*

ファイン・ワインへの道vol.26

再読ノススメ

 皆さんの本棚にもおそらくズラリ、並んでいると思われるワイン関連書籍。それぞれの本を、最後に読まれたのはおよそいつごろですか?
 藪から棒にこんなことを言い出すのは、個人的に最近、再読による再発見の面白さを、たいそう満喫しているからです。「ずっと昔に読んだ本」も、「発売直後に買ってすぐ読破した本」も、今読み返すと、ぞろぞろ。出てくる出てくる、新しい発見。ジェラルド・アシャーの本からも、パトリック・マシューズの本からも、マット・クレイマーの本からも。「あ、こんなスゴいこと書いてたんだ。この本に。う~ん、知らなかった。激しく見落としてたなぁ。危ない危ない」てな具合です。
 もちろん第一の理由は、最初にこの本を読んだ際の私の読解力、およびワイン経験不足でしょう。それは全く否めません。そしてもう一つ、理由を挙げるなら、本の内容が出版時には進歩的すぎて、具体性やリアリティを伴っての内容消化と、自分の知識への血肉化が出来なかった・・・・・・、という訳が(たいそう言い訳がましいながら)考えられます。

 中でも最近、唸らされているのが皆さんご存じの名著『ほんとうのワイン 自然なワイン造り再発見』パトリック・マシューズ、です。原書はイギリスで2000年出版。日本語訳は2004年。日本では「ビオ・ワインみたいな臭いワイン、よく飲みますねぇ」と、多くの愚かなソムリエが、乏しい経験を元にした断定的な誤審を、いたいけな消費者に大いに押しつけていた時代です。あ、いや当時はソムリエだけじゃなく、ワイン・メディアも、でしたね。

 ともあれそんな時代に出たこの本、今読むと(今こそ)刺さるフレーズの洪水状態。例えば、
「1991年から1996年までの期間に、カリフォルニアの葡萄畑で539件の急性中毒の発生が報告されている。比較の対象としては、次に数字の大きかった399件の綿花畑のデータがあるが、綿花は殺虫剤の使用がおびただしいことで悪名高い産業なのである」。
「農業全体で使われる除草剤の75%以上、殺虫剤の半分弱が、慣行農法の葡萄畑で使用されている」。
「1989年、アンヌ=クロード・ルフレーヴは、栽培醸造家向けに特化した会議を企画し、講演者としてクロード・ブルギニヨン、ジャン=クロード・ラトーを招いた」(筆者註:ジャン=クロード・ラトーはニコラ・ジョリーより早く、1979年からビオディナミを始めたブルゴーニュの知られざる偉大なドメーヌ。ボーヌが本拠)。

ルフレーヴのビオディナミを指南した、ジャン=クロード・ラトー。
本当に、真摯な“農の人”という風情が印象的だった。写真は2006年、筆者撮影。

「ヒュー・ジョンソンとジェームス・ハリデーは、濾過を激烈に攻撃するロバート・パーカーに向かい、濾過を擁護する論陣を張った」。
「ロバート・モンダヴィですら、現在最高クラスのワイン用発酵タンクを、(ステンレスから)木製のものに切り替えている」。
「シャトー・ラフィットがローヌのエルミタージュを少量ブレンドして味を強くするのは長年の伝統であった」。

 などなど。今読んでも、ギョッとさせられるフレーズが、このコラムでは全くご紹介しきれないほど、次々と出てきます。

 さらにこの本は鋭いと言うべきか当然と言うべきか、「自然なワイン造り」の畏敬すべき先駆としてのアンリ・ジャイエの功績にも、かなりの紙数を割いています。もちろんジャイエについてはジャッキー・リゴーの名著が2冊、日本語訳も出ていますが、この2冊とはまた異なる視点も多いです。パトリック・マシューズの本での数多いジャイエへの言及に関して、一つだけご紹介するなら、やはりここでしょうか。
「ジャイエの秘密とは、一に収穫、二に収穫、三に収穫――とにもかくにも低収穫なのだ。ジャイエ自身は収量低減の方法として、剪定、最良の葡萄樹の繁殖、畑への有機的アプローチ、この三つをあげている。この低収量こそが、色づきがよく強い方向を放つブドウの源であり、豊かなテクスチャーと素晴らしいバランスを持つワインへの鍵なのである」。
 もう一点、ジャイエのワイン造りについて「亜硫酸の添加量が、あまりに少なく、にわかには信じがたかった」というフレーズも、感銘深いですね。
 もちろん、そんなのあたりまえじゃぁないか、と思われる方も、多いと思います。しかし、ふと思ったのですが、ジャイエの一般的収量と言われる18~25hl/haという収穫量、現在、広くフランスやイタリアの自然派ワインの造り手に目線を拡大してみると・・・・・・、いくらでも、とは言わないまでも、いくつかは見つかりませんか?
 例えばマルク・アンジェリ、エドアルド・ヴァレンティーニ、フランク・コーネリッセン、ロアーニャ、あ、もちろんドメーヌ・ルロワも、ですね。
 もちろん土地も品種も、それぞれ違うわけですが・・・・・。
 それにしても最近ジャイエのクロ・パラントゥ、1978年マグナムに、オークションでとうとう1本約5,000万円(!)の値段がついたそう。そんなにお金を払わなくても……、その1,000分の1、いや10,000分の一で、低収穫を黄金の鍵、かつ突破口にした真に偉大な(ジャイエに次ぐ、とさえつい言いたくなるような)自然派ワインが探せるのになぁ……、現代では、ともやんわり感じた次第です。
 どうでしょうかね? 皆さん。
 その判断材料にも、マシューズの本、読み返されると面白いと思います。秋の夜長ですし、ね。

追伸:
先月の続編「偉大な白ワイン大国としてのイタリア(後編)」、諸般の都合で来月の掲載とさせていただければと思います。申し訳ありません。

今月の「ワインが美味しくなる音楽」:
ギター版、アンビエント・サティ?
すきまたっぷりの音の、余韻の妙。
ジョニー・ナッシュ&スザンヌ・クラフト
『フレイムド・スペース:セレクテッド・ワークス』

https://www.youtube.com/watch?v=Hs3cC3OvYRU

 これは、ギターとピアノで奏でるゆったりとした(悠長な)俳句? ゆる~く、音の隙間をたっぷりつくって、ポロリ、ポロリと残響を聞かせる曲たち。作者は、元々いわゆるイビザ/バレアリック畑のパーティー・ピーポーなのですが、中でもアンビエント、ダウンビート作りに特に才能を見せた人たち。現代アンビエントの最重要人物、ジジ・マシンとも共作があります。そんな彼らのいわばベスト盤的な本作、音はまるで秋の高原の、静かな森の風のような透明感。奥の奥で、エリック・サティに通じる美意識も、にじみます。大きく言うなら、耳で味わうアルザスの耽美派白ワイン(P・フリックなど)? といった風情も、今の季節にいいですよ。ほんとうに。

今月の、ワインの言葉:
「ブルゴーニュを飲むと、日光が身体の中に差し込んだのに似た感じになる。」
吉田健一

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記事を寄稿。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載中。

 
PAGE TOP ↑