわずか590mm。特に夏に乾燥し、収穫期9月の平均降水量も60mm。これはブルゴーニュのディジョン(年間690mm)より低いだけでなく、フランスでは南部のペルピニャン(ピレネー山脈北、ルシオン地方。年間570mm)に次ぐ乾燥した土地。また7月の平均気温19.1℃は、ブルゴーニュのディジョン(19.7℃)よりやや低い程度。日照時間・年1,500~1,800時間の72%が、4月~9月に集中するのも、恵まれています。ちなみにヴォージュ山脈の反対側。西側では、年降水量が2,000mmを越え、ワイン不毛の地となります。そう、アルザスは意外にも、温かくて雨が少ない産地なのです。

 そして土壌でも。
 まず手短に申し上げたいのは、“あの”ジュラ紀バジョース階のウーライト(魚卵状)石灰岩が、ウミユリ石灰岩が、アルザスにもありますよ、という点です。ここでドキッとされたかたは、堂々一流のブルゴーニュ・フリーク、ですよね。はい、上記の石灰岩は特に、ブルゴーニュのグラン・クリュの土台とも言われています。ロマネ・コンティがまたぐ幾つかの土壌の中で重要とされるのが、ウミユリ石灰岩(ジュラ紀バジョース階)、モンラッシェで重要とされるのが白色ウーライト(魚卵状)石灰岩(ジュラ紀中部バトニアン階)ですね。私のとある友人は、この“バジョース階ウミユリ石灰岩”、“バトニアン階魚卵状石灰岩”というフレーズを聞く度に、まるで「ロマネ・コンティ飲み放題」という看板でも見つけたのか? と思うぐらい興奮します。
 ともあれ。ではその、石灰岩の中でも特に有難みのある(?)石くんたちは、アルザスならどこにあるのか。
 それを語る前に、アルザスの土壌の、異例の複雑怪奇度、魔境度について述べる必要があります。ブルゴーニュのように、丘に添って、サンドイッチの断面にハムとレタスとチーズが美しい層になるような、整然さと規則性は、アルザス人からすると、まるで別の惑星の話です。ここでは土壌はカオスそのもの。イスラム寺院のモザイクタイル、というか、トランプと花札と麻雀パイを、ごちゃごちゃにかき混ぜたような土壌の入り組み方なのです。理由は簡単。ヴォージュ山脈と、そこからライン川を挟んだ対岸のドイツ側に、ヴォージュに見事に並行して広がるシュヴァルツヴァルト(黒い森。森といっても最高峰はヴォージュより高い1,493m。南北約160km)は、元は同じ山脈だったのです。
 その一つの山脈が、約4,500万年前・前後の地殻変動で頂上付近から沈降し、今のライン川が生まれると共に、ヴォージュ山脈とシュヴァルツヴァルトに分かれ、地すべり、浸食、傾斜で交錯を繰り返せば・・・・・・、まさに文字どおりのカオス、そのものでしょう。

ベルグハイム周辺の土壌・詳細

 例えば上のベルグハイム周辺。およそ1km四方に入り交じる土壌は・・・・・全13種類。図に見えるグラン・クリュ、アルテンベルグは計35.1haなのですが……、単一土壌ではありません。期待のウミユリ石灰岩は、アルテンベルグの中でも極一部です。ちなみにこのクリュのウミユリくんは、ジュラ紀よりさらに古い三畳紀・上部ムッシェルカルク期のもの。またこのクリュからは、マルセル・ダイスが白ワインを造っているのですが・・・・・それは貴腐の甘口ワイン。ピノ・ノワールを期待した方には・・・・・・、すみません。しかもダイスの所有区画が、ウミユリ石灰岩なのか、ドロマイト剥離性泥灰岩なのかも特定できないのです。ちなみにウミユリ石灰岩は、ストラスブールの西北西、マレンハイム村にも、妖しく細い帯状で広がっています
 そしてさらに。35.1ha程度のグラン・クリュ、アルテンベルグに複数の土壌が交錯しているとなると、この地にかなりある、より広い60ha,70ha以上のグラン・クリュとなれば・・・・・・、さらに土壌の特定が難しい訳です。ジェラール・シュレールが一部を所有するフェルシックベルグの総面積は74.6ha、アイヒベルグも57.6ha・・・・・・でしたか。

 ゆえ、本稿ではあとはザックリと、主要生産者の村の、およその土壌のみお伝えせざるをえません。アルザスの北から南へ、の順です。
★ジュリアン・メイエ(ノータルテン周辺):漸新世泥灰石、両雲母花崗岩ほか。
★ジェラール・シュレール(ユスラン・レ・シャトー、エーギスハイム周辺):ジュラ紀石灰岩、三畳紀ムッシェルカルク紀石灰岩、黒雲母花崗岩。隣のゲベールシュヴィール村のグラン・クリュ、ゴルデール(Goldert)に魚卵状石灰岩あり。
★ローラン・バーンワルト(オーバーモルシュビア周辺): ジュラ紀石灰岩、三畳紀ムッシェルカルク紀石灰岩、黒雲母花崗岩。
★ピエール・フリック(ファッヘンハイム周辺):褐色石灰質(ゲヴェツに適するとされる)、極一部にジュラ紀バジョース階の魚卵状石灰岩。
(※クリスチャン・ビネールの本拠、アンマーシュヴィア周辺は資料なし)。
 その他、ジュラ紀魚卵状石灰岩(モンラッシェの重要土壌)はストラスブール近くのロスハイム、オットロット、コルマール近くのトゥルクハイム(ツィント・フンブレヒトが有名)などの土壌にも豊富に含まれています。

ピエール・フリックのファッフェンハイムの土壌詳

細。有難い(?)バジョース階の魚卵状(魚眼状とも

言われる)石灰岩が含まれる。

 ね、意外にありましたでしょう。アルザスにも。卓越した土壌。
といったような話から、な~んとなく、日陰で地味な存在のアルザスのテロワールが、じつは堂々、偉大なワインを生む潜在力があるんだよ、と胸を張っていただく一助になれば、筆者としてはとても嬉しいです。頑張れ! アルザス!
 いやいや。そうは言っても、大半のアルザス・ワインはやっぱり薄くて軽くて、補糖感たっぷりでしょうよ、って? おっしゃるとおりです。それはある意味、テロワールではなく人の罪かもしれません。この地のAOC法では、白品種80hl/ha、ピノ・ノワールにも75hl/ha(!)、グランク・リュでさえ55hl/haもの高い収量を認可しています。ブルゴーニュの倍近い量、ですね。もちろんリースリングだけは比較的高めの収量でも品質が落ちにくい品種と言われています。でも、ゆるすぎますよね。収量制限。
 もちろん、先述した傑出生産者はみな、収量を30~45hl/ha前後に抑制しています。
 偉大な土壌を生かすも殺すも、最後は人の志の高低、なのですね。やはり。

ジェラール・シュレールのシャン・デ・ゾワゾーの畑。「石灰岩と砂岩の中にキラキラと石英(水晶)が入る区画から、一番いいワインができる」とは、ブルーノの見解。ちなみに水晶はビオディナミ・プレパラートの最重要素材としてもおなじみのもの。

追伸1:
上質のピノ・ノワールを生むために、石灰岩は必ずしも必須ではないという見解、およびそれを立証するようなクリュも世界には存在します。実際、近年はそう実感させられるケースも多いです。そのあたりについては、また稿をあらためます。

参照:『フランスのワインと生産地ガイド』 シャルル・ポムロール監修、フランス地質学・鉱山学研究所編集

今月の、ワインが美味しくなる音楽:
冬の空気に静かに溶け消える、
シルヴァネールなアコースティック。

V.A. 「クワイエット・コーナー 声とギターの余韻」

 冬本番、寒いのは苦手ですが・・・・・、この季節ならではのキンと透明感ある空気は、なかなかに情緒あるものですね。そんな冬の澄んだ空気の中、味わい深いアコースティック・コンピ・シリーズの、待望の最新作です。今回は、フォーキーをテーマに、カナダやブラジルなどからも、知られざる名曲17曲をコンパイル。ゆったりしたピッチ、少ない音数、簡素な曲調の中に映る、なんともメロウで叙情的なトーン。ピアノ、ギター、ヴォーカルとも、静謐さの奥に薫る優しいきらめきは、まるでジェラール・シュレールの偉大なシルヴァネールの繊細さにさえ通じる素晴らしさです。そんなワインと共に聞きながら、ちらりほらり、雪でも降り出すと、きっと。“冬も悪くないなぁ”と思えることでしょう。

https://www.youtube.com/watch?v=-xfrvirnA04
https://www.youtube.com/watch?v=-PqLcnClY1A

今月の、ワインの言葉:
「(アルザスの)特級畑、ヘングストのリースリングには、天使の歌が高らかに聞こえる趣がある」
 ジェラルド・アシャー『世界一優雅なワイン選び』(塚原正章、合田泰子 訳)より

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。


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