ドイツワイン通信Vol.87
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最終更新日:2019/01/01
北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
ドイツワインのイメージとトレンド
去る11月上旬、ワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィス(以下WOGJ)が2年に一度主催する試飲商談会「Riesling & Co.」が東京と大阪で開催された。いったん閉鎖されていたWOGJが2016年に再開されてから今回で二度目だが、大阪では初めての開催となる。東京会場には272名、大阪会場には139名の業界関係者が訪れ、約30社の出展社が各6種類前後を試飲に供した。
私は両会場にいたが、どちらかといえば大阪会場の方がゆったりとして、お客様との会話も長めに、そしてややマニアックになる傾向があった気がする。東京会場では試飲ワインの生産者や醸造手法の話にほぼ限定されていたが、大阪ではシャルツホーフベルクの区画の所有者はエゴン・ミュラー以外誰それであるとか、粘板岩土壌のリースリングの特徴であるとかいった話から、「あなたはその笑顔を忘れちゃだめよ」といった、ありがたいご指摘まで賜りなかなか楽しかった。
ドイツワインのイメージ
「私の持っているドイツワインのイメージと、ここにあるワインは違う。そのワインをわかっていないと言葉にはできない。私はソムリエなので説明するのが仕事だが、これではお客様に説明ができない」と、6種類一通り試飲してからおっしゃった方がいた。その人の理解するドイツワインのイメージがどのようなものなのか聞き直さなかったのだけれど、Riesling & Co.に出品するワインはWOGJの意向で辛口からオフドライに限られていたので、「ドイツワイン=甘口」というイメージと違う、という意味だったのかもしれない。
あるいはそれほど単純ではなく、オーディンスタールの2016ゲヴュルツトラミーナーや、ファン・フォルクセンの2014シャルツホーフベルガー・ペルゲンツクノップ・リースリングの、抑制の効いたフルーツ感とミネラル感に由来する複雑さが持ち味のスタイルに対して、かつてドイツワインの主流だったフレッシュ&フルーティなスタイルとのズレに違和感を覚えたのかもしれない。
もしもリタ・ウント・ルドルフ・トロッセンの2013オイレ・リースリング・プールス(亜硫酸無添加)を試飲しての感想ならば「ドイツワインらしくない」と言われてもある意味無理はない。亜硫酸無添加醸造に取り組んでいる生産者は、ドイツでもごく限られている。だが、プールスはオンリストせずに持参したワインだったので、その方のグラスには注いでいなかった。その他試飲に供したヴァイサー・キュンストラーの2017リースリングやアダム&ハールトの2012ゴルトトレプヒェン・リースリングも、ありきたりのドイツワイン以上にドイツ的あるいはモーゼル的なリースリングだった。
うがった見方をすれば、㈱ラシーヌというインポーターのイメージが、試飲しているワインの印象に影響していた可能性も否定しきれない。上記のソムリエ氏の言葉は、受取り方によってはこれまでになかった新鮮なドイツワインと感じたという褒め言葉だったのかもしれない。だが実際のところ、モーゼルの多くの生産者となんら変わることなく、ごく普通に醸造されているヴァイサー=キュンストラーのリースリングをひと嗅ぎするなり「ビオ臭がする」とおっしゃった方もいた。それはたぶん、新しくリリースされたワイン独特の還元臭と取り違えていたようだ(ちなみに遊離亜硫酸量41mg/ℓ、総亜硫酸量111mg/ℓだった)。この試飲会ではなく、人づてに聞いたところでは、A. J.アダムに亜硫酸添加量を控えるように依頼したので、2016年産からスタイルがやわらかくなったのではないかと推測している方もいるそうだが、そういった事実はない。やわらかいとしたら、それは生産年の個性である。
確かにエファ・フリッケには、合田さんが亜硫酸を添加しないリースリングの醸造を依頼したが(2011、2013 Silvercrown)、それは彼女の素質と才能を見込んで亜硫酸添加量をごく抑えた醸造を経験してもらうためだったそうだ。以前扱っていたモーゼルのクレメンス・ブッシュにも亜硫酸添加量を抑制したキュベ「ロー・サルファー」の醸造を依頼したことがあったが、同じく「ロー・サルファー」を醸造しているバーデンのリンクリンは、アルザスのピエール・フリックの影響を受けて自分から造りはじめたそうで、ラシーヌの依頼によるものではない。
ラシーヌのドイツワインが「一般的な」ドイツワインのイメージと違うところがあるとするなら、それはインポーターのセレクションによって選ばれたワインが共通して持つ個性ということになるだろう。今が旬の、ブドウ栽培にも醸造にも心血を注いでいるドイツの気鋭の醸造家達によるワインであり、産地や品種を網羅しているわけではないが、ドイツワインの「今」をよく反映したポートフォリオとなっている。それがドイツワインのイメージと違うというのであるならば、そのようなイメージはアップデートする必要があるように思われる。今回のRiesling & Co.試飲商談会はそのための良い機会となったのではないだろうか。
ドイツワインのトレンド
しかしつまるところ、「ドイツワインのイメージ」はその人がどのようなドイツワインを飲み、どんな情報に接してきたかによって変わってくる。一時はソムリエ呼称資格試験の試験範囲から外され、上述の通りWOGJも閉鎖されていたほどだから、比較的最近まで、ドイツワインの新鮮な情報に接する機会は、よほど好奇心の旺盛なワイン好きか、ドイツに思い入れのある人(もっとも、そういう人には昔の甘口ドイツワインを愛してやまない方も多く、それはそれで良いけれど)でなければ皆無であったのかもしれない。
では、現在はどこから情報を得ることが出来るのか。まずは日本ソムリエ協会の2018年版教本のドイツワインの項に比較的よくまとまめられている。WOGJの公式サイト(https://www.winesofgermany.jp/)もあるが、翻訳にぎこちない部分が多すぎていただけない。ややマニアックかもしれないが、最新のトレンドを追うならば、毎年11月に刊行されるヴィヌムとゴー・ミヨのドイツワインガイドを参照したい(アイヒェルマンのドイツワインガイドにはトレンドを分析したページはないので、ここでは触れない)。ドイツ語だが各産地で現在注目されている生産者は誰か、そしてどんなスタイルのワインに関心が集まっているのかがわかる。せっかくの機会なので、以下にそれぞれ要約を試みた。
・2019年版のヴィヌム(2017年版までのゴー・ミヨ)のドイツワインガイドでは、以下のテーマをトレンドとして挙げている(29~32ページ)(出版社のサイト:https://www.vinum.eu/de/mediathek/buecher/vinum-weinguide-deutschland/)。
(1)辛口リースリングが世界的な人気となっているが、いかんせん生産量が少ないのでブームといえるほどではない。控えめなフルーツ感と明瞭なタンニンが持ち味の冷涼な気候で産するワインは、北欧や極東から広まったスタイルの料理とのペアリングでも人気を集めている。
(2)2018年は夏が暑かったので、伝統的に9月に収穫されていた品種が8月収穫開始となった。複数の品種が一度に収穫期を迎えて作業の段取りが難しかった。ドイツワインにはほっそりとしてミネラル感のあるスタイルが期待されているが、完熟した糖度の高い果汁のもたらすスタイルとは必ずしも一致しないことが課題となっている。
(3)熟成の価値の再発見。醸造してすぐに市場に出すのではなく、ゆっくりと時間をかけて熟成してからリリースすることが、とくにフラッグシップにあたるワインで積極的に行われるようになっている。
(4)この20年間でゼクトの品質が向上しているが、高価格帯(小売価格15Euro/本以上)はいまだに売れにくい。高品質なゼクトをアピールするためゼクト大賞を企画している。
(5)オレンジワインは生産量も少なくニッチ市場に留まっている。ロゼも同様に市場での意味は小さい。
・2019年版のゴー・ミヨのドイツワインガイドによればトレンドは以下の通り(10~25ページ)(出版社のサイト:https://www.zsverlag.de/buecher/gaultmillau-weinguide-2019-winzer-deutschland/)。
(1)ジルヴァーナーという品種の魅力を再認識するべき。高品質なジルヴァーナーは瓶詰してから開くまで2~3年かかり、熟成とともに複雑さが加わり余韻も長い。圧搾前にマセレーションを一晩行って香味を果皮から抽出することが多いので、塩気のようなミネラル感があり、酸味はリースリングよりも控えめなでタンニンもある。だから料理にも幅広くあわせやすいし10~15年は熟成する。
(2)木樽とバリック樽の浸透。バリック樽は1983年から試験的に醸造に使う生産者が登場したが、その当時の不器用な使用から比べると今日は非常にたくみに醸造に用いられている。近年はブドウ畑の近くの森で伐採した木材を使って樽を造る生産者も増えている。
(3)ゼクトの高品質化が進んでいる。VDP.プレディカーツヴァイン醸造所連盟ではワインに続いて格付け畑からのゼクトに関する規約も策定したが、ゼクトの品質と畑の区画を結びつけることについては議論の余地がある。シャンパーニュのスタイルを目指して同じフランス系の品種に力を入れたり、有名なRMのやり方に学んで亜硫酸添加を控えたりする生産者も登場している。
(4)これまでは買いブドウによるワインというとドイツではあまり良いイメージがなかったが、評価の高い生産者が高品質で高価なワインだけでなく、買いブドウを使ってベーシックなワインを醸造して比較的手ごろな価格で販売することが増えている。一方、ブルゴーニュのネゴシアンのように、格付け畑のブドウも買いブドウで調達する生産者もいる。
(5)従来よりも長期間の樽熟成・ビン熟成をおこなってから市場に出す生産者が増えている。これまでの顧客は毎年新しく発売されたばかりのワインを買いたがったが、例えばファルツのとある生産者が2015, 2014, 2013を比較試飲して選ばせたところ2013を選ぶ顧客が多かった。ラインガウではタンクで澱とともに42カ月間リースリングを熟成した生産者もいるし、ナーエではノーマルなグラン・クリュよりも2年間長く熟成したグラン・クリュに二倍近い高い値付けしている生産者もいる。レストランでも熟成させたワインは味わいの幅がひろく、若いワインよりも料理にあわせやすいことが認識されつつある。
(6)かつてリースリングはフルーティなアロマが持ち味とされたこともあったが、近年はテロワールの表現を目指して、野生酵母で時間をかけて醸造する生産者が増えている。レストランでも果実味を強調したワインは避けられる傾向があり、ミネラル感のある個性的なワインが好まれている。
(7)ラインガウがシュペートブルグンダーの産地として台頭しつつあるのは、温暖化の影響とともに生産者達の収穫のタイミングについての知見の蓄積をはじめとする、この繊細なブドウに対する栽培・醸造のノウハウの蓄積が背景にある。
この二つのワインガイドが指摘するトレンドで共通するのは長期熟成の価値の再発見(ヴィヌム(3)、ゴー・ミヨ(5))、辛口リースリングの人気(ヴィヌム(1)、ゴー・ミヨ(6))、ゼクトの高品質化(ヴィヌム(4)、ゴー・ミヨ(3))である。とりわけ熟成の価値の再発見については、近年ドイツだけでなくオーストリアの生産者からも聞かされることの増えたテーマであり、例えばズュート・シュタイヤーマルクのセップ・ムスターでは20~24カ月の樽熟成を行っている。市場に合わせてワインを仕上げるのではなく、ワインが必要とするだけの十分な時間を与えて、味わい深く調和のとれた状態にしてから市場に送り出すという傾向は、我々飲み手としては歓迎すべきことかもしれない。
この他にドイツワインのトレンドを知りイメージをアップデートする絶好の機会は、やはり現地を訪れて数多くの試飲をこなすことだろう。WOGJでは業界関係者を対象にしたツアーを毎年定期的に行っているので、興味のある方は直接問いあわせてみてはどうだろうか。あるいは、来年は3月17~19日にデュッセルドルフで開催される世界最大の国際ワイン見本市ProWein(https://www.prowein.de/)を訪れるのも良いし、4·月28、29にマインツにドイツ各地のVDP.プレディカーツヴァイン醸造所連盟の生産者が集結する見本市VDP.ヴァインベーゼWeinbörse(https://www.vdp.de/en/news/details/artikel/vdpweinboerse-28-29-april-2019-mainz-12429/)もおすすめだ。そういえば、2019年のゴールデンウイークは10連休だ。現地に行くには良い機会かもしれない。
(以上)
北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。