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Sac a vinのひとり言 其の二十「face en face」

現在、様々なシチュエーションで活動するソムリエにおいては、当日まで面識のないシェフ、試食していない新作、果ては食べたことのない未知の料理とのマリアージュを求められる機会が日常的に起こりうる状況になってきている。そういった依頼を受けてこなしているときに良く聞かれるのが、「どうやって知らない人とのマリアージュができるのか?」「食べたことがないのになぜ合わせられるの?」
要するに、「情報が極端に制限されている中で、どのようにマリアージュの判断を下しているのか?」と言った内容の質問を受けることが多い。
物凄く大雑把に答えると、「勘と経験です。」の一言で終わってしまうのであるが、決していい加減にやっているわけでは無く、私なりのロジックを組んで現場に挑み、結果として満足していただいている。決して手品やまやかしではない。そのあたりのことを少し解説していきたいと思う。
ただ、一つ言えることがあるとしたら、これから記していく方法は、飽く迄ある程度ストライクゾーンを絞り込んでいく方法論でしかなく、最終的な決定と評価には、勘やセンスなどの非常にファジーな変数要素が絡んでくるということには、留意して頂きたい。方法論で導き出したコンビニエンスな答えが求められる場合もあるが、今回の目的は、プロフェッショナルとしてのクオリティーへの到達であり、そしてそれらが多様性や独自性の発露につながる、我々の腕の見せ所なのであるから。

 【ケース1】試食したことのない新作と合わせる場合
皆様においては、季節のメニューの変化に合わせたペアリングの提案、新規オープンの店舗に合わせたワインリストの提案などに携わる方も多いことであろう。個人店舗であれば、飲料部門の責任者のさじ加減で、ドリンクのこまめな変更や対応などが可能であるので、あまり問題にはならないが、ある程度の規模の店舗やオーナーが別にいてコンセプトなどに注文が入る場合、中々、現場で対応するので問題ありませんと返答するわけにはいかないというシチュエーションは想像に難くなく、また提案の説明や実行に色々と質問を受けることになる。
キッチンと綿密に連絡を取り、試食を行えれば問題はないのだが、業務の繁忙さやメニュー見直しからのディテールの変更、仕入れの状況の変化などにより、試食を行う事が出来ずにプレゼンテーションや営業を迎えるというケースは、可能な限り避けたいが、普通に起こりうることである。そのような際に出来ない理由を述べて延期ができるのなら良いが、そういうわけにもいかず、何らかの対処を行わなければならない。では、具体的にどのように対応していけばよいのか? このような場合は以前のコラムに書かせて頂いた「要素の分解」が効果的であると考えられる。 
例を述べよう。

①鮮魚のセヴィーチェの魚が、スズキから急遽イナダに変更になった。
スズキとイナダを比較してみた場合、(以下スズキはA、イナダはBとする) Aは、筋肉質でやや臭いが強い。Bの場合、脂の乗りがよく香りの個性は強くない。Aに合わせる際求められるものは、筋肉に合わせるミネラル感や酸味、香りはややマスキング効果の強いもの、例としてはプロヴァンスやシチリアなどの潮を感じるロゼ、Bには脂感を和らげるために、マロを行っていないシャープな酸やステンレス発酵のクリアーな白が候補になる。具体的にはSur lieではないミュスカデや、ミュラー・トゥルガウなど。
と、ここまでが魚のパラメータで ここセヴィーチェの味付けの要素を代入した場合、生の玉ねぎとチリペッパー、ライムやレモンなどのシトラスという要素が加わります。
単純化すると「すっぱからくてシトラス系の香り」。これを加味すると、

A 酸味と香りが味付け担保できる為、求められる要素は、辛さに負けずにミネラル感のあるワイン
  例)ペネデスのチャレッロやピエモンテのティモラッソなど穏やかな酸味で山のミネラルを感じるワイン

B 酸味と辛味でいわゆるキレは確保できているので、味付けが支配的になりすぎないようにやや抑制するもの
  例)ルーションのグルナッシュブラン主体の白やソノマの樽の利いていないシャルドネなど

と、このように、味付けというある程度一定のパラメータを導入しても、全く違った解が導き出されます。
特にともに働くスタッフであるなら、試食したことがなくても味付けの方向性などが予測できるため、いうなれば料理を構成する調理という変数の予測がつくため、上記の方法で大きなブレもなく合わせることは可能であると言えます。
では、その変数が予測できない場合はどうするか? 
見ていきましょう。

【ケース2】実際に業務を共にしたことのないシェフの料理と合わせる場合
ソムリエの業務が国際的に広がりを見せる中、様々なコラボが行われています。●●のシェフと◇◇のシェフが3日だけフェアをやる、などといったイベントは、日本のあらゆるところでほぼ毎日と言っていいほど開催されています。普段からスタッフ同士の交流があるのならばコラボの際に大きな混乱はないのですが、もし、海外からシェフが来る、メールや電話のやり取りしかできずにぶっつけ本番! ということは別段珍しいケースではありませんし、当日になってのメニュー変更も起こりうることです。ワインの発注などは事前に行われてなければならず、小規模な会ならば当日お店のストックで変更に対応することは可能ですが、20名、30名の会などになりますと現実的にはそういった対応は不可能と言って良いでしょう。
ある意味では、ワインの選定においては「決め打ち」で選択を行わなければならない時の、選択の決め打ちは何か? 現実的な話で考えると、ある程度の変更にも耐えうる懐の広いワインを選定する。言い換えれば敢えてピントをぼかして合わせて、最終的な調整は温度やグラスの形状などで行う形にするのである。先ほどのセヴィーチェの例を用いて述べていきたい。ただ、これから述べる例は飽く迄多少の変更に対応するための方法論であり、あまり極端な変更、例えば前菜のウニをいきなりタコにしよう!とかいう場合には流石に対応はしかねる。
その場合はシェフの説得に時間を割くか、近くの酒屋に走るかしたほうが有意義であると思う。

②鮮魚のセヴィーチェの魚が、スズキから急遽イナダに変更になった。
AとBの基本的な考えは先ほどの物を踏襲していき、今回の大きな変数である調理のほうにフォーカスを当てよう。今回の例の場合考えられる変化が、 

      -魚のカッティングの仕方、大きさ
      -マリネの材料の変化とその時間
      -塩や胡椒などの仕上げの材料の変化

このあたりが上げられるであろう。もし、通常出している料理より口に入るサイズが大きいのならば、咀嚼される際に魚の風味は強く感じられ、小さければ調味の味が強くなる。大きいのならば酸味を強くしなければならず、小さければ調味由来の酸味を和らげる方向にもっていきたい。
マリネの方法も考察しなければならないのは、それによる味わいの方向性の変化であろう。酸味が強くなる調整なら、和らげるために想定より南のワイン(例シュナン・ブラン→ルーサンヌ)に変更を行ってみたり、スパイスが前面に出るのならバランスを考慮してみたり(例ピノグリ→ルーセット) 、と実際にサービス直前にでも食べられれば良いのだが、不可能な場合はもはやロジックで合わせるしかない。そのためには可能な限り要素の分解、分析からの理論構築を行うしかないのである。

最後の、仕上げの材料の変化に関しては、種類もそうであるが、使用される際の形状に着目すべきである。大きければ大きいほどアタックは柔らかいがアフターが長く、小さいほどアタックが強くアフターが短い。ワインのテンションもそれに整えると違和感がなくなる。
後は、シェフの性格から直前での変更があるかないかを予測するしかない。ここに関しては関係性と自身の経験と勘でどうにかするしかない。
最後に、会ったことのないシェフの食べたことのない料理にはどう合わせるか? ということに関してであるが、これに関しては安易に引き受けるのはプロフェッショナルとして逆に不誠実であると私は考える。出来ないことは出来ない、クオリティーを担保できないのであれば引き受けるべきではないと考える。最初にも述べたが、我々は手品師でも妖術師でもない。経験と技術に則って業務を行う一個の職人であるべきなのだから。

※前回のコラム 「Manipulation -Environnement-②」の際に次回も環境設定に関して執筆すると述べたが、データ収集のため、延期とさせていただきますことを此処に陳謝いたします。

 

~プロフィール~

建部 洋平(たてべ ようへい) 
北海道出身で1983年生まれ。調理士の専門教育をへて、国内で各種料理に携わる。
ブルゴーニュで調理師の研修中、ワインに魅せられてソムリエに転身。
ボーヌのソムリエコース(BP)を2010年に修了、パリ6区の「Relais Louis XIII」にて
シェフ・ソムリエを勤める。現在フリー

 
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