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『ラシーヌ便り』no. 157 「ピエモンテ訪問記」

公開日: : 最終更新日:2019/01/01 定番エッセイ, 合田 泰子のラシーヌ便り, ライブラリー

 新年おめでとうございます。
 ラシーヌは、昨年創立15年を迎え、ささやかながらさまざまな記念行事をいたしました。社員総掛かりでできたことと、倉庫に収めたワインと共に日々の仕事ができてきたことを感謝しています。

 来る年にラシーヌは、旧弊を脱して過去を振り返らず、新体制でもって再出発いたします。20周年に向けて、実現したいことはいくつかありますが、その中でも長年考えてきた「智慧と全身全霊をかたむけて造られる貴重なワイン」を「どのようにお届けしたらよいか」を深く慮り、実行に向けて努力してまいりたいと思います。

ピエモンテ訪問記(2018年11月)
ピエモンテ地方古典的なネッビオーロを造る最後の名人テオバルド・リヴェラ

 ラシーヌがご紹介させていただくワインの中で、地味で控え目な存在ゆえに、その実力が知悉されていない造り手と言えば、Rivella Serafino、テオバルドとマリアのリヴェッラ夫妻が造るバルバレスコでしょう。ラシーヌ15周年記念の食事会に、2004年と2007年のバルバレスコ・モンテステーファノを楽しみましたが、伝統的な醸造方法で造られたネッビオーロの特徴である、“tar and roses” と表現される魅惑的な香りと、熟成を重ね始めた乾燥プラムや、湿った大地、古い皮の臭いを想わせる香が混ざった、なんとも素敵な魅力にあふれていました。まだまだ若々しいのは当然で、優れたネッビオーロは良いコンディションで保存すれば、優に数十年は美しく成長しますから、テオバルドのモンテステーファノは、後十年-二十年の熟成を経て、スミレや白トリュフの香りをまとい、ますます妖艶な姿があらわれてくることでしょう。

 テオバルド・リヴェラが、ダミジャンで作った最初のワインをビン詰めしたのが1969年。以来妻マリアと2人で作り続けて50年になります。祖父ピエトロがワイナリーを創設し、父セラフィーノが受け継ぎ、3人兄弟のうちテオバルドに引き継がれました。畑はバルバレスコの村のごく近くに位置し、モンテステーファノと呼ばれる急斜面に樹齢の高いネッビオーロが植わっています。少しばかりのドルチェットの畑と合わせて、畑の総面積2.5haほどの小さなワイナリーです。

 年間を通して畑の作業は、全てテオバルドが行います。収穫前まで何度もブドウの状態を確認し、芽かきやグリーン・ハーヴェストも丁寧に行い、樹は成長段階ごとに徹底的に管理され、ドルチェットとネッビオーロは彼の思う理想の状態へと導かれます。
 出来の悪いブドウや伸びすぎた枝葉は時期を見て徹底的に取り除かれ、収穫期には選果の必要がほとんどない綺麗なブドウ果のみが残されます。収穫は妻のマリアさんとその友人、テオバルドの3人で行われます。マリアによれば「収穫前にテオバルドが徹底的に選果しているので、収穫期にブドウ樹に残っているブドウは、綺麗なものばかり」。収穫期も親戚、友人の助けを借りて2人が畑でブドウを摘み、テオバルドがセラーで仕込むという少数精鋭です。

 写真では武骨で強面に映りがちなテオバルドですが、ピエモンテ訛りで話すイタリア語はとても気さくで、ジェスチャー入りの大きな声、陽気な話し方がとても頼もしく感じられます。今なお一日中畑に立っていることもあり、肌は良く日に焼けてアスリートのような体格をしています。畑でもセラーでも緻密で徹底した作業を行う様は、まさに職人気質。彼のワインには、この地で生まれ、育ち、家族だけで造り続けたからこそ生まれる何かが、間違いなくあります。セラーの設備も熟成用の大樽と醗酵用のイノックスタンクのみ。モダンな手法に振り回されない、昔ながらの熟練の技が活きたワインが生まれます。試飲会で出展者ではなく、訪問客としてよく見かける彼は、誰よりも積極的に若い人たちのワインをテイスティングして、意見を交換しています。テオバルドのヴァイタリティは、尽きることがありません。
 テオバルドによると父の代は全房発酵で、しかも数ヶ月間マセレーションを行なっていましたが、そうすると20年近くそのワインを飲むことはできなかったそうです。現在は完全に除梗していて、確かに2012年などの比較的暖かい年のワインは、リリース直後からも、滑らかなタンニンが心地よい。彼のドルチェット・ダルバも、ドルチェットと侮るなかれ。2、3年も置いておくと、まさに職人気質の彼の世界観の片鱗に触れることができます。

 最近の天候について尋ねると、テオバルドは次のように答えてくれました。「僕が醸造を始めた頃は、10年あったらそのうち、3年はいい年。4年はそこそこの年。残りの3年は悪い年で収穫なんてほとんどなかった。それからすれば、この10年は全ていい年だ。」

 奥さんのマリアの実家はミュスカを作っていました。「アスティ?」 と聞いたら「いえいえ、ここから6km あたりではミュスカを植えていたの。今はみなネッビオーロを植えるけれどね。DOCGができたのが1980年ごろ、それまで、ワインをビン詰めしている人はほとんどいなかった」とマリア。

 「これをご覧。僕の最初のヴィンテッジだ」と、古いボトルを見せてくれました。ボトルには1967年と書かれています。年齢を聞いてもいつも答えてくれないけれど、「今年2017年でワイン造りを始めて50年」
 50回ヴィンテッジを迎えられるワインの造り手は、そうそういないでしょう。モンテステーファノの丘の2.5haのみを耕してきたテオバルドのワインには、彼が築いた普遍性が感じられます。

 まもなく、テオバルドの2014年が入荷します。2014年は、8月終盤からの好天と収穫期の天候にめぐまれ、予想されていたよりも状態の良いブドウが収穫できました。それでも日照不足に変わりはなく、ブドウの果実も完熟したわけではありません。テオバルドは、「例年よりも少しばかり多くのブドウを、捨てることになってしまっただけさ」と言っていました。2014年を味わって、あまりの素晴らしさに驚き、塚原、玲英、私たち3人は言葉を失いました。高貴で、すでにハーモニーを備え、十数年後に姿をみせるだろう素晴らしさが、目の前に迫ってくるかのような気迫にあふれています。このモンテステーファノ2014を味わった瞬間、「この日本に入ってくるわずかの本数は、理想的な味わいを知ってもらわなければならない。本来の味わいが発揮されるよりずっと前に売ってはいけない」と思いました。

 ピエモンテに通い始めて24年になります。1980年代のバローロ・ボーイズの登場・隆盛を経て、古典的なスタイルに回帰し始めたこの20年余りの変遷を、現地を巡り造り手を訪ねながらつぶさに見てきました。ジャコモ・コンテルノを筆頭に、アルド・コンテルノ、バルトロ・マスカレッロ、テオバルド・カッペッラーノ、ジュゼッペ・リナルディら、個性的な巨匠や名人がワインを造った2000年初頭までは、ピエモンテの黄金期でした。彼らの造るワインは、ネッビオーロだけでなく、バルベーラ、ドルチェット、フレイザのどれも個性に溢れ、熟成と共に唯一無二の個性を備えた、イタリアワインの真骨頂を楽しむことができました。彼らが亡くなってしまった今、テオバルド・リヴェラは古き良き時代のピエモンテ酒を造るただ一人の造り手となってしまいました。前世代の古典的なワインの作り手が亡くなった今、最後の作り手となってしまったテオバルド、これから届くワインは今後数十年の貴重な宝ものです。ですから、今後、テオバルドのワインは、ドルチェットは3年、バルバレスコ・モンテステーファノは入荷量の2/3を5年から10年熟成後にリリースしたいと思います。

Luca Roagnaルーカ・ロアーニャ
ルーカの前にルーカなく、ルーカの後にルーカなし

 今、同時代にルーカ・ロアーニャのワインに出会い、共に働き、味わえる幸せは、何にも変えがたい。まぎれもなく、ピエモンテが生んだとんでもない天才です。現在バルバレスコの元の住居とセラーを修復中です。ということはつまり、 第二のCastiglione Fallettoの《テアトロのようなセラー》が、2年後に完成予定ということです。セクレタリーも雇わず、65歳の父上と二人で運営しているから、多忙どころの騒ぎではありません。ですから、訪問希望の連絡も、間際まで確定しません。彼の仕事を見、ワインを味わうたびに、私はいつも心の中で次のように叫びたい気持ちを、抑えることができません。
 「このワインを手にした人は、お願いですから、この1本をリスペクトして、ふさわしい楽しみ方をしてください。並行輸入、中途半端な輸送管理、常温管理 など、破壊行為はこの高貴なワインにはやめてほしい。」

 

 「30ー40年前は、もっと偉大な作り手のワインがあった、昔は良かった、今はもう」という声をよく聞きますが、Selosse、Prévost、Collin 、Lahaye、Jestin、Marguet、Laherte、Vouette et Sorbée、Brochet , Chartogne というきら星のようなシャンパーニュを味わうことができ、偉大なヴァン・ナチュールを満喫でき、フランス、イタリア以外にもかつてはいなかった個性的な作り手が登場している今この時は、まさにワインの黄金期に違いないと思います。ブルゴーニュは、1970年代に存在したようなワインが復活してほしいと思わないことはありませんが、あまり多くを望むことはできません。その当時ブルゴーニュには、いま私が敬愛する造り手たちはいなかったのですから、「現在はどれほど幸せなことか。ラシーヌがご紹介する宝ものを、より良い熟成重ねさせて育てあげていくのが、次のラシーヌのステップに違いない。」

 ラシーヌは、次のステップ、“En Vieillissement”(アン・ヴィエユスマン)に向けて、新しいリリース方法を考えています。もちろん、それを実現するには多大な資金が必要ですから完全を期すことは無理で、できることとできないことがあります。“en vieillissement”「熟成途上」という項目が、今後ワインリストに登場してまいります。“en vieillissement” について、詳しくは塚原正章のラシーヌ便り2018年12月号(http://racines.co.jp/?p=10868)最後の項目「売り急がない」をお読みください。

今年も、ラシーヌは、造り手のワインへの責任とお客様に喜んでいただける「とぎれない努力」を続けてまいりますので、よろしくお願い申し上げます。


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