ドイツワイン通信Vol.86
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最終更新日:2018/12/19
北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
ファン・フォルクセン:新たなステージへの到達
ザールのファン・フォルクセン醸造所のオーナーであるローマン・ニエヴォドニツァンスキーが、この11月に刊行されたヴィヌムのドイツワインガイド2019年版(Vinum Weinguide Deutschland 2019)で醸造家大賞に選ばれた。ヴィヌムのドイツワインガイドは2018年版から、それまでゴー・ミヨのドイツワインガイドを編集していたジョエル・ペインが率いるチームが手掛けている、最も影響力のあるガイドブックだ(ドイツのワインガイド事情については本エッセイVol. 75参照:http://racines.co.jp/?p=10319)。この賞の受賞はローマンにとって、過去に受賞したエゴン・ミュラーやフリッツ・ハーク、ベルンハルト・フーバー、ヴィルヘルム・ヴァイルやフォン・シューベルトなど、ドイツを代表する生産者達と肩を並べる存在になったことを意味する。
・ファン・フォルクセンの概要
ファン・フォルクセン醸造所は19世紀にベルギー出身のビール醸造業者グスタフ・ファン・フォルクセンが、フランス革命で世俗化されたイエズス会修道院の地所を購入して設立し、1900年頃には世界的な名声を誇っていた。それから4世代にわたりファン・フォルクセン家の子孫が経営していたが1990年頃に倒産。その後二人の所有者を経て1999年末にローマンが購入した(そのあたりの事情は以前ホームページに書いているので、興味のある方はご参照ください:http://mosel2002.wixsite.com/german-wine-lover/weingut-van-volxem-2003)。ローマンはまず築250年前後になる修道院の建物に大金を投じて修復し、ブドウ畑も当初の13haから現在は約80haに広げた。2001年にゴー・ミヨの新人賞(Entdeckung des Jahres 2002)、2012年にオーストリアのワインと食の専門誌ファルスタッフの醸造家大賞といった賞を受けているが、今回のヴィヌム(旧ゴー・ミヨ)ドイツワインガイドの大賞受賞は、それらよりもずっと意味が大きい。
・ローマンのコメント
「私はロバート・パーカーやヴィヌム、ゴー・ミヨなどのメディアがつける点数には批判的なんだ」と、ローマンは表彰式後のインタビュー動画で冷静に答えている。「それよりも造り手がどのような意図をもって醸造し、どのように人々を楽しませているのかに関心がある。ワインは基本的に飲んで楽しむもので、どのワインがどう評価されるかは時代精神に左右される。今回の受賞は軽くておいしいワインが求められていることの表れだが、昔からずっとそういうワインが高く評価されてきたわけではない。大賞受賞はとても嬉しい。だが、それはザールとザールの生産者達に対する評価でもあり、暑い年だったにもかかわらず11月に入るまで6週間も続いた収穫を懸命に行った、仕事熱心な私のチームに対する評価であり、20年前に私の胸を高鳴らせたザールという産地に対する評価でもある」と語った。自分よりもチームや地域の人々を気遣うところに彼らしさが出ている。
・ヴィヌムの講評
ヴィヌムのドイツワインガイド2019年版はローマンの受賞を以下のように称えている。
「精妙さ、余韻、躍動感 そして壮大なポテンシャル
2015、2016に続いて2017年もまた、ザールにあるヴィルティンゲンのローマン・ニエヴォドニツァンスキーは非の打ちどころのないコレクションを披露した。ベーシックな辛口からアウスレーゼの甘口まで、ファン・フォルクセンのワインは精密で力強くフィネスのある見事な仕上がり。将来を見据えたプロジェクトで、マルクス・モリトールとともに植樹したオックフェナー・ガイスベルクのワインも楽しみだ」。これに続いていくつかの質疑応答が続いているので、以下に試訳する。
問(ヴィヌム):80haものブドウ畑を所有する名高い醸造所をどのように運営しているのですか。
答(ローマン):適切なタイミングで有能な従業員を適切なポジションに配置して見守っているが、彼らのトップに極めて有能で意欲のある経営責任者をおいた。なんでもこなせるドミニク・フェルクがその任を担っている。
問:2017年産の非常に精緻な味わいは何が要因だったのでしょうか。
答:品質の基盤となるのは、どの生産年であっても当然ながらブドウ畑だ。ここは他にはない気象条件と、ザールの粘板岩土壌の急斜面という素晴らしい栽培条件に恵まれている。2017年の秋の難しい気候条件では手作業で房を選りすぐって収穫したうえ、ひとひとつのブドウを手間暇かけて選別した。そうして我々の目指す、精緻で澄み切ったそのブドウ畑の個性を完璧に表現したワインを造ることが出来た。
問:最近は伝統的なフーダー樽に回帰する醸造家が増えていますがどう思いますか。
答:木樽が高品質な白ワインの醸造に最適な容器だという認識は、自然なワインをつくるという我々の考え方と密接な関係にある。つまり、妥協を排して醸造に時間をかけ、野生酵母のみで発酵し、さらに巷にあふれる醸造補助物質を使わないということだ。我々は自家所有する森から切り出したナラ材で作った容量2000ℓ、3000ℓ、4000ℓの樽を使っている。分厚い樽板による還元的な環境下の醸造で、ワインは精緻で緊張感のある味わいとなる。樽が再評価されているという歓迎すべき傾向は、手仕事によるワイン造りの伝統の復活が意識されていることの現れではないかと思う。
問:“P“とついたシャルツホーフベルクとついてないシャルツホーフベルクは何が違うのですか。
答:“P“は歴史的な区画ペルゲンツクノップを意味していて、世界最高のブドウ畑のひとつシャルツホーフベルクの中に、我々が所有する一番の古木が栽培されている。そのワインは深みと重層性を備えると同時に精緻で余韻が長く、生命感と偉大な熟成能力を備えている。この、他に類を見ないブドウ畑から、できうる限り完璧な、世界基準ともなるべき辛口リースリングを造ることを目指している。
図:VDPによるシャルツホーフベルクの格付け地図(https://www.vdp.de/en/vineyardonline/)。斜面中央の上部がペルゲンツクノップの区画。
問:マルクス・モリトールとの共同プロジェクトであるオックフェナー・ガイスベルクの畑はどうなっていますか(訳注:ガイスベルクは1906年の格付け地図でグラン・クリュに評価されていたが、1980年代から耕作放棄されていたブドウ畑で、2015年にローマン達が共同購入して甦らせようとしている。本エッセイVol. 42参照http://racines.co.jp/?p=6034)。
答:最初の50000本は植樹を終えたので、数年後にはここから独特なアロマとフレッシュ感を備えたワインができることを大いに期待している。この素晴らしい宝物のような畑をマルクスと分かち合うことが出来てとてもうれしい。(試訳以上)
・ドイツワインのトレンド
確かにローマンがインタビューで答えていたように、ファン・フォルクセンの大賞受賞は今どきのドイツワインのトレンドを反映していることは確かだろう。今年の醸造家大賞に最後まで候補として残っていたのはファルツのDr. ビュルクリン・ヴォルフ(Weingut Dr. Bürklin-Wolf/ Deidesheim)とフランケンのツェーントホフ(Weingut Zehnthof/ Sulzfeld)、そしてファン・フォルクセンだった。どの生産者も素晴らしいワインを造っているが、温暖化にともなって評価の高まっている、ドイツらしい冷涼な気候が反映された軽やかで繊細なワインの生産者を、トレンドセッターとしての意味を持つワインガイドが大賞に選ぶことは理解できる。2017年版のゴー・ミヨのドイツワインガイド(まだジョエル・ペインが編集長だった)でも、醸造家大賞はザールのハンス=ヨアヒム・ツィリケン(Weingut Forstmeister Zilliken/ Saarburg)だったし、2018年版のヴィヌムのドイツワインガイド(ジョエル・ペインがこのワインガイドを新たに立ち上げた年)でも、醸造家大賞はラインヘッセンの若手醸造家カロリンとハンス=オリバー・シュパニアー夫妻(Weingut Kühling-Gillot/ BodenheimとWeingut Battenfeld-Spanier/ Hohen-Sülzen)だったが、ファン・フォルクセンの2016 Scharzhofberg Pergentsknopp Riesling VDP Großes Gewächsが辛口リースリングとしては過去最高の97点を獲得し、同じくザールのホーフグート・ファルケンシュタイン(Hofgut Falkenstein/ Niedermennig)がベスト・リースリング・シュペートレーゼ・ファインヘルブ、ペーター・ラウアー(Weingut Peter Lauer/ Ayl)がベスト・リースリング・シュペートレーゼ(甘口)に選ばれたことにも伺える。
もうひとつのトレンドが上記のインタビューにもあった伝統的な木樽による自然な醸造への回帰だ。自然な醸造というと日本では亜硫酸の添加量を出来るだけ控えた手法が思い浮かぶが、ファン・フォルクセンの場合はドイツの昔ながらの「ナトゥアヴァインNaturwein」―つまり補糖も補酸も除酸もせず、培養酵母も酵素も清澄剤も使わずに100%天然果汁のみで醸造したワイン-で、亜硫酸はふつうに添加している。こうした100年前の手法がブドウ畑の個性を表現するのに最も適していることが、21世紀に入ってから高品質なワイン造りを目指す醸造家の間で浸透しており、その傾向はとりわけ失敗を恐れずに理想を追求する若手―たとえばモーゼルのアンドレアス・アダム(Weingut A. J. Adam/Neumagen-Dhron)―に見て取ることが出来る。
・新たなステージへ
「辛口のリースリングは、例えて言うならば、ワイン界におけるサラブレッドの競走馬、テーラーメードのスーツ、精密にチューンアップされたエンジンのよう」(Wine Enthusiast Magazine 17. May 2016)。11月5日と6日に開催された試飲商談会Riesling & Co.のセミナーで、ドイツワインインスティトゥート本部で2018年から日本市場を担当するウルリケ・レーンハールト氏が引用した一句は、ファン・フォルクセンの辛口リースリングを彷彿とさせる。
ファン・フォルクセンでは2018年4月に醸造所の樽をすべて自家所有する森の木から伐採し、オーストリアの樽製造業者ストッキンガーに制作させた樽に入れ替えた。2014年から稼働しているザール川の対岸の斜面の上にある醸造施設では、醸造所を購入して20年目という節目を迎える2019年、訪問者の試飲室となる塔まで含めて2月に完成する予定だ(本エッセイVol. 77参照:http://racines.co.jp/?p=10381)。醸造家大賞の受賞と新しい醸造施設の落成は、ファン・フォルクセンの新たなステージの始まりとなることだろう。
(以上)
Vinum Weinguide Deutschland 2019の抜粋と認定証
北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。