*

ファイン・ワインへの道vol.28

公開日: : 最終更新日:2018/12/19 寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

南ア、女ど根性物語と、ピノ版・若ダライ・ラマ。

 巨大な原子力空母の艦長が、まるでバレー・ダンサーみたいに小柄で細~い女性だったら……ちょっと驚きますよね。 いやしかし。原子力空母はたいていほぼ自動航行だけど、この女性の場合、片道280km(東京―浜名湖間より遠い!)を自分で4WDを運転し、幾つもの畑を往復しながらワインを造っているというから、より驚くべきか。

 その女性とは、南アフリカ「モメント」のオーナー醸造家、マレリース・ニーマンさん。雨が降ればボルドー液を撒きに。雑草刈りに。収穫が近づけば2日に1度。ハンドルを握って280kmも離れたスワートランドと、オーヴァーバーグの畑を往復し、自ら畑の世話をする・・・・・・。そんなスパルタすぎる道を選んだのは「とにかく樹齢の古い、最高の畑が欲しかったから。シュナン・ブランだけじゃなく、ティンタ・バロッカも、古木が大事。ボット・リヴァーのティンタ・バロッカの畑はみな樹齢35年以上。40年越えの木も多い。そんな畑を見つける大変さに比べれば、往復560kmの運転なんて、どってことないわよ」と、彼女は細く小柄な身体で事もなげに語りました。
 読者の皆さんならできますか? 280km離れた2つの畑の世話を。一人で?。

 さらにもう一点、彼女のワインの傑出してディープなエネルギー感を生むど根性データは・・・・・・、フランスのトップ・ワイン顔負けの収穫量の低さ。なんとシュナン・ブランで35~40hl/ha、ティンタ・バロッカは20hl/ha(!)という低さで、まるで極彩色の万華鏡を見るような、妖艶で華麗なタンニンの表情と陰翳を生むことに成功していました。この数値、もちろん単純比較は禁物ですが、例えば堕落した強欲シャンパーニュ(法定上限で120hl/ha前後までを認可。寒冷地なのにねぇ・・・・・)の1/3~1/6という低さですよ。
 なのに価格はシュナン・ブラン/ヴェルデホ(ブレンド)で4,000円、ティンタ・バロッカ4,500円というデモクラシー価格にも、頭が下がります。

モメントのオーナー栽培醸造家、マレリース・ニーマン。 280km 離れた畑を、自らのクルマで往復し、栽培を手がける。

 ちなみに彼女はローヌの気鋭、フランソワ・ヴィラ-ル、ポルトガルのプレミアム・ワイン生産者ニーポートなどの他、ブルゴーニュ、スペインでも修業。シュナン・ブラン81%とヴェルデホ19%というユニークなブレンドは、彼女いわく「ヴェルデホを混ぜないシュナン・ブランは、音楽なしでダンスをするようなもの。ヴェルデホがシュナンにエネルギーとリズムを与える」と即答。やはり、いいワインを造る人は、知的でコメントまでキレキレなのです。

 そしてもう一人、同日の試飲会で、その偉大さを語らずにはいられないのがピーターアラン・フィンレイソン、つまりクリスタルムのオーナー醸造長の知性、でした。彼のピノ・ノワールの最高峰、キュヴェ・シネマの、量産系ヴォーヌ・ロマネ村グラン・クリュを凌ぐほどの爆発的、かつ傑出して官能的なアロマと深遠で妖艶なアフターは2017年も、またもや圧倒的だったのですが・・・・・・、尋ねてみたのは、そのキュヴェ・シネマを何故、その他2つのクリュ・ピノ・ノワールであるマバレルと、ボナ・ファイドと同じ価格(たったの6,000円)でリリースするのか、という点。答えは、
「1つのワインの価格を、他の二つより上げると、普通の消費者は、その時点で自動的に、“このワインのほうが他のワインよりいいワインなんだ”と、飲む前から思い込んで、先入観を持ってしまうだろう。僕はそれが好きじゃないんだ。ヴォーヌ・ロマネよりポマールが好きな人もいる。モレ・サン・ドニの土っぽさがいいという人もいる。もちろん僕からはどのキュヴェが、ブルならどの村っぽい味、とは言えないし、言わないよ。
 だからまず、3つのキュヴェを先入観なしでフラットに味わってもらって、それぞれの人が好きなタイプのピノ・ノワールを見つけてほしい。そのために、同じ値段なんだよ」と、涼しげに語る。DRCやルフレーヴのグラン・クリュも、そんな、まるでダライ・ラマみたいな観点で値付けをしてくれたら・・・・・・、世界はより良いものになる気がしませんか? 皆さん。

 ちなみにこのクリスタルムのピノ・ノワールの収穫量も、わずかに14~21hl/haという驚異的な数字。ブルゴーニュではおそらく、ドメーヌ・ルロワのみ。次いでビゾーや、昔のジャイエあたりが、この数値に近い低収穫を慣行していると思える、段違いの低収量です。比較までにロマネ・コンティの収量を、今ふと手元にあった空き瓶、1982年のラベルから概算しますと1.8haから9,120本。つまり約38hl/haと・・・・・、そこそこ多いですね。
 つまり、クリスタルムのキュヴェ・シネマが14hl/haになった年は、1982年のロマネ・コンティの半分以下の収穫量とさえ、言えるってことで・・・・・・、そりゃ美味しい訳です、ね(ま、82年はコンティの中では収量の多い年ですが)。

 さらにもう一点、ピーターアラン氏に「自分のワインはヴァン・ナチュールだと思うか?」と尋ねた時の答えも印象的でした。この質問の前に、亜硫酸塩の総添加量約40mg/Lという低さはブラインドで当たってたからです(年により38~45mg/Lとのこと)。で、答えは
 「僕のワインはナチュラル・ワインじゃない。何故なら、亜硫酸塩を使ってるから。もちろん、畑は化学肥料も除草剤もなし。補糖も補酸もなし。でも、僕の中ではやはり、亜硫酸塩を使ってナチュラル・ワインと言ってしまうと、それなしで凄いワインを造ってる人々に対して申し訳ない気がするんだ。いずれにせよ、今、世界中でヴァン・ナチュールという言い方は、あまりにも検証なく、コマーシャルに濫用されすぎてると思うねぇ」と、また静かに淡々と、ダライ・ラマのように語りました。
 もちろん、フランス・ヴァン・ナチュール協会は、赤30mg/L、白40mg/Lまでの亜硫酸塩添加は認めている(ゆえ今日、明らかにそれ以上の亜硫酸塩が添加されていると思われるワインや、補糖が半ば慣例でさえある日本ワインなどを、流行便乗とばかりにヴァン・ナチュールと称して売るのは、ある意味で商品偽装とさえ思えますが)。ゆえ、ピーターアラン氏の見解のように、ヴァン・ナチュール=亜硫酸塩添加ゼロである必要はありません。しかしやはり。この話は、彼の思慮深さ、謙虚さ、真摯さを示す逸話(@やや美談寄り)だと……思えませんか?

 それにしても。今回お話しした2人の造り手以外にも。
 偉大なワインの世界地図を書き替えさせる潜在力を持った造り手が次々に現れる、南アフリカの魔性と、畏敬すべきデモクラシー価格。その素晴らしさは、まるで富裕層じゃなくても月一、いや週一でも楽しめるファイン・アートそのもの。ある面、ポケットマネーで買える、本物のカラヴァッジオの絵画とさえ、思えるほどのものです。

 え、お客さんのほとんどは中身よりラベルが大事だから、南アフリカなんかより、ブランド性と名前に有難みのあるフランス・ワインの仕入れが大事って? もちろんそうでしょうけど・・・・・、そんなお客様にこそ、ブラインドで出されると面白いとも思いますよ。小柄・ど根性女と、ピノの若きダライ・ラマのワイン。

今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
アフリカ南部、親指ピアノと
パリの“ゆるグルーヴ”の足湯感。

JACOB MAFULENI&GARY GRITNESS 『ATSUKA MONDHORO 808』

スコンと乾いた、チャーミングな音色がたまらないアフリカの楽器、ムビラ(親指ピアノ)を、ミッドテンポで肩の力が抜けたトラックに融合させた画期的名作です。親指ピアノのジェイコブは、南アフリカ北東の隣国ジンバヴェ、ショナ族の大御所奏者。トラック・メーカー、ゲイリーもパリのクラブでの長いキャリアの持ち主。ゆえ、音の安定感も別格です。最近、国内盤も発売。リリース元のパリ「NYAMI NYAMI(ニャミ・ニャミ)」レーベルは、他にもアフリカ南部のなごみ音をナイス・センスで発掘し、いい仕事してるレーベルです。

ともあれこの曲、まるで広大なサバンナの中で、ほっこり足湯につかる気持ちにさえ、なれますよ。あ、もちろん、手元には白ワインと、です。

https://www.youtube.com/watch?v=GwpOUTP0QRA

今月の、ワインの言葉:
「飛んでいるカラスは、いつも何かをくわえている」:南アフリカの諺。歩き回ればきっと何かよいものを得られる、の意。

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。


PAGE TOP ↑