Sac a vinのひとり言 其の二十一「誰が為に Pour Qui」
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最終更新日:2018/11/15
建部 洋平の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
今、様々なレストランで所属するソムリエが、提供する料理に合わせて、彼(女)らが与えられた環境のなかで、ベストだと思われる組み合わせの飲料を提供している。
当初はワインペアリングの名の下に、各皿に合わせたグラスが提供されていた。
オリジンとして有名なのが1970年代後半に既にそのような提案を初めていたParis Lucas CartonのMonsieur Alain Senderensであろうか?コースを構成する皿の数が増え、使用される素材や調理方法が複雑化していくヌーヴェルキュイジーヌの状況(キュイジーヌモデルヌへの橋渡し的な時期と見ることもできるが)に対応するために、現在から見れば当然の選択と言えるが、当時としては画期的な提案と言えた。その証左とまではいかないが、現在でもパリのクラシックなメゾンでは、Menu Dégustationにもボトルで合わせてほしいという客層が根強く存在している。
その後80年代後半以降のワインの国際化とさらなる大衆化がこのペアリングの隆盛に拍車をかけ、ソムリエ側は常に新しい提案、独創的な提案を求められるようになると、トラディショナルかつドメスティックなワインの品揃えだけで対応することが、需要や経済的な意味で困難な状況となり、自身の所属するジャンルのワイン以外も積極的に使用せざるを得なくなった。(使用することができるようになったと言っても良い)
このように書いても、他国のワインを使用するなど至極当然のことではないか?
と思われる方も多いかと思う。ただ、それはワインを輸入する文化の国ならではの思考形態であり、自国で十分な量のワインを生産、消費する経済的、並びに文化的な基盤を持つ国においては、他国のワインを輸入し消費するという行為は想像以上に拒否反応が強いものなのである。ポルトガルやチリで生産された日本酒が、日本で日常的に消費されるのか? と言えばわかりやすいだろうか。
なので、ペアリングという概念は、ワインを輸入する側の国の方が比較的発達しやすく、自国のワインの基盤を持つ国においては、その発展と拡大は緩やかにならざるを得ない。
各国や地方の違いはあれど、料理とワインのシーンは絶えず変質していく。
90年代後半からEl Bulliに見られるような様々な技術や理論の導入によるキュイジーヌコンテンポラルの隆盛、更に00年代終盤頃からのNomaなどに見られる素材への尊重からのプリミティブへの回帰など、感性と郷土感が料理の上へとより一層反映される様になる。また、交通網と情報網の高速化により、ペイすれば何処であろうと食べることの可能なラグジュアリーラインの料理から、実際に現地に赴かなければ体験が出来ないトラディショナル、又はプリミティブな料理への期待と需要が高まったことから、以前のようにある程度傾向が同じ(例えば店舗が属する町、または国)、かつ文化圏が同じ顧客への対応をすれば良い状況ではなく、知識レベルのすり合わせやルールの確認、個人的な主義主張への対応が様々な理由(宗教や人種、アレルギーなど)で求められる。
現在のこのような状況においては、ワインのみを持って随時変化していく料理への対応や多用多岐にわたる顧客への対応を行う事は、至極困難であると言わざるを得ない。
(ワインを飲む店である、という認識の徹底や、元からの顧客で構成されているならば別)
日本酒、ビール、カクテル、各種お茶、ノンアルコールカクテルなどがペアリングの中に組み込まれているのは、自然な流れと言っても良いだろう。
現在は、昔と違い料理人の独立へのスピードが早まり、小規模な店舗も多数存在する。
コンセプトやスタッフのキャパシティ、経済的な理由からメニューを一本化し、基本的に全ての顧客へ同じメニューで接遇する店も少なくは無い。
そうなると、ペアリングも一本化され、提供される飲料もメニューが同じ限り、基本的には統一されるパターンが多い。(複数回来店する顧客にはもちろん違うだろうが)
一つのメニューに、一つのペアリング。30席以上の、ある程度の規模の店舗、また自身ではなく他者に説明・提供させる場合、或いは少人数の為各スタッフがマルチタスクを同時にこなさなければならない場合においては、この方法は間違いなく有効である。
クォリティを保つことが可能であるし、不公平感もなく、且つコスト的な観点で見ると原価率を下げることが可能であり、その分を顧客に還元、例えば、通常では価格的に提供の難しいアイテムをペアリングに組み込むことも可能になる。
ある程度の規模の店舗においては、顧客満足度は局地的に高いだけではあまり意味はなく、トータルでのアベレージの水準の高さが求められる為、ポジティブな意味でのこういった画一化は好意的に受け止めるべきであろう。特にワインの廃棄率が大幅に減少するということはワインを扱うものとしては、精神衛生上大変良い。何らかの形で心に刺さったワインを扱っているのだから尚更である。生産者への顔向けが立つというものだ。
ただ、もしもスタッフがワインのみに専念、常連客が複数回来店する場合。
又は、ペアリングで提案したものが顧客側の様々な理由で受け入れられなかった場合。
顧客から特殊な要望(赤ワインだけでペアリングしてくれ、2名に対して2通りの提案をして欲しい、など)に答えなくてはならない場合。
こういったことは、往往にして起こりうることであるし、プロフェッショナルである以上、店のマイナスにならないのであれば、こういった要望には的確に対処しなくてはならない。
こういった状況に備える為、私が口を酸っぱくして説明しているのが、
「何かの料理に合う飲み物は一つでは無い。もしなにかとてもいい組み合わせを発見したのなら、其れと対になるような違ったアプローチも考えておいた方が良い」
ということである。
詳細に関しては、以前記したのでここでは繰り返さないが、重要なのはベストだと思い自信を持って提供するのもプロフェッショナリズム、状況に応じて的確に対応するのもプロフェッショナリズムであるということだ。
サーヴィス業というのは、顧客に満足していただいてそれに見合った対価を頂く。満足するのは顧客側であって我々では無い。自身の考えが受け入れられず、お客の我が儘である等と漏らしたり、この方が良いから従って欲しいなどと言うのは単なるエゴであるし、プロとは言えない。
お客様の言う通りにやるべきだと言う意味では無い。
想定したことと違った展開があっても、対応することのできる二の矢三の矢を持って、常に現場に望むべきだと私は考えていると言いたいのだ。
繰り返し言う。
我が儘を言って良いのは顧客であって提供側では無い。
顧客と提供者はイーブンであるが、飲食店は自我を発信する場所では無いのである。
発信される自己は問題では無い。
飲食店はお客様を楽しませる場所であって、我々を楽しませる場所では無いのだから。
別に積極的に楽しむ分には問題は無いが。
~プロフィール~
建部 洋平(たてべ ようへい)
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー